───霧の都、イギリス
その街ではかつて、誰もが恐れ慄く吸血鬼の女が存在していた。
真名は語られず、その存在だけが蹂躙する街。
瑞色の髪を下ろし、紅い瞳を携えたそれはさながら悪魔のような出で立ちをしていた。
誰もがその吸血鬼を恐れる中、たった一人それに立ち向かった男がいた。
彼もまた真名は語られていないが、伝説だけは未だに闊歩している。
彼は自らの事をヴァンパイアハンターと名乗り、数多の吸血鬼退治法を模索して実践を続ける。
幾度も吸血鬼退治に足を運び、幾度も三途の川に片足を突っ込んでいた。
時には十字架を掲げ、時にはニンニクを投げ、時には銀の剣を振り下ろし…
血の滲む様な努力の末、彼は銀製品が最も有効であるという結論に辿り着いた。
しかし、その結論に辿り着いたと同時に彼はふと思ってしまった。
彼女は自分が襲われた時にしか牙を剥かない。
街の輩が吸血鬼に殺されたという話も、それは彼らが彼女を襲いに行ったからなのではないか。
人は理解できない存在を忌み嫌い、排除しようとする。
それは一重に己の為だけに、他の存在を滅するという事だ。
ヴァンパイアハンターとして致命的な思考に至ってしまった彼は、とある緋色月の晩に彼女に問いかけた。
「俺がやっている事は、正しいのだろうか?」
彼は酷く悲痛な面持ちで言った。
それを見た彼女は彼に背を向け、顎に手を置いて空を仰ぐ。
何秒経っただろうか、彼女は彼に向き直って微笑んだ。
「…型に収まらない存在を淘汰するのは、生物として当然のことよ。」
彼女は取り繕っていたが、彼はその微笑みに確かに悲哀の念が存在している事に気付いた。
気付いてしまった。
そんな彼はついに武器を捨てたのだ。
ヴァンパイアハンターとして失格だという事は分かりきっている。
だが、それでも彼は…
「俺は、君の刃となろう」
ヴァンパイアハンターという役職を捨てた。
それが彼女の思惑通りだとしても、最早それは取るに足らない事であった。
彼らはいつしか互いを求め合うようになり、一人の子を成す。
名はカメリア、ハーフヴァンパイアである。
子には吸血鬼である母親の苗字を授け、彼女はカメリア・スカーレットとして生きていくこととなる。
彼らはその娘を溺愛し、多幸な生活を送っていた。
しかし、それも長くは続かない。
理由は簡単だ。
彼女は吸血鬼でも、彼は真人間なのだ。
彼はやがて老衰し、涙を流す彼女を他所に静かに息を引き取った。
千年もの時が流れ、彼女は別の吸血鬼と結ばれる。
その吸血鬼は精神病を患っており、彼女は婿を献身的に支えていた。
そしてヴァンパイアハンターが遺した唯一の宝物を愛しながら、彼女は新たに二人の子を成した。
姉をレミリア、妹をフランドールと名付けた彼女は、三人の子を大切に育てる。
しかし、精神病を患っていた婿は発狂し、やがて愛していたはずの彼女を殺めてしまった。
その後、自らの過ちに気付いた彼は己に銀の刃を突き立て、自殺してしまう。
そして残された三人の娘。
彼女達は姉妹で協力して生きていこうと決意した。
しかし妹のフランドールは父親の血を大きく引いており、やがて父親と同じく精神病を患ってしまう。
フランドールの“ありとあらゆる物を破壊する程度の能力”もあり、情緒不安定な彼女は姉二人にとっても危険な存在となってしまった。
その脅威故、レミリアは彼女を地下に幽閉する事に決めたが、カメリアはそれに納得がいかなかった。
しかし二人は分かり合えず、いずれカメリアは館を去ってしまう。
紅魔館はレミリアとフランドールの二人だけとなり、館主としての座を手に入れたレミリアは徐々にその勢力を拡大していった。
様々な事業を立ち上げ、様々な力を得、様々な仲間を迎え入れ、紅魔館は従来とは比べ物にならない程に大きくなっていく。
そして500年もの時が流れ、ロシアの軍人として職に就いていたカメリアは柊灯音に出会ったのだった。