降り頻る雪を一身に浴びる香霖堂で、私は温かい茶を啜りながら霊夢の話を聞いていた。
私が霊夢の話を聞いている間、魔理沙は暇を持て余していたのか眠っている霖之助の頬を人差し指でつんつん弄っている。
二人だけで話しててごめんね魔理沙。
「で、カナは精神が不安定な少女の一面であるらしいのよ」
「元々の実体は人間…ってこと?」
「そうなるわ、まぁ詳しいことは私も分かってないんだけどね」
カナ・アナベラルは、元々は精神が不安定という点を除けば何ら普通の少女だったそうだ。
ただ、その少女や身の回りの人間にとっては“精神が不安定”という点だけでも十分に異常であった。
いつ発狂して何をするか分からない、それを悪魔に憑かれた子とすら呼ぶ者もいた。
また、彼女は遠い未来にまで存在する騒霊であるらしい。私のいた時代から二世紀程は先であろう時代、二十三世紀頃だ。
二世紀も先の世界なんて私には想像も出来ないが、なんとなく丸っこい乗り物が何台も空を飛んでいるイメージがある。
先入観とは恐ろしいものだ。
「それで、カナはその時代に居た
「変な奴?」
「そ、なんか自分の事をダイガクキョウジュだかなんだか言ってたわ」
「あぁ大学教授ね、んー…寺子屋の規模を大きくした所の先生みたいな感じ。」
幻想郷には大学も無いので、幻想郷の住民に伝わるような例を以て説明するのがなかなか難しい。
厳密に言えば寺子屋とも違うのだが、まぁふんわりと伝わってくれればそれでいいだろう。
神よ、子供に間違った知識を教授する罪をお許しください。
神なんて崇拝してないのだけれど。
「慧音の上位互換ってことね」
「言い方よ…まぁそんなもん。」
慧音とは上白沢慧音の事で、幻想郷で唯一の寺子屋で勉強を教えている教師である。
間違ってはいない…?のだが、それは寺子屋の教師を卑下する言葉に聞こえなくもないのであまり宜しくはないだろう。
まぁ今は…伝わればいいか。うん、いいや。私しーらねっ。
「で、カナは夢美が発明した変な機械で夢美達と一緒に幻想郷にやってきたのよ」
「夢美…達?」
「夢美は大学とやらの変なメンバーも連れて幻想郷にやってきたのよ、全く迷惑な話だわ」
「よく分からないやつは全部“変な”扱いなんだ…。」
霊夢の“変な”癖はさておき、恐らく夢美達はタイムマシン的な物を用いてやってきたのだろう。
恐らく、“達”に含まれるのは同僚であったり友人だと思われる。
カナ・アナベラル、岡崎夢美、夢美の同僚または友人。
未来から現れた、類稀な使者だ。
「で、その後も色々あったんだけど…夢美が願いを叶えるだとかで、カナの“神社に引っ越したい”っていう要望に応えた結果、カナは今うちの神社に憑いてるのよ。ほんと迷惑だらけね」
「だいぶ端折ったね。」
「夢美達がこの時代に来てからの話は、大抵夢美が中心になっちゃうのよ。ところで、これは夢美から聞いた話なんだけど…」
「…ん?勿体ぶっちゃってどうしたの?」
「カナの話なんだけど、この話は噂話みたいであまり気が進まないのよ」
霊夢はそう言うと、渋い顔をして茶を啜った。
どうやら霊夢が今から話そうとしている内容は、何かあまり明るくないもののようである。
しかし、こうも勿体ぶられては聞きたくなるのが人の性というもの。
私は戸棚から茶菓子を取り出し、何を語ることもなく霊夢に茶菓子を差し出した。
私のその行動に、驚いたように目を見開く霊夢。
しかし数秒の空白を置くと、霊夢はお腹を抑えてあははと笑った。
「あははっ!分かったわよ、そんな買収すること?ふふっ…」
「え?…いや、さっき情報料とったじゃん!」
「単純にお茶のおかわりが欲しかっただけよ、灯音って結構天然よね」
「キレs…キレてないし。」
まさかカメリアだけでは飽き足らず、霊夢にまで弄られる時代が来るなんて思わなかった。
全く…。とお茶を啜る私に、霊夢は笑いを堪えたような顔で「まぁまぁ」と両掌を見せる。
怒ってるわけじゃないし、ちょっぴり悔しいだけだし。
そんな小さな意地を張っていると、霊夢が湯呑みを机に置いてふぅと一息ついた。
なので私はつまらない意地を捨て、霊夢の話を聞く姿勢を整える。
「さて、じゃあ話すけど…まず、カナには謎が多いらしいのよ」
「と、言うと?」
「うん。まず、カナがいつ騒霊になったのか誰も知らないの」
「幽霊に寿命なんて無いだろうし、騒霊になってから夢美の時代で既に100年とか経ってたんじゃないの?」
「夢美の時代には道路標識なんてものは存在しないし、多分そうなんだけど…いくら過去の文献を漁っても、カナ・アナベラルの名は存在しないのよ」
「…あぁ、よく考えたら色々変だね。」
この国は全ての時代の人間が管理されていた訳では無いが、少なくとも道路標識のある時代には既に完璧と言っても差し支えない程の管理が行き届いていた。
霊体でも実在する物に干渉はできるが、それをいつまでも持ち歩くことは出来ない。
その物体の質量の有無が曖昧になるためだ。
つまりカナがいつまでも道路標識を持っているということは、その道路標識は生前に手にしていたものということだ。
まぁそもそも道路標識を手に持った少女なんぞ聞いたことがないが、この際その話は置いておこう。
ここで重要なのは、カナが道路標識の存在する時代で生きていた少女だということ。
であるならば、カナ・アナベラルの名が過去の資料に残っていないのはおかしな話なのだ。
なら彼女は海外の人間なのか?海外の資料は確認してないとのことだし、もしかしたら彼女は外国生まれなのかもしれない。
…とも思ったが、あの道路標識はどう見ても日本のものだ。それは無いだろう。
色々と考えた結果、私はとある結論に辿り着いた。
「…偽名?」
「そうかもしれないわね。なぜ自分の身の上を隠すのかは分からないけれど、まぁ幻想郷は全てを受け入れるのがウリだから気にしてないわ」
「時代も重なってるし…偽名だとするなら、まさか本当に灯莉…?」
灯莉は、本当に生きている…?いや、この場合生きてはいないのかもしれないが。
私は己に走った電流に手を震わせながら、一度思考を整理する為に煙草に火を灯した。
茶を啜る霊夢、煙を煽る私。
横の魔理沙は、眠っている霖之助の顔にマッキーペンで落書きをしているのであった。