東方空蝉録   作:Amaryllis___

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穿かれし欲望

煙草を吸いながら楽観的な気持ちで仕事を始める私。

カメリアは現在風呂に入っており、夢月は暇そうに炬燵で肘を着いていた。

ひとまず、上から順番に消化していこう。

 

 

 

「さて、いきなり厄介なもん来たね。」

 

 

 

一番最初は“最も斬れ味の良い打刀”…とのことだが、これは歴史上最も斬れ味の良い打刀とされている虎徹が良いだろう。

私は武器マニアであり、もちろんその対象には刀も入っている。

虎徹はかつて現世に居た頃、現存する一本が神社に奉納されていたので、神主に頼み込んで一度拝見したことがある。

 

しかし、虎徹とは贋作の多い銘刀としても有名である。

虎徹が蔓延っていた時代では“虎徹を見たら偽物だと思え”といった言葉が流用されていたほどだ。

かつて私が拝見した虎徹も、神主曰く「本物とは断定できない」との事であった。

 

 

 

「一先ず召喚はしてみるけど…」

 

 

 

斬れ味を追求するのであれば贋作は許されない。

私はとりあえず記憶を頼りに既知の虎徹を一本召喚した。

 

柄部分に渋い茶の柄巻が丁寧に巻かれており、鍔という山を越えた先には漆黒の鞘が伸びている。

召喚した虎徹を手に取り、ゆっくりと鞘から引き抜く。

まずは最初に丁寧な装飾が施された金色の鎺が私を出迎え、美しい刃紋が波のように切先まで伸びていた。

 

 

 

「何度見ても綺麗だな。」

 

 

「それ何?」

 

 

 

唐突な声に反応して振り返ると、炬燵で暇そうにしていた夢月が私を眺めていた。

少し吃驚して一瞬だけ固まってしまったが、私は虎徹を納刀して夢月に渡した。

 

 

 

「打刀だよ、私の知ってる限り最も斬れ味の良い奴。」

 

 

「へぇ…ちょっと試し斬りしたいんだけど」

 

 

「物騒なこと言わないでよ…。」

 

 

 

試し斬りは当時、重ねた罪人の遺体を斬ることで行われていた行為だ。

我が家には遺体なんて無いのでそれと同じことは出来ないが、私が霧の湖で倒れていた間に腐ってしまった買い置きの肉が外に干してあった事を思い出した。

 

 

 

「よし、ちょっと来て。」

 

 

「ん?なになに」

 

 

 

最悪ゾンビ肉にでも出来ないかと思ったが、あれは身体壊す可能性がすこぶる高いので出来るだけ食べたくはない。

ならば折角だし、試し斬りに使おう。

 

私は夢月と一緒に裏口から外に出て、物干し竿に吊るしてある肉塊を見やった。

気候が気候なだけにそこまで酷い腐り方をしている訳ではなくて、外面だけ見れば普通の生肉と相違はない。

まぁ…匂いが酷いから外に吊るしたんだけどね。

 

 

 

「お嬢さん、コイツを斬るといい。」

 

 

「お、こりゃ失礼」

 

 

 

試し斬りができる肉塊を見て嬉しそうに虎徹を抜刀した夢月は、紅魔館でブラックニンジャソードを使った時のように脱力した構えで肩甲骨を回し始めた。

はてさて一体どんな一太刀を見せてくれるのか、見ものである。

 

すると風呂場にある木製の格子窓がガラリと開き、聞き慣れた声が耳に届いてきた。

 

 

 

「あら、それは私が頼んだ打刀?」

 

 

「やっぱりカメリアだったんだ、そうだよ。」

 

 

 

そこには窓から顔を出したカメリアが此方を見て微笑んでおり、露出した白い肩が湯気を漂わせていた。

肩から下は隠れているとはいえ、こんな夜空で灯りの点いた風呂場から身体を見せるなんて、私としては目のやり場に困るのでやめて欲しいものだが。

 

それはさておき、私とカメリアは今まさに斬撃を放とうとしている夢月を瞬きもせずに見つめた。

そして夢月が目をギュッと見開いた刹那──

 

 

ピュッ

 

 

 

──肉塊と空気を切り裂く甲高い音が庭に響き渡る。

夢月の動作を捉えきれなかったわけではないが、私達はそのあまりの疾さに驚いた。

 

夢月が虎徹を振り抜いた後、肉塊が定規で線を引いたかのような直線に沿ってドシャっと落下する。

切断面は完全な平面。

引くほど美しいその切断面に夢月を除いた私達はあまりの感動に言葉を失った。

 

しかし刀身に付着した腐った液体をピッと祓った夢月は虎徹を納刀し、私に返しながら不満げに呟いた。

 

 

 

「悪くは無いけど、多々良の打刀の方が斬れると思うよ」

 

 

「多々良…?っていうと最上大業物14工の一人、多々良長幸?」

 

 

 

多々良といえば有名なのは多々良長幸。

虎徹を打った長曽禰興里と同じく最上大業物14工の一人である刀工だ。

しかし多々良長幸の作品は少なく、語られる刀も非常に少ない。

もしかしたら現世で語られていないからこそ幻想入りしている銘刀が実はあるのかもしれない。

 

しかし夢月は静かに首を横に振って続けた。

 

 

 

「長幸…ってのは知らないけど、人里に多々良小傘(たたらこがさ)っていう刀匠がいるのさ」

 

 

「多々良…小傘?初めて聞く名前。」

 

 

 

多々良といえば私が知っているのは多々良長幸くらいであり、小傘という名は小耳に挟んだ事すら無い。

どうやら刀の世界は、私の知識の範疇には収まらないらしい。

 

気がつけば風呂場から此方を覗いていたカメリアは居なくなっており、閉まった窓が静寂を齎していた。

 

 

 

「人里でもかなり人気の鍛冶屋だよ、行くなら案内する」

 

 

「それは…非常に興味深いね、早速明日の朝にでも行こっか。」

 

 

 

とても素敵な申し出である。

自分の知らない武器があるという、たったそれだけの事実を知っただけで私の気持ちは有頂天にまで高まっていた。

それにしてもこれは最近思ったことだが、夢月は意外と幻想郷の様々な点において情報通である。

まぁ、悪魔である夢月は永らく幻想郷と関わりが深かったのであろうから当然といえば当然なのだが。

 

少し冷えてきたのもあり、私達は一先ず美しい切断面を見せる肉塊を片付けて家の中に戻ったのであった。

 

 

 

「また新たな武器が私の記憶に刻まれるなんて…ふふっ、楽しみ。」

 

 

 

私は鞘に納められた虎徹を携え、雲の蔓延る夜空を見上げながら一人で微笑んだ。

傍から見れば夜空の下で一人笑っている変人だろうが、そんな事はどうでもいい。

今はこの昂りをどうにか発散し、()()()()()に戻らなければ。

 

仰いだ夜空は、無月であった。

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