気になる人が出来た。
と言ってもよく言われるところの恋だ何だとキレイな話じゃない。
変質者。
いや、それは一般的なコートの中身が全裸だったりする意味としては的を射ていないのだけれど、初めて彼の姿を見たときに感じた素直な感想だ。
だってそうでしょう?
その時参拝に来ていた人たちの中、一際熱量を放っているくせに、強い陰を感じた人をそれ以外に示す言葉が私には思い浮かばない。
特徴的と言うべきか、黒髪くせ毛にメガネの少年。
やっぱり一回り程離れた年の瀬である身からすると、高校生はまだまだ少年だ。
何かを悔いているのか、それとも後悔する必要のないことを後悔しようとしているのか。
察することは出来ない。
ただそれでも彼の目は誰よりも深く陰という熱を背負っていた。
思わず声をあげそうになったくらいには変質者。
けどそれが叶うことはなく、簡単に彼はその場から離れていった。
すれ違いとでも言うべき呆気無さ。
きっと私のことを私として認識されず、ただその場にいる見知らぬ人であっただろうに。
私もきっとそういう認識のまま、これからの日々で無意識下に刻まれ、忘れ去られる記憶の一つであればよかったのに。
それは無意識と意識の狭間にこびり付いて、何気なく、ふとした時に思い出してしまう記憶となった。
どうして些事と忘れることが出来ないのか。
自問自答する必要すらない日常の一幕、だと言うのに自分へ問いかける。
彼の顔すら思い出せないのに。
秀尽学園高校の制服を着ていた人程度だというのに。
こうも彼の影を忘れられない。
「……いやいや、私はストーカーかっての」
笑ってしまう。
名前も知らない彼への興味が止まらない。
恋じゃないと分かっている。恋に恋する少女なんて歳でもあるまいし。
でも。
「また会いたい……なんて、ね」
神様へ仕えるらしい巫女失格も良いところだ。
まぁ無気力系巫女だとしても人だってことで許して欲しい、縁結びの神様だそれくらい寛容であっても良いでしょう。
能動的に会う努力をするわけじゃない。
それでも、もし、また会えたなら――。
「こんにちは。ご参拝ですか?」
あぁ、驚かれた。
そりゃそうだろう、いきなり見知らぬ巫女に話しかけられちゃ誰だって驚く。
むしろこの間、巫女さん萌えーなんて言って興奮していた人の方が少数だ。
うん、変質者とはああいう人を言う。
目の前で目を丸くした後、小さく会釈を返してくれた彼は真っ当な高校生だ。
とは言えこうして見れば気になることがある。
なんだろう、この間見た……ううん、感じた陰が無くなっているとでも言うのだろうか。
やけに小ざっぱりしている印象を感じる。
「あぁ、すみません。この間見かけた時とは随分印象が変わったと思いまして……お悩みは解決したんですか?」
我ながらずるい言い方だな、なんて思う。
これじゃあ巫女じゃなくて超能力者かエスパーの物言いだ。なんなら怪しい占い師。
なにかに悩んでいたと決めつけて、雰囲気が変わった理由のソレにしている。
だからもう一度ぎょっとされるのも仕方ない。
次いで訝しげな目を向けられるのも仕方ない。
「おーい! 何やってんだー?」
自分で作った妙な空気だったけど、彼の後ろから聞こえる声で霧散した。
……あぁうん、変質者は私だったね、本当にごめんなさい。
向けられた目の色が元通りになって、やっぱり小さな会釈の後声の方へ向かっていった彼を見送って。
「あ、お賽銭もらってないや」
本来の目的を遮ってしまった自分の迂闊さを呪った。
まぁ何にしてもだ。
もう一度見た彼からは陰を感じない、実に喜ばしいことだ。
だけどどうにも気になる心は消えてくれない。
これはどういうことだろう。
まさか本当に恋に落ちてしまったんだろうか?
最初とは違ってしっかり記憶した彼の顔を思い出してみても心にときめきは感じない。
じゃあ一体何が気になるのか。
不思議に思う、彼自身への疑問も自分の心も。
まるで心を盗まれ、勝手に弄られたかのような。
どうにもこびり付いた何かはまだまだ落ちてくれないようだ。
怪しい巫女さんを晒してしまった私だけど、それは彼の足に影響は無かった。
安心とは少し違うけど、ホッとしてしまった私は彼を遠巻きに眺めるムーブに走っている。
ますます磨きがかかったストーカーと言われても否定できないのは辛いけれど、気になるものは仕方ないと心に言い聞かせておく。
最初に見た時のお参りとは違う。
何やら拝んでいる途中、にやけ顔が浮かぶようになった。
一言で言ってやらしい。
私の中にある女、その勘が告げている。
あれは絶対女絡みのお願いをしているぞと。
いやいや、改めて考えてもここは縁結びの神様を祀った神社だ、一向に構わない。
別に彼がどういう女の顔を思い浮かべて結ばれますようにと願っても至って健全な話だ。
むしろ可愛いじゃないか。
高校生が恋愛成就のため熱心に参拝するなんてとても健全。
だって言うのに。
「私、こんな彼を見とう無かった」
思わず口から出てしまった。
そうなのだ。
何やら面白くないのだ。
不意に冷静な自分が拗らせてるなぁなんて囁いてくるけど知ったことではない。
面白くないものは面白くない。
いや、断じて彼の思い浮かべた顔が私であって欲しいという訳ではない。
なんと言うか、好きなアイドルの熱愛報道を見てしまった心境というか……そういう感じなのだ。
「少年……色を知ってしまったか……」
肩を落としてしまう。
だけどまぁ良いのだ。
彼は別にアイドルでも何でも無いのだから、至って健全で、人として真っ当な道を歩んでいるのだから。
「真っ当な道……?」
そう考えた時唐突な違和感に襲われた。
何故だろうか。
真っ当。至極真っ当じゃないか。
まともから外れた道というのは、つい最近報道された淫行教師だとか、有名絵描きの裏話とか。
あぁ言う人が辿る道のことを指すものだ。
「あれ……?」
だけど、だけど。
彼らは外れた道の先を自ら暴露した。
まともという道筋へ戻ろうとしたのだ。
それは一体どうして?
わからない。
私はそんな強い人間じゃないからわからない。
バリバリ犯罪だったり、人道から逸れた道を歩んだのなら、歩んでしまったのなら。
私はきっとバレるまでひた隠す。
バレて、表に溢れ出て、自分じゃせき止められなくなった時、ようやく打ち明けられるかどうかだ。
何故?
何故彼らは自首をした?
どうして急に、心変わりをした?
そこまで疑問に熱中した時、再び。
どうしてか黒髪くせ毛のメガネ君が頭に思い浮かんだ。
やっぱり私の心境とは関係なく彼は足を神社に運ぶ。
そりゃそうだ、私は彼の人生にとって気にも留められない人間で、気に留めてもらおうとも思っていない。
私が一方的に彼を自分の心に留めようとしているだけだ。
彼がこの神社へ来るようになってから。
世間は大盛りあがりと言うべきか、マスコミが忙しそうに駆け回ってご飯の種を食い漁っている。
誰々が自首した。
誰々の不祥事が暴かれた。
つい最近で言えば、あの有名政治家の件だろう。
特に政治へ興味の無い私でさえよく耳にする人物だったし、驚いたものだ。
ただ。
そんな世間を賑わした何か。
一時期は熱狂すら生んでいた、いや生まれようとしていた。
私も、そんな熱狂の中にいて。
身近にいた、ある人の心が変わった。
何ということは無い。
私に巫女を押し付けていた父親が、急に大人しくなった。それだけの話だ。
ただなんでだろう。
あれだけ彼に対して興味があったのに、自分をストーカーだと思ってしまう位に。
父親の人が変わったことをあれだけ喜んだというのに。
何故今こんなに冷めているんだろうか。
本当に。
かつて心を盗まれ勝手に弄られたなんて思ったけど。
私は今、私の心がわからない。
もしかしたら、本当に誰かが心を弄って、興味という色を真っ白に変えてしまったのだろうか。
「あれ……?」
箒を持ちながら眺めていたはずの彼の姿はいつの間にか見当たらず。
今までの習慣に身体が従い、見慣れた秀尽学園制服姿の彼を探そうとした時。
「わっ!?」
彼の姿が近くにあった。
うわぉ、こんなに近くで見られたのはいつぶりだろうか。ありがたやぁ……。
思わず驚きで硬直しながら心の中で拝むなんて器用なことをしつつ、向けられた心配そうな瞳に気づく。
「あ、ううん。なんでもないよ。ありがとう」
目の前に憧れ? なアイドルが現れた時、人は一体どういう行動を取るのだろうか。
私の場合はどうやら両手をブンブン振り回して、元気アピールをすることだったらしい。
あぁ本当に変質者は私の方だ。
彼の瞳を見ただけで、心が荒波立つ。
ろくに言葉を交わしあったわけでもないのに。
まるで心を覗かれているかのような、深くて、柔らかいけど痛い瞳。
居心地が良いのか、悪いのか。
そりゃ間違いなく悪い。
責めているわけじゃないだろう彼は、だと言うのに何故か彼へ懺悔でもしたい気持ちだ。
「……最近、世の中静かだね」
だから話を反らした。
逃げるように、これ以上心を見ないでと壁を作るように。
それで察してくれたのか、それとも別の何かか。
彼は笑って私のまとまりない雑談に少しだけ付き合ってくれたんだ。
「はぁ……最高かよ……」
うん、どうやら私はまだまだ彼のストーカーらしい。
ちょっとだけ、時間にして三十分に満たない位会話しただけで、私のよくわからない不安はかき消えた。
「もうあの子になら心を弄られてもいいよ……」
何という充足感か。
今お風呂に入ったら溶けるだろう間違いなく。
むしろ入水による天国ヘブン祭り開催だわっしょいわっしょい。
「巫女やってて良かった……」
もう自分で何を言ってるのかわからない。
ただもう全てに感謝したい気持ちでいっぱいなのだ。
今なら変わる前の父親とも笑って会話出来るような気がしてしまう。
「それにしても」
去り際に見た彼の顔が気になる。
その表情は私の知らないものだ。
いや、知っていれば真性のストーカー証明になってしまうから良いのだけれど。
恐らくあれは、人生に一度するかしないかといえば大げさか。
それでもそう何度もしていい顔では無いと思う。彼より長く生きている私であっても、まだしていないだろう表情だから。
ざわつく。
冷静さを取り戻しつつある世間とは裏腹に、私の心がささくれだち始めている。
言いようもない不安がある。
何故だろう、何故だろうと考えても一向に答えへ辿り着けない。
私の知らない何かを彼は知っている。
そんなよくわからない確信があった。
そしてその何かはきっと世界には大切で、重要なことで。
私が、私達が知る必要もなく、知れた所でどうすることも出来ないけれど。
「どうか彼が無事でありますように」
そう願わずにはいられないほど。
出どころのわからない不安に心が塗りつぶされないよう、彼を願った。
世界の変革。いや、崩壊か。
知っている場所が崩れていく様って言うのは恐ろしい。
今も私は言い表すことの出来ない恐怖に足を取られて動けない。
地面が裂けた、人が飲み込まれた。
岩のような何かが隆起した、それに持ち上げられて釣り上げられた人がいた。
「何……よ、これ……!」
唐突過ぎる世界の終わり。
落ちた、堕ちていった父親の姿が認められなくて、当てもなく揺れる世界を駆け抜けた。
誰かが落ちるのを気づかないふりをして、運動不足だった身体の悲鳴を無視して。
全てをかなぐり捨てて、目的なくただただ走った。
「はぁっ……! はぁっ……!」
たどり着いたのは、かつてなんと言われていた場所だろう。
もう今は、いつか見た大きなテレビしか面影を残していない。
そしてその中に。
「う、そ……?」
無意識に求めていた姿を見つけた。
その人は何かと戦っていて。
多くの人達が何かを叫んでいて。
倒れていない、膝をついていない。
なけなしの何かを振り絞ってまだだと目をギラつかせて。
立ち向かっている。
「あ、う……」
涙が溢れた。
瞬時にこぼれ落ちた。
きっと彼は今までも、こうして戦っていた。
わからない何かは戦いだった。それも決して自分のためじゃないこともわかった。
心無い誰かが叫んでいる。
早く負けろと、倒れてしまえと罵声を浴びせている。
違うでしょう? あの姿を見てかける言葉はそうじゃない。
そうじゃないと分かっているのに、口は動いてくれなくて。
悔しい、悔しいと心も泣く。
そんな時。
「お前ら何言ってんだよ!!」
鋭くて、罵声を切り裂いて。
心に届いた言葉があった。
――そうだ、その言葉だ。
私は……私達は、そう言って良いんだ。
反逆しろ、世界の理に。
負けるな、理不尽に。
抗うべきは無感動、立ち向かえ、虚無を熱き炎へ変えて。
「負けないでっ!! 負けちゃダメっ!! 頑張って!」
あぁ、叫んだ、叫んでしまった。
見失ってしまっていた言葉だけど、もしかしたら変わってしまった心かも知れないけれど。
今、彼が戦っている。
それだけは揺るぎようのない事実だから。
私は、その姿をストーカーする女だから。
「勝って!!」
さて、日常というか後日談。
いや? 何の後日談なのかはわからない。
ただ、私の中にいつの間にかあった決着という言葉に従うのなら今見ているものは後日談なのだろう。
とある推しの男の子がボロボロの姿でお参りしている。
一体何があったのだというのか、あれだけ熱心にお参りしていたというのに、先のバレンタインデーで失敗でもしたのだろうか。
もしもそうだというのなら申し訳ない、うちの神様に変わって謝罪申し上げる所存です。
何故かはわからない……なんて誤魔化すのはもうやめよう。
彼には幸せになってもらいたいのだ、この世界で誰よりも。
当然だ、私は彼のストーカーなのだ。彼を推しているのだ。
幸せを願って何が悪いというのか。
そのためにはうちの神様へ喧嘩を売る覚悟です。
神様へ仕える巫女が何をって? 知りませんよそんな神様こちらから願い下げですとも、ええ反逆してやります。
そんなことを思いながら彼の背を眺める至福の時。
「でへへ……」
おっと、涎が失礼を。こんな姿彼には見せられませ――!?
「あぇっ、あい、よ、よいおまま、おまっ……良いお参りでした」
うっそやっべぇ目が合ったぞ死ぬのか私!?
盛大に噛むわ慌てるわの私へ、くすりと笑みを一つ。
「ありがとうございました」
「はぇっ!? こここ、こちら、こそっ!?」
頭を下げられたよ!? 私何したっけ!? やっぱり今日は私の命日!?
去っていった背中を見送って。
未だにバクバク煩い心臓をなんとか抑えつけて。
「やっぱ……かっこいいなぁ」
かつて思った変質者は私で、ストーカーに成り下がった私だけど。
「さ、もう一息がんばりますか!」
不思議といつもより少しだけ頑張れる私になりました。