麓での事件を終え、私と燻莉は何事も無かったかのように山を登り始めた。
何事も無かったかのように…?いやそんなことは決して無い。
彼女にとっては些細な事件だったとしても、私にはあまりにも大きな出来事であった。
「灯音、寝なくて良かったの?」
燻莉は先程の事件など大したこと無いとでも言うように私の顔を覗き込んだ。
しかしその表情はいつもと少々違っており、どこか狂気的な赫い瞳がギラギラと光っている。
いつも優しくて綺麗で強かったあの母は、もう居ないのだろうか。
私は心のどこかで燻莉に怯えていた。
それでも私は、あの話を聞かないといけない。
私は意を決して燻莉の目を見据えた。
「ねぇ、母さん。」
「ん〜?どうしたの?灯音。」
多少の狂気を孕んだ瞳とはいえ、燻莉の表情は優しかった。
例え街を焼き払ったとして、やはり燻莉は私の母親なのだ。
私が母さんを信じなくてどうするんだ。
「…どうして、あんなことしたの?」
「あんなこと………?」
私の質問に対し、何の事だか分からないといったように唇に人差し指を置く燻莉。
私が何も返せずに居た数秒後、燻莉の頭にピカッと電球が光った。
「…あぁ!街を滅ぼした事かしら?」
「…そう、何か理由が…あったんでしょ?」
街を滅ぼした。
いとも簡単に言ってくれるが、街を一個まるごと滅ぼすなんぞとても普通ではない。
いくら田舎の街とはいえ、その人口は決して少なくはない。
確か、聞いた話だと何千人かいたはずだ。
すると燻莉は明らかに不快感と怒りを見せ、目元に影を射してゆっくりと語り始めた。
「この伝書を見て頂戴、それが一番早いわ。」
「これは……今日母さんが見てた…。」
燻莉から渡されたのは一枚の手紙。
手紙をある程度流し読みした私は目を疑った。
「何…これ……。」
手紙は、昨日の事故で亡くなったトラックの運転手の家族からであった。
内容を簡潔に説明すると、トラックの運転手が亡くなった事に対して、柊家…つまり私達に慰謝料を請求するとの事。
街からはその請求が正当であるという文書を貰っているらしい。
勿論、普通はそんな訴えが通るはずなど無い。
しかし私達は余所者だということで街の人間から淘汰されていた。
私はその文書を見て、燻莉が行った事の全てに納得がいった。
元はといえばトラックの運転手の不注意なのだ。
私達はそれで弥音を失った。
それなのに、私達に全ての罪を着せるなんて…
「ふざ…けんなぁ…っ!!」
「灯音、落ち着いて?大丈夫、全部終わらせたから。」
余りの衝撃に感情が爆発してしまったが、私は燻莉に肩を摩られて一旦の落ち着きを取り戻した。
燻莉は私達の怒りを全て肩代わりして晴らしてくれたのだろう。
なぜ私は燻莉を疑い、怯えていたのか。
「ごめん…母さん…。」
私は燻莉を疑った自分を恥じ、戒める。
その思いを胸に、私達はゆっくりと自宅へと歩き続けたのであった。