濃霧によって視界が奪われる湖を迷いなく進み続ける魔理沙。
相当通い慣れているのだろう、まるで霧がかかっているのが嘘かのようである。
躊躇なく歩みを進めていた魔理沙は突然此方に振り返り、進行方向を指さした。
「ほれ、あれが紅魔館だぜ」
魔理沙の指の先を見ると、そこには非常に立派な洋館が佇んでいた。
全体がレンガで出来ており、中央にはこれまた大きな時計塔が鎮座している。
そして何より大きな特徴はただただ紅い、目が痛くなる程には全てが真っ紅に染まっていた。
「すごいな…。」
「夢幻館より大きいわね…」
初めての紅魔館を前に、私と夢月は同時に感嘆の声を漏らす。
ここまで立派な洋館は、私が初めて酸素を肺に入れた日からただの一度も見たことがない。
「へへっ、そうだろうそうだろう」
「なんでアンタが自慢げなのよ」
照れくさそうに後頭部を抑える魔理沙に至極真っ当なツッコミを入れる夢月。
そんなやり取りをしていると、紅魔館の門から緑色のチャイナドレスを纏った女性が歩いてきた。
橙の長髪をたなびかせ、その頭には龍と書かれた帽子が被られていた。
「今日はお客さんが多いですね」
「よお
美鈴と呼ばれたその女性に得意気に話す魔理沙。
流石紅魔館に行くことをモーニングルーティンと言うだけあって、住民との友好度も伊達では無いらしい。
「初めまして、柊灯音です。」
これだけ大きな館となると、なんだか自分が場違いなような気がしてつい改まってしまう。
ほらまぁ、私なんて庶民だし。
こんな豪邸に招待される事すら恐縮なレベルだよ。
「灯音さんですか、話は聞いてますよ。そちらの方は?」
「私は夢月、灯音の付き添いよ」
美鈴に軽く自己紹介を済ませる私と夢月。
すると流石と言うべきか既に話は通っていたらしく、彼女はすぐに用を察したようだった。
それにしても夢月はこんな豪邸を前にしても平常運転。
ある意味安心な気もするが、なんとなく複雑な気分である。
すると美鈴は「わかりました」と一言添え、両腕をバッと広げた。
「私は紅魔館の門番、
「某テーマパーク感。」
「どこもかしこもネズミばかりね…」
本来なら「やったー!」とか言うべきなのだろうが、美鈴のその動作が私の記憶を妙に支配した。
きっとそれは夢月も同じだったようで、恐らく似たような事を考えたのだろう。
作品的にはグレーな発言を私と夢月は同時に言い放ってしまった。
「…ひとまず、お邪魔します。」
「はい!どうぞあがってください!」
気を取り直して改めて挨拶した私達は美鈴に促され、大きな門を潜り抜けた。
魔理沙もそれに着いてくるように歩いてくる。
「いやぁ〜テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなぁ〜」
両手を重ねて後頭部に当てるようにしながら歩く魔理沙。
しかしその魔理沙の表情はどこか上の空で、何かを誤魔化そうとしているように見えた。
すると魔理沙が門の境界に足を踏み入れようとした刹那、ガッという音を立てて魔理沙の肩に白い手が乗った。
「!?」
魔理沙の後方をよく見ると、先程私達を迎え入れてくれた美鈴が魔理沙の肩を掴んでいた。
「私は貴女を迎え入れたつもりはないんですけどね、魔理沙さん??」
「な、何言ってんだよ美鈴。私達友達だろう?」
笑顔を絶やさず、それでいて優しさをまるで感じない美鈴の表情。
過去に何があったというのか。
魔理沙は思うところがあるのだろう、酷く焦った表情をしていた。
そんな慌てふためく魔理沙に対し、無慈悲に淡々と語りかける美鈴。
「私知ってますからね?魔理沙さんがうちの図書館の本を勝手に借りてずっと返さないのも、
うちの倉庫から勝手にお酒とか持っていくのも、
昼間に窓の外から鏡で太陽光反射させてお嬢様に当てて遊んでるのも、
妖精メイドにろくでもないこと吹き込んでるのも、私は全部知ってますからね?
お陰様で、妖精メイドに“ガタガタ言うな、クソ野郎。”とか言われるようになったんですよ?」
「あーっ、あーっ、なんも聞こえねーなぁ」
永く淡々とした美鈴の怒りに対し、帽子の縁を掴んで顔を隠すことで防御をする魔理沙。
美鈴の発言を聞いてる限り、どう考えても魔理沙が悪い。
10:0とかそういう次元じゃない、10億:0くらい魔理沙が悪いだろう。
盗みはするしイタズラはするし、もう踏んだり蹴ったりだ。
てか魔理沙ターミ○ーター観たの?
「うわヤバ……行こ夢月…。」
「…あぁ、うん」
そんな魔理沙にドン引きした私と夢月は、魔理沙達に背を向ける。
まぁ案内してくれたのは確かだし、今度魔理沙が店に来たらなんかしらのお礼はしようと思う。
「助けてくれぇ〜」と私に叫ぶ魔理沙を無視し、紅魔本館へ歩き始めたのだった。
門の先は二方向の階段が展開されており、その階段を上ると煉瓦造りの大橋のような道が館の正面玄関まで真っ直ぐ続いていた。
その大橋は高度があってとても見晴らしがよく、私達は大橋から広大な庭を眺めて再び感嘆の声を上げる。
「ひっろ…。」
「ほんとね…多分庭だけで夢幻館が三棟は入るわよ」
ずっと言っているように、紅魔館の敷地は非常に広い。
とにかく広いのだ、東京ドーム何個分とか聞かれても分からないがとにかく広い。
もし例えるなら国立大くらいだろうか。
夢月は夢幻館が
つまり夢幻館も充分すぎる程に大きいという事だろう。
私の家は何軒入るかな?ん〜…たくさん!!ガハハ!!
…馬鹿じゃないの。
「…やっと着いたけど、なんかもうどこを見ても立派としか言えないね。」
「そうねぇ……何これ、このちっさい装飾だけでいくらかかってんのかしら」
漸く玄関前に着いた私達は玄関扉にすらも感動を覚える。
暗い茶色の扉に施された金装飾には、ミクロ単位の歪みすら許さないと言わんばかりに丁寧な職人技が見て取れた。
この扉だけで100万円超えてそうって感じ。
毎度毎度感動していては何も進まないので、私はひとまず玄関扉に手をかけてゆっくりと引いた。
重く低い音を立てながら開かれた大扉は、これまた豪華な装飾に彩られた内装を私達に披露する。
首が痛くなりそうな程に高い天井を見上げながらエントランスに足を踏み入れると、横から聞き覚えのある透き通った声が聞こえてきた。
「いらっしゃい、灯音」
突然の声にビクッと体を震わせ、声の主を見る。
すると青いメイド服に身を包んだ銀髪の女性が、私にニコリと微笑んで立っていた。
「びっくりさせないでよ…咲夜。」
「ふふっ、悪かったわよ。ところでその子は?」
「この子は夢月、私の付き添いで来てくれたんだ。」
彼女は十六夜咲夜。
話を聞く限りはここで働いているメイドらしい、私も最近知ったんだけどね。
やっぱり実際に招待されてない人を連れてくると聞かれるもんだね。
それは仕方ないことだとは思うし、良いんだけどね。
軽く紹介を済ませた後、どうやら咲夜が奥に案内してくれるそうで「着いてきて」と先導を始めた。
咲夜に着いていく私達…と思ったら、何やら夢月が暗い顔をして立ち止まっていた。
それに気づいて立ち止まる私と咲夜。
「…夢月?どうしたの?」
私は訝しげに夢月の顔を覗き込んだ。
「……許せない」
「え?何が?」
ブツブツと何かを呟いている夢月。
私が何とか聞き取れたのは“許せない”というフレーズだけだった。
すると夢月は咲夜の方を指さして突然叫んだ。
「キャラ被りは許せない!!!」
「「……はぁ??」」
思わず同時に同じ言葉を発してしまう私と咲夜。
え、何?同じ青いメイド服だからっていう、そういう事?
大丈夫だよ、メイド服の特徴が薄れても夢月は充分キャラ濃いから安心して。
「そこのメイド!私と勝負よ!」
「ちょっと夢月?」
このアホの子ついにとんでもない事言い出したよ。
私が夢月を止めようとすると、咲夜が私の肩に手を置いて私を制止した。
なんか嫌な予感。
「受けて立つわ。紅魔のメイドの力、見せてあげる。」
「人間のくせに良い度胸ね!さぁ始めましょ!」
はい、嫌な予感一瞬で的中。
もはや予言レベルだよね、私の勘当たりすぎてなんかもう…もう!
こっちはお邪魔してる側だし、それに加えて相手は人間。
夢月は自分の力の強大さを分かっているだろうし、その辺の加減はしっかりしてくれると思いたいけれど…。
「はぁ…もうどうにでもなれ。」
夢月を連れてきた事を既に後悔しつつある私は今にも始まりそうな戦いに背を向け、外に出て煙草に火を灯したのであった。