Hellsing the Blood   作:Lucas

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 飛行船の通路を那月と雪菜が進んでいく。ナチスの軍服を着た吸血鬼たちを蹴散らしながら。

 片腕を落とし、背を壁に寄せた一人の兵士が言った。

 

「長かったぞ……」

 

 雪菜がその兵士に雪霞狼を向ける。

 

「お前が俺の死か? 俺たちの死か!」

 

 笑いながら叫んだ兵士は、笑いながら死んでいった同胞たちと同じように床に転がった。

 

「皆、笑って死んでいく」

 

 那月が言う。

 

「奴らはそのために来たのだからな」

 

「治めるべき国も守るべき民もない……。ただ死ぬために戦うなんて、そんなの、戦争なんかじゃありません……」

 

『そう言ってくれるなよ、フロイライン方』

 

 スピーカーから少佐の声。

 

『ただ死ぬのは真っ平御免なんだ。それ程までに度し難いのだ、我々は。

 世界中の全ての人間が我々を必要となどしていない。世界中の全ての人間が我々を忘れ去ろうとしている。

 それでも我々は、我々のために必要なのだ。ただただ死ぬのなんかいやだ。それだけじゃいやだ! 私達が死ぬにはもっと何かが必要なのだ。

 もっと! もっと! と。

 そうやってここまでやって来た。来てしまった!』

 

「ハッ!」

 

 その時、雪菜は気づいた。目の前の暗闇に立つ、一人の男──大尉に。

 

『もっと何かを! まだあるはずだ。

 まだどこかに戦える場所が!

 まだどこかに戦える敵が!

 世界は広く、脅威と驚異に満ち、闘争も鉄火も肥えて溢れ。

 きっとこの世界には、我々を養うに足りるだけの戦場が確実に存在するに違いないと!

 我々が死ぬには何かが。もっと何かが必要なのだ。でなければ我々は無限に長く歩き続けなければならない。死ぬためだけに。

 だから君達が愛おしい!

 君達はそれに価する!

 君達は素晴らしい!

 王立国教騎士団ヘルシング! 君達は私達が死ぬ甲斐のある存在であり、君達は私達が殺す甲斐のある存在なのだから!』

 

 少佐の言葉が途切れた時、大尉が無言で壁の表示を指さした。

 

指揮所(Hauptquartier)

 

「律儀な犬だ」

 

「局長、先に行って下さい。早く、あの男を」

 

「わかっている」

 

 那月は大尉の身体の横を堂々と通っていった。大尉は止める素振りすら見せない。

 ただ、雪菜を睨み付け、視線を逸らさなかった。

 

 大尉がモーゼル──銃身がライフルのように長い特注品──を抜いて、雪菜を銃撃した。

 雪菜は雪霞狼を身体の前で振って迎撃する。

 続けて自らの攻撃半径に大尉を捉えようと雪菜が前方に飛び込んだ。

 しかし、読まれていたのか、大尉が脱いだコートを頭から被せられてしまい、視界をなくしてしまう。

 そこへ大尉は長身のモーゼルで攻撃を加える。

 弾丸を受けた雪菜は、大尉を狙い影を伸ばした。

 凄まじい速度で迫る影を、相応の反応速度で回避する大尉。だが、狭い通路を塞ぐように雪菜の影が大尉を追いつめる。

 

「!」

 

 しかし、大尉の身体を捉える前に影が見えない何かに阻まれた。

 目を見開く雪菜。

 彼女の眼前には、顔の半分が狼と化した大尉の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲いかかる大蛇を古城が撃ち伏せる。

 

「もうそろそろやべえんじゃねえのか、ヴァトラー?」

 

「……確かに。だが、まだ僕は死んでいない。君を倒すまで、僕は死なない」

 

「そうかよ」

 

 古城が言った。

 

「ならホントに遊びはここまでだ。……いい加減、俺も腹ぺこだしな」

 

 ロンドン全域に行き渡った、古城の血液が、再び動き始めた。今度は敵ではなく主の元へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全てはあなたの望むとおりになりましたな、少佐」

 

 ドクが言う。

 

「そうだ。全て私の思うがままだ。彼はまた城壁を築きはじめた。私の勝ちだ。

 私は彼を端から人だなどと思っていない。いや、むしろ吸血鬼とすら思っていない。彼は城であり、彼は運動する領地だ。

 暴君の意志が率いる『死の河』という領民たちだ。

 倒すにはどうすればいい? 屠るには何をすればいい?

 私は寝ても覚めてもそればかり考える。

 それが私のたった一つの戦争のやり方だからだ。

 戦争。戦争だ。彼と私との。

 全身全霊で戦わねばならん。

 私には何がある? 彼には何がある?

 体を変化させ、使い魔を使役させ、力をふるい、心を操り、体を再生させ、他者の血をすすり、己の命の糧とする。それが吸血鬼だ。

 私には何もない。なぜなら私は人間だからだ。

 きっと吸血鬼になれば素晴らしいのだろう。無限永久に生きて、無限永久戦い続けられれば、それはきっと歓喜なのだろう。

 だが私はそれはできない。それだけは決して」

 

 少佐は思い出す。半世紀前の戦場を。

 独ソ戦・バルバロッサ。

 彼の戦争。彼の国の戦争。彼の国の主義の戦争。そして、彼が負けた戦争。

 燃え上がり、崩れ去る街で、はためいているのは共産主義者の赤い旗。その足下で露助に蹂躙される少佐と武装親衛隊。

 やがて黒衣の軍はみな地に倒れ、赤軍が鬨の声をあげた。

 しかし、少佐は生きていた。

 幾人ものロシア兵に足蹴にされ、銃床で鼻を潰され、勲章を剥がされ、身体を撃ち抜かれ、もはや重い腹を抱えて立ち上がることも叶わないが、彼の命は最後の欠片を残していた。

 その時、それは起こった。

 ドイツ兵の死体の下から紅の血が地面を這って少佐に迫る。

 

「不死は素晴らしい。能力は眩しい。血液を通貨とした、魂の、命の同化」

 

 彼は理解した。これこそが吸血鬼になるということだ。

 そして言った。

 

「 失 せ ろ 」

 

 血液は少佐に到達することなく停止した。

 

「俺の心も、魂も、命も、俺だけのものだ。他者との命の共合、命の融合、心の統合。吸血鬼の本質、なんと素晴らしい。それはきっと素晴らしいのだろう。きっとそれは歓喜に違いない」

 

 “だが”と少佐は言った。

 

「冗談じゃない。真っ平ごめんだね。俺のものは俺のものだ。毛筋一本、血液一滴、私は私だ。私は私だ。私は私だ!」

 

 少佐は吸血鬼になることを拒絶した。暁古城と同じ存在になることを。

 

「羨ましいねえ。眩しい。美しい。だからこそ愛しく、だからこそ憎む。だからこそ、お前は私の敵だ。敵に値する。遂に私は宿敵を見つけたぞ! 私の戦争の……」

 

 第三帝国は滅び、時は流れた。

 しかし、彼の、彼らの時間は進むことをしなかった。

 

「そして我々はそのための準備を営々と始めた。50年かけて……。

 全ては準備だ。この瞬間のために。最後の大隊も、第九次十字軍も、アンデルセンも、ヴェアヴォルフも、ヴァトラーも。何もかもが。

 私たちの50年がこの時のためにあったのだ。

 暁古城がゼロ号開放し、全ての命を放出し、彼が『彼の城にただ一人』となった時に、アンデルセンが倒すだろうか? ウォルターが倒すだろうか?

 私は『否』だと思う。

 彼は彼一人でも恐ろしい吸血鬼だ。そして再び彼が血を吸い始めれば、それでもう全て台無しだ。

 何というズルだ。生も死も全てペテン。今がまさにその最中。

 そんな狂王を殺すにはどうしたらいい?

 戦場で十重二十重の陣を踏み破り、無限に近い敵陣を滅ぼして印を上げるか?

 否。

 彼は再び血を吸うだろう。大飯喰らいの王様だ。その彼の最大の武器が、彼の弱点でもある。

 古今、暴君は己の倣岸さ故に毒酒を呷る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大尉と戦う雪菜。彼女は劣性を強いられていた。

 大尉の姿が変化し、赤眼の銀狼が現れ、雪菜を軽々と壁まで叩き飛ばした。

 

「グハッ!」

 

 更に、縦横無尽に通路内を跳ね回り、雪菜を踏みつけ下階へと落とした。

 

(強すぎる……)

 

 床に身体を投げ出した雪菜。

 飛び降りてきた大尉が、再び人間の形となり、彼女に迫る。

 

『おやおや。らしくなく弱気だね』

 

「ハッ!」

 

 突然、雪菜の頭の中に声が響いた。

 大尉が蹴りを放つ。

 雪菜はすれ違うように攻撃範囲から脱した。

 

『そうそう。ちゃんとできるんじゃない』

 

「はい!」

 

『うんうん。それじゃあ、やろうか。一緒にアイツをやっつけよう』

 

 雪菜の頭の中の声──仙都木優麻の魂の声が、雪菜を奮い立たせた。

 

「ハァ!」

 

 雪菜が突っ込む。大尉は躱す。

 

「雪霞狼!」

 

 雪菜が取り落とした武器を、能力で引っ張った。彼女の掌中に収まる前に大尉の肉体を一突きにした。

 重ねて、雪菜の影が伸びる。枝分かれし、それぞれの先端が槍の体をなし、大尉を串刺しにした。

 

「取った!」

 

『まだだよ!』

 

 優麻の言うとおり、大尉は一度霧に姿を変え、槍から逃れた。

 一連の動きで室内の木箱が壊滅的な被害を受けた。保管していたものが宙を舞う。紙幣、コイン、金、その他もろもろナチスの略奪品が一斉にその姿を見せた。

 そのうちの一つを大尉が蹴った。弾丸のように雪菜へと飛び、捕まえた彼女の手の中にあったものは、

 

「銀歯……ッ」

 

『へえ……。それなら殺せるってことかな?』

 

「じゃあ、ここに落としたのも……」

 

『わざとなんじゃない? ………来るよ!』

 

 大尉の蹴りを雪霞狼で防御するが、そのまま後方へ飛ばされる雪菜。しかし、動きを止めはしない。

 転がっていた砲弾を掴んで大尉に投げつける。

 悠々と避けた大尉の周りが爆煙で覆われた。

 不意に大尉が人差し指を上方へ向けた。次の瞬間、その先の煙の中から雪霞狼を構えた雪菜が飛び出した。

 

「読まれた!?」

 

『そのまま行っちゃえ!』

 

「はい!」

 

 雪霞狼が大尉の右腕を貫くが、そのまま押さえ込んだ槍を、大尉の左足がへし折った。

 そのまま雪菜のわき腹を捉えた足を雪菜が右腕で挟み込んで固定する。

 両者が左の拳を振るった。

 大尉の左拳が雪菜のそれを弾き飛ばし、すばやく二撃目を放った。

 顔面に入ろうとした左拳を、雪菜は吸血鬼の頑丈な歯で受け止めた。

 その時、雪菜の身体から三本目の腕が飛び出した。

 

「もらったよ」

 

 優麻の左腕が、銀歯を大尉の胸に突き立てた。

 雪菜の攻撃でさえ易々と受けていた大尉の身体から大量の血液が流れ出す。次いで、倒れ込んだ彼の身体を青白い焔が包んだ。そして最後に、彼の身体は完全に灰となった。

 その間、大尉は終始、笑っていた。

 

「まるで、 楽しい夢を見る子供のよう……。優麻さん」

 

『うん。終わらせよう。覚めない夢なんかない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少佐!!」

 

 那月が指揮所に辿り着いた。

 

「やあ、ようやく直に御目見得出来て嬉しいね」

 

 那月は少佐に向かって銃を乱射するが、少佐の眼前にある防弾ガラスが銃弾を全て弾き飛ばした。

 

「残念だがその銃では無理だよ。なに、指揮者のたしなみだ。

 この出しものに遅れるのではないかと思ったが、間に合って良かった。せっかく今宵限りのショーなんだ。どうせなら、綺麗なお嬢さんと最高の席で観なければ」

 

「ふざけているのか」

 

「楽しみたまえよ、君」

 

 少佐が手元のリモコンをいじると、壁のモニターに古城の姿が映る。

 

「暁古城が消えてなくなるのだから」

 

「何だと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフッ……」

 

 ロンドンのとある建物の屋上にその少年の姿はあった。最後の大隊・シュレディンガー准尉。

 彼は笑いながら眼下を流れる血河を見下ろすと、懐から取り出したナイフを自らの首に突き立てた。そして、そのまま刃を滑らせて完全に頭部を分離し、そのまま『河』に身を投げた。

 

「フハハハハハ…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『死の河』は古城の元に流れていく。彼の身体へと帰っていく。

 

「まだだ……」

 

 それを見たヴァトラーが唸るように、声をあげた。

 

「まだ勝負はついてない。ついてないぞ、少佐。よせ、止めさせろ、少佐。少佐ァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやもうついたよ。もう遅い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウアアアアア!!!!!」

 

 ヴァトラーの叫びとともに鎌首をもたげた蛇が古城の身体を引き裂いた。

 しかし、即座に元の通りに回復する。

 古城は言った。

 

「もう遅ぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう全てが遅いのだ。お前ではもうそれには勝てない。機会は永久に近く失ってしまった。

 好機はくれてやった。千載一遇の、暁古城を物理的に打倒するたった二つの好機。1000人の吸血鬼化武装親衛隊。3000人の第九次空中機動十字軍。そしてイスカリオテ、そしてヴェアヴォルフ、そしてアンデルセン。そしてお前のこれまでの半生。それらの全てを犠牲にして作りあげた刹那、唯一暁古城を殺すことのできる刹那。それでも尚、お前の技は届かなかったな、そこまで。今や暁古城の命の数は一体いくつだ? 100万か? 200万か? お前ではもう勝てない。

 お前の人生は今、台無しになった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どうした、ヴァトラー? 顔色が悪いぞ」

 

 古城がふざけ気味に、呆けているヴァトラーに声を投げる。すぐ後ろの『河』に紛れ込んだ『不純物』にも気付かずに。

 

 

 

 

 

そして、少佐は言った。

 

 

 

 

 

「勝った」

 

 

 

 

 

 古城に異変が起こった。

 

「何だ、これは………」

 

 肉体が崩れ、遠い過去の記憶が次々と目の前に現れる。

 

「これは………、なんだ………?

 これは………、だれだ………?

 だれだ………、俺は………?」

 

 『暁古城』が消えていく………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「消えろ、消えろ、短い蝋燭。人生は歩き回る影に過ぎぬ」

 

「何をした!」

 

 那月が少佐に問う。

 

「何もかも。彼はシュレディンガー准尉の命を吸った。それはシュレディンガーの命の性質と同化した事に他ならぬ。

 彼は意志を持つ、自己観測する『シュレディンガーの猫』。存在自体があやふやな確率の世界を跳ね回る一匹のチェシャ猫だ。彼が自分を認識する限り、彼は『どこにもいて、どこにもいない』。

 しかし、今や彼は幾百万の意識と命の中に溶けてしまった。もはや彼は自分を自分で認識できない。

 ならばどうなる? 彼はもはやどこにもいない。生きてもいないし、死んでもいない。

 もはや暁古城は、ただの虚数の塊だ」

 

 少佐の言葉の間にも古城は見る見る消えていく。

 

「俺の何もかもくれてやったが、奴の何もかも消えて無くしてやった。この日のために生きてきた。この一瞬のためだけに生きてきた。

 負け続けの私の戦争で、初めて勝った」

 

 少佐は一言一言を噛み締めるように話した。

 

「そうか、いいものだな。これが勝ちか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ちだと? これが、こんなものが僕の求めていたものだとでも言うのか」

 

 膝を折ったヴァトラーの口から乾いた笑いが漏れる。

 

「ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハ………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少佐と那月が硬化ガラス越しに向かい合う中に、雪菜が飛び込んできた。

 

「やあ、はじめましてフロイライン。そんなことはわかりきったことだ。

 そうだ! 君たちなのだ。私を倒すのは暁古城じゃない。私が倒すのが暁古城なのだ。

 私の宿敵は暁古城であり、君たちの宿敵が今、私なのだから」

 

 少佐は大仰に両手を広げた。

 

「さあ来い。敵はここだ。ここにいる」

 

 その時、

 

「そうだな。ならば殺してしまおうか」

 

 空間が弾けた。

 

「ヌゥ………ッ!」

 

 少佐の身体が吹っ飛び、硬化ガラスが粉々に砕け散る。

 その中心にあるのは小さな少女の姿。うっすらと光を身に纏い、実体も影も溶けてしまいそうな程に儚げだった。

 

「だれ………」

 

「これはこれは………」

 

 少佐が彼女を見て口を開いた。

 

「ヒロインのご登場とは」

 

 それを聞いて小さく笑う。

 彼女の名は暁凪沙。暁古城の妹、そして、────

 

「散々切り刻んだ挙げ句に、餌にまで使っておいて、よく言う」

 

 ────ミレニアムの研究素材。そして、────

 

「暁古城の危機にわざわざリンボから舞い戻って来るとは……」

 

 ────100年前に葬られた吸血鬼。

 

「それにしても………、」

 

 凪沙が少佐の損傷した部位に視線を向ける。

 

「その様がお前か、少佐」

 

「そうだ。これが私だ」

 

 傷口から覗けるものを見て雪菜が息を飲む。

 

「機械………ッ!」

 

「失礼なことを言うもんじゃない。お嬢さん、私は、しっかりと人間だよ」

 

 那月も言う。

 

「化物め」

 

「違うね。私は人間だ。

 人間が人間たらしめている物は ただ一つ。己の意志だ。

 血液を魂の通貨として、他者を取り込み続けなければ生きていけないような、暁古城のような哀れな化物と、あんなか弱いものと一緒にするな。

 私は私の意志がある限り、たとえガラス瓶の培養液の中に浮かぶ脳髄が私の全てだとしても、きっと巨大な電算機の記憶回路が私の全てだったとしても、私は人間だ。

 人間は魂の、心の、意志の生き物だ。たとえ彼が、冗談を言って笑ってみせても、歴戦の戦人の姿で感傷たっぷりに跪こうと、彼は化物だ。だからこそ、私は心底彼を憎む。暁古城を認めない。

 彼は人間のような化物で、私は化物のような人間なのだろう。

 私は私だ。

 こっちはあっちと、私はあなたと『違う』。

 この世の闘争の全てはそれが全てだ。人間がこの世に生まれてからな。君も、私とは違うと思っている。戦いの布告はとうの昔に済んでいる。さあ、戦争をしよう」

 

 少佐の身体が宙に浮き上がった。

 彼の力ではない。凪沙だ。彼女が掌を向けるに従って少佐の身体が動く。

 

「さらばだ」

 

 そして、凪沙が掌を閉じて拳をつくると、少佐の身体は押し潰されるように縮み始めた。

 

「フハハハッ!いい戦争だった!」

 

 にやけた顔でそれだけ言って、少佐の身体はなくなった。

 

「お前がいくら人間を自称しようと、お前はもはや欠片も人間ではない。お前はただの傷心の化物だ」

 

 凪沙が言葉を紡ぐ。

 

「化物を倒すのはいつだって人間だ。化け物は人間に倒される。人間だけが倒すことを目的とするからだ。戦いの喜びのためなどではない。己の成すべき義務だからだ。お前は人間ではない」

 

 そして、

 

「暁古城は化物には殺せない」

 

 言い切った。

 

「さてと、雪菜ちゃんだったかな?」

 

「は、はい?」

 

「えっとねぇ。もうそんなに長くはいられないから簡単に言うけどね………」

 

 凪沙の豹変に付いていけない雪菜を無視して、彼女は喋る。

 

「ちょっと時間かかるかもだけど、絶対戻ってくるから、その時は古城くんのことよろしくね!」

 

「え、えぇ! えぇっと、あの………」

 

「そんじゃ、バイバイ!」

 

 凪沙は空気に溶けるように、その姿を雪菜と那月の前から消した。

 

「あの、局長? 今のは……」

 

「後で話してやる。帰るぞ。仕事は終わりだ」

 

「えっ、あ、はい!」

 

 今にも焼け落ちようとする飛行船を二人は後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行船内の研究室。

 

「終わりか? いや、違う。違うとも! 技術は理学を糧に突き進む。研究は飛躍する。否! 否! 研究は飛躍した。どうすればいい? どうすればいい? 何が! 何が! まだだ。まだ届かない。何がいけない? 何が足りない? そうだ! いつの日か! いつの日か! 世界の全てに! 一人残らずに! 配給するのだ! 奇跡の様な科学を! 科学の様な奇跡を!」

 

 ドクは、鞄に資料を次々押し込んで、逃げ出す算段を立てていた。

 

「どこに行くつもりだい、博士?」

 

 物陰から声がした。

 

「ヴ、ヴァトラー…………」

 

「ナチの残党の残党? とんだお笑い草じゃないか」

 

 フラフラとした足取りで、ヴァトラーが姿を現した。

 

「この………ッ、出来損ないめが!」

 

「あんたも立派な出来損ないさ、ドク。あんたも、あんたの作ったモノも全て。この僕も。

 茶番劇は終わりだ。演者も消えなければ」

 

「茶番? 茶番劇だと! どの口がほざく! 欠陥品の、どの口が!」

 

「一夜一幕の茶番劇さ。この戦争も、この世の中も。僕は………、僕はその中で出来るだけいい役が演じたかっただけさ。尤も………」

 

 ヴァトラーの右手が灰になって崩れ去る。

 

「結果はこの通りだけどね」

 

「そんな欠陥品の貴様が! 失敗作の貴様が! 私たちを笑うと言うのか。貴様なぞに、私の研究を茶番呼ばわりされてたまるか。少佐殿の大隊を笑われてたまるか! お前なんかに! お前みたいなモノに!

 理論は飛躍する! 研究は飛躍する! 理学は実践を食んで油断無く進む! いつの日か追いついてみせる! いつか暁古城を超えて見せる!」

 

「馬鹿を言うなよ。お前も僕も皆死ぬ。欠陥品は全部死ぬ。古城に追いつく? それこそお笑いだ」

 

「黙れぇッ!!」

 

 ドクが懐からリモコンを取り出す。彼が作った吸血鬼に仕込んだ発火装置の点火スイッチ。

 しかし、彼がそれを押す前にヴァトラーの眷獣がドクの腕を食いちぎった。

 

「ぬおうッ!」

 

 続けざまに眷獣が暴れ、ドクの身体が倒れる。その時、壁についていた一際大きい箱が倒れ、中身が晒された。

 骸骨が人間一人分。

 

「そうだろうさ。これが君たちの教材。古城と血を分けた存在。

 ここから始めたんだ、すべての研究を。古城に追いつくために、彼女を暴き、残骸のような彼女を残骸にし尽くした。

 加えて、これが古城の逆鱗だと知っていた少佐はそれすら利用した。古城との戦争の為に。古城を殺すために」

 

 “僕もそれに乗ったわけだが”そう言いながらヴァトラーは笑った。

 

「あぁ………。勝ちたかったなぁ、古城に」

 

 飛行船は炎に包まれた。少佐、ドク、大尉、ヴァトラー、武装親衛隊………、彼らの遺体と灰が焼失する。

 これにて、ロンドンを襲った悲劇は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時は流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、先輩」

「おかえり、古城」

「遅いわよ、バカ古城」

「お、おかえり」

「遅いぞ、バカ」

 

 

 

 

 

「ああ、ただいま」




どうにか完結。
きっちり駄作。
始めたときは面白いと思ったのになぁ…。

感想、お手柔らかに。何卒。

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