Hellsing the Blood   作:Lucas

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「2番艦アルフレッド・ローゼンベルグ、炎上中!」

「上陸部隊との連絡が取れません!」

「全滅したのでは……」

「全滅!?」

「下では一体何が……」

 

 デウス・エクス・マキナの指揮所に詰めたドイツ兵たちは色めき立っていた。

 そんな彼らを尻目に、まだ食い足りないのか、ホットドッグにかぶりつく肥満体型の男が1人。

 

「少佐殿! ご指示を! 少佐殿!」

 

「うるさいなぁ、静かにしろ。出し物の佳境ぐらい静かに鑑賞したまえよ。たかが自分たちの部隊が壊滅するぐらいで、初めての処女のように泣き出すなんて」

 

 兵たちを軽くあしらった少佐は、この艦の責任者を視界に捉えた。

 

「艦長。全艦の残存全乗員に火器と弾薬を分配しろ。立てない者には手榴弾を配れ」

 

「しかし……ッ! しかし、全員分の銃も弾薬も最早ありません……」

 

「じゃあ、鉄パイプでも資材でも何でも良い。兵隊は武装して集結だ。『あれ』が終わったらみんな一緒に突撃しよう。楽しいぞ、すごく。

 ホルスト・ヴェッセルのリートを歌いながら、みんなで遮に無に 突っこむんだ。楽しいぞ~」

 

Zum letzten Mal wird nun Appell geblasen! Zum Kampfe steh'n wir alle schon bereit!

 艦内に少佐の歌声が響く。

 

「どうした? 何故歌わない?」

 

「もう、うんざりだ!」

 

 あくまで楽しそうな少佐に艦長が遂に噛み付いた。

 

「我々はSSじゃない! ドイツ海軍だ! 英国軍に対する意地で我々はあなたに付いて来た。だがもう、うんざりだ。これはもう戦いじゃない! 部下をこれ以上死なせる訳にはいかない!」

 

「ここまで来てまだ闘争の本質がわかってないのか……」

 

 少佐は呆れたように言う。

 

「だがまあいい。抗命は戦の華だ」

 

 ドクが装置のスイッチを押すと、少佐の椅子の肘掛けから拳銃が飛び出した。

 振り向き様に6発、艦長に向けて発砲するも、全て足下や背後に逸れてしまった。

 

「ダメだ、ドク。当たらん」

 

「相変わらず射撃が下手過ぎます。どうやって親衛隊に入ったんですか?」

 

 ドクがやれやれと言わんばかりに両手を広げた。

 死に損なった艦長を親衛隊の吸血鬼たちが取り囲む。

 

「少佐殿」

 

「処刑しろ。敗北主義者だ」

 

 少佐が指を鳴らすと同時に、艦長の身体は蜂の巣になった。

 

「残存兵員に武装させろ、憲兵少尉。命令に従わない者は君の判断に任す。闘争の根幹を教育してやれ。何者かを打ち倒しに来た者は、何者かに打ち倒されなければ ならぬ」

 

 そして、こう結んだ。

 

「それに作戦は全て計画通りじゃないか。この戦争は、この私の小さな掌から出たことなど1度たりとも無いのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンから少し離れた仮設基地のテントの中に、叶瀬賢生が入っていった。

 

「安全保障特別指導部が自爆しました」

 

「そうですか……」

 

 淡々とした報告を聴くのは、ラ・フォリア女王。

 

「浅葱を連れ出して正解でしたね。当人は喜びはしないでしょうが……。それで、他の状況は?」

 

「各基地の暴動は収まりつつあります。あと12時間といったところでしょうか。しかし……、」

 

「ロンドン、ですね?」

 

「はい。現在も封鎖線を築くのが限界です。内部の様子も完全に不明。壊滅状態であることには違いないでしょうが。今だ、戦闘が続いているかどうかさえ……」

 

「いえ。まだ戦っていますよ、彼らは、必ず」

 

「信じておられるのですね、あの男を」

 

「もちろんです。それに古城だけではありません。南宮局長も、そして、古城が選んだ彼女も……」

 

「なるほど」

 

「それにしても、将軍が自爆したということは、裏切り者が円卓内部にいうというのは、やはり杞憂でしたか……」

 

「いえ、それに関しては、私は1つ危惧していることがあります」

 

「何ですか?」

 

「南宮那月の養父・アーサーが死んだ時、私は警告しました。彼の弟・リチャードは危険な男だと。必ず家名を手に入れようとしてくるだろうと。リチャードから、そして、南宮那月から目を離すなと、ヘルシング家執事ディミトリエ・ヴァトラーに警告したのです」

 

「ッ! しかし!」

 

「そう。襲撃の夜、あの男はいなかった。

 アーサーは暁古城の危険性に気付いていた。それ故に、彼の先祖ですら討ち損じた彼を、危険を承知で地下牢に封印した。

 しかし、あの夜、暁古城は解放された。

 この一連の事象に方向性が働いているとすれば……」

 

「ですが、彼はヘルシング家に仕えるようになって長いはず。そんなことを……」

 

「いいえ。あの男ならあり得るのです。陛下のご存知ない遥か昔から、彼が変わっていないとすれば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドン。

 古城とアンデルセンの戦いに割り込んだのは、まさに叶瀬賢生の危惧した通りの人物であった。

 

「ヴァトラー……」

「ヴァトラーさん……」

 

 古城たちに追い付いてきた那月と雪菜の顔に驚愕の表情が浮かんでいた。

 

「やあ、南宮那月。それから、姫柊雪菜」

 

 金髪を振り乱しながら笑顔で応えるヴァトラー。

 

「ヴァトラー……」

 

「やあ、古城。この姿で会うのは久しぶりだね」

 

「ヴァトラーさん、どうして……」

 

「『どうして』か。まあ、簡単に答えるとすれば、古城と戦いたかったから、ということになるのかな」

 

「先輩と……」

 

「よせ、姫柊雪菜。もう今のコイツには何を言っても無駄だ。そうなんだろ、蛇遣い?」

 

「その通り。僕は今とてもいい気分だ」

 

「チッ。戦闘狂が……」

 

 その時、1本の刃がヴァトラーを襲った。右腕を失った、そして人間を失わなかった、アンデルセンが、千切れかけた左腕で放った怒りの一撃だった。

 

「Amen!!!!!!!!!!!!」

 

「おっと、危ない」

 

 ヴァトラーの足下から蛇が現れ、主への攻撃を受け止めた。

 続けての、もう1匹の攻撃がアンデルセンを弾き飛ばした。

 

「ヌゥゥゥゥゥァァァァァァ!!!!!!!!!!」

 

「君の出番は終わりだよ、アンデルセン。これからは僕と古城の舞台だ!」

 

「ふざァけるなァァァ!!!」

 

「神父様!」

 

 なおも向かっていこうとするアンデルセンをハインケルが、必死に押し止める。

 

「そんな身体で一体何をしようと言うんです!」

 

「黙れェ! 何としても、何としても! あの男は! あの男だけは!」

 

「ネガティブ。不可能です」

 

 アスタルテが言った。

 

「否! そのための釘だ! あの聖遺物を以てわ……」

 

「これを」

 

 アンデルセンの言葉を遮って、アスタルテは無線を突き付けた。

 

『退け、アンデルセン。バチカンに帰還しろ』

 

「教皇猊下……ッ!」

 

『第九次十字軍は君の言葉の通り失敗だ。だが、まだ終わった訳ではない』

 

「!」

 

『続ければ良いだけのことだ。第十次のために君に死なれては困る。念のため、もう1度言うぞ、アンデルセン、バチカンかに帰還しろ』

 

「……………御意」

 

 通信は終わる。

 

「また会おう、暁古城。そして、ヘルシング……。帰るぞ!」

 

「「「「ハッ!」」」」

 

 

 

 

 

「さて、これで邪魔者が1人消えた」

 

「ヴァトラー……」

 

「僕はね、ずっと待っていたんだよ、この時を。君と本気で殺し合いができるこの瞬間を」

 

『さあ、演舞が始まる。役者以外は舞台から下りたまえ』

 

 古城とヴァトラーが対峙するその上空から、巨大な影が迫る。

 

『麗しのフロイライン方のお相手は我々が務めなくては』

 

 底を削りながら強引に着陸した飛行船。その後部の扉が、彼らの目の前で開いた。

 

『来たまえ』

 

 中からは笑いを含んだあの男の声。

 

「行ってくれ、2人とも。いい加減アイツらの夢を終わらせてやれ」

 

「で、でも、先ぱ……」

 

「俺はコイツの相手をしねえとな。ちゃんとした決着ってヤツをな。だから、そっちは任せたぞ」

 

「……はい」

「……ふん」

 

 那月と雪菜が飛行船へと足を踏み入れる。

 

「これで2人きりだね、古城」

 

「そうだな」

 

 古城は銃を出し、ヴァトラーの影からは蛇が顔を覗かせる。

 

「なあ、ヴァトラー……」

 

「無駄だよ、古城。もう僕は何を言われようと止まらない」

 

「そうかよ!」

 

 古城がカスールを撃った。

 悠々と避けたヴァトラーが右手を振る。大口を開けた蛇が古城の身体を飲み込んだ。

 しかし、突然悶えたかと思うと、身体がバラバラに弾け飛んだ。

 

「まだまだこんなものじゃないだろう?」

 

 頬を吊り上げるヴァトラーの足下、蛇の残骸から古城の左腕が伸び、握られたジャッカルの引き金が引かれる。

 

「!」

 

「フッ……」

 

 しかし、弾丸は発射されず、かわりに銃身と左手が吹き飛んだ。

 

「その銃を作ったのが誰か忘れたのかい?」

 

「チッ……」

 

 舌打ちをした古城にまた別の眷獣が襲いかかる。

 

「僕は君の本気を見たいんだよ、こじょ……ゥッ!」

 

 ヴァトラーが喀血する。

 

(もうかッ……。いや、まだだ。まだ古城を、まだ最強の吸血鬼を倒してない……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、なにぶん時間がありませんでしたからなあ。かなり無茶な施術でしたしねえ」

 

 指揮所でドクが呟く。

 

「否。我々の与える物は全て、あの者に与えた。我々が奪える物は彼の者から全て奪った」

 

 少佐が言う。

 

「自分の人生、自分の主君、自分の信義、自分の忠義。全て賭けてもまだ足りない。

 だからやくざな我々からも賭け金を借り出した。たとえそれが一晩明けて、鶏が鳴けば身を滅ぼす法外な利息だとしても。

 50年かけてあの男は、あの暁古城と勝負するために全てを賭けた。我々と同じ様にな。一夜の勝負に全てを賭けた。

 運命がカードを混ぜ、賭場は一度!! 勝負は一度きり!! 相手はジョーカー!!

 さてお前は何だ、ディミトリエ・ヴァトラー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……、ハァ……」

 

「辛そうだな」

 

 ヴァトラーの統制がまともに働いていないため、蛇の攻撃は大きく古城を外れてしまった。

 

「ろくでもない方法で吸血鬼になるからだ。再生に体が追いついてない」

 

「……うるさい」

 

「元のじいさんに戻るか? いやそりゃねえか……」

 

「何を……ぅぐッ!」

 

「ガキになるのさ」

 

 古城の言葉通り、全盛の姿を保てなくなったのか、ヴァトラーはあどけない少年の姿へと変化した。

 

「古城ォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!」

 

 しかし、まだ彼は止まらない。

 今度は2体の蛇が現れたかと思うと合体して巨大な1体の蛇に変わった。

 数発のカスールをものともせず、古城に襲いかかった。

 

「頑丈だな」

 

 顎を押さえつけ、噛み砕かれないでいる古城が言う。

 片手と口でリロードしたカスールを蛇の脳天に向けて発砲した。

 奇声をあげ、蛇は倒れる。

 

「まだ!」

 

 続けざまに3体、蛇が古城に牙を剥く。

 

「遅えよ」

 

 2発で2体を仕留めた古城、3体目に狙いを定める。

 

「下だ」

 

「ん?」

 

 小型の蛇が大量に古城の足下に迫っていた。

 左右の足に次々と巻き付いてくる。同時にその小さな牙を突き立てた。

 

「チッ」

 

 ホールドオープンするまで引き金を引くがさっぱり数が減らない。

 そこに背後から先ほどの蛇が飛び込んできた。

 

「取ったよ」

 

 古城の肉体が上下に分かれた。

 上半身が地面の上に転がる。

 

「やったか……ぅぐッ……」

 

 ヴァトラーが膝をついて苦しみ出した。

 

「焦るなよ」

 

「!」

 

 ヴァトラーの驚愕を余所に古城はあっさりと上下の体を接続して立ち上がった。

 

「今日はとことんまで付き合ってやるよ。ほらかかって来いよ、クソガキ」


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