光り輝く栄光は、とうに地に落ちた。
多種多様な文明を築き上げていた街は崩落し、今やただ廃材の山を積み上げるばかりの灰色へ。
『何故こうなった?』
ある人々は嘆き、或いは街を捨て、或いは現が夢であると己に言い聞かせ続けた。
自らの生きた証が瞬く間に否定された屈辱、自らの思い出が永遠に帰らぬモノと化した悲しみ。
それらの“負”の感情が、私には甘く蕩ける蜜のように思えてならなかった。
今、私の盃に
「あはっ……そう、全ては
灰に溺れた瓦礫の上で、己の人差し指に口付けをする。
すると指先に淡い光球が発生し、瓦礫に埋もれた東京の街を映し出した。
それは灰色の街を四人の女性が歩いている映像。
「彼の者が秤に至るとして、しかしそれは無意味なのでしょう」
映像を拡大し、そのうちの一人、見知った顔である黒髪の女性にフォーカスを当てる。
うっかり垂れてしまいそうな涎を飲み込み、私は金色に輝く己の前髪を耳に掛けた。
「…あはっ、そうでしょ?」
私の盃に、
「────お姉ちゃん」
○
廃墟と化した東京の街を歩いていた私達は、目の前に広がる青い水平線を前に立ち止まった。
どことなく塩っぱい風に吹かれ、蓮子は黒のハット帽が飛ばされないように片手で押さえながら私達を見る。
「気づいたら東京湾まで来ちゃったね」
「東京湾って、こんなに綺麗な青色だったっけ?」
「東京が機能を失ったからね。工場排水とか生活排水とかが無くなって、水質汚染が改善されたんだよ」
「なるほどね…。」
私の中の東京湾は数年前で止まっているので、青くなった東京湾の改善具合がよく実感できる。
私の知る東京湾は結構…というかかなり汚い印象で、仮に海水浴場があったとしても魅力は感じ得ない海であった。ディスじゃないよ?
綺麗になった東京湾を眺めながら煙草に火を灯し、ふと私は横目でカメリアの方を見る。
青い海、青い空、そんな美しい背景に溶け込む純白の彼女。
そんな彼女が潮風を浴びて崩れた髪を片手で直す仕草。
「綺麗だね。」
「ふふっ、そうね」
私の視線に気付いていなかったであろうカメリアは、私がこの景色を見て「綺麗だね。」と言ったと思っているのだろう。
私の言葉に同調しながら微笑んだ彼女は、まるで白の桔梗のような儚さを魅せていた。
お陰様で煙草が美味い。ヤニカス万歳。
「ねぇ蓮子、確かこの辺りよね?あの女の子を見たのって」
「たーしか…もう少しあっちの方に歩いた所じゃなかった?」
「あらそうだったっけ?海沿いは位置が分かりづらくて大変ね…」
蓮子とメリーが言うには、どうやらカナを見たのは海沿いだったらしい。
現世に来てからさほど時間は経っていないが、短時間ながらもかなりの進捗である。
遷都の果て、遂に使われることの無くなった湾岸線。
その何処かに彼女──カナ・アナベラルは居るのだろう。
「……関係があるのかも、分からないのにね。」
──無駄足になるかもしれない。
湾岸沿いを歩きながら、そんな事をぽつりと呟く。
すると、その何気ない独り言を聞いたカメリアが私の顔を覗き込んできた。
「例え関係が無かったとしても、決してそれは無駄な事ではないのよ?」
「あっ…ごめん、折角付き合ってもらってるのに。」
「そうじゃなくて、ね」
カメリアは潮風によって錆び付いたフェンスを背に、両手を後ろに組んで微笑んだ。
「例え間違っていたとしても、それは無意味なんかじゃないの。それが分かっているから、私は灯音と歩むのよ?」
「………。」
そうだ、間違っていたら正せばいい。
間違いを間違いだと知る事自体が、そもそも大切な事なんだ。
ただ、そんなことよりも。
今まさに陽が没落しかけている東京湾を背にしながら、私に慈愛の満ちた微笑みを向けるカメリア。
その姿があまりにも美しくて、私は…
「…あはっ…そうだね……。」
灼けた鉄の如き熱情を誤魔化すように、ただ微笑み返す事しか出来なかった。