鳴動する大地、木霊する絶叫、冥い霧に包まれた畔。
大地は裂け、その断層には湖の水が大量に流れ出している。
「なにこれ…。」
「…夢月も良い趣味してるわね」
夢月の全身から放出された冥い澱みは悲鳴を止めることも無く、依然巨人へと襲いかかっていた。
大澱に飲み込まれた巨人は低い唸り声をあげてもがき苦しんでいる。
完全な“負”の権化ともいえるその澱みは、ついに巨人の頭の中にまで流れ込んでいった。
「アハハハハッ!!!!」
澱みを放出している夢月は両手を広げ、この世のものとは思えない程に悍ましい笑みを浮かべている。
冥いオーラを纏いながら高笑いをする夢月の頬には黒い涙が伝っていた。
夢月は冥く澱んだ瞳を見開き、喉が潰れそうな程に大きな声で叫んだ。
「
夢月が叫ぶと、大澱が放っていた悲鳴がピタリと止み、完全な静寂が訪れた。
──と思ったのも束の間、巨人にまとわりついていた澱みが爆ぜて凄絶な事態を生む。
爆音を響かせた澱みは巨人をいとも容易く粉々にし、飛び散った肉塊ですら黒い灰に変えた。
私がその凄惨な光景を目の当たりにして言葉を失う一方で、カメリアがぽつりと放った一言。
「…すべて聖絶のものは最も聖なるものであり、主のものである」
目元に陰りが刺し、珍しく微笑みの消え失せたカメリアの表情。
訝しげに思った私は、疑問をカメリアにそのままぶつけてみる。
「…何のセリフ?」
私がそう聞くと、カメリアはハッとしたように此方を微笑みを向けて答えた。
取って付けたような微笑みに私は気付いていたが、敢えて触れないでおく。
なんとなく、そうした方がいい気がした。
「モーセ五書のうちの一書、レビ記に記述されている内容よ。
「…カメリアってホントに博識だよね。」
モーセ五書。
ペンタチュークとも呼ばれ、旧約聖書の最初の五書の事である。
私もその存在は知っているが、読んだことは無いので内容までは全く知らなかった。
その中の一文を容易く記憶から引き出すとは流石と言うべきか、カメリアの脳内がどうなっているのか一度解剖して見てみたいものだ。
そんな事を考えていると、巨人との一戦(一方的な蹂躙)を終えた夢月が気怠そうにして戻ってきた。
「サクッと終わらせてきたわ、証拠もしっかり採れたし安心。」
ふわぁと大きな欠伸をする夢月の手には一輪の清月の花が握られている。
先程まで冥く澱んだ瞳を携えていた夢月だが、瞳の色はすっかり元の金色に戻っていた。
「お疲れ、なんか凄い邪悪な魔法だったね…。」
私の労りの言葉に対し、夢月はアハハと乾いた笑いを浮かべた。
「私の能力は全ての大地に宿る怨念を実体化させる事が出来るのよ。見てくれは悪いけど、とても強力でしょう?」
あのような巨体を一撃で葬り去る事が可能だなんて、それは最早強力どころの話ではない。
もし夢月が敵対していたとしたら、私達の命は簡単に奪われてしまうのだろう。
そう思うと、背筋が凍る思いである。
「…幽香はもっと強いんだ?」
「…そうね、あれは化け物よ」
夢月を心強く思う一方、その夢月ですら単体では適わないという幽香に私は恐怖する。
そんな化け物に自分が狙われているのだと思うと、とてもじゃないが一人で夜道は歩けないだろう。そう思った。
「…ひとまず、帰ろっか?」
「そうね…」
「帰りましょ…」
私を含むこの場の三人は、疲労を伺わせる顔立ちでのんびりと帰路に着く。
冥い霧はすっかり晴れ、空は既に宵の表情を見せ始めていたのだった。