既に宵の刻、魔法の森にて奔走する私。
突風により引き起こされた鎌鼬の中で続々と襲い来る妖怪達をショットガンで撃ち抜きながら、私は鈴仙を探して走り続けた。
冬の訪れを感じ始めるこの時期、上着も着ずに灰黒ストライプのオフショルTシャツで走っている。普通なら寒くて風邪を引いてしまうが、走っていればそんなの感じないものだ。
「…鈴仙!」
ひたすら走っていたのが功を奏したのか、紫の長髪に特徴的なうさ耳の少女と、灰色のトレンチコートを着た白髪の女性が前方で並んで歩いていた。
この白髪の女性が霖之助の言っていた外来人なのだろうか。
私の声に反応してハッと驚いたように振り返る鈴仙。
余裕を感じさせるようにゆっくりと振り返る白髪の女性。
「灯音!?そんな寒そうな格好して…安静にしててって言わなかったっけ〜?」
「ごめんごめんちょっと外の空気浴びたくて…」
困ったように笑う鈴仙に謝りながら「今の所、何も無いようで良かった」と安心し、私は鈴仙の隣に立っている白髪の女性を警戒する。
私の能力を手に入れる為なら外道な事でもするような人間かもしれない。
何があってもいいように些細な動きも見逃してはいけない。
そう思った私は、その白髪の女性を凝視した。
薄暗いのでさっきは細部までよく見なかったが、よく見るとその女性は私の知っている人間であった。
「カメリア…だよね?」
「あら覚えててくれたのね、嬉しいわ。会いたかったわよ、灯音。」
透き通るような白い肌と白い髪、そして底無しの闇のような深みを感じる冥い瞳。
彼女の名はカメリア、苗字は聞いた事もないので知らない。
彼女との出会いは、私が数年前ロシアで傭兵として雇われていた頃、ロシア生まれのカメリアが日本語を喋れるということで会話をするようになり、意気投合したのが始まりだ。
旧友と再会して警戒心を解いた私は手に持っていたショットガンを消し、安心したというか、心配した分ガクッとしたというか…なんとも言えない気持ちに襲われた。
いやもちろん、何も無いに越したことはないんだけれどね。
「あれ?2人とも知り合いだったんだ。」
「ええ、古い友人よ。」
全く、人がどんな思いで奔走したのかも知らないで呑気な会話しちゃってまぁ…
とはいえ、勘違いした私が悪いんだけどね。いや、霖之助か?
いやそんな事はどうでも良くて。
カメリアが私に何か用があったのは事実なようだし、まずはそれをハッキリしなければ。
「そうだカメリア、私に何か用があったんでしょ?どうしたの?」
「?どうしたのって、どういう意味かしら?」
カメリアが何を言っているのかと言ったような顔で聞き返してきた。
いやお前が店まで来たんやろがい。
天然なのか単純に理解力がないのか…それとも私の聞き方が下手なのか?
まさか人違いだったり…なんて冗談、このタイミングで無関係な白髪の外来人と会うとかどんな確率よ。
「いや、うちの店まで私を探しに来たって聞いたけど…」
私がそう言うと、カメリアは冥い瞳を閉じて「ふふふっ」と笑った。
そして数秒後、カメリアはより冥くなった瞳を私に向けて見開いた。
その瞳に浮かんだ黄色い印に底知れぬ何かを感じ、私は無意識に後退りをする。
「灯音…ギャグが得意になったのね?」
頬を刺すような冷たい風が吹き荒れる
「そんなの、貴女の能力が欲しいからに決まってるじゃない。」
懐から自動拳銃を取り出したカメリアはその銃口を私に向けた。
旧友だからと油断してしまったのがいけなかった。
数年前、一緒に戦ったから分かる。カメリアは反射神経や動体視力が非常に良い上に射撃も上手いので、今のこの状態からでは私だけではもう勝ち目がない。
「…ッカメリア」
「灯音、貴女を館の地下室に監禁するわ。貴女の大好きな煙草は吸わせてあげるから安心しなさい。」
捕まってても煙草は吸えるのか、それなら少しは…とか一瞬でも考えてしまった自分を殴りたい。状況わかってんのか私。
そうだ、鈴仙。
鈴仙は丁度カメリアの斜め後ろに立っていて、今ならカメリアを攻撃することなど造作もないはずだ。
しかし何故か鈴仙は全く動かない。
息はしているし目も開いているが、鈴仙はピクリとも動かないのだ。
不自然すぎる。
「鈴仙…?」
「ふふ、無駄よ。このウサギちゃんはもう私の操り人形…私の為なら何でもしてくれるの。」
「……自分の能力あんじゃん。」
迂闊だった。
外来人ならば能力が無いものだと勝手に思い込んでいた。
しかし、幻想郷に来た時点で能力が発現するのはおかしくない。というより発現するのが大半なのだ。
何故それを見落としていたのだろう。
「例えば、こんな事とか。」
カメリアが鈴仙に左手でジェスチャーを送ると、鈴仙は虚ろな目で私に近づいてきた。
そして鈴仙はそのまま私の真後ろに回り、私の両腕を乱暴に掴んで後ろ手に拘束する。
「ッ…鈴仙…」
カメリアに銃口を向けられていては反撃もできず、ただただされるがままになってしまう。
カメリアが再び左手でジェスチャーを送ると、鈴仙は私を前方にグッと押しながら歩き出した。
カメリアは口が裂けんばかりの笑みを浮かべながら、恒星の存在しない宇宙の如く冥い瞳で私を見つめた。
「ふふふっ、地下室に行ったらまずは首輪を着けましょう。きっと似合うわよ、灯音。」
冗談じゃない。私はペットじゃあないのだから、利用するにしてももう少し人権を尊重して欲しいものだ。
まぁ、どちらにせよ大人しく利用されるつもりはないんだけれど。
「…まぁ、わざわざ首輪を付けなくても私の能力なら、私が貴女に何をしても嫌がらないんだけれどね。」
カメリアの冷たい指が私の首筋をすーっと撫でる。その感触にゾクゾクっという身震いをしたその時、ふと嗅ぎ慣れた匂いがした。
うちでも売ってる煙草の匂い。
その瞬間、突如カメリアと鈴仙が同時に吹き飛び、私の拘束が解かれた。
「趣味悪ィなぁ〜…そんなんじゃいつまで経っても結婚できないよ。」
どうやら鈴仙とカメリアは蹴っ飛ばされたらしく、倒れた背に靴の痕がくっきり残っていた。
そうして突如私を救ってくれたのは見慣れた白髪の少女、藤原妹紅。
煙草(
「助かったよ妹紅、ありがとう。」
「気にすんな、それより奴さんが起きるぞ。」
そう言って、両手脚に激しい炎を纏う妹紅。
片や拘束が解かれて自由を再び手に入れた私は、能力で大型の
「よっしゃ、反撃の時間だ。」
冬空の下の真っ暗な魔法の森にて、白き蓬莱と黒き外来人が肩を並べる。
こうして、また新たな戦いが始まるのだ。