二つの意味で古臭い香霖堂の奥の部屋。
その部屋は畳の青い香りが満ちており、まさに古来の風流を感じさせる。
太陽が真上に来た頃、そんな狭くとも風情のある部屋で私達三人は休憩していた。
「初仕事はどう?」
「色々な物があって楽しいわ」
「飽きた」
うん、ハッキリ分かれた回答が聞けてお姉さん嬉しいよ。
結局あの後に客が来ることはなく、昼休憩の今まで私達は同じ事を永遠と繰り返していた。
商品整理は正直いくらでもできるからいいが、掃除は狭い店内じゃすぐに終わってしまう。
つまり、客が来なければ無意味な掃除を延々とし続けなければならないのだ
夢月が飽きるのも無理はない。多分私だって飽きる。
すると、外で作業をしていた霖之助が裏口から現れた。
「どうやらお疲れのようだね」
霖之助は両手に有象無象を抱え、私達(特に夢月)を労わった。
「私この仕事向いてない。てか、働きたくない」
「働け居候。」
「うぐ〜」
巫山戯た事を抜かす夢月を一刀両断し、私は煙草に火を灯す。
頬を膨らせた夢月は両手を畳につき、腕全体に寄りかかるようにして天井を見上げた。
カメリアも夢月も、幼さを出すのが得意らしい。
…なんかムカつく。
頬を膨らせる夢月に、霖之助は「そういえば」と顎を撫でながら言った。
「力に自信があるなら、人里で妖怪退治とか警察だとかの募集もあるよ。近頃は妖怪も多くなってきて、霊夢だけじゃ回せないらしいからね」
「力に自信があるなら…?」
「力に自信があるなら」その言葉に真っ先に反応したのはカメリアだった。
これはあまり良くない流れだ、下手したら私もやるだとか言いかねない。
しかし、カメリアは付け足して何か言おうとしていたが、何を思ったのか何も語ることなく煙草に火を灯した。
「こんな狭くて埃っぽい店よりは良さそう、そっちにしようかな」
「……別にいいけど、ここに店主いるんだからね?」
そう言って苦笑する霖之助に対し、夢月はそんな事知らぬ存ぜぬといった様子で口笛を吹いた。
悪魔なだけあって、やっぱり性格も尖ってるのかもしれない。
しかし、悪魔が妖怪退治とは…なんというか不思議な感じがする。
ふんふんと頷いた夢月は、重ねて霖之助に聞いた。
「ちなみにそれ、どこ行けばいいの?」
「人里に貼り出されている退治依頼をこなして、終わったら依頼人の所まで報告に行って終わりさ」
「ふーん…じゃ、私早速行ってくる」
相当飽きていたのか、夢月はやり方を教わるや否や天狗のようなスピードで飛び去って行った。
退治の対象となる妖怪には、弱い個体から強い個体まで様々なレベルがある。
それを伝え忘れていたが、まぁ夢月なら大丈夫だろう。
それよりも大事なことを忘れていた。
「…夕飯どうするんだろ。」
「大丈夫よ灯音、それを貴女が考える必要は無いわ」
「喧嘩売ってんの?……いやまぁ、でも…カメリアに任せるよ。」
今朝の食事で私の料理評価は大幅に落ちたらしく、夕食の話は微笑みながらカメリアに奪い取られた。
一瞬ムカッとしたがどうせ否定できないので、諦めた私はカメリアに夕食の全てを委ねることにした。
「二度とご飯作ってやんない…。」
「そんなに拗ねないで?」
私が拗ね散らかしていると、玄関扉がカラカラと開く音が聞こえてきた。
どうやら漸く私の出番が来たらしい。
私は急いで煙草の火を消し、玄関の方に向かう。
「いらっしゃい。ん、初めまして。」
「ふふっ、初めまして」
殆どが常連客で構成される香霖堂で、珍しく一見の客が現れた。
上品に笑ったその女性はウェーブのかかった翠色のショートボブで、優雅な赤いチェックのワンピースを纏っている。
よほど赤いチェックが好きなのだろう、手に持った日傘もチェック柄である。
(日傘…ね。)
そんな清楚な雰囲気を醸し出す女性、その奥底に宿る黒い何かを感じ、私は警戒しつつなるべく普通の対応を続けた。
「何をお探しで?」
「う〜ん、悪魔かしらね?」
「悪魔…。」
私は緩急をつけ、踵を何度か踏み鳴らした。
わざわざここまで来て悪魔に用とは、普通では無い。
悪魔といえば夢月、夢月に関連した日傘といえば幽香…流石に考えすぎかもしれないが、警戒しておいて損は無い。
その女性は日傘の先端を床につかないように浮かせながら店内を歩き始めた。
私は警戒心を解かず、それでいて表情で悟られないように狭い店内で幽香とすれ違う。
「隠しきれてないわよ」
「ッ!!」
すれ違う瞬間、その女性は突如此方を向き私の首を片手で絞めあげてきた。
警戒はしていたがその速度に反応出来なかったうえその女性の握力が異常な程に強く、振りほどく事が出来なかった。
死を覚悟したその時、店内に銃声が轟いた。
「逃げるわよ灯音!」
どうやら私が踵を打ち鳴らした須臾にカメリアは状況を理解してくれていたようで、カメリアはデザートイーグルを構えたまま私を手招きした。
足に銃弾が直撃し、女性の力が緩んだ隙をついた私はその女性を振りほどいてカメリアの所へ走る。
「逃がさないわ…ッ!?」
私の後を追おうとしたその女性は、一歩あるいてガクリと体勢を崩す。
おそらくカメリアの放った銃弾が足の神経を破壊したのだろう。
カメリアの恐るべき射撃力に脱帽しつつ、私はカメリアと共に裏口から逃げたのだった。