Hellsing the Blood   作:Lucas

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「て、天使……」

「天使様……」

「天使だ……」

 

 死体の山と流血の河に囲まれながら、生き残った僅かなロンドン市民はみな、空に浮かぶ光を見上げていた。

 天使の翼のように左右に広がり、地上をその光で照らし出す。

 そして、その中心から声がした。

 

「その通り! 我らは死の天使の代行人である!」

 

 天使の翼の中心から──火花を散らす高温の金属片を両側に撒きながら飛行する輸送ヘリに吊された、ローマ教皇用大衆車(パパモビル)から──バチカン特務局第13課“イスカリオテ”機関長、エンリコ・マクスウェルの声がする。

 

「これより宗教裁判の判決を伝える! 被告、英国! 被告、化物! 判決は死刑! 死刑だ!」

 

 硬化ガラスの中に取り付けられた無数のマイクに向かってマクスウェルが叫ぶ。

 

「お前たちは哀れだ。だが! 許せぬ! 身を結ばぬ烈花のように、死ね! 蝶のように舞い、蜂のように死ね!」

 

 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…………。

 マクスウェルの哄笑が暁の空を飛ぶ。

 それはこの被告人の元にも届いた。ミレニアム大隊指揮官・少佐。

 

「なんだ、あの小僧、やれば出来る子だったんじゃないか」

 

 右手を挙げ、1000人の兵を教導する。

 

「アハトゥング! 大隊総員、対市街戦装備。集結!」

 

 指揮官の声に、ガスマスクを装着した吸血鬼たちが一斉に街を疾駆する。

 同時に、ヘリによって運ばれた十字軍の騎士たちが、中世風の鎧と着剣した大口径対物ライフルでガチャガチャと音を立てながら、盾を前面に立てた陣を構築していく。

 

「そこを見張れ! あそこを見張れ! 我らの敵を根絶やしにせよ!」

 

 キーンというハウリングの音とともにマクスウェルの指揮が飛ぶ。

 

「目標、前方──」

 

 そして、

 

「死刑執行ォ!!!!!!!!!!!!」

 

 開幕。

 戦闘ヘリの機銃とミサイル発射口が火を噴いた。

 レンガの壁を吹き飛ばし、石畳の道路を引っ剥がし、兵士たちを掃討せんと嵐のように攻撃を開始する。

 そして、それは当然、少佐をも狙っていた。

 飛行船に次々と着弾していくミサイルが、装甲板を次々と抉っていく。

 そんな中、少佐はあろうことか飛行船の上にいた。ガスで満たされた風船の上部、風が吹きすさび、銃弾が頬を掠めて飛んでいく、展望台。そこに少佐は立っていた。

 

「少佐! 中にお戻りください! 特殊軽金装甲とて長くは保ちません! 少佐……」

 

 必死に船体をよじ登ってきたドクが少佐を連れ戻そうとする。

 しかし、少佐は意にも介さず、両手を頭上に掲げて、リズミカルに振り回し始めた。

 

「音楽を奏でている。戦場音楽を……」

 

 ドクが息を呑んだ。

 

「指揮をしておられる。戦争音楽。我々は楽器だ! 音色を上げて、吠えて這いずる1個の楽器だ!」

 

 シュマイザーやミニガンの金切り声、大口径ライフルの唸り声、兵士たちの呻き声、市民の嘆く声、騎士たちの叫び声……。

 阿鼻と叫喚の混声合唱が、今まさに完成した。

 

「誰も……あの方を邪魔できない……」

 

 その時、彼らの側面からバチカンのヘリが飛び出した。

 

「敵総帥、視認! 飛行船上です!」

 

「何をしてやがる狂人め! 狂った戦争の亡霊め! 死ねぇ!」

 

 ガンナーが赤いスイッチを押した。側面の機銃の銃身が回転し、そして、

 

「フッ!」

 

 ヘリが蛇に引きちぎられた。

 

「いい仕事だ、執事」

 

 少佐の背後に立っていたのは、ドクの新しい、ものすごく面白いおもちゃ。ヘルシング家執事、ディミトリエ・ヴァトラー。

 白髪混じりだった頭は元通りの金髪に、衣装は汚れのない純白に、眷獣は完全なる支配下に、不敵な笑みは若い頃のそのままに。全盛期の“蛇遣い”の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ね死ね死ね死ねー! いいぞ、皆殺しだ!」

 

 十字軍の攻撃は吸血鬼だけに止まらず、一般市民にまで及んでいた。

 

「虫けらどもめ! これが我々の力だ! これがバチカンの力だ! 死んだプロテスタントだけが、良いプロテスタントだ!」

 

 そんなマクスウェルの演説に奥歯を噛む女が地上にいた。

 

「裏切ったな、マクスウェル……」

 

 大英帝国王立国教騎士団“ヘルシング”機関長・南宮那月。

 

「戦で騙撃、裏切りは当たり前だ……」

 

 彼女の後ろに立ち声をかけるのは、イスカリオテのジョーカー、アレクサンド・アンデルセン。

 

「それどころか賞賛されて然るべきだ。特に異教徒相手ならな」

 

 しかし、笑みを打ち消したアンデルセンは、“だがな”と言って、先の言葉を編む。

 

「こいつぁ違う。気に入らぬ……。

 マクスウェル、お前は酔っている。酔いしれている。権威と権力にだ。

 俺たちはただの暴力装置のはずだ。俺はただの人斬り包丁だ。神に仕えるただの力だ。

 マクスウェル、お前は今、神に仕えることをやめた。神の力に司えている!

 ええ? そうだろう? マクスウェル大司教様よォ!!」

 

「アンデルセン神父、マクスウェル大司教猊下よりご命令です……」

 

 空を仰ぎ見て叫ぶアンデルセンに、アスタルテが冷静な口調で言う。

 

「即刻南宮局長を連行せよ、とのことです」

 

 武装神父隊が一斉に那月を囲んで銃口を突きつけた。

 それを見て、アンデルセンは、

 

「気に入らねえな……」

 

「なっ!? 気に入る、入らないの問題ではありません! アンデルセン……」

 

「気に入らねえよ! ……ぬッ!」

 

「「「ウワーッ!」」」

 

 何かにアンデルセンが空を見た瞬間、那月を囲んでいた神父たちを蹴散らして、赤黒い影が飛び込んできた。

 

「ご無事ですか、南宮局長?」

 

「ああ。本部は?」

 

「敵は倒しました。……………でも味方も壊滅です。優麻さんも……」

 

「……そうか。お前、仙都木優麻を吸ったな? 吸血鬼になったのだな?」

 

「…………はい」

 

執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

 アスタルテが眷獣を呼び出し、

 

「止めておけ!」

 

 アンデルセンが制止した。

 

「その娘は最早お前たちが束になっても相手にならん。姫柊雪菜、恐ろしいものになってやって来たものだ……」

 

「ええ、その通りです。アンデルセン神父。私は、もう何も恐れません」

 

「まるで奈落の底のような目をしやがって。人の形をしてるくせになんて様だ……」

 

 2人が睨み合い、そして、突如何かに呼ばれたかのように、ある方向に首を捻った。

 

「…………お帰りなさい、先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何事だ!」

 

 マクスウェルが無線の先にいる部下に叫ぶ。先ほどから慌てているような空気がひしひしと伝わってくる。

 

『テムズ川を何かが遡って来ます! ……幽霊船です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その幽霊船。テムズ川を強引に遡ってきた、英国海軍航空母艦イーグルの甲板から、1つの人影が宙に躍り出た。

 両手に白と黒の銃をそれぞれ携えたそれは、今まさに激突せんと睨み合っていた、第九次空中機動十字軍と第三帝国ミレニアム大隊との間に着地した。

 そして、事も無げに言った。

 

「よう。待たせたな」

 

 二軍の間に降り立った暁古城の眼前に聖書のページが花弁のように舞い、その中心から銃剣を構えたアンデルセン神父が現れる。

 さらに、上空の飛行船から、ヴェアヴォルフの筆頭、大尉が、同地点に落下した。

 

「槍衾の絵の前で集った我らは、今こうして槍衾の前で再会した」

 

 少佐がその光景を見下ろしていた。

 まず黒衣の軍を見て、

 

「ドイツ第三帝国吸血鬼化装甲擲弾兵戦闘団ラスト・バタリオン、残存総兵力572名」

 

 次に白衣の軍を見て、

 

「ローマ=カトリック・バチカン教皇庁第九次空中機動十字軍、残存兵力2875名」

 

 そして最後に、

 

「大英帝国王立国教騎士団、残存兵力、3名」

 

 眼鏡に紅蓮に燃えるロンドンを映しながら、

 

「かくして役者は全員演壇へと登り、暁のワルプルギスは幕を上げる……」

 

 三軍、いや二軍と1人が睨み合う戦場。そこに立つ自らの従僕に向かって、那月は命じた。

 

「拘束制御術式零号、解放」

 

「…………了解だ」

 

 古城の影が怪しく揺らいだ。

 その瞬間、神父が、人狼が、騎士団が、兵隊が、一斉に古城を攻撃した。

 アンデルセンは銃剣でめった刺し、大尉は足蹴りで頭部をかち割り、十字軍と親衛隊は互いに銃を向けることも忘れて古城を撃ちまくった。

 

「ここにいる全てが感じ取れた。恐ろしいことになる、と。この化物を倒してしまわないと恐ろしいことになる!」

 

「来るぞ。河が来る。死人が踊り、地獄が歌う!」

 

 古城の身体は銃弾によってズタズタにされていた。

 

「撃ち方止めー!」

 

 弾雨が止む。

 同時に、古城から大量の血が噴き出した。

 それはまるで意志を持っているように、軍団を飲み込みながら、さらなる血肉を求めて流れていく。内部からは血みどろの亡者たちが出現してきた。

 

「「「ウゥゥゥァァァ………」」」

 

 亡者たちは呻き声を上げて、尋常ならざる速度で軍団に迫る。

 

「「「ウワァァァァ!!!!!!!!!!!!」」」

 

 騎士も兵士も“死の河”に恐れおののいた。

 

「馬、鹿な……。馬鹿、馬鹿! そんな馬鹿なことがあるかァ!」

 

 空の上のマクスウェルが子供のように叫ぶ。現実を否定するかのように。

 

「あれが吸血鬼・暁古城そのものだ。血とは魂の通貨。命の貨幣。命の取り引きの媒介物に過ぎない。血を吸う事は、命の全存在を自らのものとする事だ。今のお前なら理解できるだろう? 姫柊雪菜」

 

「はい」

 

 河は更に姿を変える。

 不安定だった亡者たちの一部が、はっきりと実体を成した。なかには騎馬や甲冑まで見受けられる。槍を持った者、刀を持った者、鉄砲を持った者、旗を掲げた者…………。

 

「あ、あいつは、あんなに、あんなものまで……。悪魔め……。悪魔! 魔王! 暁の子(ルシファー)!!!」

 

 マクスウェルの表情が、めちゃくちゃに歪んでいく。

 

「何だ! 何が起きている!!!」

 

 マクスウェルの声は聞こえていないはずだが少佐は叫んだ。

 

「死だ! 死が起きている!!!」

 

「おお! おお!!! いいな、これ。ほしい! 素晴らしい!」

 

 ドクでさえ冷静さを欠いていた。

 

「撃て!」

「撃ちまくれ!」

「撃ちまくれーーー!!!」

 

 最早3つの勢力など存在しなかった。

 戦いさえ存在しなかった。

 暁古城と、それ以外。

 蹂躙する者と、蹂躙される者。

 

「撃ちまくれ! 下は地獄だ! 地獄だぞ! 撃っても撃っても出て来るぞ!」

 

 辛うじて安全圏であった空中でさえ、

 

「私も来てるんだけど!」

 

 魔弾が許しはしなかった。

 

『司教猊下ー! 退却を。これはもう戦いとは呼べません!!!』

 

「ふ、ふざけるな!」

 

 部下からの悲痛な訴えにマクスウェルは、

 

「俺は司教じゃない! 大司教だ! 大司教なんだー!!! ぬうぁ!!!」

 

 魔弾がマクスウェルの車を吊っていたヘリを撃墜した。

 死の河のど真ん中に落下するマクスウェル。

 横倒しになった荷台にガラスの壁に亡者たちが殺到する。

 しかし、

 

「ハハハハハッ! 強化テクタイト複合の強化ガラスだ! 傷も付かんよ、亡者ども!」

 

 マクスウェルの顔に笑みが戻る。その横を、ガラスを貫いた銃剣が通過した。

 

「あ、あ、あ……、アンデルセン……」

 

「我らはイスカリオテ。神罰の地上代行者なり。

 我らは一切の矛盾なくお前の夢を打ち砕く。

 さらば、わが友よ」

 

 マクスウェルが亡者の波に浚われる。

 

「アンデルセン! アンデルセン!アンデルセェェェン!!!」

 

 手を伸ばすが、どこにも届かない。

 

「た、すけて、アンデルセン……。助けて、先生……。先生…………」

 

 亡者の中から槍が突き出され、マクスウェルを串刺しにする。

 

「こんなところで、俺は、ひとりぼっちで、死ぬのか……。

 イヤだ。イヤだ………。ひとりぼっちで生まれて、ひとりぼっちで死ぬのか……。

 …………………………ジーザス」

 

「馬鹿だよ、お前………」

 

 亡者の河の中央を堂々とアンデルセンは歩く。

 

「大馬鹿野郎…………」

 

 マクスウェルの亡骸の傍らで膝をつき、そっと彼の瞼を閉じた。

 そして、立ち上がり、教え子の仕事の後片付けを開始した。

 

「アンデルセンより、全武装神父隊に告ぐ。バチカンへ帰還せよ」

 

 無線を通して、彼の声は十字軍全軍に伝わる。

 

「第九次十字軍遠征、レコンキスタは完全に壊滅した。

 朝が来る。夢は最早醒めた。バチカンに帰還せよ」

 

『そ、そんな、アンデルセン……』

 

「貴様らの死に場所はここではない。帰れ!

 バチカンを守れ! 法王を守れ! 未来永劫、カトリックを守れ!

 俺はあいつを倒す。倒さねばならぬ!」

 

『承服不可。その行動には有用性が認められません』

 

「否! 今だ、今しかない。拘束制御を全解放した今、ただ今がその時だ。

 これはヤツの持つ全ての命を、全ての攻撃に叩き込む術式だ。城から全ての兵を出撃させた。総掛かりだ。

 城の中に立つのは、領主が、ただ1人!!!

 ヤツは今、ただ1人の吸血鬼だ。

 あの狂った大隊総指揮官はこれが、これのみが目的だったのだ。

 暁古城ただ1人を打倒するための生け贄だ。1000人のSSも3000人の十字軍も、100万人の英国人も、敵も、味方も。きっと俺が行くことも。

 おさらばだ! 諸君。マクスウェルが泣いている。どうしようもないあの馬鹿が! 相も変わらず意気地のない弱虫めが。

 おさらば! いずれ辺獄(リンボ)で」

 

 アンデルセンは飛ぶ。彼が宿敵と認めた男の元へ。鎧を身に纏い、腰に刀を提げた、戦士の装いを着込んだ男の元へ。

 

「ヤアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 刃が交錯し激しく火花を散らす。

 

「見事……」

 

 『暁古城』だった男が言う。

 

「人の身にてここまで練り上げたか。受けて立とうぞ、クリスチャン!」

 

「我らは神の代理人。神罰の地上代行者。我らが使命は我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅すること! Amen!!!!!」

 

「殺してみせるか、この私を? 400年前のように、50年前のように」

 

「語るに及ばず!」

 

「ならば是非もなし!」

 

 2人が激突する。

 1度、2度、3度、4度、……。

 斬り、受け、時に躱し、敵に刃を振るう。

 

「セェェェルァァァァァァァ!!!!!!!!!!」

 

 数歩退いたアンデルセンが指の数だけ構えた銃剣を投げつける。

 同時に5発の銃弾がそれを叩き落とした。

 いつものパーカー姿に戻った古城が、死の河を飛び越えて対岸へ。

 アンデルセンとの間に動く死体が立ちはだかる。

 

「くぅ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロンドンは滅び、十字軍は滅び、ラスト・バタリオンも滅びつつある。そして暁古城はそこにいる。そして私はここにいる。全ては順調。全く以って順調だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腕が千切れるぞ……」

 

 古城は悲しそうな顔で、遙か彼方のアンデルセンを見ていた。

 

「まだ来るか」

 

「それがどうした、吸血鬼」

 

 アンデルセンの瞳から光は消えない。

 

「まだ腕が千切れただけじゃねえか! 能書き垂れてねえで来いよ。かかって来い! ハリー! ハリー!!!」

 

「ふっ……。人間ってのはつくづく良いもんだな……。

 いいぜ、かかって来いよ。やっぱりアンタは俺が殺してやらなきゃなんねえみたいだな!」

 

「ウオォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 アンデルセンの雄叫び。

 

「前へ! 前へ! 前へ! 前へ! 前へ! 前へ! 前へ! 前へ!!!!!」

 

 文字通りの屍山血河を切り刻み、アンデルセンは一直線に古城目掛けて突き進む。

 しかし、巨躯の亡者がアンデルセンの行く手を阻んだ。肉の壁が足を止め、腕を押さえる。

 そして、いななきと共に騎馬した亡者たちが突撃を開始した。

 アンデルセンの瞳が閉じようかと思われた、その時、背後から銃声が響き、騎馬隊が蜂の巣にされた。

 

「貴様らァ! この、馬鹿野郎ォ! この、大馬鹿野郎共め!!!」

 

 振り返ったアンデルセンが叫ぶ。

 バチカン特務局第13課“イスカリオテ”の仲間たちに叫んだ。

 

「このままバチカンに帰ったら、私たちは私たちでなくなってしまう!」

 

 ハインケルが叫び返した。

 

「イスカリオテのユダでなくなってしまう! ただの糞尿と、血の詰まった肉の袋になってしまう!!!」

 

「同意。私も主観的に共闘を望んでいます」

 

 アスタルテの眷獣が巨躯の亡者を弾き飛ばした。

 

「馬鹿野郎共が! どいつもこいつも死ぬことばかり考えやがって! これで辺獄は満杯だ!

 いいだろう! 付いて来い! これより地獄へまっしぐらに突撃する! いつものように付いて来い!!!」

 

 武装神父たちが、アンデルセンを先頭にして整列する。

 

「汝ら何ぞや!」

 

「「「我らイスカリオテ! イスカリオテのユダなり!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1つの歓喜を共通意志として、無数の命が1つの命のように蠢き、のたうち、血を流しながら血を求め、増殖と総減をくりかえしながら無限に戦い続ける。

 その歓喜が神に対する信仰であれ、ナチズムによる戦争であれ、暁古城という存在の一体であれ、我々は最早、漸く同じものだ!

 夢のようじゃないか。黒い兄弟たち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ウオォォォォォ!!!!!!!!!!」」」

 

 武装神父隊が突撃する。

 真っ赤な血の河の流れに逆らう、一筋の黒い流れのようにも見えた。

 アンデルセンが切り開き、アスタルテが押しのけて、ハインケルたちが摺り潰し、走れなくなった神父は腹に巻いた爆薬を起爆して、細い細い1本の道を作り上げた。

 そして、

 

「よく来たな」

 

 暁古城の眼前に、最早立ちはだかるものは何もなかった。

 

「流石ってところか?」

 

「殺しきれる武器を持っているのは、お前だけじゃないんだぜ」

 

 アンデルセンが懐から木箱を取り出す。

 蓋には、第3課(SECTION3)・聖遺物管理局マタイ(Matthew)の文字。

 アンデルセンが箱を握力だけで砕くと、中から1本の釘が現れた。

 

「……エレナの聖釘」

 

 険しい表情で古城が言う。

 

「そうだ」

 

 アンデルセンが釘を自らに向けた。

 

「やめろ!!!」

 

 古城がいつになく強い調子で制止した。

 

「ふざけんなよ。アンタまで化物になってどうすんだよ! 俺を殺すんじゃなかったのかよ、神父様よォ! そんなアンタが人間やめてどうしようってんだ!」

 

 アンデルセンは応える。

 

「俺はただの銃剣でいい。神罰という名の銃剣でいい。俺は生まれながらに嵐なら良かった。脅威ならば良かった。1つの炸薬ならば良かった。心無く涙も無い、ただの恐ろしい暴風なら良かった……」

 

 そして、

 

「これを突き刺すことでそうなれるのならそうしよう。そうあれかし……」

 

 釘を握った右手を頭の上まで振りかぶる。

 そこから勢い良く弧を描いて、釘はアンデルセンの心臓に突き刺さる─────

 

 

─────はずだった。邪魔が入らなかったなら。

 

「そんな興醒めなことを、この僕に見せつけるつもりかい?」

 

 アンデルセンの右肩から先が、巨大な蛇の化物の顎に呑まれていた。


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