俺は最早、人ではない。
かといって異形の存在というわけでもないが…生憎、人と呼ぶには俺の魂魄は怨念を纏いすぎた。
俺は自分がどこから来たのかなんぞ全く覚えていない。
ただ為すべき“宿命”があるのだと、それだけは理解している。
別に、それだけで構わないのだ。
俺の脳が深く考えるのを激しく拒んでいる。
俺は恐らく、そういう性格なのだろう。
気づけば俺は魔界の僻地にて、十字架愛好家の暗い女と作戦会議をしていたのだ。
怨念の雷が身体中に走り、俺を突き動かしていた。
少し呆けていようと、その雷による僅かな痺れが俺に“宿命”を再認識させる。
「悪夢は、俺が終わらせる」
俺は真っ暗な廃街のど真ん中で、雲に覆われた真っ暗な空を見上げて呟いた。
黒衣と雷に包まれたこの人ならざる身では、最早冷たい風など感じる事は叶わない。
そうやってぼーっと突っ立っていたのだが、突如鼻を突くような異臭と、妙に精神を逆撫でするような暗い呻き声が耳に届いた。
ああそうだった。
内に秘めた感情と膝を突き合わせている余裕なんぞ今は無い。
俺は数分前、地下通路にて時空の崩壊に巻き込まれかけていた女二人を楽園に転移させたのだ。
「悪いが、お前さんの獲物はもう居ねぇぜ」
俺が振り向くと、そこには亡者が立っていた。
死肉のような身体、虚空を見つめるような暗い眼孔。
亡者としか言いようのない化け物、他に其れを表せる言葉など存在しなかった。
「さーて、さっさとあの陰気な女と合流しねぇとな」
俺の掌から射出される暗黒。
その暗黒は酷く冷たく、それを覆う細い光がバチバチと明滅していた。
憎悪、怨念、悪意
俺を形成するのは、負を纏った暗黒の雷。
全ては、悪夢を終わらせる為───
○
暗い地下の監獄のような空間に冷たい風が吹き付ける。
さながら季節外れのクーラーといったところか。
この冷風で私の熱が冷めやらぬうちに、奥部へと足を進めなければ。
私の隣で同じく足を進めているメアリーは一言も喋らず、ただ前方に広がる闇を見つめていた。
闇に待ち受ける悪夢に恐れていないわけではない、恐れないわけがない。
この五体は戦場という金槌によって鍛えられた。
しかし、傭兵である以前に私は人間なのだ。
恐れを知らぬ兵士など、異形の怪物と何が変わろうか。
メアリーの魔術によって生み出された光源だけが頼りの暗黒で、踵と石床をぶつける音と二人分の微かな呼吸音だけが響いている。
「暗いな…。」
「……」
メアリーは変わらず彼方を見つめながら口を閉じたままだ。
彼女は自分を渇仰者と言っていたが、一体なんの神を信仰しているのだろうか。
“背教者でないのなら一向に構わない”と言われても、なんの神を信仰しているか定かでないのだから私が背教者でないという保証はどこにもない。
どこに地雷があるか分からない以上、あまり下手なことは言えないのが現状だ。
(なんか…一昔前の私みたいだな。)
思えば少し前は私も必要最低限の会話しか交わさず、返事も素っ気なくすることが多かった。
クールキャラを気取っているわけではないが、単純にコミュ障というわけでもない。
ただ、あんまり喋りたくないだけなのだ。
……これってコミュ障?
「…!」
なんて、くだらないことを考えていると、前方の暗闇から別の足音が聞こえてきた。
私は即座に回転式拳銃を召喚し、正体不明の音に銃口を向ける。
もちろん隣の彼女もその足音には気づいているはずだが、特に臨戦態勢をとるような素振りはない。
「さて、その方は背教者かな?」
メアリーが眉ひとつ動かさず無表情で軽口を叩くと、やがて足音の正体が暗闇から姿を現す。
子気味良い足音に合わせて左右に揺れる白髪、肩に乗せた巨大な大刀、無造作に携えた裸の打刀。
背にいっぱいの闇を拵えているからこそ透過しているように見える底無しの冥い瞳。
何故だろうか、一目で分かるはずの大切なその姿を見た私は…
「うん…?」
“どこかで見たな”と思ってしまった。