私は突如として過去の記憶を取り戻し、かつて抱いた憎悪を全て燻莉に向けていた。
私は強大な憎悪を込めた睨みをエクスキューショナーと共に燻莉へ向け、もう一方の手には新たに召喚したショットガンを携える。
真っ白な花畑の中、不自然に赫く染まった一部分の花を踏み付ける燻莉。
彼女は私に警戒を示すわけでもなく、鉄塊のような大剣を肩に乗せて微笑んでいる。
「ね、全て忘れていたでしょう?」
「…そうだね、なんでかは分からないけど。」
「まぁ大丈夫よ、灯音は悪くないわ。」
一見すれば状況として最も有利なのはショットガンを持った私だ。
しかし、無造作に大剣を肩に乗せているだけに見える燻莉には何故か一切の隙を感じなかった。
いや、本当に隙が無いのだろう。
彼女は人間であるが、人間とは違う。
ヒトでありながらヒトを超える者であり、理論上は最も矛盾の多い存在なのだ。
そんな燻莉は依然体勢を変えることなく、私に微笑みかけた。
「ね、灯音。貴女にお願いがあるの。」
「…この期に及んで、なに。」
「冷たいわねぇ、まだあの時のこと怒ってるの?」
「問答無用で殺す。
「ふふふっ、怖いわねぇ。」
お願いがある。
かつてに燻莉が私にそう言う時は、大抵家事の手伝い等が多かった。
しかしこのタイミングでそんなお願いをしてくるなんて事はありえないだろう。
それにしても問答無用で殺すと言える割に、私は一向に足を踏み出せずに燻莉との対話を続けている。
それはきっとあの時の恐怖と、かつての燻莉へ抱いていた愛情がそうさせているのだろう。
きっとあの時のことは全て夢だと、そう思いたくて。
そんな願い、叶わぬと知っているはずなのに。
夢はとうに潰えたというのに。
燻莉は口元を押さえながら、ふふっと上品に笑ってみせた。
「あのね、灯音。」
「なに。」
燻莉は私を呼ぶと、笑みを抹消して真面目な表情で私を見つめた。
無表情のようなものだが、かつて燻莉が灯莉に向けていたものとは違い、それは真剣さを感じるものである。
かつて灯莉に残酷な仕打ちをした燻莉とはいえ、その瞳を見た私は少しだけ話を聞くことにした。
「貴女に…また娘になって欲しいの。」
「………………は?」
「また、二人で一緒に暮らしましょう?」
一緒に暮らしたい。
それはつまり私達がかつて笑い合っていた日常を取り戻せる、ということだろう。
かつての燻莉が戻ってくる、そう考えればなんと幸せな話か。
しかしそれ以前の一言が、私の中に引っかかった。
「…また?…二人で…?それは燻莉を除いた数で合ってる?」
私達は本来四人だったが、弥音は不慮の事故で亡くなってしまった。
だから弥音を抜いた三人ならわかる。
しかし、あろう事か燻莉は灯莉の事も抜いたのだ。
自分が、汚い手で、醜い笑顔で、手にかけたというのに。
すると、燻莉は焦ったように口元を押さえて付け足した。
「あぁいえ、ごめんなさいね。弥音は死んじゃったし、灯莉は弥音を殺したから…。」
「ん……あぁ。」
燻莉は焦り気味に訂正して私の機嫌を取ろうとするが、しかしそれが逆に私の逆鱗に触れた。
私はエクスキューショナーを右手で構えつつ、左手でショットガンを燻莉に向けて放った。
このショットガンはKS-23、しばしばキャラビナーと呼ばれる銃だ。
かつてソ連が開発した銃であり、ロシア軍等の運用組織に於いては特殊作戦向けのカービン銃として規定されている。
「ふふっ…。」
私の放った散弾を避けようともせずに無数の銃傷を負った燻莉は、身体中から血を流しながら口角を上げた。
「娘にならないようなら……灯音、貴女には……」
燻莉が鉄塊のような大剣を片手で軽々と持ち上げ、前傾姿勢で腰を大きく落とした。
そして顔を上げたと思った瞬間、狂気的な赫い瞳が私の瞳を射抜く。
「死んでもらうわ。」
「ッ…やってみろよ!」
私を苛む恐怖を打ち払い、強引に叫んだ私はエクスキューショナーを横に振り抜いた。
普段なら有り得ない口調で叫ぶ自分に我ながら不信感を覚えるが、もうこうなった以上はやるしかない。
少し離れた所で苛烈な戦闘を繰り広げる人外達を横目に、親子の戦いが始まろうとしていた。
「灯音、私も居るんだから忘れないでちょうだい!」
「え、あぁ…ごめんなさい…。」
五話もの間、出番のなかったカメリアを忘れかけていたことに申し訳なさを感じながら、私は…私達は改めて覚悟を決める。
夢幻の中庭に広がる花畑に、妖しい風が吹き荒んだのとあった。