大きな夢幻館の、四角くくり抜かれたような中庭。
そこには純白の花達が数多に咲き乱れ、空から吹き抜ける風によって花弁が散っていた。
その情景を初めて見た私とカメリア、見慣れているであろう夢月と幻月。
その情景に感じるものは違えど、私達4人は中庭に足を踏み入れたと同時に臨戦態勢をとった。
純白の花に埋め尽くされた中庭、その中心に見覚えのある女性が立っていたのだ。
赤いチェックが基調の衣服を纏い、手には日傘を携えた女性。
彼女こそ、全ての元凶である幽香だろう。
私達に気付いた幽香は日傘をクルクルと回し、優雅に微笑んだ。
「夢幻館へようこそ、歓迎するわ」
「アンタの夢幻館じゃない!」
聖母のような微笑みで歓迎の言葉を述べた幽香に対し、夢月は鬼のような形相で声を張り上げた。
夢月の大声に動じることも無く、依然微笑みを見せ続けた幽香は視線を幻月に向ける。
「幻月、私に楯突くのかしら?」
「生憎、貸した物は返してもらう主義なんでな」
「あら、そう…」
純白の花畑に再び冷たい風が吹き付け、白い花弁が舞い上がる。
舞い上がった白い花弁は、まるで雪のようであった。
花弁の散る中、微笑みながら日傘を閉じる幽香。
しかし微笑みを見せつつも、その瞳には確かに翳りを見せていた。
そんな暗い瞳を幻月に向けた幽香は、感情を失ったかのように突然無表情へ変容した。
「残念ね」
「ッ!!」
刹那、爆発のような轟音が中庭に響き渡る。
一瞬何が起こったのか理解できなかったが、幻月が後方の壁に吹き飛んだ事で状況を理解した。
幽香の立っていた地面は大きく抉れており、肝心の幽香は日傘の先端を幻月に突きつけていた。
その日傘を紙一重で掴んだ幻月。
力は拮抗し、日傘の先端はプルプルと震えていた。
「姉さんに触るなァ!!」
するとその瞬間、夢月が突然大声を上げて幽香に迫る。
その速度は人知を超えており、捉えきれない事は無いにしろ凶悪な風圧を生んだ。
巨大な戦鎌を幽香に向けて凪いだ夢月の速度は、私が先程まで戦っていたエリーのそれを遥かに凌駕していた。
しかしそれでも尚、幻月を乱暴に蹴り飛ばして夢月の鎌を日傘で防いだ幽香。
あまりにもレベルが高すぎる戦いである。レベチレベチ
「疾いな…。」
つい感嘆の声を上げてしまう私だが、これは私の戦いでもある。
あの戦いに近接攻撃で混ざるのは恐らく無粋だろう、そう思った私はドラグノフと呼ばれるスナイパーライフルを召喚した。
わざわざスナイパーライフルを使うというのもおかしな話だが、彼女らはそれぞれが近い距離であれだけ素早い動きをしているので正確無比な射撃が必要なのだ。
もし間違って仲間を撃ってしまってはすみませんでは済みません……フフッ…
とは言っても中庭内での戦い。
照準の倍率が高くても仕方が無いので、照準の倍率はかなり低くしてある。
少し距離をとり、倍率の低い照準越しに幽香を見る私。
「あんなのに狙われてたなんて、今考えたら恐ろしいよ。」
恐るべき速度で行われる戦いに若干ドン引きしつつも、私は照準で必死に幽香を追い続ける。
すると横からカメリアの声が聞こえてきた。
「灯音、十文字槍は返すわね」
「OK、消しとくね。」
「ありがと、私も行ってくるわ」
「うん、気をつけてね。」
カメリアから返された十文字槍を消しながら、私は再びあの不安に駆られていた。
嫌な胸騒ぎ、勘という奴だろうか。
出発前の仮眠の時と全く同じ感情だ。
勘は時に重要な要素となる。
勿論最も大切なのは理論であるが、私が現世の戦地を走っていた時も勘に助けられたことは何度もあった。
勘にもきっと、何かしらの力があるのだろう。
私は気を引き締め、再び幽香に照準を向けた。
照準越しに映る景色は中々白熱したもので、緋焔刃を抜いたカメリアが混ざった事でその熱は更に増していた。
夢月、幻月、カメリアの三人を相手取っているのにも関わらず、恐ろしいことに幽香はたったの一度も能力を使っていない。
手に携えた赤いチェック柄の日傘と、己の五体のみで全ての攻撃をいなしてカウンターまで入れているのだ。
夢月が鎌を薙げばイナバウアーの要領で回避し、その勢いのままムーンサルト。
幻月が血液の大剣(瀉血ノ劍というらしい)を振り下ろせば日傘を斜めに傾けて軌道を逸らし、肩をグルンと回して日傘の叩きつけ。
カメリアが目にも止まらぬ速さで緋焔刃の連撃を放てば、回避できるものは軽く身体を逸らして回避、回避できぬものは全て日傘で弾いていた。
それぞれが武器を使っている為、一度にかかるのは非常に難しい。
特に大鎌を使っている夢月は、その独特な形状の為に味方を巻き込んでしまうことも十分に有り得る。
幽香はまだ一滴の血も流していないし、能力も使っていない。
しかし戦力は違えど夢月、幻月、カメリアの三人も未だ血を流していないし、まだ使っていない能力も技も残っている。
「この戦い、長引くね。」
そう呟いた私は、幽香に向けて引き金を引いた。
力が大口径の銃弾に伝わり、銃弾はバレルからギュルギュルと回転して射出される。
音速を遥かに超越した銃弾は風を貫き、幽香の顬を抉った…
ということはなく、幽香は寸前の所で頭を傾け、日傘を私に向けると先端から光弾を射出してきた。
「やばッ!」
見れば一目瞭然の程の魔力を凝縮した光弾は恐ろしい速度で私に迫る。
魔力量からして、被弾すれば即死も有り得る威力だろう。
私は光弾が当たる寸前でドッジロールをし、なんとか回避した。
光弾を躱された事に驚いた様子も無く、幽香は「頃合いね」と呟いてバックステップでカメリア達から距離をとった。
「さぁ、いらっしゃい」
幽香はそう言うと、日傘を地面に突き刺した。
日傘によって一輪の花が貫かれ、赫い花弁が舞い散る。
しかし、ここの花畑は白い花しか無かったはずだ。
そう思ってよく見てみると、幽香の居る地点だけ何故か赫い花が咲き乱れていた。
次の瞬間、幽香の周囲の地面から巨大な蔓のようなものが大量に飛び出してきた。
うねうねと触手のように蠢くその姿はまるでクトゥルフのようで、私のSAN値をゴリッゴリに削る。
「あれが花を操る程度の能力…?」
「ふふっ、まるで化け物使いね」
「これは想定内、そうだろ?夢月」
「うん、その為の鎌だからね」
それぞれが違った反応を示す中、幽香は私達を見下ろして涼しげに微笑んだ。
どんどん生えてきた蔓は止めどなく蠢き、高さは目測で約8m程であった。
そんな巨大な蔓の足元に佇む幽香はとても小さく、まるで子供のように錯覚する程である。
幽香は突き刺した日傘を引き抜き、ブゥンという音を鳴らして空を切った。
そして静かに蒼月を仰いだ幽香。
「燻莉、貴女も出番よ」
「…?」
幽香が蒼月に向けてそう呟き、私がそれに訝しげに思ったその刹那──
私の目の前でドカンと爆発が起こった。
大量の砂煙と白い花弁が舞い散る。
やがてそれらが晴れると、そこにはあまりにも巨大な大剣を携えた女性が立っていた。
「久しぶりね、灯音。」
私の中で、何かが壊れた音がした。