東方空蝉録   作:Amaryllis___

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ニア・ドラクレシュティ

夢幻館のエントランス、かくも広いこの空間からすればちっぽけな存在にも見える“吸血(ブラッドサッカー)”達が互いの力をぶつけ合っていた。

或いは黒き大翼をはためかせ、或いは白き白髪をたなびかせ…

 

相反するアイデンティティは、まるで互いの敵対関係を表しているようであった。

 

 

 

「ふふふっ、この時を待っていたわ…」

 

 

「随分と装備が変わっているようだけど、それで私に届くと?」

 

 

「当然でしょ、前回も貴女が逃げなければ私が勝っていたのよ」

 

 

 

前回、それは忌まわしき竹林での出来事。

私が幻想郷に来て正気に戻ってから、初めての戦闘であった。

 

己の罪から遁走する為、夜中に一人で永遠亭を発ったあの日。

煙草を吸いながら竹林を歩いていると、ふと私が妖の気配に気づいて戦いになったのだ。

 

あの時、私の月光である“月の神託(ルナ・オラクル)”の片鱗に触れたくるみがその力を恐れ、逃げ帰ったのをよく覚えている。

 

 

 

「逃げ?あれは戦略的撤退だよ。お前は軍人だと聞いたけど、そんな知識も無いとはがっかりだわ」

 

 

「戦略的撤退は勝つ為に一度退いて体勢を整える事、でも貴女は結局勝てていないじゃない」

 

 

「ぐっ……今勝つんだよっ!!」

 

 

 

はい論破…と言いたいところだが、私はそんな“弱い言葉”は使わない。

逃げを戦略的撤退だと騙る古典的な誤魔化し方をし、私の返答に言葉を詰まらせたくるみ。

 

恐らく、くるみは論争を得意としないのだろう。

しかしここは幻想郷(と夢幻世界の境界)、力が全てだと言っても過言ではないのだ。

ならば困ったら実力行使は必然であり、至極当然なのである。

 

黒き切っ先を私に向けて突進するくるみに対し、私は緋焔刃…ではなく、灯音に召喚してもらった十文字槍をグルグルと回してくるみの攻撃をいなした。

 

 

 

「槍と刀…まぁ悪くない組み合わせかもしれないわね」

 

 

 

右手に緋焔刃、左手に十文字槍…名が無いのもこれまた不便なものだ。

折角なので仮名……レミリアの技を肖ってグングニルとしよう、クロススピア・ザ・グングニル。

 

そうすればなんとなく、レミリアと一緒に戦っているような気がするでしょう?

精神的な一面でしかないけれど。

 

 

 

「お前は毎度私の予想を超えてくれて嬉しいよ、クソッタレ」

 

 

「悪いお口ね。塞いであげたいところだけれど、生憎私の唇は灯音の物なのよ」

 

 

「はぁ?何言って…いや、同性愛を否定するのは良くないわね」

 

 

「あら?思っていたよりもそこの認識は社会的で現代的なのね」

 

 

「まぁ…色々あるのよ」

 

 

 

どうやら、夢幻館にも色々あるらしい。

触れちゃいけないような、というよりは触れたくないものな気がして私はそれ以上聞かずにおいた。

 

私はグングニルの柄の中ほどを掴み、緋焔刃と対になるように構えた。

それに対し、黒剣を前方に向けて両手で構えるくるみ。

 

 

 

「続きといきましょう?夜はまだまだ永いわ」

 

 

「そだね、簡単に壊れないでよ?」

 

 

 

私達は同時に床面を蹴り、可能な限界の限界まで速度を出して互いに詰め寄った。

黒剣を振り下ろし、緋焔を振り上げ、軽い金属ながらもよく通る音がエントランスに響き渡る。

 

ぶつかり合った衝撃で震える刃。

しかし互いにそれを手放さず、私達は決して引くこと無く武器を振り続けた。

 

その闘争、人に非ず。

人外である己の肉体すらも武器に変え、刃を向け、弾かれ、刃を向け、傷を受け、傷を与え…

緋焔刃が鮮血のように緋く緋く輝いている。

永劫とも感じる刹那の武闘は血腥く、決して健全なものでは無い。

しかしそれでも尚、二人の“吸血(ブラッドサッカー)”が魅せる武闘は美麗であり優雅な趣を感じさせた。

 

それは“武”であると同時に、“舞”でもあった。

 

 

 

「前に使ってた魔術はどーしたのよっ!」

 

 

「月光が無かろうと、私は貴女の上をいくのよっ!」

 

 

 

息付く暇も無いほどに止めどない攻防…いや、それはもはや攻攻であった。

互いが互いの命を刈り取らんと刃を向ける、それは闘争において至極当然な思考である。

生命刈り(カシェニ)”、先に致命を与えた者の勝ちだ。

 

一瞬の隙に私の大きな攻撃を受け、咄嗟に後退するくるみ。

そんな回避行動を見逃すはずもなく、私は瞬時に距離を詰めようと床面を蹴る。

私の追撃に気づき、くるみは鬱陶しそうに黒剣を床面に突き刺した。

恐らくこの床は石材か何かで出来ているのだろうが、さも当然だとでも言うかのように黒剣で貫くとは驚きを越えて呆れたものである。

 

 

 

「一旦…タンマッ!」

 

 

「…ッ!!」

 

 

 

くるみが私を睨みつけながらそう叫ぶと、黒剣を突き刺した床の割れ目から黒炎が噴出した。

その黒炎は須臾に拡散し、くるみの“エリア”を確立する。

数日前に竹林で受けた炎とは違い、線状ではなく()()()()した。

 

 

 

ッッ!?!?円状に……炎上ォ……ッ!?!?!?

 

 

 

────深い。

 

 

 

浅いよ。

 

さて、久しい駄洒落をかました訳だが…

それはさておきこの円炎をどう打開したものか。

恐らくこの黒い炎の中心地で、くるみは何か次なる技の準備を整えているのだろう。

 

吸血少女とはいえ、この黒炎で己が灼かれたら流石にダメージはあるのだろうか。

もしそうなら、この黒炎の中心地は空洞になっているはず。

 

試す価値はあるかもしれない。

 

 

 

「エンディングよ、泣きなさい」

 

 

「何言って……え!?」

 

 

 

黒炎に投げ込まれるポケットサイズの青い缶。

その缶は黒炎の熱により圧力を増してゆき、やがてその圧力が限界に達した時…

パァンという爆音を響かせ、缶の金属片を撒き散らした。

 

 

 

「痛ッ!嫌がらせのつもり!?」

 

 

「貴女が普遍的であるなら、その爆発で戦闘不能になっていたのだけれど…」

 

 

「まさかこんなしょうもない爆発で私が倒れるとでも?当てが外れたわね!」

 

 

 

私が投げたのはとあるスプレー缶。

スプレー缶にはガスがパンパンに詰まっており、熱が溜まると内部の圧力増加によって爆発するのは周知の事実だろう。

その爆発の威力は成人男性を即死させる事もあるという。

 

しかしその爆発を吸血少女であるくるみは「痛い」程度で済ませた。

流石は人外というべきか、私も人の事は言えないが。

正直、そこまでダメージが無いのは想定外だった。

 

 

 

「けれど…」

 

 

「何さ!…ッ!!」

 

 

「私、()()()()()()()()()()?」

 

 

 

私の泣けという言葉の意味。

私がタクティカルパンツに催涙スプレーを着けていたのを覚えているだろうか。

催涙スプレーはその名の通り、催涙ガスという気体を噴射することが出来るアイテムだ。

 

催涙ガスを顔面に吹き付けられると、あまりの激痛に目を開けていられなくなり、完全に行動不能に陥る事もある素敵な武器である。

効能は約一時間程度。

後遺症の心配もないので、本来の用途としては護身用とされている。

 

ここでこの説明をしたんだ、勘のいい皆々様ならばもうお気付きだろう。

私が今さっき黒炎に投げ込んだ青い缶、それこそが催涙スプレーである。

 

 

 

「痛い痛い痛いッ!何これえッ!」

 

 

「ギャハハハハハ!!!あーっ、おっかし!!!」

 

 

 

黒炎に囲まれて逃げ場を失ったくるみは催涙ガスに蝕まれ、叫び声を上げながら暴れているようだった。

鋼鉄の城として放った黒炎が、よもや己の拷問部屋になろうとは思ってもみなかっただろう。

 

私は酒に酔った時のような下劣な笑いを響かせながら、これまた灯音に召喚してもらったショットガンを背中のホルスターから取り出した。

 

 

 

「無理ッ!無理ィッ!」

 

 

 

あまりの激痛に黒炎を消したくるみは、泣き叫びながら顔を抑えていた。

衣服の乱れを気にする余裕もない様子でただ顔を抑えて転がっており、まるで泣きじゃくる子供のようである。

エントランスの中央でジタバタと暴れ回るくるみに歩み寄った私は、ショットガンをくるみの脳天に突きつけた。

 

 

 

「泣き疲れたでしょう?良い子は()()()()()()()よ」

 

 

「あ…っいやだ…っ!」

 

 

 

ピュン

 

 

 

という音が響き、泣きじゃくっていたくるみの声がピタリと止む。

それと同時に一切の動きを止めたくるみは、重力に従って腕をぱたりと落とした。

 

 

 

 

確認の為、くるみに耳を近づける。

スヤスヤと寝息を立てる音が聞こえ、ふぅと溜め息を吐いた私。

 

私はショットガンの弾に細工を施して麻酔弾を作成していた。

細工の代わりに一弾ずつしか装填できないのだが…私はこのショットガンが最も肌に合っている。

なので現行の麻酔銃を使うより、一弾ずつとはいえこの形状の方が使いやすいのだ

 

 

 

「灯音に感謝することね」

 

 

 

くるみの命は灯音の計らいによって助かったも同然だ。

何故か、それは出発前に灯音が私に放った言葉にある。

 

 

「私の為に手を汚さないで。」

 

 

私は、灯音を脅かす者ならば問答無用で殺すつもりだった。

けれど、灯音にあんな表情で手を包まれながらそう言われてしまっては断れるはずが無い。

 

私は灯音を守ると決めた。

守ると言うからには、肉体だけでは無く精神も守るのは必然だろう。

仮に私が灯音に仇なす者を殺したとして、灯音がそれに負い目を感じてしまうならば、仇なす者は半殺しでいい。

 

私は新たな麻酔弾を装填し、背中のホルスターにショットガンを収納する。

催涙スプレーを投擲した際に床に置いていたグングニルを拾い、煙草に火を灯した私は灯音の方へ歩みを進めた。

 

 

 

「フーッ、一仕事終えた後の一服は最高ね」

 

 

 

これは後日談だが、その後目を覚ましたくるみは炎と煙を見ただけで恐怖を覚えるようになったらしい。

おかげで黒炎は封印され、くるみは煙草の煙をかけるだけで退治できる妖と化したのであった。

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