少し前まではわざわざ神社へ行くことも少なかった。
しかしコロマルが仲間になってからというもの、行く機会は格段に増えた。少なくともコロマルの実家ともいうべき神社まで、特別課外活動部の誰かが散歩へ連れて行く決まりになっている。
9月も下旬。少し肌寒いが、夏よりもふもふした毛をもつ犬には関係ないようだ。
「ワンワン!」
「今日は僕と行こうか」
欠けた月と星が照らす夜道を、少し早い歩みで進む。コロマルのスピードに合わせると自然と早くなるのだ。
歩く。
遠回りして巌戸台駅の方まで行って。
————昔、このあたりに住んでいたことは知っている。知っているが、記憶や実感として僕の中に残っていない。
だからこの街の景色も店も人も、何もかもが新鮮だ。とはいえ戻ってきてもうすぐ半年になるのだが。
街への好感度を聞かれたら、素直に好きだと言える程度に愛着が湧いていた。
例えば、美味しい食事処がたくさんあるのが気に入っている。
特に「はがくれ」は最高だ。濃いスープながら飽きることはなく、ボリューム満点。満足度が違う。紹介された裏メニューも美味しかった。
「……コロマルが食べるには濃すぎるね」
「クゥーン……」
犬が食べられるものの制限があるなんて、まったくもって世界の不条理を感じる。
荒垣先輩は犬用のご飯まで作れるのですごいと思う。
昼間は「わかつ」やチェーン店ながらも「ワイルダックバーガー」なんかも出典している駅前。
今はたまに車とすれ違う程度で、人の気配はほとんどない。老夫婦が営む古本屋にもふと目を向けるが、当然閉まっていた。
つい先日タルタロスに迷い込んでいたのを知った時は、仲間に心配されるくらい僕は混乱していたらしい。ちゃんと見つけられて本当によかった……。
「そうだ。おじいさんを見つけてくれたの、コロマルだったよね」
「ワン?」
「ありがとう」
「ワン!」
歩く。
駅前を通り過ぎて神社の階段まで。
……今日は誰とも合わなかった。たまに友近なんかとばったり会いもするんだけど……。
コロマルとの散歩中に知り合いと会うとなんだか嬉しくなる。最近は気持ちが表情に出やすくなったのか、人から「笑ってる!」「嬉しいのか?」なんて言われることも多い。
前は表情どころか感情の起伏すらなかった……と思う。自分の事だけれど、変わったことを自覚するのは難しい。言われて初めてわかる。
人との関係を育むことなんて本当にどうでもよかったのに。
友達ができて、仲間ができて、ぶつかり合うライバルができて、学校外でもいろんな人に会った。
そうしていくうちに「どうでもいい」なんて気持ち、無くなってしまった。
登る。
長鳴神社に到着。
風もないので、神社は耳鳴りがするほど静かだ。
「影時間とか、ペルソナとか。なんだか凄いことにも遭ったけど……僕は今、すごく毎日が楽しいんだ」
「ワフッ」
「うん。もちろんこうやって、コロマルと散歩するのもすごく楽しい」
知らない親戚の家を転々としていた間には当然動物を飼っている家庭もあった。
……そういえば。僕は強い興味もなかったけれど、何故かどんな動物にも僕は怖がられていたような気がする。
「でもコロマルは僕のこと怖がらないね」
「ワフ、フッ!」
「コロマルもペルソナのケルベロスも強いもんね。頼りにしてるよ」
「ワンワンッ!!」
僕の言葉に満足したのか、コロマルは敷地内を全力で走り回りに行った。社の後ろの方まで行って、見えなくなったと思ったらダダダダッと音がして顔が見える。
タルタロスでだいぶ鍛えられたとはいえ、犬の身体能力にはついて行けそうにないな、と思う。
走る。見えなくなったと思ったら戻ってきて、また見えなくなる。
それを何度も繰り返す。
僕はそのルーティンをただただ見つめていた。ボーッとしていたともいう。
……僕は、今が楽しい。
人生が今年だけ別物みたいに輝いている。昨日も楽しかった。明日も楽しいと嬉しい。
—————だから、失うことを考えて怖くなる。
みんなは強いから大丈夫。そう思っているけれど、タルタロスでシャドウと戦う行為は「危険」だ。
象徴化した人々の棺だって完全に安全とはいえない。友達が無気力症になってしまうかもしれない。
古本屋のおじいさんだってタルタロスに迷い込んでしまっていた。もし見つけられていなかったらと思うと……。
「…………」
背筋に寒気が走ってぶるりと震える。
今までは怖くなかった。1人だったから。
そんなこと知らなかった。
明日が楽しみな気持ちと、ほんの少し怖いと思う気持ちがじわじわと思考を占領する。
……リーダーがこんな弱腰でどうする。
ダメだ、大丈夫、僕たちは強い。僕たちはあの大型シャドウを全部倒して、何もかも解決させる。
そう考えても漠然とした弱い気持ちが衰えない。ああどうしよう。
ふとうつむいた視界の端に、白い毛で覆われた手が見えた。
顔を上げると、走るのをやめたコロマルがいた。
じいっとこちらを見る目は何を考えているのかよくわからない。言葉がわからないから、なんとなくでいつも会話しているのだ。意思疎通できていない時もしばしばある。
アイギスがいればなんと言っているか翻訳してくれるだろうが……。
そんなことを考えていると、コロマルはベンチに座る僕の足の間に乗っかってきた。驚いた。
あまり体を持ち上げたり、抱っこされるのを好んでないらしいコロマルが、自ら。
「……触ってもいい?」
「ワフッ」
小さく吠えた声は同意とみていいだろう。びっくりして思わず尋ねてしまったが、このチャンスを逃す手はない。
両手を伸ばして頭を撫でてみる。
耳の裏をわさわさとしたり、首を掻いてやったり。
黙ったままのコロマルはされるがままだ。
温かい。
暖かい。
柄にもなくコロマルを抱きしめた。思わずやってしまったが、なんだか泣きたくなるくらいあたたかくなったのだ。仕方ない。
どうやら僕の何かを察知してお守りしてくれたらしい。
「……ありがとう、コロマル」
「ワン!」
「……さて、そろそろ帰ろうか」
影時間に1人と1匹で散歩というのも悪くないだろうが、みんなと一緒の方が頼もしいし、楽しいだろう。そんなことを伝えると、コロマルは仕方ないなあというように僕を急かした。
嫌な予感のようなものはコロマルのおかげで消え去った。楽しくなっていつもよりコロマルに話しかける。
「そうだ、コロマル。もし帰って荒垣先輩が寮にいたら、おやつでもねだろうか?」
「!!」
「えっ、うわ、ちょっと! 早い!」
結局全力で走って帰った。荒垣先輩は寝たか出かけているかでいなかったので、ふたりで落ち込んだのだが。
「おかえりなさい。リーダー、コロちゃん、散歩楽しかった?」
「そう見える?」
「ふふ、たくさん走ってきたみたいだけど、とても楽しそうだよ」
今日はタルタロスに行くのはやめておこうと伝えていたので、順平なんかはもう寝ているようだ。他も自室に戻っているらしい。
ラウンジにまだ残っていた風花とコロマルに就寝の挨拶をして、僕も眠ることにする。
……みんなと一緒に散歩か。うん。楽しそうだ。いつか、やりたいな。
誘ったら全員来てくれるだろうか?
キタローの性格は多大に自己解釈してます