「ふむ…。」
温かいお茶を火傷しないように少しずつ喉に通しながら、私は炬燵に残された書き置きを眺めていた。
「紅魔館ってあれだよね、紅涙を贈ってくれた…」
吸血鬼、レミリア・スカーレットが治めるという紅魔館。
香霖堂で働いている私に、わざわざ紅涙というワインを贈ってくれたその人だ。
カメリアが紅魔館に行く理由、それは恐らくレミリア・スカーレットに会うためなのだろうが…
何故レミリア・スカーレットに会いたいのかが分からない。
紅涙が相当気に入ったからか、伝説になっている吸血鬼に興味があるからか、考えられる理由はそれくらいだ。
「私招待されてるんだし、起こしてくれれば行ったのに。」
紅涙に付属していた私宛の手紙には、館へ招待する趣旨の内容が書かれていた。
その話はカメリアにもしたはずだが、忘れてしまったのだろうか。
カメリアったら…おっちょこちょいなんだから!☆
……27歳ですけど何か?
「…夢月起こして朝ごはん食べたら行こっかな。」
くだらない思考をズバッと断ち切り、私はひとまず夢月を起こしに行くことにした。
○
カツン、カツン
硬い石床とブーツがぶつかる音が、暗い密室で反響している。
懐古的な趣を感じさせる鉄扉は多少錆び付いてはいるものの、今も尚衰えを見せない催しでその姿を構えていた。
ギィィと重い金具同士が擦れ合う音を響かせながら、その鉄扉は私の為に道を拓く。
その鉄扉の先に一歩足を踏み入れると、聞き覚えのある幼い声が聞こえた。
「………誰?」
姿こそお互いに見えていなかったが、私はその声の主を知っていた。
私は微笑み、その声に反応した。
「久しぶりね……フラン?」
私の声に対し、その幼い声は息を飲むような音を発して黙った。
暗く広い密室で、石床に雫がぶつかる音が反響した。
ぽた、ぽた、ぽた
その音は止むことを知らず、それどころか徐々に数を増やしていく。
幼い声の少女、フランは震えた声を発した。
「カメリア…
そう言ったフランは、物陰から顔をひっそりと覗かせた。
白いナイトキャップを被った金髪の少女、フラン。
紅い瞳を携え、背中から生えた羽は七色の石に彩られている。
正式な名前はフランドール・スカーレット。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットの妹である。
かつて現世に居た頃、レミリアが吸血鬼であることに気付いた人間たちが紅魔館を襲った。
それからレミリアは、フランに危害が及ばないように隔離して守っていたという。
「せっかく幻想郷に来たというのに、どうしてまだ幽閉されているの…」
幻想郷はほぼ全ての人間が妖怪達を恐れている。
絶対的な存在、覇者であるという認識が根強く残っているからだ。
それならば、幽閉までしなくても幼いフランを守ることは出来るはず…
「それはフラン自体が危険だからよ」
「ッ…音もなく背後に来るのは心臓に悪いわよ、レミリア」
突如背後から聞こえてきた幼い声。
振り返って見るとその正体は館の主、レミリア・スカーレットだった。
薄いピンク色のドレスとナイトキャップを着用しており、瑞色の前髪から覗く瞳は真紅色である。
そして何よりも、背中からは蝙蝠のような黒い翼が生えていた。
「500年ぶりくらいかしらね?カメリア姉様?」
チリチリとした空気が暗い密室を支配している。
私は尚も口角を上げながら、レミリアを睨みつけた。
「何が姉様よ、思ってもない癖に」
「思ってるわよ、場所を変えましょう?」
レミリアはそう言うと、私達に背を向けながら手招きをした。
私はため息をつき、フランと共にレミリアに着いて行ったのだった。
○
「つまりカメリアは朝っぱらからワインを煽りに行ったってわけ?」
「いや、それはどうだろ…。」
漸く起きた夢月と共に朝食を摂る私。
曲解する夢月に苦笑を浮かべ、煙草に火を灯す。
味付けを失敗しないように、今日の朝食は白米と刺身にした。
刺身に使う醤油は幻想郷では高級品であり、無駄にしない為に慎重に小皿に注ぐ。
幻想郷には岩塩が採れない上に海がないので、塩を入手する事が非常に困難だ。
というより、この幻想郷でどうやって塩を手に入れるのかが謎すぎる。
一度霖之助にも聞いたことがあるが、その答えは霖之助でさえ「知らない。」だった。
それはさておき、モグモグと咀嚼する夢月に私は味付けの具合を恐る恐る聞いてみた。
「夢月、おいしい…?」
「………」
依然モグモグと咀嚼する夢月。
私は落ち着かずにその様をただひたすら眺めた。
やがて咀嚼が終わってゴクリと喉に通す音が、私に生唾を飲み込ませる。
「ッ〜〜美味しいっ!!」
「まじ!?っしゃオラァ!」
嬉しい感想に思いっきりガッツポーズをかます私。
ホントにすっごいニコニコしながら言ってくれたからすごい嬉しい。
……いや私味付けしてないし、美味いのは素材の味なのでは?
「…そんなことより、食べたらカメリアの後を追おうと思うんだけど、夢月はどうする?」
すると夢月は少し考えるように「う〜ん」と唸り、数秒してから答えた。
「行くよ、もしもの事があったら困るし」
「わかった、もしもの事があったらごめんね。」
「大丈夫、悪魔にお任せあれ!」
今日の朝食が相当気に入ったのか満面の笑みでガッツポーズをキメた夢月、安心感が違う。
頼れるその姿に安堵し、私は食べ終えた二人分の皿を片付け始めたのであった。