やいのやいの騒いだ末、漸く落ち着きを取り戻した部屋。
騒いだ為か、暑くなってきたので窓を開けて外の空気を流し込んだ。
「うっわ…確かに硬いねこれ。」
あまりにも硬い硬い言うもんだから、夢月からフランスパンを受け取って一口齧ってみた。
いや、齧ろうとした。が正しいか。
そのフランスパンは異常な程に硬かった。
確かにフランスパン自体が硬い食品ではあるが、これはそれを優に超えている。
私の歯と触れ合ってガチンと金属音を立てたそのパンは、まるで私を嘲笑うかのように完全無欠を貫いていた。
「これは食品じゃない。」
とても咀嚼できるような物ではないので、私は手に持ったフランスパンを消した。
もう諦めてご飯を作るしかなさそうだ。
「材料あったかな…」と戸棚を物色している時、肩にシャープな柔らかい感触を感じる。
振り返ってみると感触の主は夢月の手であった。
私との目線を繋げるのを確認すると、夢月は何を思うでもないといった表情で、私を宥めるように言った。
「別にもてなさなくていいよ、悪魔は食べなくても死なないから」
「もうなんでもアリじゃないの」
夢月の語った悪魔論に苦笑してツッコミを入れるカメリア。
もはや悪魔は不老不死であるとか言われても何の疑問も抱かないレベルにはなんでもアリである。
さすが幻想郷と言うべきか、人外のゆーとぴあ。
そんな私達はその後入浴を済ませ、何を話すわけでもなく各々適当に時間を過ごした。
カメリアは武器を入念に手入れしていたり、夢月は炬燵でうたた寝していたり、私はカメリア用の銃弾をいくつか召喚して纏めていたり…などなどだ。
やはり悪魔も炬燵には勝てないらしく、夢月はとても気持ちよさそうに眠っていた。
しかし悪魔とはいえ、炬燵の中にずっと居ては身体に良くないだろう。
私は寝室で布団を用意し、夢月を起こして布団に行くよう促した。
「これはきっと幽香の陰謀で作られた道具よね〜…」
「何寝ぼけてんの、ほら行くよ。」
寝ぼけて意味のわからない事を言い出した夢月を適当にいなし、ひとまず布団まで引き摺った。
メイド服の布地と布団が擦れ合う音を立てながらムニャムニャ口を動かす夢月は、まるであどけない少女のようであった。
夢月を布団で寝かせた後、居間に戻ると、カメリアが銃の手入れを終えたところだった。
私はそのまま居間を通り過ぎ、少々朽ちている扉を開けて薄暗い蔵に足を踏み入れる。
「真冬じゃないとはいえ、蔵は寒いか…」
暗く冷たい空気が張り詰めた室内に嫌気を覚えながら、私は乱雑に並べられた酒瓶を物色する。
煙焔や覇王に桔梗など、十人十色な文字が書かれたラベルがこれでもかと言わんばかりに貼られているわけだが、私は今呑みたい物が既に決まっているので目的以外の物を全て退かし、奥の方にあった古臭い木箱を開けた。
「あったあった、これ気になってたんだよね。」
木箱の中に入っていた瓶のラベルには“
確かこれは、香霖堂によく来店する銀髪の女性からいつものお礼にと頂いたものだ。
紅涙…確か美しい女性の涙〜みたいな意味だったか。
綺麗な名前である。
「さて、寒いし暗いし早く出よ……ん?」
一度木箱に仕舞ってから木箱ごと持っていこうと思っていたのだが、酒瓶を木箱に入れようとすると何かが引っかかるのだ。
不思議に思って木箱の中を見てみると、一枚の手紙が入っていた。
手紙にはとても綺麗な字でお礼が書いてあり、始まりはDear Akaneと、とてもお洒落な入りである。
「幻想郷にも英語なんて使う人いるんだ。」
幻想郷に入ってから横文字など滅多に見ていないので、久しぶりの英語に一種の感動を覚える。
手紙にはざっくりと説明すると、“従者を通してのお礼を詫びる” “いつも世話になっている” “館に招待する”等、恐らくお嬢様なのだろうといった感じの文面だ。
いつも来ている銀髪の女性が従者だったとは思っていなかったが。
一通り読み終わったあと、何気なく差出人を見る。
“From Remilia Scarlet”
「レミリア・スカーレット…?この名前どこかで…」
どこかで聞いたような名前に首を傾げていると、何処かからの隙間風に吹かれ、私は逃げるように居間に戻った。
居間に戻ると、カメリアが窓から身を乗り出すように煙草を吸っていたので、私もカメリアの隣で煙草に火を灯す。
妖艶な雰囲気で煙を吐いたカメリアは私を見て微笑んだ。
「あの暗い部屋で何してたの?秘め事?」
「馬鹿。」
…黙ってればお淑やかなのにな。
私はカメリアのくだらない軽口を流し、紅涙をカメリアに見せた。
「晩酌、良かったらどう?」
「あら素敵ね、頂くわ。」
一服を終えた後、私は炬燵の上にグラスを二つ用意し、紅涙を注いだ。
血のように真っ赤なワインがグラスを満たし、私の顔をぼんやりと映し出す。
カメリアはその鮮やかな色合いに感動したようで、グラスを持ち上げてワインに光を通したり、女性らしい仕草でワインの匂いを嗅いだりしていた。
「綺麗な赤ワインね、紅涙だったかしら?初めて見たわ」
「多分、このワインは自家製だね。貰い物なんだよ。」
手紙に自家製とは書いていなかったが、他のお酒とは違った雰囲気のラベルだったので、恐らく自家製なのだろう。
ネーミングセンスが眩い程に光っている。
そんな感想を抱きながら、私は紅涙を少しだけ口に流し込んだ。
蔵の気温で冷えたであろう、冷たい鉄錆のような味が喉の奥にすぅっと降りていく。
「…これ、人血使ってる?」
「鉄分たっぷりな味を感じるわね」
味は単純に例えるなら“血液”。
しかしただの血液ではなく、血液の味の中に仄かな甘みが舞踏しているような、そんな味であった。
その舞踏した甘みが血液の臭みを抑え、口に残りすぎない旨味を構築しているのだ。
「味はかなり好きだな。」
「私としてはもう少し甘みを抑えた方が好きねぇ」
人血を使用しているのかは定かではないが、味はとても私の好みに則っていた。
血液の味を再現し、その上ここまでの味を作り上げるのはなかなかできることではない。
今度あの女性が店に来たらこのお酒の事を詳しく聞いてみよう。
それにしてもカメリア、このお酒の甘み抑えたらただの鉄味になっちゃうよ。
「けれどこの味、昔飲んだことがあるような気がするわ」
「昔って…ロシアで?」
「いえ…イギリスね。同じ物かは分からないけれど、とても似ている味よ」
だとするとこれはイギリスのワインなのだろうか?
だとしたら、紅涙というこの名前は幻想入りした後に誰かが付けたものなのかもしれない。
「確か、スカーレットワイナリーというお店だったわよ」
スカーレットワイナリー。
聞いたことも無い名前だが、その名前は差出人のレミリア・スカーレットを彷彿とさせる。
どちらも同じ“スカーレット”、もしかしたら関連性があるやも知れない。
「カメリア、レミリア・スカーレットって名前に聞き覚えない?」
私はダメ元で何となく、カメリアにその名を聞いてみる。
まぁ幻想郷の住人だろうし、幻想入りして間もないカメリアがその名を知っているとは思わないが。
しかし、レミリア・スカーレットという名を聞いた途端、カメリアの眉間に皺が寄った。
「…どうしてその名前を?」
「このワインの差出人がレミリア・スカーレットだったんだけど…もしかして知ってんの?」
それを聞いたカメリアは納得した表情で顎に手を置いた。
どうやらカメリアはレミリア・スカーレットについて何かを知っているようで、恐らく説明しようとしてくれているのだろう。
見た感じだと、どこから話せばいいか悩んでいるといった所だろうか。
思案を終えたカメリアはもう一口紅涙を喉に流し、私に向き直った。
唇の端に残った紅いワインが白い肌の中で異彩を放つ。
「…まず、レミリア・スカーレットは実在した吸血鬼よ」
「吸血鬼。」
こうしてカメリアは、時折ワインを傾けつつ、レミリア・スカーレットに関しての話を夜通ししてくれたのであった。