―――走る、走る、走る。
俺は今、魔女化しそうなさやかを探して町中を走り回っている。
人の隠れられそうな路地はくまなく見て回り、少しでもさやかの居る可能性のある場所を潰していく。
「さやか、どこなんだ……?」
やはり人間である以上体力が底を付いてしまうため、膝に手を当て、荒く息を吐きながら立ち止まらざるを得なくなる。
こういう時だけは魔法少女達の身体が羨ましい。
そんなたらればの話を考えていると、ポケットに入れていた俺のスマホが、振動と共に電子音を奏で、誰かから着信が来ていることを知らせてくる。
俺は疲れを少しでも回復させるため、近くのベンチに座りながら電話に出る。
「もしもし?」
『もしもしまどか? 美樹さやかの居場所が特定出来たわ。今から住所を送るから、一旦そこに集合してちょうだい。巴マミには私から言っておくわ』
「あぁ、ありがとな」
そうしてほむらからの電話を切り、短いながらもしっかりとした情報交換、及び休憩を手早く済ませた俺は、通話が終了していることを改めて確認し、手に持っているスマホを、右のポケットへと滑り込ませる。
……巴先輩よりも先に俺に連絡が来るあたりはほむららしいと言うべきか何と云うべきか……。
何はともあれと俺は、ベンチから勢いよく立ち上がると、メールに添付されていた住所へと向かうのであった。
「―――ハァッ、ハアッ!」
俺はあの後すぐにほむらと巴先輩の2人と合流し、さやかがいるとされている見滝原駅へと走ってきていた。
「―――居た、さやか―――!」
さやかはすぐに発見することが出来た。
彼女は、駅構内のベンチにもたれ掛かるようにして座っていて、誰から見ても体調が悪そうな雰囲気を醸し出していた。
「……」
さやかは俺たちの存在に気づきはしたみたいだが、ちらりとこちらを一瞥しただけに終わってしまう。
「さやか」
俺がそう名前を短く呼んでやると、さやかはビクッと反応した後に
「……うるさい」
と、そう素っ気なく返してくる。
俺は親友のそんな冷たい反応にめげることなく、慎重に言葉を選びながら、さやかへ声を掛け続ける。
「……さやか、親御さんが心配してたぞ? せめて一報入れるとか何とかした方がいいぞ?」
「……うるさい」
「……それにさ、上条のやつだって、お見舞いに来てたさやかが急に来なくなって悲しんでるかも―――」
「―――うるさいっ!」
それまで一定以上の反応を返すことのなかったさやかが、幼馴染である『上条恭介』の名前を聞いた途端に、ものすごい形相でこちらを睨んでくる。
「あんたに私の何が分かる! 誰かに、誰かに大切な人を取られた事なんて無いあんたに、何が分かるッ!」
「―――!」
そうだ、そうだった。
俺はさやかのその言葉を聞いて、原作において上条と仁美が付き合ったせいでさやかが絶望するきっかけになり、魔女化してしまうというエピソードを思い出した。
しくじった、俺がそんな事を思って後悔していると、さやかは泣きながら、しかし何かをあきらめたように笑いながら言ってくる。
「アハハ……笑えるよね。私がコツコツと溜めてた恭介への思いなんてさ、仁美に数か月で越えられちゃうようなものだったんだから……」
「ッ……」
巴先輩の息を呑む音が聞こえる。ほむらの反応は窺い知ることはできない。
「でもさ、もういいんだよ。……もう、こんなゾンビみたいな体で生きるのも、恭介へのこの気持ちも。……全部」
そういってさやかは、自身のポケットから、真っ黒に濁ってしまったソウルジェムを取り出す。
「!? さやか、お前まだ浄化してなかったのかよ……!?」
俺はそれをひったくるようにして奪い、急いで巴先輩から受け取ったグリーフシードを当てる。
グリーフシードへと穢れがどんどんと移っていく。が、穢れが減っていくそばから増えていくため、実質プラスマイナスゼロのいたちごっこが続いてしまっている。
……と。
「どけぇっ!」
俺の体に、無意識の内に膂力を魔法で強化していたのか、常人では出せないようなパワーが、俺に襲い掛かる。さやかのソウルジェムに注視していた俺がそれに気付くこともできる訳が無く、さやかの腕によってホームの端まで弾き飛ばされる。
ゴムボールの様に何度かバウンドし、ようやく止まることの出来た俺だが、当たり所が悪かったのかなかなか起き上がることが出来ない。
「まどか!?」
少しの間呆然としていたほむらが、急いで俺の所に駆け寄ってくる。すると、ほむらの視線が俺の手にあるグリーフシードに注がれる。
「……!? まどか、急いでそれを投げなさい! 早く!」
見ると、俺の手にあるグリーフシードはまるで生き物の様にドクン、ドクンと胎動している。
……どう見ても孵化寸前です、本当にありがとうございました。
俺が理性によってそんなことを考え出すよりも早く、俺は本能によってその手にあるものを、とにかく遠くへと投げる。
それは弱々しいながらも奇麗な放物線を描き、さやかの方へと向かって飛んでいく。
それが地面に着くのと同時に、遠く離れた場所からでもはっきりと、『ドクン』と聞こえてくる。
音の出所を見てみると、さやかが胸の当たりを抑えながら苦しんでいた。
その胸からは何処か黒く寂れたような何かが、胸の皮膚を突き破るようにして出てきている。
―――あれは……?
それは、俺の呟いた声だったか、それとも他の誰かか。そんなことも分からなくなるほどに、目の前の光景は冒涜的で、美しくて、それでいてどこか……寂しそうだった。
そして、さやかの胸にある物体が、さやかの胸から抜け切る前、彼女はこちらを向いてこういった。
『ありがとう。それと……さよなら』
それは、俺の幻聴だったのかもしれない。さらに言うなら、彼女が唇を動かしていたことすらも、俺が俺自身に見せている幻覚だったのかもしれない。
だが、さやかの流していた涙。それ自体は紛れもない現実であり、そしてまた、さやかが魔女化したという目の前の世界も―――
―――現実だった。
その事象が俺の心に重くのしかかってくるのと同時に、世界は一変する。
―――今まで少しの明かりが灯っていた駅のホームは、とても暗く、どんな光も通さないような、今までの絶望したさやかの心情を現したかのように暗い、劇場のホールのような場所へ。
―――辺りに観客は居らず、演奏を見ているのは自分たちだけ。
―――少し遠くには演奏者と思しきモノ達が、一定の間隔で不協和音を垂れ流し続けている。その中心には指揮者が居て、観客である俺達に向けて、指揮ではなく絶望を垂れ流している。
―――中心にいて、絶望を振りかざしている、人の形をしているような何か。それこそが今回の相手―――
そんな名状しがたい悪意の塊のような化け物の前に、空からふわりと、某ジブリ作品の天空な城のヒロインを思わせるかのような格好でゆったりと降りてくるさやかの体。
その見た目からは一切の生気が抜け取られていて、誰が見ても彼女は生きているなんて到底言われないだろう。
そんな無防備なさやかの肉体を前に、人魚の魔女は両手を大きく広げる。
それはさながら、これから食事をするような格好で―――。
「さやかッ!」
そう思うよりも早く、俺の足は地面を蹴りだしていた。
自身に身体強化の魔術と、重力軽減の魔術を掛け、さやかの体へと向かって飛びあがる―――直前。
「ダメよまどか、戻って!」
俺の体は、ものすごい勢いで後ろへと引っ張られ、地面へと叩きつけられる。
こんなことをした下手人―――ほむらに、文句の一つでも付けてやろう。そう思った瞬間、目の前が黄色一色に埋め尽くされる。
「―――へ……?」
―――とても暗いホールの中に、一筋の光が差し込む。
―――しかし、その光は光ではなかった様で、ホール内にある鏡に当たったとしても反射することはなく、それどころかホール内の一切を破壊し、ひたすらに真っすぐ突き進んで行く。
―――光が通った跡を見ると、俺達はそれが光によってできた物では無い事を知る。なぜなら、光の通った場所には、鮮やかな黄色が一直線に残されているからである。
―――と、不意に上からガサガサと曇った音が聞こえる。それは衣擦れのようで、素手で布製品を無遠慮に漁った時の音のようでもあって。聞こえる音にしたがって上を見上げてみると、そこにはセーラー服と呼ばれる、学校の制服の一種である物が、何故か天井に逆さ向きでが張り付いていた。
―――驚くべきはそこだけではない。俺達がそのセーラー服の姿をした化け物を確認すると、なんと天井の一面が空に変わり、一気に辺りが眩しくなり始めたのだ。
―――スカートの中からはロープが何本にも重なって飛び出してきていて、その一本一本がまるで蜘蛛の巣の様に空間中に張り巡らされている。
―――この何とも言えない矛盾した光景を作り出したそいつは、腕と足を器用に使い、ロープにしがみついている。
―――その、名前は―――
俺は魔女の同時出現、しかも同じ空間内に二体も魔女がいるというこの現状に、更にさやかが魔女化してしまったというこの現状に圧倒されて、しばらくの間、座り込んだ格好のまま呆然としていた。
しかしいち早く前へと飛び出たほむらを見たことによって、俺は冷静さを取り戻す。
……俺は何をやっていたんだ、速く人魚の魔女を倒さなきゃだろ!
俺はそう決意すると同時に力強く立ち上がり、着ている制服のポケットから、魔術の行使に必要な宝石をいくつか取り出し、両手の指の間に挟むようにして構える。
俺はそれらをいつでも投げられるようにしながら、まずはほむらと合流しようと走り出す。
それと同時に、何故同じ空間内に別々の種類の魔女が二体も現れたのかを考える。
本来魔女という物は警戒心が強く、同じ結界内に複数体いることは考えにくい、以前にそう巴先輩から教わったことを思い出す。
すると、すぐに結論までたどり着く。
俺がさやかに使用し、そしてさやかが魔女化する直前に、急いで適当な場所へ放り投げたグリーフシード。
あれが恐らく原因だったのだろう。
俺の使用したグリーフシードと、さやかの魔女化したソウルジェム。これらが同時に孵化し、魔女が生まれることで、今回のようなレアケースが起きたのではないだろうか。
俺はそう結論付けて、ほむらのいる場所まで飛び上がろうとする。
幸いなことに、俺の居た場所とほむらが先頭を行っていた場所はあまり離れておらず、すぐに到着することが出来た。
そしてほむらも俺が近づいてきていることを確認できているらしく、攻撃の手を緩めないながらも、だんだんこちらへと近づいてきている。
俺も早くほむらの所へ行こう―――そう思って足に力を入れたその瞬間。
―――俺の足は、黄色いリボンによって、地面に縫い付けられていた。
「うおっ!?」
行き場を失ったエネルギーは俺を前に倒れさせようとしてくる。
が、俺はそれをどうにか気合でこらえることに成功する。
と次の瞬間。
俺の指の間に挟まっていた宝石の一つが、いきなり砕け散り、俺の肌に鋭い切り傷を付けていく。
俺は宝石が砕け散った瞬間、何かが俺の手に飛んできていて、その何かが俺の手の中にある宝石を砕いたということが、辛うじて分かった。
俺はその何かの飛んできた方向を見て、絶句した。
いつの間に変身していたのか、魔法少女の恰好をした巴先輩が、俺に向かってマスケット銃を構えていたのだ。
そして彼女は目から涙をこぼしながら、ヒステリック気味にこう叫んだ。
「ソウルジェムが魔女を産むなら……みんな死ぬしかないじゃない!!!」
「あなたも私も……みんな死ぬしかないじゃない!!!」
俺は巴先輩の物であろう拘束から抜け出そうと、足を必死に動かす。が、全く千切れるそぶりを見せることはない。それどころか、地面に固定されたままのロープは、一切動いていないようにも見えている。
「ねぇ、まどかさん……」
そして、こちらを弱々しいながらも力強く見据えている巴先輩は、こう問うてくるのだ。
「貴女は……貴女は私を―――」
―――
「―――それは」
俺の口から勝手に言葉が溢れる。
「それは、無理だと思います。だって……だって、貴女が俺には分からない、俺は貴女じゃないから」
俺がこう言う。
そう、俺には巴先輩の過去なんて理解できない。俺はそれを知らされておらず、それについて俺がどうすることも出来ない。ただそれだけの話なのだ。
しかし、俺の答えを聞いた巴先輩は、期待に濡れていた瞳を細く閉じられ、同時に手にしていたマスケット銃の銃口が落胆したような溜息と共にこちらを向く。
「そう、なら……!」
「―――でも!」
「!?」
俺は巴先輩が引き金を引く前に、大声をあげる。
―――間違えるな。言葉を間違えたら、そこで終わりだ。
「―――それでも、俺は巴先輩の事を
「……」
「だから、先輩!」
「!? な、何かしら……?」
俺は先輩の方にゆったりと歩み寄ると、今出来る精一杯の笑顔を浮かべながら、先輩に向かって手を伸ばす。
「―――俺と……いえ、俺達と。友達になりませんか―――?」
「とも……だち……?」
「はい、俺達が先輩のことを知るなら、こうなるのが1番いいかなって……ダメ、でした?」
俺はいつかされたように、目にうっすらと涙を浮かべながら、上目遣いで先輩を見遣る。
どうやらそれは効果覿面だったようで、巴先輩は顔を赤くしてはいたが、もう発狂はしていないようだった。
……まあ見た目だけ見たら『鹿目まどか』ですし? 可愛くないわけがない! ……多分。
そんな事を考えていると、巴先輩はこう言ってくる。
「ねぇ、私とまどかさんはもう友達なの……? 本当に私と一緒に居てくれるの……?」
俺以上に潤んでいる巴先輩の瞳をグッと見返して、俺はこう返す。
「えぇ、俺達なんかで良いのなら」
「……参ったなぁ。まだまだちゃんと先輩ぶってなきゃいけないのになぁ……。やっぱり私ダメな子だ」
side out
side 巴マミ
「……参ったなぁ。まだまだちゃんと先輩ぶってなきゃいけないのになぁ……。やっぱり私ダメな子だ」
そう言って、私は悲しみと一緒に流れ落ちてきた涙を手で拭う。
私の前に立つまどかさんは、笑顔を浮かべて、こちらに向けて手を差し伸べてくれている。
その笑顔はとても眩しくて、私が手を取らない可能性なんて、微塵も考えていないみたい。
「だから巴先輩!」
そう力強く私に呼びかけてくれるまどかさん。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。昔私とバディを組んでいた、赤い髪の女の子の面影が、まどかさんに重なって見える。
そんな幻影を振り払うように、私は努めて明るい声を出す。
「オッケー、わかったわ。今日という今日は速攻で片付けるわよ!」
体が軽い。こんな幸せな気持ちになるなんて初めて……! まどかさん……私に希望をくれた人……! 貴女が共に居てくれるのならば―――
―――もう何も、怖くない―――!
そう思ってまどかさんの手を掴む直前。
「―――!? 巴先輩―――!!!」
そんな彼女の悲痛な声が聞こえて―――
side out
side 鹿目まどか
俺は先輩に向かって、改めて手を伸ばす。
「だから、巴先輩!」
俺は力強く、先輩に呼びかける。
先輩はそんな俺を見て、一瞬だけ何かを懐かしむように目を細めたが、それもすぐに見えなくなり、明るい声でこう言った。
「オッケー、わかったわ。今日という今日は速攻で片付けるわよ!」
そう言って先輩が俺の手を掴む直前。
上から降り注ぐは、回転する大きな車輪と学校机。
見てみると、奥にいるさやか―――否、人魚の魔女と、委員長の魔女によって投げられた物の様だ。
「―――!? 巴先輩―――!!!」
俺は悲鳴にも近い声を上げる。
どうやら、先輩は落下物には気づいていないようだ。
俺が、落下地点から巴先輩を引き抜こうと手を掴んだその瞬間。
―――目の前に、物凄い音を立てて衝撃が落ちてくる。
「ガッ……!」
俺の身体中に木片が飛んで来て、次々に傷をつけていく。
俺は机や車輪が落ちてきた衝撃で、空中へと投げ出される。
後方へと何回転かしながら、ようやく着地をする。
痛みに悶えながらも何とか立ち上がり目を開けた俺に突きつけられたのは、かつて巴先輩だった、赤い水溜り。
「あ、あぁぁ、ぁぁああ……」
遠くに薄らと積もっている真っ赤な『ナニカ』が。足元にまでコロコロと転がってくる『ナニカ』が。もう光を映す事のない虹彩でこちらを捉えて―――。
「あ"あああ"ぁ"ああ"あああぁ"あああああ"あ"ああ"ああああああああ"あああ"ぁぁぁあ"あああ"あああ"あ"あああぁぁ"ぁっっ"っ"っっ"っ!!!!!!!!」
―――俺の絶叫が、辺りに響き渡る。
その声はまるで、『お前では決して救えない』。そんな現実を、重々しく突き付けられた子供の様だった―――。
―――次回、第十二話。