Hellsing the Blood   作:Lucas

4 / 10


「ニタニタと薄ら笑っているような、あのイヤな目。頬を僅かに歪ませ上げるような、あのイヤな笑い方。とてもじゃないが、ナチス親衛隊の士官には見えやしなかったよ……」

 

 ローマのとある教会の一室で、年老いた1人の神父が、バチカン特務局第13課“イスカリオテ”機関長、エンリコ・マクスウェルを相手に話をしていた。

 

「しかし、あなた方は……、当時──1941年──バチカン欧州総局は、彼と彼の機関に協力した」

 

「強力を強要されたのだ。彼は総統直下の命令書を携えていた」

 

「なるほど、なるほど……」

 

 指でコツコツとテーブルを叩きながら、マクスウェルは神父の話に耳を傾ける。

 

「私が目的を問うた時、チビで太った、眼鏡のあの男は、まるで魔界の軍団長のような口振りで言った……」

 

 

 

『戦争の歓喜を無限に味わうために……。次の戦争のために……。次の次の戦争のために……』

 

 

 

「そのための計画が、吸血鬼製造計画。秘匿名『ラスト・バタリオン』……」

 

 マクスウェルが神父に替わって喋り出す。

 全てお見通しだ、と言わんばかりの彼の表情が、どうしようもなく神父を不安にさせた。

 神父は舌が丸まったかのように黙り込み、彼の冷や汗がテーブルにポタポタと注がれる。

 

「何のことはない。あなたたちの協力はこの作戦の資金集めだった。しかもあなたはそれを知っていた。知ってて協力したんだ! 強要された? 馬鹿馬鹿しい!」

 

「アッ……、ア……」

 

 マクスウェルの口調が強まるにつれ、怯えるように神父の口から言葉にもならない音が漏れる。

 

「吸血鬼にして欲しかったんだろう!」

 

「私だけじゃない!」

 

 たまらず神父は叫んだ。

 

「あの当時は皆があいつに……。私は騙されたんだ。助けてくれ! 頼む、マクスウェル! 助けてくれ!」

 

「ハァ……」

 

 やれやれ、とでも言いたげに、マクスウェルはそそくさと席を立った。

 彼の部下の1人が、つかつかと神父の背後に歩み寄る。

 

「Amen」

 

 一言。それだけ告げると、マクスウェルは部屋を後にした。

 

 次の瞬間、テーブルの上に神父の脳みそがぶちまけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理だな」

「無理だね」

「無理ですね」

 

 古城、優麻、雪菜が声を合わせて、電話の向こうにいる那月に抗議していた。

 

「今すぐロンドンに戻るなんて無理に決まってんだろ!」

 

 現在、彼らは警官隊の捜索を逃れて、リオデジャネイロ郊外のとある田舎町にある隠れ家まで来ていた。

 

『女王自ら円卓会議を招集した。遅れたらどうなるか分からんわけではないだろう?』

 

「うっ……。いや、でも……」

 

『兎に角。直ちに帰還し、例の計画について報告を行え。話は以上だ』

 

「あっ、おいっ! ……切りやがった……」

 

 受話器を戻す古城。

 

「どうするんですか、先輩?」

 

「どうするっつってもなあ……」

 

「船じゃあ時間がかかりすぎ。飛行機に乗ろうにも棺桶持ち込みは色々マズい……」

 

 まさしく八方塞がり。3人とも黙り込んでしまった。

 

 次の瞬間、隠れ家の玄関扉が勢いよく開け放たれた。

 

「失礼します」

 

「「「!」」」

 

 出入口で陽光を背にして立っているのは青髪の少女。

 白色の衣服を着て、機械的に無機質な表情を浮かべている。

 

「あなたが暁古城ですか?」

 

「ああ。そういうアンタはアンデルセン辺りの差し金で来たのか?」

 

「肯定。バチカン特務局第13課“イスカリオテ機関”機関員・アスタルテ。アンデルセン神父よりこれを渡すようにとの指示を受けて参りました」

 

 アスタルテと名乗った少女が、懐から1枚の羊皮紙を取り出す。

 ローマ=カトリック教会所有の小型ジェットの譲渡書だった。ご丁寧にアンデルセンの署名まで入っている。

 

「北に13km行った先に飛行場があります。英国までの飛行であれば充分であると推測します。それともう一つ、アンデルセン神父より受けた指示が存在します。実行して構いませんか?」

 

「あ、あぁ……。一体、何なんだ……」

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

「へ? っ! グアッ!」

 

 “薔薇の指先”の腕がいきなり古城を殴り飛ばした。そのまま床に叩きつけられる古城。

 

「『腑抜けた顔をしているようなら叩きのめしておけ』とのことでした」

 

「不幸だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ここは南米・ジャブローにある最後の大隊(ラスト・バタリオン)の基地・パンテルシャンツェ。

 たった今、リオデジャネイロから帰還した飛行船が繋留されたところである。

 そして、その飛行船から右手を顔の高さまで挙げながら、真っ白の服を来た小太りの男が降りてきた。

 彼こそがこの最後の大隊(ミレニアム) の指揮官・少佐だ。

 頬を僅かに歪ませ上げるような笑い方を顔に貼り付けたまま、ナチ式挙手礼をしている兵士たちの間の道をゆっくりと歩いていく。

 彼の歩く先に、待ちかまえるように立つ人影が4つ。憤怒の表情を隠そうともせず、少佐を睨み付けていた。その中の一人が口を開く。

 

「貴様等は……! 一体何をしているのだ!」

 

「全く、完全にお答え出来ません、大佐殿。今は亡き総統閣下の特秘命令ですので……」

 

 表情を変えることもなく、少佐は嘯いた。

 大佐を含むこの4人こそ、少佐が『オペラハウスのご老人』と揶揄する旧ナチス親衛隊の将校たち、いわば金蔓であった。

 階級的には少佐より上ではあるが、この基地において彼らの命令を聞く兵士など存在しない。

 

「くぅ……!」

 

 悪くした足を杖で引きずりながら、大佐は少佐に歩み寄り、そして、ニタニタした顔に右の拳を叩き込んだ。

 

「グオッ……」

 

 くぐもった声を上げた少佐の丸い身体が床に転がされる。

 続けて、左手に持った杖で繰り返し、少佐を打ち据える大佐。

 

「“代行”と呼ばれて調子づきおって! 何故、我々を吸血鬼にしない!」

 

 長年のフラストレーションを吐き出すように、何度も何度も杖を振り下ろす。自分たちを取り囲む兵士たちの表情にも気付かずに。

 

「何故だ! 答えろ! この化けも……!」

 

 突然の銃声とともに、大佐の杖の柄から先が吹き飛んだ。

 

「あ……、あぁ……」

 

「その辺にしときなさいよ、大佐……」

 

 拳銃を構えているのは、大鎌を逆の手に携えて、全身の肌にオカルト風の文字を書いた、金髪の女。

 彼女の名はゾーリン・ブリッツ。

 ヴェアヴォルフと呼ばれる、ミレニアムの主要戦力の一角を担う女だった。

 

「お痛が過ぎると、ぶっ殺しちゃうわよ!」

 

 同時に他の兵士たちも各々の武器を大佐たちに向けた。

 

「き、貴様は……」

 

 狼狽した大佐が、後退しながら少佐に問うた。

 

「何をしようと言うんだ? 1000人の吸血鬼を率いて。何が目的なんだ? 少佐……」

 

 薄ら笑いを浮かべたまま、ゆっくりと立ち上がった少佐は、両手を左右に広げて言い放った。

 

「戦争の歓喜を無限に味わう為に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バチカンの飛行機を借用し、ロンドンに戻った古城たちは、円卓会議の行われる会議場にまでやって来た。

 これから、ミレニアムについて、トバルカインの“血”から得た情報を報告しなければならない……のだが、当の古城は、何やら一同──那月や浅葱から、特別に招かれたマクスウェルと彼の護衛役の女性まで漏れなく──からとてつもなく冷めた視線を向けられていた。

 

 原因は明白。彼らよりさらに一段高い位置に設えられた席に座る1人の少女。

 

「あの程度のことでなにもここまで……」

 

「なりません、女王」

 

 英国女王ラ・フォリア・リハヴァインが、残念そうな表情を浮かべて座っていた。

 この場に到着した古城を部屋の前で待ち伏せていたラ・フォリアが……。

 

「この国の為にも強い世継ぎを……」

 

「断じてなりません!」

 

……具体的にナニが起こりかけたかはここでは敢えて指摘を避けようと思う……。皆様の想像におまかせします……。

 

 

 

 

 話を本筋に戻して、古城は南米で知り得た情報を一同に開示した。

 ミレニアムの前身は、古城とヴァトラーが大戦中に破壊したナチスの吸血鬼研究機関であること。

 そして、彼らの研究が今まさに実を結ばんとしていることを。

 

「ヤツらは心底諦めが悪いってわけだ」

 

 普段の緩んだ表情ではなく、戦闘時に見せるようなギラギラした表情で、古城はそう締めくくった。

 しばし、一同が沈黙した。

 そのとき……。

 

「トバルカインの血でわかっちゃったんだ? まぁったく! ダメなんだなぁ~」

 

 この場に不釣り合いな少年然とした声が部屋に響いた。

 一同が声の在処を求めて扉に視線を向けると、立っていたのは、ヒトラー・ユーゲントの制服を着た年端もいかない──少なくとも外見的には──少年。何故かネコ耳とネコ尻尾を着けている。

 

「ヴァトラー?」

 

 那月が隣に控える執事に言葉少なく問う。

 

「警備は万全でした。破られた様子もありません」

 

「無駄だよ」

 

 そこへ少年の声。

 

「僕は何処にでもいるし、何処にもいない」

 

 そのままつかつかと一同が着く長テーブルに歩み寄り、携えていた映像機器を設置した。

 

「お集まり頂いた、英国、バチカンの方々へ、我々の指揮官・少佐殿からお話があります」

 

 “お聴き下さい”と言いながら、ポケットから出したリモコンのスイッチを押す。

 短い砂嵐の後、お馴染みのイヤな笑い方が画面に現れた。

 

『あぁ! 映った、映った!』

 

 そんな楽しそうな少佐の様子とはまるで違って、画面の端には血生臭い場面が映り込んでいた。

 

「少佐~。そっちは大変そうですね」

 

『いいや。ようやく清々したよ。いい気分だ。とてもいい気分だ』

 

 そう語る少佐の後ろでは、兵士たちが“食事”をしていた。

 見覚えのある杖の残骸が、悉く破られ血に染まった4着の軍服と、今まさに兵士たちが突き崩している肉塊の山の脇に転がっている。

 

「よお、少佐……」

 

 古城が画面の向こうの緑色の瞳を睨みながら声をかけた。

 

『久しぶりだね、暁古城。再び出会えて歓喜の極みだ』

 

「俺も会いたかったよ、アンタには貸しがあるからな」

 

『ふふっ……。あれは我々の略奪品だよ。返してほしくば取りに来い……』

 

 相手を呪い殺しかねないほど鋭い古城の視線と、薄ら笑いのような少佐の視線が交錯する。

 

「何が目的だ?」

 

 2人の間に割って入ったのは那月だった。

 

『うん? おぉ! 王立国教騎士団機関長・南宮那月卿ですね? お初にお目にかかる』

 

「何が目的で、こんな馬鹿な真似をする? 答えろ!」

 

『“目的”? 美しいフロイライン、それは愚問というものだ。ふふっ……、“目的”とはね……』

 

 少佐は大仰に手を動かしながら応答する。

 

『極論してしまうならば……、フロイライン……、我々には目的など存在しないのだ! 知っておくといい、フロイライン。世の中には、手段の為なら目的を選ばないという、どうしようもない連中も存在する。つまり我々のような……』

 

「狂ってるよ、貴様ら……」

 

『君らが“狂気”を口にするかね、バチカン・イスカリオテ? 私の狂気は君らの神が保証してくれるというわけだ。ならば、私も問おう……』

 

 そこで一旦言葉が切れた。

 少佐の口元がつり上がる。

 

『君らの神の正気は何処の誰が保証してくれるのだね?』

 

「なっ!」

 

『我々は第三帝国の親衛隊だぞ? 一体、何人殺したと思っているのかね? “狂っている”? 何を今更! 半世紀ほど、言うのが遅いぞ! よろしい! 結構だ! ならば私を止めてみろ! 自称、健常者諸君!』

 

 雰囲気が完全にこの男に呑まれてしまった。

 

『しかし残念ながら、私の敵は君らなどではないね。私の敵は、英国? ヘルシング? いや! そこで、怒りを必死に抑えながら佇んでいる男だ!』

 

 全員の視線が少佐から、1人の男に移る。

 暁古城が、自分の指を血が出るほどの強さで噛みながら、真っ赤に染まった瞳で少佐を睨んでいた。

 

『我々は心底諦めない。くだらん結末など何度でも覆してやるさ……』

 

バァン!

 

 突然、銃声が轟いた。

 ネコ耳の少年の頭が四散する。

 

『女王自ら特使を撃つなんて、いやはや、穏やかじゃないねえ……』

 

 少佐の軽口には応えず、ラ・フォリアはフリントロック銃の照準を画面に向けた。

 

『さようなら、フロイライン。戦場での再会を楽しみにしているよ……』

 

バァン!

 

 画面の中の少佐のにやけ顔が吹き飛んだ。

 同時に奇妙なことが起こった。少年の死体が消えたのだ。文字通り、跡形もなく。

 

「古城!」

 

 一瞬騒然となった一同が、ラ・フォリアの一言で黙る。

 

「ラ・フォリア・リハヴァインの名において命じます。彼らを打ち倒しなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく観客がこっちを向きましたな」

 

「ドク。大尉。一度踊り出したら、私はとことん踊るぞ」

 

「『出来るだけ楽しく』ですな」

 

 3人が飛行船の指揮所に入る。兵士たちが敬礼するが、1人だけ対応が違う者がいた。

 

「遅~い。廊下を歩くのにどれだけ時間がかかっているのやら。僕なんか、ロンドンまで行って、頭吹っ飛ばされて帰ってきたのに……」

 

 指揮官用の椅子に堂々と腰掛けながら言うのは、先ほどラ・フォリアに撃たれた少年。

 

「少しダイエットした方がいいんじゃないですか、少佐?」

 

「ハハハハハッ! それは無理だ」

 

 怒ることも叱ることもせずに、笑って応答する少佐だったが、そこで、ドクが少年の首根っこを掴んで席から退かした。

 

「シュレディンガー准尉、無礼は止めたまえ」

 

「良い良い、博士。准尉は任務を果たしたのだ」

 

「んぐ……」

「えへへ……」

 

 そうこうしている内に、飛行船が離陸を始めた。

 

「全フラッペ発動開始」

「デウス・エクス・マキナ、始動!」

 

 指揮所に艦長たちの声が響く。

 

「ラスト・バタリオン、大隊指揮官から全空中艦隊へ。目標、英国本土・ロンドン首都上空!」

 

「狼煙を上げろ。我々が現世(うつしよ)に帰還したことを知らしめる、反逆の狼煙だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少佐が言うところの狼煙・ナチス親衛隊突撃隊の面々は、現在、ウェールズ沖の英国軍空母・イーグルの甲板上にいた。

 仲間に取り込んだ副艦長を吸血鬼にして乗組員を皆殺しにした後、その副艦長を殺害するという段取りで、この艦を強奪したところである。

 

「よし! 描けたぞ!」

 

 甲板に刷毛を走らせていた兵士が言った。

 彼らの足下に描かれたのはハーケンクロイツ。赤いペンキが足りない部分は、副艦長の血で描いた。

 

「第三帝国大西洋艦隊旗艦・アドラー! これにて完成だ」

 

 兵士たちがやいのやいのと歓声を上げる。

 しかし、彼らをまとめるべき指揮官の姿が見当たらない。

 

「中尉! 中尉もいつまでもヘリの中に籠もってないで……」

 

「うるさい! 男は近づくな!」

 

 呼びに来た兵士に対してもこう言って、得物であるマスケット銃を向ける有り様である。副艦長を、言葉も交わさず撃ち殺してからは、乗ってきたヘリから降りようともしない。

 しかしながら、彼女、煌坂紗矢華の男嫌いは今に始まったことでもないので、みな慣れてしまっている。

 実際、役割上、彼女がわざわざ艦橋に行く必要性もなかった。

 

「でも50年もこの調子じゃあなぁ……」

 

 部下のぼやきは夜空に吸い込まれて消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自ら仕掛けてくることはない。だが近づけばこれを討つ。典型的な囮。示威籠城戦ですな」

 

「だが放っておくわけにもいかん。幽霊船にしては物騒すぎる」

 

 煌坂隊のイーグル強奪より数時間後、ヴァトラーと那月の言葉が如実に示す通り、くだんの艦は非常に厄介な存在となっていた。すでに、英国軍の強襲部隊が1度全滅させられている。それも、たった1発のマスケット銃の銃撃で。

 

「海はヴァンパイアにとって地獄の釜の底。連中は脱出できないが、それは我々とて同じだ。暁古城をどうやって、あの海上の城塞に送り込む?」

 

「私に考えがあります、南宮局長」

 

 いきなり2人に割って入ったのはラ・フォリアだ。

 

「ミサイル、弾雨、そして“魔弾”。確かに厳しいですが、手はあります。きっと、古城なら耐えられるはずです」

 

 そう言って悪戯っぽく笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3機の戦闘機が編隊を組んで、アドラーへ向かってミサイルを放った。

 艦載兵器は反応せず。しかし、ミサイルも戦闘機も即座に全機撃墜。

 やはり1度の銃撃で、何度も何度も機体に穴が穿たれた。

 

 しかし、今回はそれだけでは終わらなかった。

 

「何、あれ?」

 

「レーダーに感あり! ミサイルです!」

 

 まず紗矢華がその存在を察知し、一瞬遅れてレーダーがその影を捉えた。

 

 

 

 

 

『我が軍の試作航空機・フロッティです』

 

 

 

 

 

「対空砲、弾幕! 急げ急げ!」

 

 指示が飛ぶ艦橋に、半狂乱になった紗矢華の声が飛び込んできた。

 

「アイツが! アイツが来る! アイツが!」

 

「中尉? どうしたんですか、中尉? 何が来るんです? 中尉! 中尉!」

 

「あっ……、あぁ……」

 

 部下に応える余裕も無くし、紗矢華は得物を空へと向けた。迫るミサイル目掛けて発砲。

 彼女の能力に操られた弾丸が、有り得ない軌道を描き、何度となくミサイルを貫く。

 同時に空母の迎撃システムも作動し、無数の弾丸がミサイルへと吸い込まれていった。

 

 しかし、穴だらけとなり、飛行能力を無くしたかに思えたミサイルが、再びアドラー目掛けて飛び込んできた。赤黒い霧のようなものが傷ついた箇所を塞いでいる。

 

 数秒後、ミサイルはアドラーの甲板に突っ込んだ。

 

 かくして、海上の城塞は、1人の吸血鬼の餌場へと変貌を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中尉、よくやった。作戦は成功だ」

 

 カメラ越しに、地獄絵図と化したアドラーの様子を窺いつつ、少佐が言った。

 

『少佐! ちょっと少佐! は、話が違うんだけど!』

 

「おや、中尉。なんだ、まだ生きてのか」

 

『なんだ、じゃないわよ! 暁古城はミサイルで突っ込んでくるし、攻撃は効かないし、空母じゅうに火が回って逃げ場もないし、部下は片っ端から食われてくし……』

 

「落ち着きたまえ、中尉。万事は作戦通りに進んでいる。いや、進んだ」

 

『はぁ!?』

 

「水面にいくら石を投げ込んでも、影をいくら踏みつけたとて、水面は消えず、影は消えず。それはそういうものなのだ」

 

『ちょ、ちょっと、しょ……』

 

「それは『死の河』だ。それは生も死も、全てがペテンだ。なんとも、不死身で、無敵で、不敗で、最強で、馬鹿馬鹿しい」

 

 “だが”と少佐は続ける。

 

「我々は打倒する。君の『未帰還』を以て、我々は暁古城を打倒する……」

 

『み、未帰還って……』

 

「中尉、いつまでも駄々をこねている場合ではない。後ろだ」

 

『え?』

 

 振り向いた紗矢華の眼前に暁古城。逡巡なく突き出した手が紗矢華の胸を貫いた。

 

『グハッ!』

 

 少佐の後ろに控えたドクが、紗矢華の体内に仕込んだ起爆装置のスイッチに指をかけた。

 

「止めろ」

 

 しかし、少佐はそれを許さなかった。

 

「彼女は任務を果たした。完全にだ。焼くことは許さん」

 

「はい……」

 

 少佐が椅子から立ち上がる。紗矢華を映す画面に向けて右手を掲げた。

 

「アハトゥング! さようなら。ヴァルハラで会おう、中尉」

 

「さよなら」と、ゾーリンが。

 

「じゃあね」とシュレディンガーが。

 

「さようなら」と、ある兵士が。

「さようなら」と、別のある兵士が。

また「さようなら」と、別の兵士が。

 

「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」「さようなら」……………………………

 

 

 そして、全員が叫んだ。

 

「「「「「Sieg Heil!!!!!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

「諸君 私は戦争が好きだ。

 諸君 私は戦争が好きだ。

 諸君 私は戦争が大好きだ。

 

 殲滅戦が好きだ。

 電撃戦が好きだ。

 打撃戦が好きだ。

 防衛戦が好きだ。

 包囲戦が好きだ。

 突破戦が好きだ。

 退却戦が好きだ。

 掃討戦が好きだ。

 撤退戦が好きだ。

 

 平原で、街道で、塹壕で、草原で、凍土で、砂漠で、海上で、空中で、泥中で、湿原で……。

 

 この地上で行われるありとあらゆる戦争行動が大好きだ。

 

 戦列をならべた砲兵の一斉発射が轟音と共に敵陣を吹き飛ばすのが好きだ。

 空中高く放り上げられた敵兵が効力射でばらばらになった時など心がおどる。

 

 戦車兵の操るティーゲルのアハトアハトが敵戦車を撃破するのが好きだ。

 悲鳴を上げて、燃えさかる戦車から飛び出してきた敵兵をMGでなぎ倒した時など胸がすくような気持ちだった。

 

 銃剣先をそろえた歩兵の横隊が敵の戦列を蹂躙するのが好きだ。

 恐慌状態の新兵が、既に息絶えた敵兵を何度も何度も刺突している様など感動すら覚える。

 

 敗北主義の逃亡兵達を街灯上に吊るし上げていく様などはもうたまらない。

 泣き叫ぶ虜兵達が、私の降り下ろした手の平とともに金切り声を上げるシュマイザーにばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ。

 

 哀れな抵抗者達が雑多な小火器で健気にも立ち上がってきたのをドーラの4.8t榴爆弾が都市区画ごと木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える。

 

 露助の機甲師団に滅茶苦茶にされるのが好きだ。

 必死に守るはずだった村々が蹂躙され女子供が犯され殺されていく様はとてもとても悲しいものだ。

 

 英米の物量に押し潰されて殲滅されるのが好きだ。

 ヤーボに追いまわされ、害虫の様に地べたを這い回るのは屈辱の極みだ。

 

 諸君、私は戦争を、地獄の様な戦争を望んでいる。

 

 諸君、私に付き従う大隊戦友諸君、君達は一体何を望んでいる?

 

 更なる戦争を望むか?

 情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?

 鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す、嵐の様な闘争を望むか?」

 

戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!! 戦争(クリーク)!!」

 

「よろしい。ならば戦争(クリーク)だ!

 

 我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ!

 

 だが! この暗い闇の底で半世紀もの間堪え続けてきた我々にただの戦争ではもはや足りない!!

 

 大戦争を!!

 一心不乱の大戦争を!!

 

 我らはわずかに一個大隊。

 千人に満たぬ敗残兵にすぎない。

 だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している。

 ならば我らは諸君と私で総兵力100万と1人の軍集団となる。

 

 我々を忘却の彼方へと追いやり眠りこけている連中を叩き起こそう。

 髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう。

 連中に恐怖の味を思い出させてやる!

 連中に我々の軍靴の音を思い出させてやる!

 

 天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる!」

 

「ヨーロッパだ! ヨーロッパの灯だ!」

 

「一千人の吸血鬼のカンプグルッペで世界を燃やし尽くしてやる!

 

 そうだ。

 あれが、我々が待ちに望んだ欧州の光だ。

 私は諸君らを約束通り連れて帰ったぞ。

 あの懐かしの戦場へ!

 あの懐かしの戦争へ!

 

 そして、アシカ(ゼーレヴェ)はついに大洋を渡り、陸へと上る。

 

 ミレニアム大隊各員に伝達!

 大隊長命令である!

 

 さあ諸君、地獄をつくるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 生きてる?」

 

 アドラー甲板上で煌坂紗矢華が目を覚ました。

 

「起きたか?」

 

「暁古城!?」

 

 そこら中が焼け跡だらけの艦上に、暁古城が佇んでいた。

 見覚えのあるコンピューターチップのような機器を手中に遊ばせている。

 

「それ、まさか、私の……。なんで?」

 

「アンタ、囮だったみたいだからな。あの少佐をぶっ殺してやるのを、手伝ってくれるかも、なんてな……」

 

「……ふざけてるの?」

 

「いや。嫌ならこの場でアンタも殺す」

 

「!」

 

「どうする?」

 

「…………よ」

 

「ん?」

 

「付き合ってあげるわよ! こっちだって騙されたままじゃ気が済まないっていうか……。別にアンタのためじゃないんだからね!」

 

「へいへい……」

 

「ところで、暁古城……」

 

「なんだよ?」

 

「この空母、動くの? アンタが乗ってきたミサイルのせいで、もう機械類は全部イカレてるみたいだけど?」

 

「…………」

 

「ちょっと?」

 

「だ、大丈夫だって! いざとなったら、俺の能力で何とか……」

 

 こうして、時速数ノットでの、ロンドン近海への航海が始まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。