東方空蝉録   作:Amaryllis___

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戦慄の合流

仕事が退屈で、香霖堂から飛び出して早数分。

私は数多の人が行き交う人里でポツリと佇む掲示板を眺める。

 

 

 

「退治依頼、湖の守護者……ふーん」

 

 

 

私はとある一つの依頼に目を奪われていた。

 

“人里を抜けて北に五十里歩いた湖にて、胸に巨大な目玉を携えた武人を彷彿とさせる風体の巨人が出現。

湖に近寄る者を無差別に襲うことから、守護者の名が授けられた妖怪。

畔に咲く薬草、清月の花が採集出来ず困っているので退治して欲しい。”

 

文章で解説されたビジュアルだけでやりごたえをたっぷり感じる。

報酬も中々美味しく、この一回の依頼で暫くは楽が出来そうだ。

 

 

 

「これにしよ、久々に解体しちゃうぞ〜」

 

 

 

うに〜っと喉の奥から声を出しながら体を伸ばし、私は受注する依頼用紙を剥がして懐に仕舞った。

 

それにしても私はこれから依頼をこなしに行く訳だが、どうも行き交う人間達からの視線を多く感じる。

人里じゃメイド服は目立ってしまうのかもしれない。

 

 

 

「そこのチャンネー、俺の専属メイドになんな〜い?」

 

 

 

「おっ、美人メイドとか俺得じゃ〜ん!」

 

 

 

「まずうちさぁ、ベッドあんだけど…ヤってかない?」

 

 

 

くっだらない程に馬鹿で低俗な人間の男達が私に寄り付いてきた。

コイツらは光に群がる蛾か何かか?私の魅力が世界で1位2位を争う程のトップレベルなのは百も承知だが、それにしても鬱陶しいものは鬱陶しい。

 

 

 

「死ね」

 

 

 

こいつらは私が悪魔である事を知らないから調子に乗っているのだろう。

しかしだからと言って、人間を無闇に殺すとそれはそれで後がめんどくさい。

仕方が無いので、私は悪態をついてその場から立ち去ることにした。

 

 

 

ひとまず依頼の案内通り、人里を抜けて北に向かわなければならない。

幻想郷でもある程度名のある場所なら基本は知っているが、この依頼のように名のない場所は行ったことがない。

西には霧の湖、東には博麗神社裏の湖、北には守護者のいる湖…とすれば、南にはどんな湖があるのだろうか。

 

 

 

「薬草か〜…人間はすぐ病気に罹って大変ね」

 

 

 

人里の喧騒を一歩出ると、見晴らしの良い草原が眼前に拡がった。

青い若葉と冷たい水蒸気の香りが鼻をくすぐる。

 

夢幻世界が一番だが、幻想郷も捨てたもんでは無さそうだ。

ここを支配したい幽香の気持ちも、わからないことはない。

だが、姉さんすら奪った彼奴に協力する気など微塵も無い。

 

 

 

「…今は考えても無駄ね」

 

 

 

そう言って余計な考えを切り捨てた私は、ふと脱力した右手を見据える。

その右手の掌に少し力を注ぎ込んでやると、バチバチと紫電を放つ黒い光球がポォっと出現した。

 

 

 

「うん、調子は良さそう」

 

 

 

光球の具合を確かめて安心した私は、その光球を握り潰し北方へ向かって歩き出す。

この光球は私が戦う時に大概使う魔法で、接触した対象の筋力を痺れさせて感覚を狂わせるものだ。

特別決まった名があるわけではないが、私はトリップダークと呼んでいる。恥ずかしくて人には言えないが。

 

湖までは五十里。

それなりに距離があるようだが、景色も良い事だしのんびりと歩いていこう。

 

…そう思っていると、背後から記憶に新しい声が聞こえてきた。

 

 

 

「やっと見つけたよ夢月。」

 

 

 

「そんな息切らしてどうしたの?」

 

 

 

振り返ってみると声の主は灯音で、隣にカメリアも息を切らして立っていた。

灯音の首には女性らしい手の痕が赤く残っており、私はなにか事件があったのであろう事を須臾に理解した。

 

 

 

「…何があったの?」

 

 

 

「翠色の髪に赤いチェックのワンピースの日傘…。」

 

 

 

灯音の返答を聞いた私はすぐに全てを理解した。

その特徴こそ私が最も忌むべき存在、幽香である。

つまるところ、彼女は香霖堂で幽香に襲われたのだろう。

そして、逃げてきた。

 

逃げとは一般的には恥であるし、私もそう思っている。

しかし、相手が幽香であるなら話は別だ。

幽香に襲われたのならば、逃げたのは賢明な判断だっただろう。

 

 

 

「そいつは幽香だね、逃げたのは正解だったと思うよ」

 

 

 

「あんな凶悪なオーラを纏う奴初めて見たわ…悔しいけれど、私と灯音じゃきっと太刀打ちできなかった」

 

 

 

どうやらカメリアは多少不服な点もあるようだが、実力があるだけに格の違いは理解できているようだ。

とても外来人とは思えない女達である。

とはいえ、この女達も私にとっては格下なんだけどね。

 

でも、きっとこの二人と協力しないと姉さんを取り返すことはできない。

なんとなく、そんな気がするのだ。

 

 

 

「…ひとまず今家に戻るのは不味いよね。ちょうど今妖怪退治の依頼行こうとしてたから、時間潰し兼ねて一緒に行くわよ」

 

 

 

「わかった、どこに行くの?」

 

 

 

「北に五十里歩いた地点の湖らしいわよ」

 

 

 

特別なにか事件がある訳では無いだろうが、私達は念の為周囲に気を配りながら歩き始めた。

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