私がショットガンを放つと同時に地を蹴る燻莉。
あれ程の鉄塊を携えているにも関わらずその速度と衝撃は恐ろしいもので、最早大型自動車と相違なき程であった。
素早い動きで横に飛び出した燻莉はどこからともなく取り出した直剣を地に突き刺し、突き刺した直剣を軸にぐるりと方向転換して私に迫った。
そんな燻莉の想定外な動きに迎撃体勢をとるのが遅れてしまう。
「アビス…ッ!?」
「灯音、油断は駄目よ」
「ごめん、助かった。」
かくも恐ろしい形相で鉄塊のような大剣を振り下ろした燻莉の姿は、突如割り入った背中によって消失する。
白光を纏ったカメリアが緋焔刃で燻莉の大剣を受け止めたのだ。
人間がどれほど本気で鉄槌を叩きつけたとしても響かないであろう程の轟音が響き渡り、衝撃の余波がその威力を顕著に表していた。
カメリアの足を支えている地面は明白に凹み、しかしカメリアの姿勢は芯が通っている。
そんなカメリアに対して驚いたように目を見開いた燻莉は、どこからともなく取り出した斧槍を片手で薙いで距離をとった。
その斧槍を軽く首を動かすことで回避したカメリアは、距離をとった燻莉を追うことなく体勢を整える。
「ふふふっ、半妖の身で在りながら月光の恩恵を享受するなんて貴女悪い子ねぇ?」
「褒め言葉として受け取っておくわ、それとも妬いてるのかしら?」
「ふふっ、なかなか言うじゃない。」
お互いが微笑みながら軽口を言い合う様子。状況さえ違えば仲睦まじい会話をしているように見えるだろうが、一切のハイライトが消失している二人の瞳からは確かな殺意が見て取れる。
しかしその二人の様子、二人が私の存在を忘れているようで少々癪である。
私は右手に持つ大剣をツヴァイヘンダーに変え、一歩踏み出して刃先を燻莉に向けた。
「忘れてもらっちゃ困るね、燻莉。」
「ふふっ…名前で呼ばれるのもいいけれど、私は母さんでしょう?」
「“元”ね、過去であれ不快な事に変わりはないけど。」
以前であれば私は喜んで燻莉を“母さん”と呼んでいたであろう。
しかし、燻莉は灯莉を殺した。
「灯莉が弥音を殺した」等と戯言を抜かして、眠っていた幼い灯莉を蹴り飛ばし、殴り殺したのだ。
許されるはずがない、許すはずがない。
神が許そうが、私は許さない。
「辛辣ねぇ、母さん泣いちゃうわよ?」
「黙れ、灯莉がどれだけ泣いてたか覚えてないの?」
「あれは人殺しじゃないの、何を言ってるのかしらこの子は。」
「ッ…!殺すッ!!!」
燻莉の言葉に明確な怒りを抱いた私はショットガンを三度放って燻莉の大剣による防御を誘発し、防御の瞬間に分銅鎖を召喚して燻莉に投擲した。
分銅は弧を描くように空中を走り、燻莉の顬へ遠心力と全体重を乗せたタックルを放つ。
分銅鎖とは。
その名から想像できる通り、鎖の両端に分銅が付いているものである。
分銅の一方を持って反対の分銅を投げつけたり、或いはヌンチャクのように振り回したり、説明すればキリが無いほどの用途がある武器だ。
鎖の中央部分を持って振り回した後に投げつけた分銅の威力は見た目以上であり、人間の頭部に直撃すれば即死も有り得る程である。
顬から多量の血を流した燻莉は傷口を抑えながらフラフラと体を揺らした。
「ッ…結構痛いわねぇ…。」
「やっぱ燻莉、人間じゃないでしょ。」
覚束無い足で次撃の体勢を整えようとしていた燻莉だが、今の私の一言にピタリと体を止めた。
不思議な事だが、どうやら今の発言が燻莉の中で何かが引っかかったらしい。
燻莉は顬を抑えながら私の目を見つめた。
「………灯音は、知らないのよね。
「……私を産む前の事は知らない。」
「……そうよね。」
何処か含みのある言い回しに困惑する私に、小声で「油断は駄目よ」と警戒を促すカメリア。
油断なんぞしない、コイツは実の娘の寝込みを襲って殺すような奴だ。何をするかわかったもんじゃない。
でも、私は燻莉の話が気になって仕方がなかった。
「……で?」
「…私は元々、幻想郷で暮らしていたの。」
「幻想郷で…?」
私は数年前に幻想入りし、その時に初めて幻想郷に触れた。
そのきっかけも、森を彷徨っていたらたまたま迷い込んでしまっただけなのだ。
そんな私の母、燻莉が幻想郷で暮らしていた。
「私の本当の性は、博麗。博麗燻莉。」
「なっ…!?博麗って…!」
「幻想郷の結界を管理する一族、博麗。私は先々代の巫女の双子の姉。」
「…………。」
あまりの衝撃に思考が回らない私。
先々代の博麗、つまり霊夢の祖母の姉ということだ。
ん…?霊夢の祖母…?
待って、つまり本来ならおばあちゃんってことだよね。
でも私、燻莉の娘なんだけど。
あれ?そもそも燻莉って何歳?やっぱり人じゃない?
博麗の巫女って実は人じゃないとか…?
私は上手く回らない思考の中で、なんとか言葉を絞り出した。
「つまり私は霊夢の…何になるんだろ?」
重要なのはそこでは無いだろうが、私の混濁した思考の中ではその謎が一番単純で明確だったのだ。
私達は戦いをひと段落させ、一度燻莉の話を聞くことにした。
依然夢幻の中庭に吹き付けている冷たい風。
その一端に紫電が迸る一方で、カメリアの白光の他に新たな光が生まれようとしていたのであった。