「また会ったね、
俺の目の前には、朱い槍を携え、獰猛な笑みを浮かべながら此方に狙いを定める、
「っ……! お前は……お前は一体なんなんだ……!?」
俺は震える声を必死にしぼりだしながら、杏子にそう問いかける。
しかし、彼女はその問いをつまらなそうに鼻を鳴らしながら切り捨てると、言葉は不要とばかりに、その槍を構え始める。
―――話し合いは不可能。
俺がその結論に辿り着くよりも早く、紅の魔法少女は爆発的なスピードを持って、自身の槍の間合いに俺を引き込もうとする―――!
「―――『強化』、『軽減』!」
俺は咄嗟に、自分の体に対し、反応速度や筋力を強化することの出来る『強化』の魔術と、自身への重力を小さくする『軽減』の魔術を
本来はドイツ語やらなんやらを使うべきなのだろうが、生憎俺には外国語の知識なんてこれっぽっちも無い為、日本語で勘弁して欲しい。と言うか日本語でもできてるじゃないか―――!
そんな誰かに聞かせるようなものでも無い愚痴を零しながら後ろ上空に飛び上がった俺を待っていたのは、杏子の持つ他棍槍が変形し、俺を縛る為の鎖に変わったものだった。
俺はそれ等を冷静に見極めると、空中で手を前に突き出し、銃の形にし、巴先輩を助ける為にも使用した、あの魔術を行使する。
「『ガンド』っ!」
―――『ガンド』。
それは、TYPE-MOON世界において、ルーン魔術の一種とされる魔術であり、その効果は狙った相手を人差し指で指し、その体調を崩させるという、なんとも細やかな呪いとなっている。
しかし、それは『普通に使用したら』の場合である。
Fate/staynightにおいて、ヒロインの1人である『遠坂凛』等が使用していたように、ガンドに対する魔力密度を、本来よりも更に濃くすると―――
ガシャン! と大きな音を立て、俺の撃った赤黒い弾丸は、杏子の持つ槍を弾き飛ばす。
それだけでは飽き足らず、弾丸はそのままの慣性を維持した状態で路地の壁へとぶつかり、大きな鈍い破壊音と共に、一瞬で壁に大きな穴を仕立てる。
―――この様に、コンクリート製だと思われる壁にさえ、大きな穴を開けることが出来てしまう、凶悪な魔術へと変貌して行く。
「……っ!?」
驚きからか、杏子の顔が軽く歪む。
俺は無事に着地をすると、今度は一気に杏子に向かって駆け出す。
私は一気に腕を引き絞り、固く握った拳を、音をも置き去りにする勢いで、敵に向かって解き放つ―――!
「破ッ―――!」
―――これぞ、『アイツ』直伝のっ、"マジカル八極拳"だ―――!
私の放った拳は、見事な角度で杏子の腹部に刺さり込む。
拳は鈍い音を立て、物凄い破壊力と推進力を伴って、彼女の体を、常人には見えないような速さで弾き飛ばす。
「カハッ……」
杏子は壁に大きなクレーターを作る勢いで衝突すると、力なくその場に倒れ込む。
と、さすがは魔法少女と言うべきか、何ともないような感じで立ち上がると、その足に一瞬だけ爆発的なパワーを溜め込み、その場からの逃走を図った。
その行動に虚をつかれ、彼女の逃亡を許してしまった私は、すぐさま足に強化の魔術を重ねがけし、先程の2倍程のスピードで彼女を追いかける。
路地は思ったよりも複雑に入り組んでおり、所々に杏子の仕掛けたトラップと思しき物達が配置されている。
私の少し先を行く杏子は、自身の魔法で出した鎖や、建物の壁、剥き出しになっている何かのパイプ等をフル活用し、まるで野生の獣のように四つん這いになり、路地の複雑な配置をものともしない立体機動を繰り広げている。
対する私は、前から襲い掛かるトラップの数々を、自身に掛けた魔術や、『アイツ』から教えられた―――最も、こちらが教わる側だったなんて意識は到底持ちたくないが―――八極拳を用いて、正面からの強行突破を続けている。
すると、何を思ったのか杏子は、一際開けた広場のような場所に出ると、こちらに背を向けたまま、足を止めた。
「……!
彼女がどんな策を設けているのか知らないが、チャンスはチャンス。
私は一息で彼女の懐へと入り込むと、再び拳を引き絞り、相手目掛けて解き放つ―――!
―――刹那、回避。
今まで私に背を向けていた杏子は、突然こちらに向かって振り向き、それと同時に手に持っていた槍を横薙ぎで振るってくる。
私は直感に従って回避行動をとり、手に2振りの中国剣を投影する。
―――『干将・莫耶』。
それはFateシリーズにおいて、Fate/stay nightにおけるアーチャーのサーヴァント(真名を『エミヤシロウ』)が好んで使っていた、中国の名剣であり、何と言ってもその特色は『お互いにお互いを引き合う性質がある』という点にある。
この性質を利用して、アーチャーが面白い戦い方を行っていたのだが、これはまたの機会にでも。
「―――シッ!」
再び俺目掛けて振るわれた槍に、俺は
剣を下から当てることにより、運動エネルギーを失った槍が、杏子の力について行くことが出来ずに、上へと打ち上げられてしまう。
「ハァッ!」
が、筋力や反応速度等を、ソウルジェムからの魔力によって強化している魔法少女には、これくらいの事では意表は付けず。
逆に杏子が自身の槍を手元に引き寄せ、体制を整える事を許してしまう結果となった。
「クッ……」
「チッ……」
距離が開き、互いに睨み合う時間だけが過ぎていく。
その間にも、俺の『さやかを探さなくては行けない』という想いから、少しづつ焦りが目立ち始めてきてしまう。
「―――フッ!」
膠着状態を解いたのは、やはりと言うべきか俺だった。
俺は右上から左下へと切り裂くように、両手の中国剣を振り下ろす。
しかし、これはやはり杏子の槍によって受け止められてしまう。
そして、有り余るエネルギーが暴発してしまった干将・莫耶は、俺の手からすっぽ抜けて、杏子の背後へと飛んでいってしまう。
そこを勝機と見たのか、杏子は手に持つ槍をそのままの姿勢から、前に突き出すようにして振るう。
が、俺はそれを
「―――! お前、それ……!」
先程弾き飛ばし、相手の手からは無くなったと思われていた武器が、全く同じ様子で相手の手中に収まっている。
そんな有り得ない光景を目の当たりにしたからか、杏子は思わずと言った様子で話しかけてくる。
俺はそこの隙をつき、受け流す様な形で、杏子の攻撃を躱す。
―――突く、斬る、受け流す、切り結ぶ、突く、斬る、受け流す、切り結ぶ、突く、斬る、受け流す、切り結ぶ―――。
そんな息付く暇も無い様な剣戟が、10分―――本当はもっと短いのかもしれない―――ほど続いた。
だが、ここで体力、筋力等、身体能力の違いが浮き彫りになってきてしまう。
それもそうだ。俺は少しだけ、それも身体の一部分にのみ強化の魔術を掛けていて、残りの魔力は全て投影魔術に使ってしまっている。
対して杏子は、魔法少女であるため、ソウルジェムが濁り切らなければ、ほぼ無限に強化を、自身の身体全体にかけ続けることが出来るのだ。
寧ろ、10分も切り結び続けているのだから、褒められた方なのではないだろうか。
そんな思考の中、何故か杏子が固まっているのが見えた。
「―――!」
―――何故、杏子の行動の理由を考えるよりも早く、俺の腕は、勝手に杏子に向かって剣を振り下ろしていた。
―――それが相手の策だとも知らずに。
俺は杏子の身体を、両手に持つ干将・莫耶で袈裟斬りにする。
―――殺った!
そう思った瞬間、袈裟斬りにしたはずの杏子の身体が、まるで幻かのように、俺の目の前から消えていった。
何処に、そう思うよりも早く、俺の体は吹き飛ばされる。
「―――ガハッ……」
背中には、刺すような鋭い痛みと、遅れて鈍い痛みが身体全体に回ってくる。
俺は背中から建物の壁に衝突したみたいだ。目前には、野球でバッターがホームランを放った後のような格好で―――もっとも、持っているのはバットではなく槍だが―――杏子が佇んでいることから、下手人は杏子であることが一目瞭然だ。
俺は思わず倒れ込んでしまいそうになるのを堪えて、目の前の魔法少女を睨み付ける。
……が、睨まれた方は特に気にも留めていないのか、軽い様子で声をかけてくる。
「……そんなに睨むなよ。あたしだって殺したくて殺そうとするわけじゃないんだ。これは契約だからね、ま、運が無かったって事で諦めな」
―――契約?
疑問に思って、俺は思わずと言った様子でオウム返しにしてしまう。
「ハァ? 言うわけないじゃん、あんた馬鹿なの?」
しかし反応はあまり芳しくなかった。
どういう事なのか、何故俺が狙われるのか、そんなことを考えていると、杏子は投槍の姿勢で、こちらに狙いをつけて構えていた。
「まぁ何だ、取り敢えず―――死んでもらうかな」
唐突に投げかけられた殺気に、思考が止まる。
―――死ぬ? 俺が? と。
そして俺は、同時にこうも思う。
―――ふざけるな。
俺はふらつく身体を無理やり抑え込むと、しっかりと自分の足2本で立ち上がる。
そのまま俺は、再び干将・莫耶を投影すると、死にたくないと、まだ生きていたいというかのように、意地汚く武器を構える。
そんな俺を見た杏子は、俺の事をつまらなそうに一瞥すると、身体全体を、まるで弓のように限界まで引き絞り―――
「ふぅん……そっか……じゃあ死ねっ!」
―――その言葉と共に、槍が放たれる。
放たれた槍は常人に見える様な速度ではなく、その色も相まって、まるで紅い稲妻が辺りに迸っているかのよう。
俺は叫ぶ。怒りに任せて、叫ぶ。
「……ふざけるな、誰がお前なんかに……! 殺される理由も分からないのに、訳も分からずに殺されて溜まるかってんだ―――!」
―――稲妻が俺の鼻先まで近付いてくる。
その姿は、俺の数瞬先の結末を暗示しているかのようで、とても寂しく、そしてどこか悔しさも感じられた。
俺は襲い来るそれを耐え抜く為にと、意地でも目を閉じようとしない。
否、閉じることが出来ない。
なぜなら俺にはまだ、この世界でやるべき事があるのだから―――!
「えぇ、もう大丈夫よ、まどか」
―――俺の目の前の稲妻が、一瞬にして書き換えられる。稲妻から、ノズルフラッシュへ。
それを成し遂げた魔法少女―――ほむらは、俺と杏子の四方を取り囲む建物の一つ、その屋上から、まるで天使の羽か何かが生えているかのように、優雅に、そして柔らかく、俺と杏子の間に降り立ってきた。
「―――暁美、ほむら……1人目の、イレギュラーっ!?」
ようやくその姿を見る事ができた杏子は、その存在を確認すると、どこか焦ったように、そして憎々しげにそう呟いた。
―――戦況が変化する。一対一から、二対一へ。
「……まずいね、こいつは……」
杏子は焦ったように呟いてはいるが、その目からは未だに戦意が失われておらず、まだ戦闘を続行する気で―――つまりは、二対一でも勝てると言外に言っている。
杏子は槍を手元でクルクルと弄ぶと、先程と同じように構えた。
それに呼応するかのように俺は武器を構えるが、何故かほむらの方は構えようとしない。
―――何故、そう思って俺がほむらの方を見ようとした直後。
―――ズダァン、ズダァン、ズダァン!
ほむらの持っている拳銃の発砲音よりも、遥かに重たい発砲音が、杏子の後ろ―――つまり、俺達が追いかけっこをして来た方向―――から飛んで来た。
「―――!?」
杏子は、意識外からの強襲に、一瞬反応が遅れてしまい、肩や腕に銃創をいくつが負ってしまう。
―――まさかあの人が、そう思って、銃弾の飛んできた方向を見ると、今度は本物の、暗い中でもよく目立つ金髪の、先端がクルクルとしているツインテールを持つ一個上の先輩魔法少女、巴マミがソウルジェムを持った状態でこちらに向かって歩いてきていた。
「……久しぶりね、佐倉さん」
そう目を伏せながら杏子に声を掛ける巴先輩の声は、どこか寂しそうだ。
確か、原作が始まる数ヶ月前位まで、巴先輩と杏子は師弟関係にあったんだっけか……。その後は確か、ある程度の仲違いが起きて、その後はそのまま……みたいなストーリーだったはずだ、多分。
俺はその辺はよく知らないけど、それが合っているのならば、今回の件もお互いにとって相当辛いはずだが……
「―――っ、マミ……」
杏子は泣きそうになりながらも、それとなく巴先輩を突き放すような態度をとっている。
「……佐倉さん、あのっ!」
「……チッ!」
「……」
巴先輩が杏子に向かって話しかけようとするが、恐らく不利を悟ったのであろう杏子に、一方的に逃げられてしまう。ここから見ることの出来る巴先輩の表情も、どこか悲しそうだ。
「―――よしっ、それじゃあ行きましょうか、まどかさん、暁美さん?」
しかし、誰よりも早く意識を切りかえた巴先輩が、明るい声を出して俺とほむらの両方に話しかけてくる。
―――こういった切り替えの速さが、見滝原の魔法少女としてベテランと呼ばれる所以なんだろうな……。
俺は路地裏から出る為に外へ向かう巴先輩の背中を見て、そんな憧れのようなものを抱いたのであった。
「―――そう言えば巴先輩、どうしてここに?」
道中、手持ち無沙汰になった俺は、本来の目的である『巴先輩を探し、さやかを止めるために手伝ってもらう』というのを思い出し、何故巴先輩がここにいるのかを聞いてみた。
「……私が巴マミを呼んだのよ。『鹿目まどかが危険な状態にある』と声を掛けて」
俺の問いに答えたのはほむらだった。
「! そうか、ありがとな!」
俺はほむらの前に回り込み、満面の笑みを見せながら、そう言う。
「え、えぇ……構わないわ、貴女の為だもの」
やはりと言うべきか、ほむらは褒められるのには慣れていないみたいだ。今度からかう時のネタがまたひとつ増えたような気がする。
次に、巴先輩が聞いてくる。
「それで……美樹さんの居場所はどこなのか分かっているのかしら?」
そんな巴先輩の最もな疑問に答えたのは、これまたほむらだった。
「えぇ、美樹さやかの場所は把握しているわ。現在位置はこっちよ。……付いてきて」
「あぁ!」
さやかの居る場所へと走り出したほむらに続き、俺と巴先輩の2人も走り出す。
走りながら、俺はたった一つの事だけを考える。
―――どうかさやかが、無事でいられますように、と。
―――次回、第十一話。