普段であれば数多の人間が行き交うであろう人里だが、生憎の降雪により、その日常は覆っている。
降り頻る雪によって一面の銀世界と化した人里は閑散としており、外出している僅かな住民もまた、必要な用事だけを手早く済ませて早足で帰宅しているようであった。
通行人も全然いないという事で、私は相も変わらず煙草を吸いながら歩いているわけだが…
ふむ、降雪の下で傘をさしながら吸う煙草もまた味があるというものだ。
灯音は寒がりだから共感してくれるかは分からないけれど、彼女は冷たい口調の割に意外と気を使ってしまうタイプなので「まぁ、言いたい事は分かるよ。」とかは言いそうなものである。
「こんな天気の中で暇潰しに出掛けてるのなんて、私くらいかしらねー」
「意外とそんな事は無いのよ」
誰も居ないと思って独り言を呟くと、誰も居なかったはずの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
ふむ、この声といい趣味の悪いサプライズといい、こいつの正体は…
「……音もなく背後から来るのは心臓に悪いって言わなかったかしら、レミリア?」
「ふふっ。悪かったわよ、カメリア姉様」
振り返ると、声の正体は予想通りレミリアであった。
レミリアの隣にはメイドである咲夜が傘を持って立っているが、その傘はレミリアの為だけのようで、咲夜の肩は既に大部分が濡れている。
人間は風邪を引くんだから、少しくらいは労わってあげても良いと思うの。
「レミリアはメイド使いが荒いのね?」
「誤解よ、私だって咲夜に風邪を引いて欲しくはないわ」
「私が風邪を引いたとしても、お嬢様がご無事であるならばこの咲夜、メイド冥利に尽きます」
「……ご主人様想いなのね、あなた」
紅魔館がかなりのブラック企業なのではないかと疑ったが、どうやら従業員が無駄に献身的なだけらしい。
ふむ。それほどまでの忠誠心を抱かれるとは、レミリアも中々どうしてやるものだ。
これが所謂“カリスマ”という奴なのだろうか。
「ところで、天下の吸血鬼様がこんな天気にお出掛けとは、どういった了見なのかしら?」
「カメリア姉様が実家帰りするという事らしいので、迎えに来てあげましたわよ?なのよ?ですのよ?」
「…あぁ、運命を視たのね。そんな簡単に未来が見えてたら退屈で仕方ないでしょう」
「そんなことは無いわ、たまに予想外の運命が訪れる事もあるもの」
「そういう…ものなのねぇ」
“運命を操る程度の能力”
レミリアが持つこの能力は、文字通り運命を操る事が出来る。
操る事が可能なのであれば、無論それを視る事も造作では無い。
運命という言い方をしているが、つまるところ未来予知のようなものである。分かりやすいね。
「ならこのまま何処かで食事でもしましょうか、せっかく迎えに来てくれたのだし。」
「いえ、その必要は無いわ」
「あら、どうして?庶民のお店は不服?」
「貴女にとって最も大切な人が来るのよ、それもまた唐突な用事でね」
「灯音?」
“貴女にとって最も大切な人”というフレーズで真っ先に灯音の顔が脳裏に過ぎるというのも不思議なものだが、実際灯音は私にとって最も大切な人と言っても過言ではないのだ。
熱愛、狂愛、過ぎた感情を注ぎに注ぎまくっている存在。
私にとって、それが灯音なのである。
一瞬で灯音の名を口にする私に対して意味深な笑みを零したレミリアだが、仮に触れたとして、ただからかわれるだけのような気がしたので触れずにおいた。
「…それで、灯音はいつ来るの?」
「三秒後」
「え?」
「カメリアーっ!」
「ね?」
「………」
これが所謂、ご都合主義というやつだろうか。
元々紅魔館に行く予定だったものを、それらしい理由で端折って無理矢理進めようとした感が否めない。
事実は神のみぞ知るという事で片付けておこう、とりあえずね。
まぁ私としては意図せず灯音に会えたので全然構わないんだけれど。留守番って少し寂しいのよ?
それはさておき、私は依然忙しなく駆け寄ってくる灯音に笑みを向ける。
「…どうしたの?そんなに急いで」
「やっと見つけたよ…。うん、凄く急なんだけどさ…。」
黒い髪が雪によって部分的に白く彩られている灯音。
結構な速度で走り続けていたはずだが、灯音は全く息を切らした素振りを見せず、私に急用の旨を話し始めた。
〇
「それで…クールそうに見えて意外とそうでもない灯音さんはどこに行ったの?」
「……いやまぁ、分かるけどね…。灯音は連れを呼んでくるって言って飛び出してったよ」
窓の外は相変わらず降雪によって銀世界を展開しているわけだが、香霖堂にある石油ストーブのお陰でその寒さは全く感じずに済んでいる。
そんな中、清純そうで意外に清純じゃないメリーは、先程香霖堂を飛び出していった女性、柊灯音の行方を私に聞いてきた。
灯音は第一印象こそ露出の激しい痴女であったが、話してみると所々呆けた点はあるものの、意外にも理知的な女性だった。
「ま、すぐ帰ってくるだろうし、のんびり待っていましょうよ、メリーお嬢さん?」
「それもそうね、蓮子お嬢ちゃん?」
「んん?私もしかして馬鹿にされてる?」
「まさか〜」
他愛ない話を続けつつ、私達はじきに帰ってくるであろう灯音の事を気ままに待つことにした。
ちなみに香霖堂の店主である霖之助さんは気持ち良さそうに夢旅行を楽しんでいるし、巫女服の霊夢と魔法使いの魔理沙は何だか得体の知れない札を互いに取り出し、これまた奇っ怪な言葉を交わしている。
よく聞き取れなかったけど、スメルカードみたいな感じの単語を口にしていた。芳香剤か何か?
それにしても、巫女だとか魔法使いだとか妖怪だとか、常識が常識でない世界なだけあって俄には信じ難いモノばかりである。
けれど、だからといって疑いの目を持っているわけではない。
何故なら私とメリー、所謂“秘封倶楽部”は、そういったモノが大好物なのだ。
ならば信じたくなるのも当然のことだろう?
さて、私達はこれから元の世界に帰るわけだけど、だからといって現実的、科学的、常識的な価値観に戻るわけではないだろう。
確証は無い。無いが、そんな気がするのだ。
私達の世界で、酷く刺激的な事件が起こるような、そんな
きっと、ね。