純白の花畑に突如クレーターを形成した女性。
まるで隕石のようなその女性は、私より少し長い程度の黒髪に赫色のメッシュが入っており、赤と黒の古臭い服を着ている。
赫い瞳を煌めかせて微笑むその表情に見覚えなどあるはずが無いのだが、私は何か不思議な心持ちであった。
ひとまず、誤魔化す為に適当な返事を返す私。
「あぁ…久しぶり……??」
懐古感?既視感?どちらも違う、酷似してはいるが全く違う。
確かに懐かしさは感じる、既視感も感じる。
そして同時に、何か憎悪感のようなものも感じるのだ。
しかし、こんなあからさまにヤバい女を見たら絶対に覚えているはず。
私はエクスキューショナーを召喚し、油断せずに構えた。
燻莉と呼ばれたその女性はそんな私に微笑みかける。
「ふふふっ…。」
口に手を当てて微笑むその仕草はとても上品で、肩に乗せた鉄塊には異様な程似合っていない。
燻莉が微笑み始めて数秒後…
燻莉の赫い瞳からハイライトが消失した。
「微塵も覚えていないくせに。」
「うっ…!!」
その暗く赫い瞳を見た途端、私は突然強い吐き気を催した。
私の記憶の奥の奥の奥の酷く濁った醜い映像がフラッシュバックし、脳漿を掻き回すように視界がグチャグチャに混濁する。
「な、に…これ…ッ!!」
突如、私の記憶の片隅にも無かったはずの血塗ろな穢れた映像が脳内に映し出される。
この女がゲラゲラと穢く笑いながら幼い少女を殴り続けている映像。
少女は私に瓜二つながらも細かい雰囲気がどこか私とは違っており、私にとって大きな存在であったような、そんな気がした。
私が頭を強く掻き毟りながら悶えていると、眼前にいた燻莉が突然白い光と共に吹き飛んで外壁に激突した。
それと同時に私の耳に届いた声が、私の心を幾分か楽にした。
「灯音っ!!」
「…カメリアっ…。」
駆け寄ってきたカメリアの腕を弱々しく掴んだ私は、白い花畑にズルズルと膝を落とした。
分からない、何もかもが分からない。
私の過去にあんな事件は絶対に無かったはずだ。
あんな凄絶で残酷な過去があれば忘れる事など出来ようはずがない。
全部幻だ、瞞しだ。
映像でグチャグチャに潰されていた少女の事も知らない、何もかも私とは無関係だ。
なのに、何故こうも私の心を掻き乱すのだろうか。
幻を見せられたと言うよりも記憶を蘇らせたような…いや、嘘だ。全部幻だ。
私が思考を汚く混濁させていると、燻莉が吹き飛んだ先の外壁が爆ぜた。
緋焔刃とデザートイーグルを構えて警戒をするカメリア、それに対して私は力無く爆発地点を見つめるだけ。
「ふふっ、
「月の神託を知って…?貴女、灯音に何をしたのッ!?」
私を庇うように燻莉を睨んで叫ぶカメリアに強い安心感を覚える。
本当にカメリアが居て良かった、もしカメリアが居なければ私はこのまま壊れていたかもしれない。
カメリアも強い圧力を孕む燻莉に緊張を感じているのか、カメリアの頬から冷や汗がポタリと落ちた。
「あら、娘の眼を見るのはそんなにいけないことなのかしら?」
「え…?」
初めて会ったはずのその女、燻莉は今確かに私の事を娘だと言った。
有り得ない、私はこの女に覚えが無い。
現に私の母親は………
「……仮に貴女が母親だとして、灯音に害を為すのなら私は貴女を殺すわ」
私の母親って………
「ふふふっ、友達想いなのね。」
……誰だ?
「友達じゃない、恋人よ」
分からない。
分からない、覚えてない、分かりたくない、思い出したくない、知らない、知らない、知らない。
そうだ、うちを出る前も同じ事を考えたんだ。
あの後すぐに眠りについたから忘れてしまったけど、私は母親を覚えていない。
よく考えれば家族の事なんて一ミリも思い出せないのだ。
幼少期の記憶が無いことはない、学校の記憶もあるし、友達との記憶もある。
けれど家族の記憶だけがすっぽり抜けているのだ。
「あら、お熱いことね。」
「皮肉にしか聞こえないのだけれど?」
思い返してみれば、紅魔館でスカーレット家の事件が解決した後、私は何処か明瞭としない感情に襲われていた。
何故か“妹”という単語に引っ掛かりを感じたのだ。
もしかしたら私には、妹も居たのではないのか?
………妹?
………
……そっか。
数秒のうちに目紛しくグルグルと回転した思考に鬱陶しさを感じつつも、私は辿り着いてはならない答えに行き着いてしまった。
霞んでいた映像がハッキリと明瞭化していく。
まるで結露で曇った窓ガラスを拭いた時のように、突然映像がクリアになった。
「……燻莉。」
「…灯音?大丈夫?」
「あら、名前を呼んでくれるなんて嬉しいわ。」
私はゆっくりと立ち上がり、再びエクスキューショナーを燻莉に向けて構えた。
きっと今、私は先程の燻莉と同じような瞳を見せている事だろう。
たった一つの感情だけに任せ、全てを殺意に変換する。
だって、もしも蘇ったこの記憶が正しいのならば……
「殺す。」
私は