人里から五十里ほど歩いた地点に存在する湖。
無風にもかかわらずその延々と揺らぎ続けるその水面は、降り注ぐ陽光をパチパチと反射させていた。
「こんな所があったなんて初めて知ったな…。」
湖を眺めながらそう呟く灯音を横目に、私は肝心の“守護者”とやらを探してみるが、畔を見渡す限り守護者らしき存在は見当たらない。
しかしその代わり、畔には瑞色の花が大量に咲き誇っていた。
「眩しいわね…」
その声に反応して後ろを振り返ると、眩い太陽を鬱陶しそうに睨みつけたカメリアが煙草に火を灯して目を伏せていた。
白い髪と白い肌が、降り注ぐ陽光によって更に白く美しさを醸し出す。
「光が異常な程に乱反射してるね…それにしても綺麗な清月花、こんな所にも咲いてるんだ。」
カメリアにそう答えた灯音は、カメリアと同じく煙草を吸いながら畔に咲く清月花群を見つめた。
私は私で目的を早々に果たして帰りたい気持ちでいっぱいなので、灯音の言葉に何を返すでもなく近辺に何かしらの手がかりがないか探索する。
“清月の花が採集出来ずに困っている”
ふと私の頭の中に、依頼書に記述されているそのフレーズが浮かんだ。
清月の花が採集できない…つまり依頼主は清月の花の為にこの湖に来ていたという事だろう。
…という事はまさか
その瞬間、湖が爆音を轟かせて爆ぜた。
戦慄を感じ、ハッとして音のした方を見ると、湖の中から4mはあろう巨体が大刀を灯音に振り下ろそうとしていた。
「ッ!?」
「灯音ッ!!」
しゃがんで清月の花を眺めていた灯音に襲いかかる巨大な刃。
私は咄嗟にトリップダークを巨人に放つが、光球が着弾するよりも前に巨大な刃は灯音を切り裂こうとしていた。
どうやらカメリアも銃を取り出そうとしていたようだが、やはり咄嗟の出来事で間に合わなかったようだ。
「間に合わないッ!!」
絶体絶命。
そう思った瞬間、巨人の丸太のような腕が血肉を散らせて弾け飛んだ。
脳に響くほどの低音で叫び声をあげた巨人が弾け飛んだ腕を抑えながら悶える。
「危なっ…。」
渦中にしゃがんでいた灯音が、額に滲んだ冷や汗を腕で拭いながらゆっくりと立ち上がる。
立ち上がった灯音の手には、灯音が私と出会った時に持っていたショットガンが握られていた。
あの状況で反応できるなんぞ、やはり外来人にしては異常である。
それはさておき、一先ず一安心だ。
「…死んだかと思った」
私も私で額に滲んだ冷や汗を拭い、カメリアと一緒に灯音のもとへ走り出す。
大量の返り血を浴びた灯音の姿は修羅を彷彿とさせる風体で、出会う者全てを恐怖に陥れそうな程の狂気を孕んでいた。
「灯音、大丈夫?」
「身体は大丈夫、心は吃驚。」
心配そうに灯音のもとへ走り寄ったカメリアは、それを聞いて安堵の表情を浮かべた。
いやまぁ、安堵したのは私も例外ではないが。
油断していた訳では無いが隙を突かれた私はなんとなくプライドを傷つけられた気がしたので、未だ悶え苦しむ巨人に改めてトリップダークを放つ。
それにしてもホント、トリップダークってダサいネーミングだと思う。
「ひとまず二人は下がってて、私がサクッと終わらせるよ」
「わかった、任せるよ。」
私は二人の保護者という訳ではないが、最強の私が居ながら二人を危険に晒した事実がどうしても許せず、私はその憤りを全て巨人に向けることにする。
悶え苦しんでいた巨人はもう片方の腕で大刀を手に取り、私に鋭い切っ先を向けた。
「このバカに絶望を味合わせてやる」
本来こんな奴相手に使うまでも無い力だが、今は憤りが治まらないので
そう思って、両手を広げて目を閉じる私。
すると辺り一帯が段々と真夜中のように冥くなり、地が鳴動し始めた。
幻想郷に蔓延る全ての呪怨をこの一身に集める。
私に大刀を振り下ろそうとする愚かで哀れで低俗な巨人を、私は冥く澱んだ色に変色した瞳で睨みつけた。
「呪怨に怯えて逝けッ!!!!」
私がそう叫んだ瞬間、私の身体から悍ましい悲鳴をあげながら黒い大澱達が放たれる。
すっかり冥くなった湖にて、冥府を彷彿とさせるような恐ろしい光景が展開されたのだった。