あれから何度日が巡っただろうか。
燻莉は未だ神社に戻る決心がつかず、妖怪蔓延りし森を彷徨っていた。
「さすがにお腹すいたな…。」
低く唸る腹を擦りながら、燻莉は柔らかい芝の上に寝そべっている。
最早結界を張る気力も無く横たわっている燻莉は、妖怪にとって非常に“都合の良い存在”と化していた。
「とはいえ…やっぱり戻りづらいわね。」
勝手にしろと吐き捨てた手前、やはり簡単に戻ってしまうのは燻莉のちっぽけな自尊心が許さなかった。
空腹で横たわっているとはいえ、今妖怪に襲われても燻莉なら難なくそれを弾き返すだろう。
何だかんだどうにでもなるようなそんな状況だからこそ、燻莉は野営を続けているのかもしれない。
そんな事考えていると木々の隙間から燻莉を見つめる赤い瞳が見えたと共に、明確な歓喜の意を持った咆哮が響き渡った。
「ほら、やっぱり出てきた。」
その妖怪を見た燻莉は気だるそうに立ち上がり、躊躇なく襲いかかってきた異形の妖怪を乱暴に切り捨てる。
一撃で簡単に命を失った妖怪はその場に倒れ伏し、当然そのまま動かなくなった。
そんな異形の死体を冷たい目で見つめた燻莉は「そうだ。」と手を打ち、死体の首根っこを掴んで持ち上げる。
「この際お腹が満たせればなんでもいいわ、妖怪でも焼けば食べれないことはないでしょう。」
空腹のあまり正気を失ったのか、それとも燻莉の脳が元々とち狂っているのか。
燻莉はその妖怪を食らうことにした。
妖怪を食らうことは幻想郷では禁忌とされているが、目撃者の存在し得ないこの空間では、そんな事は燻莉にとって些細な問題であった。
燻莉はどこからとも無く大きめの包丁を取り出し、その妖怪の解体作業を始める。
「こうやって解体してみると、やっぱり美味しそうね。」
解体によって外気に晒された内蔵と止めどなく溢れる血液を見て、さらに食欲をそそられる燻莉。
やはり彼女の頭のネジは最初から飛んでいたのかもしれない。
非常に手際良く解体を済ませた燻莉は、美味しそうな部位だけを選んで火にかけ始めた。
勿論、調理に用いる火は魔法によって熾したものである。
「ん〜、良い匂いね。私が腹ぺこなんだし、禁忌だとかは二の次よ。」
食欲をそそられる匂いに活力を取り戻した燻莉は妖怪避けの結界を張り、近くの岩に腰を降ろす。
煙と肉の焼ける良い匂いが森を支配し、そこは燻莉専用のバーベキューキャンプと化した。
良い焼き加減がついた頃合いで肉を手に取った燻莉は、空腹の為か口を大きく開けてガブリと齧り付く。
「ん〜、おいしい!やっぱり焼肉は種族の垣根も凌駕するのね!」
口内に広がる肉の脂と旨みが燻莉の多幸感を煽り、燻莉は二口、三口と更に食肉を進めた。
しかし次の瞬間、燻莉の身体に異変が起き始める。
「…ッ、待って、なによこれ…ッ。」
ドクリと燻莉の身体に響く振動。
当たったという訳ではない、痛みがある訳でもない。
ただ燻莉の中に、得体の知れない何かが蠢き始めたのだ。
燻莉はその衝撃のあまり手に持っていた肉を落とし、己の胸を強く抑えながらその場に倒れ伏した。
「う…ぁ……ッ。」
声にならない呻きを洩らしながら、燻莉はそのまま意識を手放した。
不幸中の幸いか、妖除けの結界を貼っていた為に妖怪に襲われることは無い。
しかし、それは逆に誰かが助けに来てくれることも期待できないということだ。
結界の中で気を失った燻莉は、そのまま数日ほど目を覚まさずに倒れ伏すのであった。