「永琳か鈴仙を呼んできて。」
アリスにそう言われ、あたい達は全速力で永琳たちがいる永遠亭に向かっていた。
永遠亭とは幻想郷唯一の診療所と言うべきか…まぁ医者がいる所である。
さて、“向かっていた”という表現をしたのにも関わらず、あたい達はまだ永遠亭に着いていない。
永遠亭は“迷いの竹林”と呼ばれる地に存在している。
迷いの竹林とは、来る者を拒むかのように鬱蒼とした竹が生い茂っている為、慣れていない者が1度足を踏み入れようものなら9割方は彷徨い果てて餓死するような所。
まぁつまるところ、めっちゃ迷うわけだ。
「チルノちゃん…ここさっきも通らなかったっけ?」
堂々と先導しておいて一向に永遠亭に着かないあたいを訝しげに見つめてくる
「大ちゃん…あたいにはそれすら分からなかったよ…。」
むしろ“さっきと同じところ”ってなんで分かるの!?と叫びたいレベルであたいには分からなかった。
しょうがないじゃん、方向音痴なんだもん。
「ほら、あそこの竹に傷が…ッ!?」
「ん?どうしたの?」
大ちゃんは突然黙り、近くの竹を指さしながらあたいを見ていた。
目を見開き、顔は心做しか蒼くなっている。
いや、よく見ると大ちゃんが見ているのはあたいではなく、あたいの後ろ…
…何となく悪寒を感じ、後ろを振り返る。
「…え?」
恐る恐る振り返ると、そこには体長3mはあろう巨体。
丸太のように屈強な腕を携えた恐ろしい妖怪は此方を睨みつけていた。
って呑気に観察してる場合じゃない、今すぐにでも逃げないと食われてしまうのは確定的に明らか。
「チルノちゃん逃げてッ!チルノちゃんッ!」
「あ……あ……。」
しかし、思考と行動は時に一致しないものだ。
理論ではなく本能が「今すぐ逃げろ」と警鐘を鳴らしているのに、身体はそれを拒絶してガタガタ震えるだけ。
目の前の妖怪がヨダレを垂らしながら、その大きな腕を振り上げる。
(殺される…ッ!)
「チルノちゃんッ!!!」
暴力的な巨腕が眼前に迫ったと思ったその瞬間、別方向からの衝撃であたいは吹き飛んだ。
地に倒れた衝撃と共に視界が90度傾き、その横向きの視界に映った光景は、容易にあたいの心を掻き乱した。
そこには妖怪に腕を叩きつけられ、吹き飛ぶ大ちゃんの姿。
「…ッ!大ちゃん!」
瞬時に我に返り、吹き飛んだ大ちゃんの傍へ駆け寄った。
血こそ流していないものの、意識がない。
恐らく気絶しているのだろうが…。
「あたいを庇って…ごめん大ちゃん…」
こんなでかい妖怪に出会ったら誰もが恐れるだろう。
現にあたいは震えて動けなかった、でも大ちゃんとてそれは同じだったはず。
それなのに勇気を振り絞ってあたいを助けてくれた、あたいの大親友。
恐ろしい妖怪が大きな咆哮を上げて再びあたいに襲いかかってくる。
大親友が命懸けであたいを守ってくれたんだ、ここで守らねば最強の名が廃る。
「あたいは…っ!最強…ッ!」
身体の震えは止まらない、恐怖も消えない。
しかし、ここで逃げるわけにはいかない。
自分は“最強”なのだと言い聞かす。
そうして無理矢理にでも鼓舞しなければ、あたいはこの場で座り込んでいただろう。
「凍れぇぇぇぇぇ!!!!!」
あたいは氷の妖精、“冷気を操る程度の能力”を持っている。
とはいえ強大な妖怪を凍らせるほどの力はなく、本来ならこんな大きな妖怪に太刀打ちなど出来はしない。
それでもあたいは全身全霊を注ぐ。
この妖怪どころか、もはやこの竹林全体を凍らせる勢いであたいは力を込めた。
「〜〜!?〜!?」
足が少しずつ凍りついた妖怪は、咆哮を上げて足を止めた。
それでもあたいは力を止めない。
「絶対…凍らせてやるッ!!!」
無理な力の行使で頭に激痛が走る。
それでもあたいは力を注ぎ続けた。
妖怪の膝、腰、胸まで凍りついた時、とうとう妖怪は咆哮をやめた。
「…!いける!!!」
それがあたいに一瞬の油断を生んだ。
ほんの少し、ほんの少しだけ力を緩めたその一瞬、妖怪の身体に纏われていた氷が砕け散り、妖怪は再び咆哮を上げた。
「グオオオオオオッ!!!」
「そんな…っ!」
一瞬でも気を緩めたのが間違いだった。
氷の呪縛から解き放たれた妖怪は勝利を確信したように叫び、此方に向かってくる。
しかし、あたいにはもう能力を行使するだけの力が残っていない。
絶体絶命。そんな言葉がピッタリに当てはまるような、そんな状況。
「ごめん…大ちゃん…」
情けなく地面にへたり込み、ぽとりと雫を零す。
既に目の前にまで迫った妖怪が屈強な腕を振り下ろす。
恐れから反射で目を瞑り、これから来るであろう痛みを覚悟した。
その瞬間、顔面に強い熱を感じた。
覚悟していた痛みは無く、恐る恐る目を開ける。
するとそこには長い白髪をたなびかせた少女が背を向けて立っていた。
「随分と鈍いパンチだな、ウスノロ。」
不死鳥の如き炎を纏ったその少女は、妖怪のパンチを小指で止めていた。
必殺のパンチが止められた妖怪は、困惑する時間も与えられず大火に包まれた。
激しい炎に焼かれた3m程の巨体が、断末魔を轟かすことも無く無機質な灰と化す。
「おとといきやがれ、ウスラトンカチ。」
そう呟いた少女はあたいに振り返り、ニカっと歯を見せて笑ったのだった。