Hellsing the Blood   作:Lucas

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キャラクターの入れ替えがとんでもないことになってます。あらかじめご了承ください。




 日の落ちた薄暗い草原に、1人の老人が倒れていた。

 緑色の草を染める、夥しい量の血が、彼の命が風前の灯であることを物語っている。

 

 その老人の傍らに、若い風貌の男が1人膝をついていた。

 彼の衣服も鮮血で紅に染まっているが、殆どは彼自身が流したものではない。腕の中で力なく、彼に体重を預けている少女のものだ。

 

「う、うぅ……」

 

 少年の唇の間から声が漏れる。

 

「ウゥゥゥゥゥァァァァァア!!」

 

 漏れ出た声は絶叫となり、耳を傾ける生者もいない草原に、長く長く響いていた。

 

 

 

「はッ!」

 

 短い声をあげてベッドから身を起こした暁古城は、片手を顔にやりながら、肩で息をして呼吸を整えようとする。

 

「夢、かよ……」

 

 それだけ呟くと、脱力したように、再び身体を倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「南宮局長、我々、円卓会議を召集したということはよほどのことが起こったのであろうな?」

 

 眼鏡を掛けた老人が、円卓を挟んで正面の椅子に腰掛けた、ドレス姿の少じ……女性に声をかける。

 老人の名は叶瀬賢生という。この円卓会議のまとめ役であり、南宮那月の養父たるアーサー・ヘルシングの友人でもあった。

 

「ああ」

 

 言葉少なく返答した那月に対し、円卓の他のメンバーは次々と言いたいことを投げかける。

 

「先生、情報操作にも限界ってものがあってですね……」

 

「五月蝿いぞ、藍羽浅葱。先代のペンウッドならばこの程度でとやかく言っては来なかった」

 

「だから、あの人は早死にしちゃったんじゃ……」

 

「しかし……」

 

 金髪の少女が頭を抱え込んだのを見て、続いて、三つ編みで眼鏡を掛けた少女が口を開いた。

 

「近頃、吸血鬼関連の事件が我々でも揉み消し切れなくなりつつあるのも事実……」

 

 彼女の名は閑古詠といい、獅子王機関という組織の長を務めている。

 

「このままでは……」

 

「はっ!」

 

 鼻で笑うような声で荒々しく割り込んできたのは、軍服に身を包んだ髭面の男性。見た目通り、イギリス軍内の大物である。

 

「たった一組織に吸血鬼の対応を丸投げするからこうなったのだ。どうだ? この際いっそ、我々に任せては……」

 

「貴様らは殺し合いがしたいだけだろうが、ガルドシュ」

 

「おやおや、穏やかではありませんね」

 

 そこで割って入ったのは、中華風の装束を着て、眼鏡を掛けた青年。

 

「ところで南宮局長、本筋の話からかなり逸れてしまっているようですが?」

 

「貴様に言われるまでもなくわかっている」

 

 那月は、1つ咳払いをすると話を始めた。

 

「今まで撃破したヴァンパイア及びグールを徹底的に調査した結果……」

 

 那月はコンピューターチップのようなものを周りに示した。

 

「何じゃ、それは?」

 

 真っ先に訊いたのは、緑色の長髪を垂らした女性。

 

「発信機。もしくは、それに類する物。ヴァンパイアの体内数カ所に埋め込まれ、状態、行動、精神、そして戦闘、それらを調査し、報告していたと思われる」

 

「何だと!?」

 

「この一連の事件は自然発生的なものではない。それからもう1つ……」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「グールだ。グールとは、ヴァンパイアに血を吸われた非処女・非童貞がなってしまうもの。だが、今回は明らかに処女・童貞と思われる少年少女までもがグールになっている。更に、グールは本来、宿主の血と共に消滅するもののはず。しかし、ベイドリックの事件においては、バチカンのアレクサンド・アンデルセンが既に吸血鬼を倒していたにもかかわらず、我々が突入した時、中はグールで溢れていた」

 

「つまり、どういうことかな?」

 

「裏で糸を引いている連中はヴァンパイアやグールを知っている者だということだ。我々のように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、彼らのいるヘルシング家の正門の守衛を務める2人の兵士はおかしな来客を受けていた。

 2人組の女性。一方は紫色の髪の毛で濃いメイクが目立つ。もう一方は金髪で、足に障害は見られないがステッキを携えている。そして何より、どちらも男性の視線を釘付けにできるほどの体つきと服装をしていた。

 

「ねえ、警備員さん。私たちの乗ってきたバス、故障しちゃったの」

 

 紫色の髪の方が口を開いた。確かに、女たちの背中側には1台のバスが停まっている。

 

「ちょっと見てもらえない? 駄目なら電話だけ貸してもらえない?」

 

「い、…いや、駄目だ! 他を当たってくれ」

 

 一瞬ドキッとした守衛たちであったが、仮にも軍人であり、職務を忘れるような愚は犯さなかった。

 

「あら、それは残念」

 

 それを聞いた紫髪の女は、パチッと指を鳴らした。

 怪訝に思った守衛だったが、何かしらの行動を起こす前に、片方の頭部がスイカのように飛び散った。

 

「なっ!?」

 

 慌てたもう1人は、2人組が乗ってきたというバスを見る。しかし、悲鳴をあげる以外には出来ることはないとすぐにわかった。

 

「ひいッ!」

 

「大丈夫? 顔色が悪いわよ?」

 

 金髪の女が声をかけるが、守衛の血色が戻ることはなかった。なんたって、バスの窓という窓からライフルの銃口が覗いていたのだから。

 

「それじゃあ……」

 

 金髪女が、右手を顔の高さまで上げて、親指と中指をつける。

 

「バイバーイ」

 

 パチッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び場面は戻って、円卓会議が集まった会議室。

 突然の爆発音と振動に、メンバーたちは会議を中断させられていた。

 

「局長」

 

「待て。今、確認する」

 

 賢生の言を受けた那月は内線で警備室に繋いた。

 

「どうした? 何が起きた?」

 

 兵士の返答よりも先に、電話によって伝わったのは銃声だった。

 

「答えろ! 敵は何者だ?」

 

『敵は……、敵はグールです!!』

 

「何!?」

 

 思わず声をあげた那月。他のメンバーのうちの数人も眉根を跳ね上げた。

 

「足止めしろ! 無理なら時間を稼げ!」

 

 咄嗟に指示を出すも、最早悲鳴以外に返答はなかった。

 替わりに、能天気な口調の女の声が会議室に響いた。

 

『ハーイ! 円卓会議の皆さん、こんにちは。どうしようもない淫売でビッチなヘルシングちゃんも聴いてる? 私たちはギラルティ姉妹。私は妹のベアトリスよ、よろしく。今、遅めのランチの真っ最中よ。ヘルシングの隊員さんたちを美味しく頂いてるわ。今からそっちも殺しに行ってあげる。小便済ませた? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK? じゃあねーっ!』

 

 言いたい放題に喋った後、受話器を置く音と共に通話は一方的に切られてしまった。

 那月は歯噛みしながら内線を切り替える。

 

「どこだ、どこにいる、暁古城?」

 

『今、姫柊の部屋だ。ヴァトラーも一緒にいる』

 

「……、こんな時に一体なにをやっていた?」

 

『は?』

 

「まあいい。それについては後で訊く。で? これからどうする?」

 

『ひとまず、姫柊とヴァトラーを通風口からそっちに送る。これで、そっちの守りは大丈夫だろ。俺はここから出てグールと、親玉の吸血鬼を殺しながら、会議室へ。これでいいか?』

 

「わかった。ただな……」

 

『何だよ、那月ちゃん?』

 

「私を那月ちゃんと呼ぶな! アイツらは私の部下を喰っていた。絶対に、この屋敷から生かして帰すなよ」

 

『……、ああ、わかってる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルシング家の屋敷の廊下。敷かれたお高いカーペットを血で汚しながら、ベアトリスと、彼女が率いる完全武装したグールの軍団は、円卓会議が行われている会議室へと進撃していた。

 途中、ヘルシング機関の構成員たちが数回攻撃を加えるも、あえなく、端から殺され、餌と化してしまった。

 吸血鬼狩りを任務とするヘルシング機関といえども、グールの頑丈さを装備で強化したこの部隊には歯が立たなかった。

 

「まったく……。どいつもこいつも弱すぎてつまんないわね」

 

 嘲笑するように言ったベアトリス。

 その時、耳に付けたインカムから、彼女の姉の声が聞こえた。

 

『そっちの首尾はどう、ベアトリス?』

 

「どうもこうも、楽勝よ。歯応えがなさすぎて退屈なくらい。そっちこそ大丈夫なの、1人で?」

 

『問題ないわ。“上”が何を恐れてるのか知らないけれど、私が、たかが坊や一人に後れを取ると思って?』

 

「それもそうね。じゃあ、早いとこ終わらせちゃって帰りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、そうね」

 

 妹との連絡を締めくくったジリオラ・ギラルティは、兵士たちの血に染め上げられた壁──より正確には、それに掛けられた巨大な絵画──を見ていた。

 彼女がそんなものに興味があるのか否か──いや、恐らくなくはないのだろうが──は関係ない。

 ジリオラは不意に思い付いたかのように、額縁を掴んで絵を壁から外した。

 すると、その奥にあったのは真っ暗な下への隠し階段。

 そして、その最下段から彼女を見つめる、1組の真紅の瞳。

 

「フフッ、大当たり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分とマズいことになってきたようじゃの……」

 

 円卓会議のメンバーの1人であるニーナ・アデラードは、幾分体を強ばらせながら呟いた。

 

「“マズいこと”だと? 何を馬鹿な」

 

 それに対し、ベレー帽を被ったクリストフ・ガルドシュ中将は、楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「調子に乗った吸血鬼どもが、身の程を越えたことをやりたがっているだけのことだ。なんなら、俺が奴らのことを切り刻んで来てやろうか?」

 

 そう言うと、口から白い歯を覗かせながら懐からコンバットナイフを取り出した。

 

「貴様の言いたいことはわかったからいい加減に騒ぐな。まだこれはヘルシングの管轄だ。万が一、そこの扉を破ってくるような奴がいれば貴様にくれてやる」

 

 那月の言葉に、フンと面白くなさそうに鼻を鳴らしたガルドシュは、ナイフを元通り懐にしまい込んだ。

 

「ところで、藍羽浅葱……」

 

「は、はい?」

 

 突然、水を向けられた浅葱は狼狽えるが、那月はお構いなしだった。

 

「そこは危ないぞ」

 

 那月の言葉の意味を判じかねた浅葱だったが、突然頭上の天井の板が外されて、目の前に2つの人影が降ってきた時にようやく得心した。完全に手遅れだが……。

 

「遅いぞ」

 

「お待たせ致しました、お嬢様」

 

 執事服姿のヴァトラーが那月に頭を垂れる。

 

「直ちに雪菜嬢とともに侵入者を殲滅いたしますゆえ、今しばらくお待ちを」

 

 凶悪な笑みを顔に刻んだヴァトラーが雪菜を伴って会議室の扉に手を掛ける。

 その時、思わぬところから待ったがかかった。

 

「少々お待ちください」

 

 声をあげたのは、円卓会議のメンバーの1人、三つ編みで眼鏡の閑古詠だ。

 

「あなたが姫柊雪菜なのですね。暁古城に血を吸われたドラキュリーナ」

 

 閑古詠は真っ直ぐに雪菜の顔を見る。

 

「えっ、あ……、はい、そうですけど……」

 

「おい。うちの者に何の用だ?」

 

「そう警戒なさらないでいただきたい。何も引き抜こうというのではありませんよ」

 

 閑古詠は、後ろに控えていた部下から細長いケースを受け取ると、雪菜たちの前に差し出してロックを外し、中身を晒した。

 

「獅子王機関からの贈り物です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下室では、古城とジリオラとの戦いが繰り広げられていた。

 古城の白銀のカスールが火を噴き、弾丸を躱したジリオラが、茨を思わせる形状の鞭で反撃する。そして、それを回避しながら古城が更に弾丸をバラ撒く。

 その応酬が暫く続いたが、壁や床、天井が傷付くばかりで、2人のどちらもダメージを負いはしなかった。

 

「この程度? 世界最強の吸血鬼なんじゃなかったの? それとも女には手を上げないとか、そういうタイプ?」

 

「うるせーっ! テメェらいったい何者だ?」

 

「答えると思って? ハアッ!」

 

「チッ!」

 

 ジリオラの鞭により、またも床が大きく抉られる。

 

「そうね……。でも、このままじゃつまらないし、折角だから1つヒントをあげましょう」

 

「何?」

 

「“ミレニアム”という言葉に聞き覚えは?」

 

 次の瞬間、それまで俊敏に動き回っていた古城が、ピタリと停止した。

 当然の帰結として、ジリオラの鞭が彼の身体を捉える。右腕に当たり、古城が取り落としたカスールが床を跳ねた。

 

「ミレ……ニアム……だと?」

 

 2度、3度と、ジリオラの鞭が振るわれるのに気付いていないかのように、古城は呆然とした様子で呟いた。顔からは表情が消え失せ、目の焦点はぶれている。

 思わず、ジリオラが攻撃の手を止めてしまう程、彼のさまはおかしかった。

 

「……っふ」

 

 不意に古城の口から声が漏れる。それは次第に大きくなり、途端に狂笑へと変わった。

 

「フハハハ、フハハハハハハハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」

 

 思わず、ジリオラが半歩後ずさる。

 

「そうかよ! やっとか! 待ちくたびれたぜ! ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 古城の狂ったような笑声は一向に止まない。それどころか、増していく気配すらあった。

 

「……あ、アグイホンっ!」

 

 叫ぶと同時、ジリオラの眷獣が出現した。巨大な紅の蜂たちは、使役者の命令のままに古城へと襲いかかる。

 瞬間、古城が左手で懐から抜き払った黒色の拳銃がそちらを向いた。

 銃声は1発。

 それだけで、眷獣たちはおろか、ジリオラの右腕までもが吹き飛んだ。

 

 

 

『対化物戦闘用13mm拳銃“ジャッカル”。全長39cm、重量16kg、装弾数6発。これならば、例のアレクサンド・アンデルセンさえも殺し切れるでしょう』

 

 グールによる襲撃の直前、古城がヴァトラーから受領した新装備だった。

 

 

 

「なッ……」

 

 途轍もない威力を体感したジリオラが凍り付く。しかし、今度はそれがまさに命取りとなった。

 古城の右拳が顔面に炸裂し、後方の壁まで弾き飛ばされた。

 

「グハッ! アアッ……」

 

 壁にひびが入る程の衝撃を受けて床に崩れ落ちたジリオラ。次のアクションを起こす前に、古城が眼前に立ちふさがった。

 

「あ、あぁ……、アァァァァァァァァァァッ!!」

 

 先程とは打って変わって、残虐な笑みを顔に湛えた古城に、ジリオラは恐怖のままに悲鳴をあげたが、さほど間を置くこともなく、その声はパッタリと止んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれね」

 

 会議室の扉を視認したベアトリスは微かに口角をあげる。

 しかし次の瞬間、彼女の右を何かが通り抜け、そこにいたグールたちを薙ぎ払った。

 

「なッ……」

 

「やれやれ……。やはり、昔のようにはいかないか……」

 

「誰だ!」

 

 ベアトリスの前方に現れたのは、1人の老人。

 

「ディミトリエ・ヴァトラー。ヘルシング家執事。元・ヘルシング機関ゴミ処理係」

 

 端的に自己紹介を済ませるヴァトラーの元に、先程飛んできた何かが戻っていく。目を向けると、蛇のような形をしていた。

 

「眷獣……」

 

「正解だ。尤も、もうまともに操れんがな。まったく、年は取りたくないものだ。フゥ……」

 

 軽口のようだが嘘ではないらしく、彼の額には汗が浮かんでいた。

 

「フフッ……、人間は不便なものね! 行け、蛇紅羅ッ!」

 

 ベアトリスの持っていたステッキが生き物のように動き、ヴァトラーへ襲いかかった。

 素早く反応したヴァトラーは、老人とは思えない──と言うより、若干人間業とは思えない──スピードで回避する。

 

「それも眷獣か……」

 

「インテリジェンス・ウェポンってやつよ。知ってるか、クソジジイ?」

 

「フゥ……。雪菜嬢、雑魚のお相手は任せます」

 

「はい!」

 

「なに!?」

 

 ヴァトラーの声と共に雪菜がグールの群れの中へ飛び込んだ。

 刹那、数度の金属質な煌めきの後、切り刻まれたグールたちがカーペットの上に崩れ落ちる。

 

「槍……?」

 

「よそ見とは心外だな、吸血鬼」

 

「くっ! 蛇紅羅ッ!」

 

 

 

 

 

「シュネーヴァルツァー。七式突撃降魔機槍・雪霞狼。別組織に渡してしまってよかったのですか?」

 

「どちらにしろ、普通の人間には扱い切れませんから。あなたの冥餓狼の例もあることですし」

 

「ハハッ……、そうでしたね」

 

 

 

 

 

 かつて“蛇遣い”の異名を取った元・ヘルシングの戦闘員ディミトリエ・ヴァトラーの眷獣と、暁古城が血を分けた眷属・姫柊雪菜の雪霞狼。

 完全装備とはいえ、有象無象のグールたちの高々数十匹、始末するのにそれほどの時は必要なかった。

 

「クソッ! どいつもこいつも使えないッ!」

 

 歯噛みするベアトリスを余所に、グールたちは次々と雪菜の振るう雪霞狼の餌食となっていく。

 何とかしようにも、気を抜けば即座にヴァトラーの眷獣の牙が迫り、動きが取れない。

 

「そろそろフィナーレか」

 

「アァ!? 調子こいてんじゃねえぞ、クソジジイッ! あんな雑魚どもいなくても私1人いれば……」

 

「フッ……、残念だがそれは無理だ。……行けッ!」

 

 ヴァトラーの号令と共に、彼の影から飛び出した小さな蛇たちが、廊下を埋め尽くす程の物量を以て、ベアトリスを飲み込んだ。

 

「……っ! 何だ、コイツら!」

 

「なかなか楽しかったよ。“ボク”にソイツを使わせるような敵は久しぶりだった」

 

 ヴァトラーの眷獣が群がり、ベアトリスの身体を覆い隠した。そのまま、表面で蠢きながら、彼女の血肉を蝕み始める。

 抵抗を試みるも、蛇紅羅で払い切れるような量ではなく、徐々にベアトリスの動きが緩くなっていった。

 

「このッ! 離れろ! ふざけんな! おい、やめろ待て……あ、アァァァァァァァァァァァァ、ァァ、アああ……」

 

 たった数秒の絶叫の後、眷獣がヴァトラーの元へ帰ると、廊下にはベアトリスの血の染みさえ残されてはいなかった。

 

「フゥ……。……、おっと!」

 

「大丈夫ですか!」

 

 額の汗を拭ったヴァトラーの身体が傾いた。

 倒れる前に雪菜が支えに入ったが、彼女に寄りかかっていなければ、立っていることも難しい様子だ。

 

「やはり……昔のようにはいきませんな……」

 

 呟いたヴァトラーは、見た目の上では更に老け込んだように思えた。

 

「無事のようだな、2人とも」

 

「お嬢様……」

 

「言うな。これから、コイツらの黒幕探しで忙しくなる。貴様にも休む暇はやらんぞ」

 

「かしこまりました」

 

 その時、廊下の先──つまり、行き止まりである会議室の反対側──から、低く呻き声が聞こえた。それも、1人や2人の出せるものではない。壁に挟まれた廊下で反響するなしても、その数は異常だった。

 

「新手!?」

 

 すぐさまヴァトラーを壁際に座らせた雪菜が、声のする方へ雪霞狼の切っ先を向ける。

 

 グールか、それとも吸血鬼。

 襲撃者の別働隊がいたのだろうか?

 それとも応援部隊なのだろうか?

 

 数通り、状況を思い描いた雪菜だったが、廊下の角を曲がって姿を見せた相手に、思わず固まってしまった。

 

「そんなッ……」

 

 確かに相手の正体はグールだった。廊下を埋め尽くすグールの群れ。

 しかし彼らは、みなヘルシング機関の隊服に身を包んでいた。

 つい先日までは仲間だった彼らが、化け物に喰われ、化け物と化し、血肉だけを求めて自らの元へやって来る。

 残酷すぎる事実が、雪菜の心と体を凍り付かせた。

 

 その時、銃声が響き渡った。

 

 一瞬、更に身を堅くした雪菜だったが、それは敵の攻撃ではなかった。

 かつての仲間たちの群れの一角が吹き飛ばされる。

 続いて2発目、3発目の銃弾が群れを凄まじく削り取った。4発目を撃つ前にはまばらになっていたグールたちは、6発目が放たれた瞬間に1匹も余さず駆逐された。

 グールの消えた廊下に佇むのは、銃口から硝煙を上げる黒色の拳銃を握り締めた青髪の少年。

 

「先……輩?」

 

「姫柊……」

 

「ひ、あっ、あの……」

 

 恐る恐る声を掛けた雪菜だったが、古城と目が合った途端に小さく悲鳴を上げてしまった。

 

「無事みたいだな。よくやった。えらいぞ」

 

 歩み寄った古城が雪菜の頭にポンと掌を載せた。

 しかし、雪菜は口をパクパクさせるばかりで何も反応することが出来なかった。いつもなら嬉しいはずなのに……。

 

「何があった、暁古城?」

 

 古城の豹変を読み取った那月が問い掛ける。

 

「ヤツらだ……」

 

「何?」

 

「ヤツらが来たんだよ、55年ぶりに」

 

「っ!」

 

 古城のぶっきらぼうな言葉の意味を理解した那月は息を呑む。

 対する古城は、ギラギラと殺気を湛えた瞳をさらに輝かせ、はるか遠方に座す仇敵に向けて言った。

 

「待ちくたびれたぞ……、少佐」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあいい、諸君。計画を続けよう。次の戦争の為に。次の次の戦争の為に……」




古城くんを主人公にするに当たって、ちょっぴりストーリーも弄ってみました。主に冒頭部分。
固有名詞は抜きましたが誰が誰なのかは判りますよね?


それから、例の兄弟と円卓会議のみなさんはエラいことになってしまいました。
一応並べてみると……

アイランズ卿:叶瀬賢生(なんか似てる気がして……。俺だけかな?)
ペンウッド卿:藍羽浅葱(色々考えてはみたけれど浅葱の出番が見つからなかったので無理矢理主要キャラをあてがってみました……)
ウォルシュ将軍:クリストフ・ガルドシュ(一番軍人っぽい人だったんで……。そういえばウォルシュ将軍は円卓会議メンバーじゃなかったけれど、初登場シーンでいきなりガルドシュさんにするわけにもいきませんし……ね?)
その他円卓会議の皆様:閑古詠、絃神冥駕、ニーナ・アデラード(雪霞狼をどうしようか悩んで、ここで静寂破りさんに出てもらうことにしました。後の2人は……なんとなく)
ヤン:ベアトリス・バスラー(汚い言葉を言わせられるようなキャラが他に思い付かなくて……)
ルーク:ジリオラ・ギラルティ(ベアトリスさんの姉──もしくは兄──に出来そうなキャラってことで……)

こんな感じです……。
浅葱はペンウッド家の養子になって、あの愛すべき性格のご当主が鬼籍には入ったので家を継いだのだとご理解ください。


色々悩んでいて更新がかなり遅くなりましたことお詫びします。
3話はもう少し早くできるように尽力いたします。

次は、優麻が登場します!……予定ですが。


ご感想、ご意見、お待ちしております。どうぞ、遠慮なく。

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