東方空蝉録   作:Amaryllis___

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在るべき博麗の姿

燻莉は突然の襲撃を受けた霊莉に治癒魔法をかけ、重ねて痛み止めの軟膏を塗って霊莉を布団に寝かせた。

命に別状は無かったようだが、霊莉の顔や身体には痛ましい火傷痕がくっきり残ってしまっている。

冷水を貯めた桶に浸しておいた手拭いを絞り、霊莉の額に乗せながら燻莉は夜空を見上げた。

 

 

 

「…“人”って、みんな一緒なの?」

 

 

 

未だ雪の降り頻る夜空。

答えてくれる存在などいないはずのその空間で、燻莉はポツリと問いを投げかける。

 

燻莉の悲しげな問いに答えるのはただひたすらの静寂

 

ということも無く、答えは誰も居ないはずの背後から返ってきた。

 

 

 

「言ったわよね、彼等は昔からそう」

 

 

「ん…。」

 

 

 

予想だにしていなかった返答に驚いた燻莉は、声のした背後を振り返る。

誰もいなかったはずのそこには紫の衣装が映える金髪の妖怪、八雲紫が座していた。

 

幻想郷を創造した本人である八雲紫は「境界を操る程度の能力」を持っており、空間の境界を弄ることであらゆる地点へ移動することが可能である。

誰もいなかったはずの場所に突如現れたのは、十中八九その能力によるものだろう。

 

その大妖怪、八雲紫は姿勢正しく座して燻莉を紫色の瞳で見つめた。

 

 

 

「襲撃されたのね」

 

 

「…えぇ、霊莉と私の判別がつかない馬鹿達に霊莉が襲われたわ。」

 

 

「…そう…」

 

 

 

燻莉は確かな怒りを孕んだ声で紫に説明し、それを聞いた紫は襲撃者達に対する怒りを見せながら相槌を打つ。

燻莉にとって最も大切な存在は双子の妹である霊莉だが、博麗の事情に関して紫は燻莉にとって最も良き理解者であった

 

それ故だろうか。

続けて放たれた紫の言葉に、燻莉が更に強い怒りを覚えたのは。

 

 

 

「けれど燻莉、貴女には巫女の座を降りてもらわなければならないわ」

 

 

「………どうして?」

 

 

 

紫の言葉に数秒固まった燻莉は紫の言葉の真意を理解した後、強い怒気を孕んだ瞳で紫を睨みつけた。

そんな燻莉の瞳に対して一切の動揺を見せない紫は更に続ける。

 

 

 

「どんな事情があったにせよ、貴女は人間を皆殺しにした。それは博麗の巫女として、絶対にあってはならないことよ。」

 

 

「じゃあ何!?黙って霊莉が襲われてるのを見てろって言うの!?」

 

 

 

紫を大声で怒鳴りつけた燻莉は怒りに任せて畳を強く殴りつけ、感情のまま立ち上がった。

殴りつけた畳は大きく凹み、その一畳を明確に歪ませている。

しかしそんな燻莉に対しても一切の動揺を見せない紫は、更に言葉を続けた。

 

 

 

「博麗の巫女は幻想郷の秩序を司ると同時に、幻想郷の象徴でもある存在。そんな博麗の巫女が人を殺したとあっては名が潰れてしまうの、どうか分かって頂戴」

 

 

「なら博麗の伝統は今夜で終わりね!あとは紫が勝手にしたらいいわ!」

 

 

 

未だ興奮冷めやらぬ燻莉は涙を流しながら紫を睨みつけ、縁側から飛び出して夜の森へと姿を消した。

突然の静寂に包まれた博麗神社は紫と霊莉の二人を残し、未だ降り頻る雪を受け止め続ける。

 

すると意識を失っていた霊莉がゆっくりと目を開け、部屋に座して俯いている紫に声をかけた。

 

 

 

「…紫、燻莉は…?」

 

 

「目が覚めたのね、燻莉は…………少し出掛けただけよ」

 

 

「…そっか」

 

 

 

紫の嘘を知ってか知らずか、一言だけ返した霊莉はそれ以上何も言わずに再び目を閉じた。

しかし数秒後、霊莉はやはり何か気になる様子で紫を呼ぶが…

 

 

 

「ねぇ、紫……?」

 

 

 

霊莉が再び目を開けた時には、既に紫はそこに居なかった。

 

 

 

「……寝よ」

 

 

 

冷たい雪が降り注ぐ夜の博麗神社で、霊莉は孤独に微睡みに身を投げ込んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷の夜は、妖怪が蔓延る恐怖の空間。

暗黒に包まれた森は、そんな妖怪達の楽園と言っても過言ではない程に恐ろしき場所である。

夜の森で一度迷ってしまえば四方八方を凶悪な妖怪に囲まれ、容易に行き先を冥界へと切り替えてしまう。

 

 

 

「邪魔よッ!!どきなさいッ!!妖怪如きがッ!!!」

 

 

 

そんな恐怖の森の中を、ひたすら走り続ける女がいた。

その女は次々に襲い来る妖怪達を怯むこと無く切り裂き、或いは叩き潰しながらただひたすら走り続けている。

 

その名を博麗燻莉。

たったの数刻前に巫女の座を剥奪されたばかりの()()()である。

片手で全長2メートル程の大剣を振り回し、もう一方の手で岩ほどもある大槌を叩きつけながら、その女は夜の森を走り続けた。

 

 

 

「何が博麗よッ!そんなくだらない伝統でッ!霊莉を危険に晒してたまるもんですかッ!」

 

 

 

狂気に満ちたその様、鬼神の如く。

燻莉は数多の傷を負い、その比にならぬ程の返り血を全身に浴びていた。

燻莉が武器をひとたび震えばその地点は途端に血飛沫に塗れ、真っ赤な装飾を施す。

その為に燻莉が通った後には血のカーペットが敷かれており、上等な帰り道の目印になっていた。

 

 

 

「はぁ…はぁ……ふぅ…。」

 

 

 

数刻後、既に朝焼けが見えつつある時間になってから燻莉は漸く立ち止まった。

辺りには朝霧が立ち込めており、今まで止めどなく襲いかかってきていた妖怪がまるで嘘かのように、そこは静寂に満ちている。

 

燻莉は近くにあった岩に座り、二対の武器を傍に立て掛けた。

 

 

 

「流石に少し疲れたわ…少し寝ましょう。」

 

 

 

辺りに妖怪の気配は無い。

燻莉は霊術によって純度の高い結界を張り、その場で目を閉じた。

その結界は妖だけでなくあらゆる存在を弾き、透明ながらも鋼鉄の如き強度を誇る代物である。

 

燻莉は目を瞑りながら、これからの事をボーッと考えた。

 

 

 

(あんなに強く言う必要は無かったかしらね…紫にも紫なりの考えがあったのかもしれないし…)

 

 

 

けれど、あれほど強く言ってしまったのだ。

そんなすぐにヒョイと戻れる度胸があるだろうか?いや、無い(反語)

 

落ち着いた頃に謝りに行こう。

そんな結果を導き出した燻莉はそれ以上何を考えることも無く、そのまま微睡みへ身を投げ込んだのであった。

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