「いや〜雰囲気あるね!気分は肝試し!季節外れだ〜!!」
「蓮子、あんまり離れちゃダメよ」
東京湾沿岸部でカナと別れた後、私達はカナに教えられた通りに“城”へと向かっていた。
今、私たちが歩いている道路の突き当たりにそれはあるらしい。
しかし宵はとうに過ぎ去り、天上の朔月が私たちを見下ろしている。
そんな時間なのだ。
当然、打ち捨てられた廃街に灯りなど存在する道理もなく、眼前の景色は暗黒に包まれているわけだ。
「え〜?メリー、そんなに私が心配なの〜?」
「私が怖いから離れないでって言ってるのよ」
「か〜!ちょっとくらい心配してくれてると思ってた私が馬鹿だった!」
相変わらず楽しそうな二人組はさておき、私はライトで辺りを照らしながら警戒姿勢で先頭を歩いていた。
ちなみにこのライトは、私が能力で召喚したタクティカルライトと呼ばれるものである。
このライトの外殻は非常に頑丈な素材で構成されており、その硬質さを活かして窓などを割る際にも用いられるものだ。
「…昼間みたいに変な輩がいつ襲ってくるかも分からない。カメリア、抜かりなくね。」
「任せて、月光の下は私の箱庭よ」
私の隣を歩くカメリアは、ライトで辺りを照らすこともなく冥い水底のような瞳をギョロギョロと動かして辺りを警戒していた。
私ではライトを向けないと視認できないようなものも、カメリアには当然のように見えているようである。
…カメリアは猫目なのだろうか。
「猫になったんだよな君は〜」
「灯音…?貴女が警戒中に歌うなんて初めてね」
「……あぁ、なんか最近平和ボケしてるんだよね。私、カメリアがいないとダメなんだなって思い知っ…」
私は香霖堂で醜態を晒した事でカメリアが恋しくなったのを思い出し、つい余計な事を口走ってしまった。
しまった。
そう気づいた時には既に、カメリアは満面の笑みを私に向けていた。
「ふふふふふ……灯音〜っっ!!」
「あっ、カメリア…ッ!」
期待通り…じゃない、予想通り。そう、予想通りだ。
予想通りカメリアは私に抱き着き、白く透き通った美しい頬をスリスリと擦り付けてきた。
あ〜、至福。
「(幸せすぎて)無理。」
「灯音ったら照れちゃって〜!」
背後から温かい目線を感じるが、私は気づかないフリをしてカメリアを振りほどいた。
本当は振りほどきたくなかったのだが、私の理性が限界に達しそうだったので仕方なかったのだ。
本当は離れたくなかった。本当に離れたくなかった。
カメリア離れないで。ずっとくっついてて。
はぁ……これが、愛か。
「そこに愛はあるんか?」って聞かれたら、私は即答する。
「何言ってやがんだ、愛しかねぇ。」
「えっ、ワイルドな灯音!!えぇ、好き」
…ダメだダメだ。
私だけでも真面目キャラでいないと話が進まない。
とりあえず私は煙草に火を灯し、大きく深呼吸をした。
「ねぇねぇメリー、あのカップル尊くない?」
「私達もしましょ」
「うん…うん?ぐえっ!」
突如背後から聞こえた呻き声に振り向くと、蓮子に抱きつく満面の笑みのメリー。
なんかな…つい最近似たような展開になってた気がするんだけど、まぁ気の所為でしょ。
「それはさておき…」と重い煙を吐き出し、私は立ち止まる。
「城……?」
「うーん…城…城かしら?これ」
薄靄に包まれた視界の先は、瓦礫の山であった。
広い道路を塞ぐように積み上げられた、数多の瓦礫。
それは廃墟とは言えども、決して“城”などといった大層なものではなかった。
私とカメリアが困惑していると、先程までイチャついていた蓮子とメリーが私達の前に出てきた。
「こんな大量の瓦礫、建物が崩落して積まれたにしては不自然だよね」
「そうね…道路の真ん中に建物が無い限り、有り得ないわ」
確かにそうだ。
高層ビルが崩落したとして、こんなに広い道路を塞ぐほどの瓦礫を積むのは考えづらい。
となると隠蔽工作として、何者かが瓦礫を積んで道路を塞いだ線が濃厚だろう。
私は再びタクティカルライトを構え、眼前の瓦礫の山に近づいた。
「そうだとすれば、きっとどこかに……。」
「灯音、あんまり一人で近づいたら危ないわよ」
まるで壁のように高く積まれた瓦礫。
警戒しつつもその瓦礫達に光を向け、抜け穴を探す私。
おそらく私の意図に気づいたであろうカメリアも、肉眼で瓦礫の山を舐めるように眺め始めた。
どこをどう見てもただの瓦礫達。
しかし、この瓦礫が“城”の隠蔽工作として存在するのであれば……
「…あった。」
「予想通りね、流石は灯音だわ」
無造作に積まれているように見えた瓦礫の片隅には、成人男性が何とか通れるレベルであろう空間が形成されていた。
空間の奥にタクティカルライトを向けると、多少ぐねぐねしているが、そこには確かに続いている道。
壁部分となる瓦礫には“Twisted God's Way”と歪な文字が刻まれていた。
「捻れたる神の道といったところかしら…大層な名ねぇ」
「隠し通路に名前刻んでどうすんだか…。」
刻まれた名を見た私とカメリアはお互いにため息を吐き、後方で談笑していた蓮子とメリーを呼んだ。
どうやらまたイチャコラしていたようで、二人の顔は少しだけ紅潮していた。
私だってカメリアとイチャつきたいっての。
私はそんな2人に対して複雑な顔をしていたが、当の二人はそんなこと気にもしていないように“捻れたる神の道”を覗き込んだ。
「ふむ…普通に崩れてきそうで怖い通路だね」
「ネーミングセンス的に……蓮子、ここが貴方の実家?」
「あっはっは!メリー、私まだ人殺しになりたくないなぁ!?」
テンションの高い蓮メリはさておき、私とカメリアは武器の確認をしておく。
私は決して灯莉が全ての元凶だとは思っていない。
思っていない…のだが、可能性がゼロというわけでもない。
カナの言う“城”が夢幻館の時のように妖の温床だなんてことは無いだろうが、警戒しておいて損は無いだろう。
「カメリア、弾倉はいくついる?」
「えぇ、ひとまず五個ずつお願いするわ」
「了解、近接武器はどうする?緋焔刃だけで良さそう?」
召喚した弾倉をカメリアに手渡しながら、私はカメリアの腰に提げている緋焔刃を見やった。
相も変わらず鞘部分を大きく象徴する“焔”の赤文字。
そんな力強いデザインに炎を象った鍔がよく似合っている。
夢幻館の時も素晴らしい活躍を見せてくれたので正直これ一本で充分だと思っていたが、カメリアからは意外な返答が返ってきた。
「そうねぇ、灯音が前に言ってた大太刀という武器を試してみたいわ」
「……まさか緋焔刃と両刀にする気?」
「えぇ、少し気になるでしょう?」
「ぶっちゃけ、少しどころか非常に興味深いね。」
予てから記している通り、私は生粋の武器マニアである。
そんな私としては世界中の武器の存在や逸話は勿論、その武器でどう戦うかといった点に於いても非常に興味深いのだ。
しかし大太刀自体が異常な膂力がないと扱いきれないというのに、ましてや大太刀と打刀の両刀など真人間である私には考えつきもしなかったスタイルなのである。
そう。
言ってみればこれはハーフヴァンパイアであるカメリアにしか思いつかないスタイルであり、同時にハーフヴァンパイアであるカメリアにしか成しえないスタイルなのだ。
そんなの、興味を持たない理由があるだろうか?いや、無い(反語)
そういうわけで私は記憶の底から大太刀の姿を引っ張り出し、能力によってその姿をすぐさま具現化した。
「はい、カメリア。私の記憶上、最も上質な大太刀だよ。」
「ありがと、灯音。これで強敵が来たら楽しくなるのだけれどね」
「蓮子とメリーがいるのを忘れないでよ?」
カメリアは昔から強さだけを追い求めてきた。
しかも本来はハーフヴァンパイアという種族の特性上、人智を超えた膂力を発揮できたはずである。
しかしカメリアはその膂力に頼らず、ただ“人”のカメリアとして己を練り上げてきたのだ。
そんなカメリアなら、こんな異常な武器の組み合わせでも最適のスタイルを構築できるに違いない。
「ふふ、灯音」
カメリアは私から大太刀を受け取ると早速その身を抜刀し、肩に刀身を軽々しくガチャンと乗せた。
「私、カメリア・スカーレットが星の理を打ち破るわ」
ハーフヴァンパイアとしての名を示し、そう宣言したカメリアの瞳は仄かに緋く光っていたのだった。