―――さやかの背中が遠ざかっていく。
それはまるで、これから起こってしまう
「さやか!」
俺は向こうへと進んでいくさやかに向けて、思いっきり手を伸ばしながら叫ぶ。
「さやか! そっちへ行くなっ! 戻ってこいっ!!」
するとさやかは、俺の言葉に背くかのように、どんどんと遠くへ、人間には出せない様なスピードで走り去っていこうとしてしまう。
「さや、か……? 何で……」
俺は親友だと思っていた人に裏切られ、悲しみからその場にへたり込んでしまう。
せめて追えるところまで追おうと顔を上げると、目の前にはさやかの顔が。
「……っ!!」
俺はいきなりさやかの顔が目の前に現れた驚きと恐怖から、地べたに座っていた状態のまま、2、3歩程後ずさる。
そしてさやかは、情けない格好をしている俺をその瞳に収めて、こういうのだ。
「……情けない。それでもアンタ鹿目まどかな訳? ……フッ、良いよねアンタは。こうやって逃げて逃げて逃げ続けて、あまつさえ『未来を変えろ』? ……アンタ何様のつもり?」
そういうさやかの目からは光が消え失せ、こちらに向ける憎悪がそのままソウルジェムにも反映されてしまっている。
「……じゃあね、まどか。もう会うことなんてないだろうけど」
その一言で、俺とさやかとの間の溝が、決定的な物になってしまったことを知る。
「……っ! ―――さやか……」
俺は、彼女への思いを上手く伝えきることが出来ず、たった一言、名前を呼ぶ程度のことしかできなかった。
やはりと言うべきか、それ程度でさやかの歩みが止まることは無かった。
「さやかっ! さやかぁっ! さやかあぁぁぁっ!!!」
俺は背中の小さくなっていってしまう親友に向け、力の限り叫びながら手を伸ばし続け―――
―――目が覚めた。
「ぁ……?」
上には知らない天井が。
濃い紺色をしていて、とても暗い雰囲気がしている。
時折風が吹き、肌寒さを―――って、風?
「―――!? 、っ!」
俺は、急いで寝ていた所から起き上がる。
しかし、起き上がった所で、何者かによって強制的に元の姿勢、つまりは仰向けで寝ている体制に戻される。
頭の部分には柔らかく、しかし苦にならない程度の程よい硬さ……嫌、弾力と言うべきだろうか? そんな感触がしている。
また、背中の辺りがゴツゴツとした物に当たっていることから、おそらく現在はベンチか何かの上で、誰かに膝枕をされているのだろうと推測ができる。
一体誰が俺に膝枕をしてくれているのだろうと、上を見上げてみると、そこにはまるで壁のような何かがあった。
「……そこはかとなく馬鹿にされた様な気がするのだけれど」
「そっ、そんなことは無い、ぞ……?」
無駄に鋭い勘しやがって……なんて思っている暇もなく、俺は本来の目的を思い出して、勢いよく起き上がろうとする……が、何故か俺の体は言うことを聞かず、仰向けでほむらの膝枕を堪能し続けているのであった。
「……!? 何で……っ!」
「落ち着きなさい、まどか。今のあなたは精神的にかなり参っているようね。しばらくは動けないわ。……何があったのかしら?」
「! ほむらか!? さやかが、さやかがこのままだとヤバいんだ!」
そういって俺は、ほむらの足に負担を掛けないように、しかし勢いよく起き上がる。
俺は隣に座っているほむらの方を向くと、(知っているだろうが)さやかの現状について説明をし始める。
「……今、さやかは精神的に不安定なんだ。さっき気絶する前にちらっと見たけど、ソウルジェムがすごい勢いで濁ってたんだ。このままだとさやかが……さやかが……!」
「そう、分かったわ。……それで、私は何をすればいいのかしら?」
ほむらは突き放す様に事実確認をしたが、何故か手は貸してくれるみたいだ。
「そうだな、俺は巴先輩に協力を仰いでみるよ。だから、ほむらはアイツ―――佐倉杏子を探してみてくれ、頼む!」
そういうや否や、俺はほむらに向かって勢いよく頭を下げる。
するとほむらは、まるで『しょうがないわね』と母が子に言うかのような顔をして、俺にこう言う。
「構わないわ。幸い、佐倉杏子の居場所の場所は見当がついているから。でも―――」
「本当か!? ありがとな、ほむら! 俺は巴先輩の事を探してみるよ!」
ほむらが何か言いかけていたようだが、今の焦りでパニックになりかけている俺にそれが気付けるわけもなく、俺は一方的に言いたい事だけを言うと、勢いよくベンチから立ち上がり、巴先輩がいると思われる場所へと駆け出していく。
「―――待ってろよ、さやか―――!」
その胸に、小さな希望を抱きながら。
俺は巴先輩を探しに、アニメ本編でもさやかが魔女化した、見滝原市内随一の大きさを誇る『見滝原駅』の周辺へとやってきていた。
「くっそ……どこだ……?」
しかし、結果はあまりよろしくないものとなってしまっていた。
巴先輩の自宅を訪ねはしたが、チャイムを鳴らしても応答がなかったことから、恐らく魔女退治でもしているのだろう、そう考えて、俺は魔女の集まりやすいとされている、路地裏や廃ビルの周辺を、虱潰しに歩いて回っていた。
まだかまだかと焦りながら市内を走り回っていると、遠くに、暗い中でも良く目立つ黄色のクルクルとしたツインテールが、裏路地へと歩いていくのがはっきりと確認できた。
「!? 巴先輩……?」
俺は巴先輩に追いつこうと、彼女の方に向かって走りだす。
いくら都会のような街並みをしている見滝原だったとしても、当然の事だが、人気のないところは本当に人気が無い。
だんだん歩いている人も少なくなってきていて、そろそろ不気味に思い始めたころ、俺の脳内にある一つの疑問が浮かび上がった。
―――巴先輩との距離が詰められていない……?
そうなのだ、俺は全力を出し、陸上部もかくやのスピードで走っていたのに対し、ゆったりとした足取りで歩いている巴先輩が、俺に追いつかれない訳がない。
しかし現実は、俺がどんなにどんなに走っても、見えている巴先輩の大きさは変わらず、むしろ若干遠くなったまである。
その巴先輩も、一本の細長い路地に入り、建物の陰で若干見えにくくなってしまっている。
薄気味悪さを感じながらも、俺がその路地に向かって走り出そうとすると、突如としてこの場には似つかわしくない、明るく朗らかな電子音が俺のポケットから流れ出してきた。
いきなり電話がかかってきたことに対する驚きと、なぜ今電話がかかって来るのかという疑問を感じながらも、おっかなびっくり制服のポケットに手を突っ込み、音の出所をまさぐってみると、そこから出てきたのはやはりというべきか、俺のスマートフォンだった。
液晶には、たった今、ある人物から電話を掛けられているということが表示されており、電話をかけてきた人物であることを表示する名前の欄には、ばっちり『暁美ほむら』と書かれてあった。
何故ほむらが? そう思いながらも、俺は電話に出る。歩きスマホがいけないというのは十分に理解しているつもりだが、今回ばかりは緊急事態なので勘弁してほしい。
『―――まどかっ! 今どこにいるの!?』
電話を取るという意味の緑色のボタンを軽くタップし。会話が開始された画面に映ると同時に聞こえてきたのは、どこか切羽詰まったようなほむらの声だった。
「今……? 今は巴先輩を見つけたから、走って裏路地まで追っかけてる最中だけど?」
『裏路地……? まずい、やられた……!』
俺はほむらの言うことが理解できず、携帯を持ったまま、携帯を持っていない方へと首を傾げる。
ほむらは先程、『やられた』といった。これはつまり、自身、並びに俺に対し、目論見とは違う出来事が何か起こってしまったということなのだろうが―――。
『まどか、今すぐそこから離れて頂戴』
いったん立ち止まり、考え込んでしまっていた俺を現実へと引き戻したのは、ほむらの冷酷な声だった。
「―――!? なんでだよ……?」
急に、生気を感じさせないような声を出し、『路地裏から離れろ』といったほむら。俺はその声に少しの恐怖と、反感を抱き、足を一歩前へと進める。
「なんで、なんで離れろなんて言うんだよ!? さやかが危ないんだぞ!?」
少し大きな声を出してしまったが、辺りには人も何もいない、ただただ寂しいだけの空間が広がっている。
『まどか、これからいう事は一度しか言わないから、落ち着いて聞いてほしいの』
今はほむらのそんな声も、この寂しい空間と相まって、俺のいら立ちを助長させるだけの、不快な子守唄と化してしまっている。
「俺は落ち着いてるよ! そもそも、こんな時にいきなり電話なんかかけてきて、一体どうしたっていうんだよ!」
俺は一歩、路地裏の中へと足を進める。
建物の影の中に入ってしまったからか、辺りは一気に暗くなり、先程までいた明るい場所とのコントラストが、俺の目を可笑しくしてしまったみたいだ。
先程まで黙っていたほむらだが、何を見たのか、いきなり声を荒げて言い始めた。
『―――ッ!? いい? 佐倉杏子の事だけど、こっちにはいなかったわ。いえ、むしろ、私の方が誘導された形になるわね』
「誘導……? どういうことだよ……?」
『佐倉杏子につけた発信機が、稼働している状態で外されて、誰もいない協会に放置されていたわ。貴方なら、これがどういう意味なのか、―――分かるわよね?』
「―――!?」
佐倉杏子に発信機を付けた、その事はどうでもいい。
大事なのは、
それが意味する事、それは―――
「まさか……何処にいるのか分からなくなった、のか……!?」
俺は震え声で、ほむらに対してそう念を押す。
『……えぇ、そうなるわね……』
対するほむらは、苦々しい声でそう呟く。
俺にかかる影も相まって、俺の心情はどんどんと重苦しいものへと変化して行く。
その間もほむらは、淡々と、しかし悔しさの感じられるような口調で、結果を報告してくる。
『発信機を見つけた後も、佐倉杏子の居そうな場所を探してみたけれど、見つかることは無かっ、た、わ……』
「―――ほむら?」
段々と言葉尻が弱くなっていくほむら。
俺が声をかけると、あるひとつの事実を伝えてきた。
『……そういえば、あなたは最近インキュ……キュウべえを見たかしら?』
「キュウべえ……? いや、見てないが……」
『やっぱり……!』
会話をしているようで、まともに会話をせず、全く的を得ていない、ほむらの言葉。
そんな彼女を不審に思った俺は、ほむらに意味を聞こうとして―――
『―――まどか、もしかしたら貴方は、佐倉杏子に殺されてしまうかもしれない―――!!!』
―――そんなほむらの言葉に、思考が止まった。
殺される……? 誰が? ……俺が? 誰に? ……佐倉、杏子に……っ!?
そこまで考えが回り、このまま路地裏にいることの危険性に気づいた俺は、急いで後ろへと振り向く。
―――しかしそこには、くすんだ赤色の、不思議な形をした鎖が、出口を見事に塞いでいた。
「……まずい」
『―――っ、まどか……貴方、まさか……!』
力なくつぶやく俺に、携帯の向こうにいるほむらが反応する。
しかし、今の俺はそんな事に気を向けることなんて無かった。
「また会ったね、
いつの間に居たのか、それとも最初から立っていて、俺がここへ誘い込まれただけだったのか。
俺の目の前には、朱い槍を持った
「ははっ……んだよ、これ……。訳わかんねえよ……」
―――どこかで『シャラン』と、鎖のなく音がした、気がした―――。
鹿目まどかが巴マミを探す中で出会ったのは、自身の事を『2人目のイレギュラー』と呼ぶ佐倉杏子だった。
何故か、誰かに命を狙われている鹿目まどか。
彼女の死の間際、助けに入った魔法少女とは―――。
次回、第十話。