東方空蝉録   作:Amaryllis___

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戦慄

 

 

 

「うぅ…。」

 

 

 

地獄のような天誅を喰らい、私は手懐けられた子犬のように大人しくなっていた。

地獄なのに天とはこれ如何に。

 

いやわかってるんだ、全部私のためにしてくれてる事っていうのも全部わかってる。

それでも…怖いじゃん。いや、怖いのよ。すごい怖いの注射って。

 

 

 

「暴れてごめんね鈴仙…。」

 

 

 

「しょうがないよ。灯音が注射嫌いなのはよく知ってるから、こうなるのは分かってた。」

 

 

 

あははと笑いながら私の注射痕にアルコールを染み込ませたガーゼを当てる鈴仙。

うん、本当にごめんね…。

それにしても、注射って本当に凄い。さっきまで全く力が入らなかったのがまるで嘘かのように元気になった。

 

能力で重量のある自動拳銃を召喚しても、何も問題が無いほどのレベルだ。

 

 

 

「灯音、注射したからってそれで私を撃つのはやめてね?」

 

 

 

「流石にそんなことしない…。」

 

 

 

自動拳銃を持った私に鈴仙が不安そうに尋ねる。

いくら注射が苦手だからって、私をなんだと思っているのか。

とはいえ暴れた前科があるわけだし、何にも文句は言えないよね。

 

 

 

「治療は終わったけど、もう帰る?灯音。」

 

 

 

医療用具を鞄にしまいながら鈴仙が紅い瞳を私に向ける。

注射の他にも色々と薬を貰ったりして、治療代は馬鹿にならないんだろうなぁとか考えちゃう。

とはいっても、私は基本的に物欲があまり無いから貯金は結構あるわけだけど…

 

 

 

「そうだね、店にも顔出さないとだし…」

 

 

 

霧の湖で気を失った以前の事は思い出せずじまいだし、果たして何日無断欠勤しているのだろうかと思うと身が震える思いだ。

そう言いながら私が上着を羽織ると、鈴仙も身支度を整え始めた。

 

 

 

「病み上がりだし、家まで送るね。」

 

 

 

「いや、悪いよ。」

 

 

 

流石にそこまでしてもらうのは申し訳ないので、大丈夫だと伝えてから私はアリスの家を出ようとしたのだが、危ないからと譲らない鈴仙に結局根負けしてしまった。

こんなにも体調が回復したわけだし大丈夫だとは思うけれど、本当に鈴仙は優しい子だ。

 

 

 

「お邪魔しました。ありがとね、アリス。」

 

 

 

「ええ、そのうちお茶でも行きましょ。」

 

 

 

気をつけてねと手を振るアリスに手を振り返し、私と鈴仙はアリス邸を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「色々ありがとね、鈴仙。」

 

 

 

「うん。お大事にね、灯音。」

 

 

 

魔法の森の外れ辺りに位置する古ぼけた小屋の前まで送ってもらい、鈴仙にお礼を言う。

料金はまた今度でいいよと言う鈴仙に再び申し訳ない気持ちでいっぱいになったのは、言うまでもないだろう。

 

さて、目の前のこの古ぼけた小屋こそ私が働いている店なわけだ。

何日無断欠勤していたのかも分からないので、怒られるつもりで私は恐る恐る扉を開けた。

 

扉を開けた先には埃っぽい散らかった部屋が展開されており、その奥の椅子には眼鏡をかけた銀髪の男性が座っている。

 

 

 

「霖之助さん、私何日無断欠勤してた…?」

 

 

 

「おや灯音、久しぶりだね。と、言えるくらいには。」

 

 

 

あぁ終わった…

ただの一度もサボったことのない私だが、そんな私が何日も無断欠勤をキメてしまうとは悔しい。

すみませんと謝る私を静止し、店主、森近霖之助(もりちかりんのすけ)は一言だけ述べた。

 

 

 

「何があったんだい?」

 

 

 

何かがあったであろう事はお見通しとでも言うように、霖之助は私の説明を待った。

とはいえ、私としても何があったかなんていうのは正直わかっていない。

それはアリスも鈴仙も、霧の湖にいた妖精ですらも知り得ないことだろう。

 

それも踏まえて、私は分かっている限りの事情を全て説明した。

 

 

 

「なるほど…」

 

 

 

説明を聞いた霖之助は納得したように髭の生えていない綺麗な顎を撫でた。

突如ぴゅーっと喧しく鳴き喚いた薬缶を手に取り、湯呑みにトプトプとお湯を注ぎながら霖之助は続けた。

 

 

 

「灯音、君は誰かに狙われていないかい?」

 

 

 

「…なんで?」

 

 

 

突拍子も無いことを言い放つ霖之助に一瞬呆けてしまい、私は恐らく相当間抜けであろう表情で返した。

自分が狙われる理由に心当たりは無いし、誰かの恨みを買った覚えもない。

もしかして昔友達のプリンを勝手に食べた時の…?いやあれはちゃんと謝ったし弁償もしたよな…

 

 

 

「数日前、外来人のような女性が君の所在を聞きに来たんだ。」

 

 

 

ゾクリと悪寒が走るのを感じた。

“外来人”、それは幻想郷の外から来た人間の事を指す言葉である。

つまり私が元いた世界…現世とでも呼んでおこうか。

 

そんな外の世界に居た人間が私を狙う理由なんて………

 

 

 

「決まってる、プリンしかない。」

 

 

 

「……その人は君に何かを求めているようだったよ、憎しみの念は全く感じなかった。」

 

 

 

プリンしかない。という私の言葉を拾わずに霖之助は眼鏡をクイッと上げながらそう続ける。

私の発言ちゃんと拾ってよ。とか言おうと思ったが、それ以上に霖之助のその言葉が私の中で強く引っかかった。

 

恨みがあるわけではない。つまり、昔私が何かしてしまったような相手ではないということだろう。

私に何かを求めている…力のある人妖が蔓延る幻想郷にて、わざわざ私に求める必要がある物…か。

 

私だけが持っている物。

 

 

 

「…能力か。」

 

 

 

「有り得るね。」

 

 

 

私だけに宿る「あらゆる武器を召喚する程度の能力」

現世で生きている人間、それこそ戦場に駆ける人間や闇に溶け込むような“裏”の人間であるならば、喉から手が出る程欲しい力だろう。

 

私が現世に居た頃はまだ能力は発現していなかったが、自衛隊だったり傭兵だったりと銃器を扱う仕事をしていることが多かった。

その上武器マニアときたものだから、現世に存在する武器はあらかた知っている。

 

つまり私の能力の「“知っている”ものに限る」という唯一の制限があまり掛からないといった、現世の人間にとっては非常に魅力的な力というわけだ。

 

なるほど、狙われるのも納得だ。

 

 

 

「ちなみにその外来人は日本語を話していたが、肌と髪がとても白かった。恐らくだが…ロシア系だ。」

 

 

 

「ロシア。」

 

 

 

たしかに私の能力は現世の人間ならば是が非でも奪いたいものだろう。

幻想郷に居る私の情報をどこで手に入れたのか。

可能性のひとつとしては、偶然幻想郷に迷い込み、そのあと私の話を聞いた。

あともうひとつ思いつくのが、現世に何故かは知らないが私の情報が出回っているということだ。

 

ただその可能性だと、私の情報が世界規模に動いている事になる。霖之助のロシア系という話が勘違いではなければだが。

 

どちらにせよ、一度会ってみないことには何も分からないだろう。

 

 

 

「警戒はしとく。霖之助さんには迷惑かけないから安心して。」

 

 

 

一瞬だけ目を見開く霖之助

 

 

 

「…相手は所詮人間、幻想郷の有力者に頼めば君の安全はほぼ確実に守られると思うけど?」

 

 

 

顔を少し俯かせ、眼鏡を押さえながらそう言った霖之助。

表情を隠すように顔に当てられた手に、霖之助の感情が見て取れた。

 

 

 

「大丈夫、心配いらないよ。野暮な事には慣れてるつもり。」

 

 

 

「別に心配なんぞしていない。」

 

 

 

霖之助も、時に体と心が一致しないらしい。

見た目の割に可愛いところもあるものだ。

そんな事を考えていると、カランカランという鐘の音が鳴り響く。

音の方を向くと店の扉が開かれていた。

 

 

 

「おーっす。お、久しぶりの顔だな。」

 

 

 

そこには少女らしい顔立ちに似合わぬ男勝りな口調が特徴的な白髪の少女が立っていた。

鈴仙と同じく常連客である妹紅がはにかみながら手を上げる。

 

 

 

「久しぶり、ちょっと色々あってね。」

 

 

 

彼女がこの店に来る理由は大抵煙草の買い足しであるので、私はいそいそといつも妹紅が吸っている煙草を用意する。

妹紅が吸っている煙草は、丸・虚(マル・ホロウ)という名前の赤いパッケージが特徴的なものだ。

それを棚から数箱ほど手に取り、妹紅に手渡した。

 

 

 

「さんきゅー、そういやさっき鈴仙を見かけたよ。」

 

 

 

「あぁ、それはさっき私の事を送ってくれてたからさ。」

 

 

 

煙草を受け取り、もんぺのポケットから無造作に仕舞われていたであろう代金を支払いながら妹紅は続けた。

 

 

 

「んで、外来人っぽい白髪の女と話してたな。私には気づいていなかったみたいだけど。」

 

 

 

「「……ッ!?」」

 

 

 

先程とは比にもならない程の悪寒が私に走った。

外で強風が吹き荒れ、窓がガタガタと揺れる。

既に光を失った空が私を見下ろして嘲笑っているような気がした。

 

ガタンと乱暴に扉が開かれた音が店に響く。

 

 

 

「灯音ッ!!!」

 

 

 

引き止めようとする霖之助を無視し、私の体は勝手に動いていた。

 

もしかしたら私は鈴仙を面倒事に巻き込んでしまったのかもしれない。

 

そう思うと走らずにいられなかった。

 

 

 

「…なんかヤバい事言ったみたいだな。」

 

 

 

私の消えた店内で、妹紅は気まずそうに頭を掻いた。

それに対して霖之助は先程叫んだ時にズレた眼鏡の位置を直し、妹紅に丸・虚を追加でもう一箱差し出した。

 

 

 

「…妹紅、すまないが灯音を追ってくれないか?」

 

 

 

そんな珍しい霖之助に怪訝な顔をした妹紅だったが、すぐにニカッとはにかんで煙草を受け取った。

そして手馴れた手つきで開封した箱から煙草を1本取り出し、指先に生み出した炎で火をつけた。

 

 

 

「訳ありか…いいよ、灯音は私に任せな。」

 

 

 

妹紅はそう言うと、人には捉えられないほどのスピードで店を飛び出したのだった。

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