Hellsing the Blood   作:Lucas

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「急げ! バリケードになりそうなもん持って、最終ラインまで後退だ!」

 

「了解!」

 

「B棟にも連絡! ぐずぐずするな!」

 

 ヘルシングの屋敷の廊下に傭兵たちの声が飛び交う。

 彼らより少し前に出ると、更に声は大きく、そして悲惨になる。

 

「助けてくれ! 助けてくれ、助けてくれ!」

「突っ込んでくるぞ、畜生!」

「撃て! 撃て! 撃て!」

「弾が! 弾が当たらない!」

「退却! 退却だ、退却!」

「衛生兵! 衛生兵!」

「クソッタレ! 遮断された、畜生ォー!」

「畜生!」

「畜生!」

「チクショー!」

 

 遮蔽物に隠れて銃弾を回避しながら攻撃する傭兵隊と、弾雨の中を突っ切って陣内に飛び込んで行く武装親衛隊では、勝負になるはずもなかった。

 次々と防御は突破され、突破されたが最後、傭兵たちは餌に変わった。

 

『こちらB棟。副長、退路を断たれました。そちらへの合流は、無理です』

 

 バリケード建築中の副長の元に、聴きたくない報告が入ってきた。

 

「馬鹿抜かせ! 這ってでも来い! こっちは円卓室で立て籠もる準備中だ。ここが一番頑丈らしいからな。ここならしばらく凌げる。そこじゃ、簡単に死んじまうぞ! 諦めんな! バリ開けて待ってんだ。何とかして来い!」

 

『いや、無理です。自分も含めて負傷者だらけです。ここでやれるだけ粘ってみますよ。バリケードは閉めて下さい』

 

「クソッ!」

 

 通信は切れた。

 

 そしてくだんのB棟にて、

 

「これがヘルシングの力だって? 王立国教騎士団だって? 笑わせてくれる」

 

 堂々と廊下を闊歩するゾーリンと彼女の部下たち。傭兵たちは、刺され、撃たれ、喰われて、次々と死んでいく。

 

「ウオォォォ!」

 

 1人の傭兵が角から飛び出してゾーリンを狙った。

 しかし、前に出た吸血鬼たちが銃弾を涼しい顔で阻んでみせた。

 

「雑魚が。鬱陶しいんだよ!」

 

 またもゾーリンの能力が発動する。

 傭兵の視界が真っ黒に染まったかと思うと、次の瞬間、彼は自分の家の中にいた。

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

「お父さん!」

 

「はっ!」

 

 背後からの声に振り返ると、そこにあったのは間違えようもない娘の姿。

 

「お父さん、お帰りなさい」

 

「げ、幻覚だ……。これも幻だ……」

 

 分かっていながら、彼は銃を床に落とした。涙すら浮かべて、娘の幻影に縋りついた。

 

「うっそで~すっ!」

 

 神経を逆撫でするような声と共に傭兵の身体は左右に真っ二つになった。

 

「全部、嘘! まったくの嘘! アホは死ななきゃ治らねえ」

 

 血濡れの大鎌を携えて、ゾーリンは先へと進む。

 

「ほ~ら、仲間がどんどん死んでくわよ。感想は?」

 

 髪の毛を左手で掴まれた雪菜の頭部。当然、応えは返さない。

 

 

 

 

「チクショー! 目が! 目が!」

 

 円卓室のバリケードの前に手榴弾が放られた。破れはしなかったが、数人が破片で傷を受けた。

 

「クソッ! 副長! 隊長の一発逆転の策ってのはまだなんですか!」

 

「信じて待つしかないだろう。どうせ、もうそれしか手はないんだ。降伏したってどうせ……ッ!」

 

 再び室内に轟音が響きわたる。さっきの手榴弾とは、爆風も破壊力も段違いだった。

 

「ロケットか!」

 

 

 

 

 

「パンツァーファウスト命中」

 

「よし、総員突撃用意だ!」

 

 黒衣の軍服を纏った吸血鬼たちが、円卓室前に集結しつつあった。そのうちの1人が右手を挙げて突撃を指示しようとするが、

 

「待て。まだだ」

 

「中尉!」

 

「もう1発だ」

 

「パンツァーファウストは残り1発しかありません。虎の子ですよ?」

 

「構わん。やれ」

 

「了解!」

 

 発射スイッチに指が掛かる。

 次の瞬間、周辺が煙に包まれた。

 

「グレネード!?」

 

「オリャァァァァ!」

 

 雄叫びを上げ、通風口から仙都木優麻が、ゾーリンの頭上に襲いかかった。防火用と覚しき斧を振り下ろす。

 

「調子に乗るなッ!」

 

 しかし、易々と攻撃を回避したゾーリンは、大鎌で優麻の脇腹を抉り取った。

 

「グハッ……」

 

「何かと思えばこの程度か。死ね、虫けら」

 

 腹を丸めてうずくまる優麻に止めを刺そうと、ゾーリンが大鎌を頭上に振り上げる。

 

「ハハッ……」

 

 その時、優麻が乾いた笑いと共に口を開いた。

 

「いいや、僕らの勝ちだよ」

 

 言いながら、ゆっくり立ち上がった優麻が、胸に抱えていたのは姫柊雪菜の首。髪が不自然に途切れているのは、ゾーリンの手から斧で強引に奪ったからか。

 しかし、ゾーリンの余裕は崩れない。

 

「ハッ! 虫けらが何をするかと思えば。死体の欠片で一体何を……」

 

「姫柊さんはまだ死んでないよ」

 

「何だと?」

 

「まさか知らないわけはないだろう? 吸血鬼は死ねば灰になる。でも姫柊さんは首を切られた今でも、実体を保ってる……。まあ普通なら首をはねれば十分なんだろうけどさ。詰めが甘かったね、女隊長さん?」

 

「それがどうした? どの道、首だけならどうにもならない。仮に再生したとして、そいつの力じゃ私には勝てない」

 

「ああ、それならどっちも問題ないよ」

 

 優麻がコンバットナイフを取り出した。

 

「折角、強敵を倒したつもりでいるところ悪いんだけど、姫柊さんの本来の力はあんなのじゃ済まないよ、全然ね。だいたい、古城に直接血を吸われた吸血鬼があんなに弱いんじゃ、話にならないよ」

 

 優麻がコンバットナイフを自分に向ける。

 

「なんか、人の血を吸うのに抵抗があったみたいでさ。まあ、古城はその辺も気に入ってたみたいだったけど。吸血鬼化してから1度も血を飲んでないらしい」

 

 優麻がコンバットナイフを自分の首に当てる。

 

「まあ、そういうわけで」

 

 優麻がコンバットナイフを自分の首に突き刺す。

 

「一緒に古城のところへ行こうか、姫柊さん。留守番も出来ないんじゃ、怒られちゃうもんね」

 

 優麻がコンバットナイフで自分の頸動脈を切断した。

 勢いよく飛び出した鮮血が、雪菜の生首に注がれる。

 そして、

 

「馬鹿なッ!」

 

 愕然とする吸血鬼たちの眼前に、姫柊雪菜が復活した。

 赤黒く燃える炎のように、彼女の“影”が、彼女の身体を作り上げる。

 

「優麻、さん……」

 

「や、あ……、おはよう、姫柊さん」

 

「どうして……」

 

「大丈夫。僕は死なないよ。姫柊さんの中で生き続ける。さあ、あいつをやっつけよう。2人で。一緒に……さ……」

 

 優麻の首が力無く前に傾いた。

 雪菜はそれを抱き止め、ゆっくりと彼女を床に寝かせた。

 

 そして、敵に向かった。

 

「行きます!」

 

「なんだこれは……?」

 

 ゾーリンの心中は掻き乱されていた。

 

(兵士どもが怯えている。あのヴァンパイアたちが。戦場を跋扈し、砲火を疾駆した、百戦錬磨の武装親衛隊が、眼前の1人の少女に怯えている。満身創痍の1人の少女に怯えている……)

 

「こいつは一体、なんだ!」

 

 雪菜が右手を自身の横に突き出した。

 

「雪霞狼!」

 

 主の呼ぶ声に応じ、破魔の槍が彼女の元に飛来した。

 掴み、兵士たちへと、その先端を向ける。

 そして、

 

「行きます!」

 

 次の瞬間、ゾーリンには何が起こったのか視認できなかった。

 しかし、自身の部下たちが軒並み灰と化したことに変わりはなかった。それを1人の少女がやったことも。

 

(こいつはヤバい……)

 

 思った時には遅すぎた。

 雪霞狼で左腕を貫かれ床に縫い止められる。同時に、雪菜の右手がゾーリンの顔を掴んで、床に叩きつけた。

 

「んごっ……」

 

 くぐもった声を上げるゾーリンの頭をそのまま握り潰そうとする雪菜。

 しかし、ゾーリンの右手が雪菜の顔を掴み返した。

 綴られた文字群が怪しく光り、雪菜の心の内側がゾーリンに開け放たれる。

 

(奥へ、奥へ……)

 

 どんどん深い部分にまで潜っていくゾーリン。苦い記憶やトラウマを探る。

 しかし、そこで気がついた。

 先程、飛行船で同じ技を使った時と、雪菜の心の形が変わっている。

 

(あいつじゃない。心が混ざり合って……。何だ? 誰だこれは……)

 

 ハッ! とゾーリンは直感した。

 

「あの女か! 私が虫けらと呼んだあの女か!」

 

「血液とは魂の通貨。意志の銀盤」

 

 その時、ゾーリンの頭の中に、聞き慣れた声が直接響いた。

 

「血を吸うこと、血を与えることとは、こういうこと!」

 

 ゾーリンの心中とは無関係に、その声は陽気に続ける。

 

「お元気? まだ生きてる?」

 

「シュレディンガー!」

 

「そんなに驚かないでよ~。僕はどこにでもいるし、どこにもいない。ゾーリン、少佐からの伝言を~お伝えしますっ!」

 

 ゾーリンの心の中に、楽しそうな表情のシュレディンガーの姿が現れる。

 

「“抜け駆け、先討ちは強者の花。ああ、やっぱり。ならば、そして、命令に反し、あたら兵を失った無能な部下を処断するのも、また指揮者の花”だ~ってさっ!

 本当ならもうとっくにぼうぼう燃えかすになってるところなんだけど、少佐もドクも、も~っのすごい面白いおもちゃを手に入れて、そっちに夢中で、お前に構ってる暇ないんだってさ」

 

 愕然とするゾーリンをよそにシュレディンガーは続ける。

 

「この怪物はもう、姫柊雪菜であって姫柊雪菜じゃない。お前の処刑はこのヴァンパイアがやってくれる。じゃあね~」

 

 そのまま、ゾーリンの心の中から消え去った。

 

「おい待て! シュレディンガー……ゴハッ!」

 

「ハァァァァァァ!」

 

 雪菜がゾーリンの頭を引っ張り上げて壁に押し付け、下ろし金にかけるように引きずった。

 皮膚が剥げ、耳が落ち、眼球が押しつぶされ、頭部が半分以上消失し、ゾーリンはその命を散らせた。

 

「すげぇ……。あれが、あの嬢ちゃんかよ……」

 

 円卓室からちらほらと、辛うじて生き残った、僅かな数の傭兵たちが出てくる。

 

「……行ってきます」

 

 そんな彼らに向けて、雪菜は言った。

 

「い、行ってきます、って……」

 

「約束したんです、優麻さんと。あいつらをやっつけよう、って。だから、あいつらをやっつけに、行ってきます」

 

 雪菜はそれだけ言うと、窓から空中へと飛び出した。

 彼女の身体を作っていた影は翼となり、彼女を決戦の血へと誘う。

 

「空が白み始めた。夜が明ける。最早、日の光すら意に介さず、引き絞られた矢弓のように飛んでいく。死都に向かって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これだ。これが見たかった……。あぁ……、すごくいい……」

 

 飛行船から少佐が燃えるロンドンの街を見下ろしていた。

 そんな彼の後ろにはいつ現れたのか猫耳の少年兵。

 

「ゾーリン死んじゃったよ、少佐。虫みたいに……」

 

「ハハハハハッ! やっぱりな。馬鹿な小娘だ。滅びが始まったのだ。心が躍るなぁ……」

 

「ヒドい人だ、あなたは。どいつもこいつも連れまわして、1人残らず地獄へ向かって進撃させる気だ」

 

 部下の言葉にも少佐は全く動じない。

 

「戦争とはそれだ。地獄はここだ。私は無限に奪い、無限に奪われるのだ。無限に滅ぼし、無限に滅ぼされるのだ。そのために私は、野心の昼と、諦観の夜を越え、今ここに立っている……」

 

 そして、心底、本当に心底楽しそうにこう言った。

 

「見ろ! 滅びが来るぞ! 勝利と共に!」


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