時は現代に戻り、夢幻の中庭にて。
私とカメリアは依然として警戒を解かぬまま、燻莉の過去を聞いていた。
流れはわかった。
しかし、燻莉が八雲によって境界に落とされたのが唐突すぎて、その後の霊莉や幻想郷がどうなったのかは全く分からない。
問答無用の攻撃や“スキマ送り”、幻想郷に於いての妖喰らいとはそれ程まで重罪なのだろうか。
「…なんだか、パッとしないな。」
「そうね、つまり貴女は何を伝えたかったの?」
燻莉の過去を聞いた私達は釈然としない表情で首を傾げ、結果として何を言いたかったのか燻莉に問いかけた。
弥音が命を散らしたあの日から精神が狂った燻莉の事だ、私達の理解力の無さに憤りを覚えて再び斬りかかってくるかもしれない。
しかしそんな心配も杞憂に終わり、燻莉は落ち着いた表情で静かに答えた。
「そんな簡単に伝わる事じゃないのよ。そうね…また娘になって欲しいと言う前に、まずはゆっくりと話をするべきかもしれないわね。」
そう言った燻莉は優しげに微笑み、鉄塊のような大剣を地に突き刺した。
その表情はかつての“母”にぴったり一致しており、それが私の心を強く揺さぶる。
何故そんな表情が出来るのだろうか。
燻莉の過去がどうであれ、弥音亡き後の燻莉は灯莉を問答無用で殴り殺した。
その事実は決して覆ることは無いし、絶対に許してはならないものだ。
灯莉を殺した時の燻莉はどう見ても狂っていた。
けれど今は?
かつて私達を等しく愛してくれていた大切な母親
絶対に、ありえないのに。
「…いいよ、過去の事なんて。…燻莉は灯莉を殺した、その事実は覆らないから。」
私は
冷たく突き放すように吐き捨てた私の心には、もう慈悲なんて物は欠片も残っていなかった。
どれほど見てくれを取り繕おうが、私はもう惑わされない。
いい加減、うんざりだ。
「…えぇ、それは紛うことなき事実よ。けれど「もういい。」…え?」
己の犯した罪を認識しておきながらも尚、薄っぺらい言い訳を続けようとする燻莉に嫌気がさした私は燻莉の言葉を遮り、新たに召喚したツェリスカを燻莉に向けて発砲した。
この巨大なリボルバーは私がかつて妹紅に放ったもので、絶大な威力の代償に恐ろしい反動がある代物である。
私はその反動によって肩の関節が外れ、制御外の腕をプランと垂らした。
その体躯に相応しい爆音と共に放たれた銃弾は穿つ槍の如く真っ直ぐと燻莉へ迫り、燻莉の眉間に大きな風穴を空ける。
その風穴からは大量の血飛沫が上がり、燻莉は被弾による衝撃で後方へ倒れ伏した。
眉間から止めどなく流れる血を気にする素振りも見せず、燻莉は倒れ伏したまま私に瞳を向ける。
「ごめんなさい…ホントの事、ずっと言ってなかったものね…私が、悪かったわ…。」
「…いつまで生きてんの。」
脳みそを破壊されたら何のアクションも出来ずに命を絶やすのみ、それが常識。
それが例え異形の妖怪だったとしても、生物の構造上それは至極当然の結末であり、運命である。
しかし燻莉は脳を破壊されても尚、未だに喋り続けている。
それは燻莉が元博麗の巫女である所以か、それとも妖喰らいである所以か、それは分からない。
ただ一つ確かなこと、それは燻莉が脳を破壊された程度では即死しない程の存在であるということだ。
とはいえ決してノーダメージという訳ではないようで、その証拠に燻莉は徐々に弱っていく様子を見せている。
「ただ、これだけは言っておかないと…弥音が死んだのは決して事故じゃない、あれは灯莉の能力によるものなの…。」
「…は?この期に及んで何を「聞いて。」」
燻莉の放った衝撃の言葉に一瞬たじろいだ私だが、今度は燻莉によって言葉を遮られてしまった。
どうせ燻莉はいずれ命を落とす状態なのだ。
最後の戯言くらいは、許してやろう。
そう思った私は、燻莉に遮られた言葉を再度言う事もなく、燻莉の話を聞くことにした。
「灯莉の能力は正確には分からない、けれど灯莉はあの時ついに死すらも超越したわ。」
「…どういうこと?」
「灯莉は生きている、そして彼女は未だ私達に“悪夢”を見せ続けているの…。」
全ての悪夢は灯莉によるもの。
とても信じられるはずもない与太話だ。
しかし、私はその話を自然と受け入れていた。
何故かは分からない。
有り得ないと自分に言い聞かせているものの、私の中の本心は何故かそれを信じてしまっていた。
己の中の矛盾に困惑して黙り込んでいると、私は燻莉の顔が真っ青になっていることに気づいた。
「もう…お別れね…。」
「ま、待って、意味わかんない!」
こんな有耶無耶なまま自分だけ去るなんて許さない。
しかし私の放った銃弾は持て余す程の威力を持つため、燻莉の傷は荒療治でどうにかなるようなものではない。
どうにかできないか。
そう思った私が頭を悩ませていると、やがて燻莉はゆっくりと目を瞑った。
「廻る悪夢を、終わらせて…。ずっと愛しているわ、灯音…。」
「ちょっ…!」
燻莉はそのままピクリとも動かなくなり、慌てて燻莉の身体を揺さぶる私。
しかしそれも虚しく、燻莉はそのまま何を語ることも無く、辺りには静寂が訪れた。
あれ程まで許せなかった存在が死んだ。
喜ばしい事のはずなのだ、しかし何故か私は気が晴れなかった。
例え不倶戴天の敵だとしても、それでも燻莉が私の母親である事に違いは無い。
だからだろうか、私の頬に雫が滴っているのは。
「………母さん……。」
夢幻の中庭にて、私は溢れる涙を拭いながら崩れ落ちる。
そんな私の背中を、カメリアは何も言わずにそっと抱きしめてくれた。
そして私が気づいた頃には、全ての戦いが幕を閉じていたのであった。