渇仰者メアリー
ふと、私は覚醒した。
須臾に私の瞳に映ったのは、武骨な濃灰のタイルだけで構成された地平線。
不可解な場所に首を傾げ、空を見上げる。
しかし天上は、一面が黒い海で覆い尽くされていた。
ポケットから見慣れた“平和”を取り出し、その中の一本を口に咥える。
何処に入れたかも忘れたジッポの行方。
それを自身の衣服をぽんぽん叩くことによって探っていると、既に手の中に収まっている事に気付いた。
何故かその現象を訝しげに思う事もなく、咥えた煙草に火を灯す。
不可思議極まりない現象、あまりにも不自然な光景。
しかし私はその光景に何故か納得していた。
決して覚えのない景色、しかしどこかで覚えのある感覚。
「あぁ…おかえり、灯莉。」
まばたきの瞬間に忽然と現れた妹の姿にも、やはり違和感を示すことは無かった。
妹…灯莉は静かに私に近づき、いつの間にかその手に握っていた包丁を──
「さよなら、お姉ちゃん」
───己が首に突き立てた。
その瞬間、無限とも思える程の広大な濃灰のタイルは真っ赤な曼珠沙華に埋め尽くされ、天上の黒い海が鳴動を始めた。
そして鳴動し始めた天上の海からは、肉片を繋ぎ合わせたような異形の生物が次々と降り立ち始める。
あぁ、これが私のエンドロールなのか。
困惑する事も恐れる事もなく、私はただ納得して立ち尽くしていた。
迫り来る異形の怪物達。
それらの鋭く尖った腕が罪人を狩り取ろうと、私のすぐ眼前に迫る。
しかし、私を狩り取ろうとしていた異形の怪物達は目前で動きを止めた。
いつの間にか、それらの身体からは十字架が
「キミは殉教者には成り得ないよ」
「…ッ!!!」
突如背後から届いた聞き慣れぬ声によって私は正気を取り戻し、振り返るとそこにはクリーム色の長髪を下ろした女性が立っていた。
ゴシック調の黒ドレスを纏い、どこか幽鬼のような雰囲気を漂わせる風貌の彼女は、その手に背丈程もある十字架を携えている。
「……本当に危なかった、ありがとう。」
「構わないさ、私は使命を全うするだけだよ」
中性的な口調でそう言った彼女は、手に携えた十字架を地に突き立て、目を瞑ってボソリと呟いた。
「“真理”」
すると周囲の風景が異音を立てて崩れ落ちた。
この世のものとは思えない無限の空間は忽然と消え去り、在り来りな地下通路そのものへと変貌したのだ。
私は須臾に、夢から覚めたような感覚に陥った。
「ごめん、まだ名前を聞いてなかったよね。私は灯音、あなたは?」
「メアリー、神の渇仰者さ」
クリーム色の長髪を耳に掛け、彼女…メアリーは短略的な自己紹介をした。
渇仰者…彼女の武器、装飾から大方察しはついていたが、やはり彼女は神を強く信仰しているらしい。
それも、かなり信心深い。
この手の人間は己が信じた神の為のみに全てを捧げる傾向にあるので、この先も協力してもらえるかは怪しいが…
もし手を借りることが出来たなら、それはとても大きな戦力増強になる。
可能なら、逃したくない絶好のチャンスだ。
「メアリーは何故こんなところに?使命があるって言ってたけど…。」
「キミが考えている事は分かっているよ、手を貸してほしいんだろう?」
「うっ……そうだね、手を貸してほしい。」
気怠げながらも鋭い彼女の指摘に、私の体はピクリと反応した。
一度メアリーの目的を聞いてから協力を仰ごうと思っていたのだが、そんなつまらない小細工は彼女には通用しなかったようである。
さて、どう返してくるか…
今の余計な小細工のせいで、期待値はかなり下がってしまったように思えた
「キミが背教者でないのであれば、私は一向に構わないよ」
「え………。」
しかし彼女はそう言って微笑むと、私に背を向けて歩き出した。
色々な意味で問答無用。
そんなメアリーの雰囲気に、なぜか私はカメリアの姿を重ねてしまったのであった。
「………カメリア、無事でいて。」