エリーの相手を灯音に任せ、私は今とある部屋の前に立っていた。
幽香をぶちのめす事に躊躇いは一切無いが、問題は実の姉…幻月である。
それは強さというわけではなく、姉妹という関係によるものだ。
やはり姉というものはいつでも怖いのだ、しかし私が今ここで動かなければ姉を救うことは出来ない。
憂鬱な気持ちを振り払うため、私は己の頬をパァンと両の手で叩いた。
「…っよし、行くか」
そう、ここは幻月の部屋。
私はコンコンと優しく二度のノックを行い、軽く咳払いしてから言葉を発した。
「姉さん、入るよ」
「夢月?早く入んなー」
扉の向こうから聞き慣れた声が耳に届いた。
かつて夢幻館で共に暮らしていた大切な姉、幻月。
あの幽香なんぞいう奴が来なければ、私達はあのまま二人だけの幸せな時間を過ごせて居たというのに…悪しい…悪しい悪しい悪しい憎い憎い憎い…
その五体、満足では帰さない。
でも幻月姉さんは返してもらう、これは私の完全なわがまま。
静寂の廊下にゴクリと生唾を飲み込む音が響き、私はゆっくりと扉を開けた。
「久しぶり…ってわけでもないか。ただいま、姉さん」
「数日程度だね、おかえり」
扉の先の部屋はアンティーク調の家具や装飾が施されており、その中の革製のソファに腰をかけた綺麗な女性が私を見ていた。
長い金髪を無造作に流し、赤色の目立つ衣服を纏った女性、私の姉である幻月。
その背中からは背丈よりも大きい、天使のような純白の翼が生えている。
「姉さん、幽香は?」
「あぁ、幽香は中庭にいんじゃない?花がどうとか言ってたし」
「中庭…そっか、ありがと姉さん」
中庭。
昔、姉さんと優雅に踊った場所。
昔、姉さんと高らかに唄った場所。
昔、姉さんと笑いながら紅茶を嗜んだ場所。
夢幻館は私と姉さんの思い出の場所ばかりだ。
それを奪った幽香、忌まわしき幽香。
絶対に、許さない。
私が思い出に浸ると共に憎しみを募らせていたのが表情に出ていたのか、姉さんは訝しげに首を顰めた。
「どうした?」
「なんでも……」
ここで誤魔化してどうするんだ、私。
私は姉さんを幽香の支配から救う為にここに来たのではないか。
私は臆病者か?どうやら臆病者らしいぞ、私は。
なんて、それで終わらせるわけにはいかないよね。
「……姉さん」
「うん?」
私と姉さんだけの空間に、生唾を飲み込む音が響いた。
部屋の前で私が出した音と全く同じ音。
緊張は、やはり拭えない。
数秒の沈黙の末、私はなんとか言葉を紡ぎ出した。
「夢幻館を、奪い返そう」
「………」
緊張の糸がピンと張り詰めた一室で何とか放った言葉。
私の言葉に対し、幻月からの返答は無い。
なんとなく目元に陰りが見える幻月からは、怒りの感情が見て取れた。
しかしその怒りの表情は間も無く、パァと明るい表情へと変容する。
「…あははっ!」
「えっ…?どうしたの?姉さん」
突然お腹を抱えて笑い出す幻月。
流石は幻月姉さん、笑っているその姿でさえ見とれてしまいそうになる。
私の、大事な、姉さん。
幻月は尚も笑いながら続けた。
「いやぁー、シャレが上手くなったなぁ夢月!一瞬マジにしちゃったよ!」
「え…いや、シャレじゃ…」
どうやら幻月は、頑張って紡いだ私の言葉をシャレだと思っているらしい。
確かに幽香は私達が協力しても倒せなかった最強の妖怪、シャレだと思われても無理はない。
私が咄嗟にシャレではないと伝えると、ソファから立ち上がった幻月は再び怒りを孕んだ表情へ変化し、私を睨みつけながら低い声で言った
「は…?じゃあ何?どういうこと?」
「……つまり幽香を倒そう、ってこと」
───轟ッ!!
部屋に響く轟音と衝撃。
それは窓ガラスを粉々に砕き、家具を揺らし、装飾を吹き飛ばした。
幻月の輝く瞳が私を見据える。
とても美しい端正な顔立ちを彩る金色…その風貌に見惚れてしまいそうになる気持ちを抑え、私はスカートの中からブラックニンジャソードを二本取り出した。
「やっぱ、どーにか正気に戻さないといけないみたいだね」
「愚妹が…身の程を知ることだ」
怒りを隠そうともしない素直な表情で私を睨みつける幻月。
仕方がない、予測はしていたがこうなってしまっては刃を向けるしか無さそうだ。
正直気は進まない。
大切な姉であるし、そもそも幻月姉さんはかなりの実力者だし。
私達は二人で一つ、喧嘩なんてした事無かったのに。
どうしてこうなったのか…いや、それは一重に幽香のせいでしかないだろう。
ある意味では力の無い私のせいとも言えるが、それでも私は幽香を憎まずには、恨まずには居られない。
アイツを倒す為、夢幻館を取り返す為、そして幻月姉さんを助ける為ならば、私は大切な姉にすら刃を向けよう。
「幻月姉さん、私が助けるからね」
「
私の声も虚しく、幻月はガラス片で手の甲を切り裂き、能力で自らの滲み出た血を刃へと変容させた。
紅く、緋く、朱い。
その鮮血の刃ですらも、姉さんを飾る美しい装飾と化していた。
ああ、姉とはかくも儚いものなのだろうか。
きっとそれは違うのだろう、私にとって幻月姉さんは“姉”に留まらない特別な存在。
私の“姉”であり、“想い人”でもある存在。
それが私にとって一番大切な存在、幻月姉さんなのだ。
物が乱雑に散らばった部屋。
その室内で私と幻月は互いに武器を煌めかせ、睨み合うのであった。