ゆらゆらと揺らぐ陽炎。
私の最愛だった人が陽炎に溶けて消えていく。
私は手を伸ばす。
二度と届かぬものだとしても、諦めたくないと。
諦めずに走って、走って、走って。
ようやく見えたその背中に安堵した時。
私に向けられたのは銃口だった──
────
─
「……。」
気がつくとそこは見知らぬベッドの上。
少しずつ覚醒していく意識に、霧の湖での事を思い出す。
あの時の怪我は?と身体を見やると、身体の所々に包帯が巻かれていた。
「あぁ…死んでなかったんだ。」
生を実感したと同時に、いつの間にか頬に流れていた涙を拭き取る。
なんだか嫌な夢を見た気がするが、肝心の夢の内容は忘れてしまった。
すると耳に届いた小気味よいタン、タン、タンという音。
私が起きたことに気づいたのか、部屋の外から木床を踏む足音が聞こえてきた。
恐らくここの家主であろうが…
「そういえば、誰がここまで運んでくれたんだろ。」
そこで一つの疑問が生まれた。
確か記憶の限りでは子供の妖精2人が居たが、2人とはいえ子供の体格で私を運べるとはとても思えない。
だとしたら他の誰か…とはいえ治療を施してくれているようだし危害は加えてこないとは思うが、念の為警戒しておく。
「…これでいいか。」
護身のため、能力を行使して小型の回転式拳銃を召喚する。
手元が黒い靄に包まれ、その靄から手のひらサイズのリボルバーが出現した。
“あらゆる武器を召喚する程度の能力”、それが私の持っている能力。
あらゆる武器と言っても、召喚できるのは私が“知っている”物に限る。
例えば神話の武器のように、記事によって形が大きく異なるようなものは召喚する事が不可能なのだ。
そんな解説をしているうちに銃を握る手に違和感を感じた。
「…なんか重くない?」
日頃から使っている銃なのだが、あからさまに重量が違う。
例えるなら、チワワが突然ゴールデンレトリーバーになったかのような。
それくらいの違いがあった。
これでは銃を持ち上げることも出来ない。
仕方なく銃をしまい、空っぽになった手を天井に向けながら訝しげに見つめる。
だが、その手を握ったり開いたりしてようやく気づいた。
「なるほど、手に力が入らない。」
いやなるほどなんて言っている場合じゃない。
これは少々まずいことになったかもしれない。
そう焦っていると、部屋の外の足音が止まり、扉がガチャリと開いた。
「やばいかも。」
その音に肩をビクリと震わせ、私は開いた扉の方を見た。
「お目覚めね。」
開いた扉に立っていたのは青い服を着た金髪の女性。
その手にはお洒落な銀のティーカップを持っていた。
見覚えのあるその姿に、ピンと張っていた緊張が一気に緩む。
「…アリス。」
その女性、アリス・マーガトロイドは手に持ったティーカップを机に置き、私の傍に歩いてきて私の額に手を当てた。
アリスの白い顔が近づくと共に、ひんやりとした柔らかい感触を感じる。
数秒して、アリスは目を瞑りながら頬を緩ませた。
「熱は大丈夫そうね、よかった。」
そう呟くと、アリスは目を開けて手を離した。
大きくて綺麗な青い瞳が私を見つめる。
引き込まれそうなほど澄んだ瞳に魅入ってしまいそうになった所で正気に戻った。
気を取り直してアリスにお礼を言う。
「アリスが助けてくれたんだ、ありがとね。」
「あなたにはお世話になってるし、そのお礼よ。温かいの持ってきたから飲んで。」
アリスが器用に指を動かして人形を操ると、可愛らしい人形が机の上にあったティーカップを私の所に運んできた。
ティーカップには紅い液体が満ちており、温かい湯気を放っている。
芳醇な紅茶の香りをすぅっと吸い込み、カップを傾ける。
「……うちの茶葉だこれ。」
味と匂いですぐにわかった。
これは私の店…というより、私が働いている店で販売している紅茶の葉だ。
私がそう言うと、アリスはふふっと微笑んだ。
「そうよ、あなたの所の紅茶が1番美味しいの。」
「お得意様だね。助けてくれたのがアリスでよかったよ。」
そう言ってふふっと笑った私は、毛布をはだけさせて力の無い手を使って立ち上がろうとする。
その瞬間、身体中にズキリとした痛みが走りバランスを崩してしまう。
危うく倒れそうになったが、さっとアリスが支えてくれたので事なきを得た。
「灯音、軽く治療はしたけど動ける状態じゃないからあんまり動かないで頂戴。」
「ごめん、ちょっと外の空気浴びたくてさ。」
身体は全然動かないが、整理したいことが多いので一旦外の空気を浴びたい。
頭をスッキリさせれば霧の湖で倒れていた理由も思い出せるかもしれない。
すると困ったような微笑みを浮かべたアリスは、私の腕を掴んだ。
「仕方ないわね…ほら、肩貸すわよ。」
ありがとう。と私はアリスの肩に腕を回し、アリスにサポートされながら立ち上がった。
歩きながら、いつの間にか畳まれていた上着を手に取って、安定しない足元に苦戦しつつもアリスの助けで家の外に向かう。
家の外には小さなバルコニーがあり、いくつかのタオル等が干されていた。
バルコニーに置かれた椅子になんとか座り、ふぅっと一息をつく。
「私はご飯を作ってくるから、何かあったら呼んで頂戴。」
「わかった、ありがとね。」
お礼を言うと、アリスは手を上げて家の中に戻っていった。
ここは魔法の森。結構危険な所ではあるが、ある程度幻想郷に慣れていればどうってことは無い場所だ。
遠くから中小妖怪の鳴き声がキュルキュルと反響する。
それがまるで小鳥のさえずりのようで、気分がリラックスしてきた。
「さて…と、倒れる前の記憶を引っ張りだそう。」
ポケットを弄り、“平和”と書かれた古ぼけたパッケージと装飾が錆び付いたジッポライターを取り出す。
パッケージをトントンと軽く叩いてやると、筒状になった純白の紙が出てくる。
その筒を器用に咥えて引っ張り出すと、次はカチンという音を立ててジッポライターを開く。
そして着火し、“平和”に火をつける。
「平和に火をつける冒涜、煙草は美味しいね。」
煙をすぅっと吸ってふぅっと吐く。
乾燥した冷たい風が頬に当たり、私に冬を実感させる。
少し寒いので、煙草を口に咥えながらライダースのチャックを閉める。
二口ほど吸ってから、再び記憶を探るのだった。
○
「チルノと大妖精、遅いわね…」
今日はいつもより寒くなるということで、温かい味噌汁を作っている訳だが…
永遠亭に遣わせたチルノと大妖精が戻ってこない。
道草を食っているのか、それとも何かあったのか。
「どちらにせよ、今灯音を1人にしたらまずいわよね。」
あの怪我はどう見ても人為的なものであった。
つまり、灯音は何者かに狙われている可能性が高いということだ。
それなら、弱っている今の灯音を1人にするのは危険である。
「祈るだけ…ね、神は崇拝してないのだけれど。」
はぁっとため息をつき、私は千切りにした大根を鍋の中に入れた。
次回チルノと大妖精サイドです。