――ザァァァァ……。
雨の、降っている音がする。
『12日より行方が分からなくなっていた、市立見滝原中学校2年生の美樹さやかさんが、本日未明、見滝原駅周辺の路上で遺体となって発見されました』
線香の、匂いがする。
『発見現場にも争った痕跡が無いことから、警察では、事件と事故の両面で捜査を進めています。また、近くには血痕があり、そちらと関連付けて捜査を続ける模様です』
誰かの啜り泣く、音がする。
『続いて、天気予報です。今夜は北西の風がやや強く、雨――』
降っている雨は、暖かくって、それでいてとても――
「――」
――悲しかった。
「――おはよー、仁美」
いつも通りの朝のこと。
俺は教室の自分の席に向かい、荷物を置き、一足先に来ていた仁美の所へ向かい、声をかける。
「……おはようございます、まどかさん」
「どうしたんだよ、なんか暗くない?」
普段ならば一緒に登校してくるのだが、ここ最近は受験勉強がなんだお稽古がなんだという理由で、一緒に登校するということはなかなか叶うことがなかった。
「……いえ、なんでもございませんわ。少し、考え事をしておりましたの」
「ふーん、ならいいけど……。そう言えばさ、昨日のテレビ見たか!?」
「――!? て、テレビ……ですか……!?」
……?
一体仁美はどうしたんだろうか?
先程まで考え込んでいたかと思えば、今度はあからさまに動揺した素振りを見せる。
――!
すると突然、俺の脳裏に、ある一つの仮説が浮かび上がってくる。
「ははーん、仁美。さてはお前――」
「――っ!?」
俺の
「――好きな人でも出来たか〜!?」
――『お前好きな人いるだろ』と言うやつである!! というかこの場合は恭介だろ!!
「……」
俺の言葉を受けて、何故か閉口している仁美。
……なんで?
言葉選びでも間違ったか……? 等と俺が思っていると、ようやく仁美は口を開く。
「……はい。確かに、私にはお慕いする方がいらっしゃいますわ。それでやきもきとしている私の姿を見れば、わかる方はすぐにお分かりになるのかもしれません。……ですがまどかさん……」
と、ここで何故か言い淀む彼女。
はて、何だろうか……? と俺は身構え――。
「……いつまでその猿芝居を続けられるおつもりなのですか?」
――ピシリ、と。
俺の周りだけ、空間が固まった。そんな錯覚に陥った。
「確かに、私も親友であるさやかさんが亡くなったと聞いて、とても悲しくなりました。私でもこうなのですから、まどかさんの悲しみは計り知れないほど大きいものなのだと思います」
仁美が何か言っている。
が、俺の思考はたらいに入れてぐるぐるとかき回した水のようにとっ散らかってしまっていて、仁美が何を言っているのかが理解できない。
「ですが今のまどかさんは、今までの自分を演じることで悲しみを押し潰そうとしている、そんな風に見えてしまって仕方がないのです」
仁美は、俺のことを案じるかのようにこちらを見ている。
「……もうさやかさんはいないのです、死んでしまったんです。もういなくなった方のことは悲しいことですが、それでも、それを忘れ、前に進むからこそ――」
「――は?」
思わず、声が出てしまった。
さやかの死、これは何とか、どうにかして仕方がないと割り切ることができた。
だが、
『死んだやつのことは忘れろ』
それだけは、それだけは絶対にあってはいけないことなんだ。なのにこいつは、こいつは――!
「――お前、自分が何言ったのかわかってんのか」
出した自分でも驚くほど、とても低い声が出た。
「えっ……?」
「お前はな、今『死んだやつのことを忘れろ』って言ったんだ。それはな、今まで過ごしたさやかとのことを、思い出を、全部、全部忘れろって! そういうことなんだよ!」
俺は激情に身を任せ、仁美に向かって思いを叩き付けてゆく。
「さやかが、死ぬまでの一週間に何やってたのか、お前は知ってるのか!? さやかの頑張りを、さやかの
「ゃ、っ違……! 私、そんなつもりは……!」
「お前にそんなつもりは無くっても、今お前の言ったことはそういう事なんだよ!」
俺は仁美の前に立ち、まるで仁美を追い詰めるかのように立ちふさがる。
「どうなんだ、どうなんだよ……! ――……答えてくれよ、仁美っ……!」
――シイン、と、教室内には静寂が広がった。
周りを目だけで見渡してみると、教室内にいる生徒たちは全員がこちらのことを見ていて、普段あまり荒事を起こさない俺たちが唐突に声を荒げたのを見て、みんな固まってしまっているようだった。
そんな状況に、俺は少しの罪悪感と羞恥を感じ、仁美の答えを待たずして、自身の荷物の置いてある机へと向かう。
俺は荷物をひったくるようにして回収すると、足早に教室の出口へと向かう。
「……悪い、頭に血が上ってたみたいだ。今日は、帰るわ」
突き放すようにそう声をかけ、俺は教室を出る。
「……」
「……」
教室を出て、全面ガラス張りという前衛的なスタイルをした廊下を、カツカツと足音を立てながら下駄箱に向かって進んでいる途中、ほむらと出会った。
剣呑な雰囲気を纏わせた俺を見て、なぜか悲しそうにしていた彼女だったが、俺はそれを無視するようにして、彼女の横を通り過ぎる。
「……まどか」
と、突然ほむらに声を掛けられる。
ほむらには申し訳ないが、今は返事をするのも億劫なので、顔をそちらに向けるという動作を返事とさせてもらった。
「……何?」
意図せず『シャフ度』という形になってしまったが、今更それを直す気も起きなかった。
教室で出した時のような低い声のまま、ほむらに声をかける。
「……いえ、何でもないわ。……ごめんなさい」
どこか悲しげにそういった彼女は、つかつかと俺の逆方向へと去っていった。
「――変なの……」
俺はそれを見届けて、こう呟く。
自身に理由があるのに。否、自身に理由があるからこそ、俺はこう呟かなければいけないのだった――。
教室に行ったのに、授業を一コマも受けず帰る。
そんな『優等生の鹿目まどか』では有り得ないようなことを仕出かしてしまった日の昼頃。
俺は家に戻る気にもなれず、ひたすらと街中をぶらぶらとして、時間を潰していた。
そんな中、俺ただひたすらにさやかと、巴先輩の事について、考え込んでいた。
さやかと行った場所、巴先輩と作った思い出、そして――魔法少女となったさやかと巴先輩の、最期。
そんなことを、まるで二次創作のなろう系主人公の様にどうにかしようとして――いわばどうにもならないような事をどうにかしようとして――、ただひたすらにグルグルと、グルグルと同じ考えと場所を行き来し続けていたのであった。
「――よう、
そんな負のスパイラルに陥ってしまっていた俺を、現実世界へと引き戻した声があった。
前を見ると、そこには紅の少女――佐倉杏子がいた。
すわ戦闘か。そう思い、宝石たちの入るポケットに素早く手を伸ばした俺を、杏子は引き止める。
「あー、待った待った。今日さ、あたしは戦いに来たわけじゃないんだわ」
「何……?」
俺が警戒しながらそうこぼすと、彼女は複雑そうな表情をしながら、ガシガシと乱雑に頭を掻く。
「というか、今日はその逆。あんた絡みのことから手を引こうと思ってね、それを伝えに」
「手を引く……? どういう事なんだ、それ?」
俺がそういうと、杏子は後ろに向かって歩き出す。
どういう事なんだろうと思っていると、彼女から声がかかる。
「……ここじゃ話しにくいだろうと思ってさ。どうだい、公園にでも行かないか?」
ほら、と促されて周りを見てみれば、なるほど確かに、ここは人の通りもそれなりにある公道だった。
「あたしはさ、キュウべえの奴に言われて、あんたを殺すように依頼されてたんだ」
先ほどのところから少し歩いたところにある公園で、俺と杏子は隣り合って座っていた。
「……でも、無理だった。あんたの所にはマミとか、強い魔法少女がたくさんいたし、それに、あんた自身だって十分に強かったから」
生身であたしに追いついてくる奴なんて初めてだよ。そうおちゃらけながら言った彼女の表情が、苦笑を含んだものから、真剣みを帯びたものへと変わる。
「――ここからが本題さ。あんたを殺すにあたって、あたしはまずキュウべえにあんたのことを聞いた。生年月日から、体重だったり、性格だったり、交友関係だったり……一日の行動のルーティーンなんかまで聞いたりした。そん時に、あいつがポロっとこう零したんだ」
――『彼女のような魂は初めて見たよ』
――『ハァ? どういう事だよ、キュウべえ?』
――『どうも何も、言葉の通りさ。彼女の周りは強い因果で縛られているのに、彼女自身はその因果に関わる事がないようにと、修正力が関わっている。これは最早、呪いの域に達してしまっていると言っても過言ではない』
――『??? どういう事だよ?』
――『まぁ今は意味がわからなくても問題は無いさ。取り敢えずは、今僕の言った事を覚えていてくれれば問題ないよ』
――『ふーん……』
「……こういう事さ」
杏子の話を聞いた俺は、酷く混乱していた。
――何だよ、それ……。修正力? 呪い? どういう事なんだよ……!
「これはあたしなりにまとめて見た事なんだけどさ……」
「……?」
ベンチから立ち上がり、唐突にそういう杏子によって、俺の思考は彼女に向けられた。
彼女は、まず一つ、と言って、人差し指をピンと立てる。
「あんたには本来なら物語があって、あんた自身はそれを遂行しようとしている」
「あ、あぁ……」
彼女の話す内容に間違いは無いため、俺は素直に頷く。
「ふーん、やっぱりあいつの言った通り、自分の置かれてる環境とかは知ってるんだ……」
そう呟く彼女。
俺は原作知識という物を持っているため、その言葉に齟齬はない。と言うか、むしろ結末まで知っていたりもする。
1人でなにやら納得した彼女は、次に、と言いながら、中指をピッと立てる。
「あんたは前世を持っていて、そこで何かが起きて、その物語に関わるのが難しくなった」
「な、なるほど……?」
つまり、俺は前世で何らかのイベントが起き、今世での俺の人生に修正力が入り込むようになった、という事か。
何だか的を得ているようで要領を得ない彼女の説明を、噛み砕きながら理解していく。
「それで、これが最後」
薬指を立てながら、彼女はそう言う。
「それでも因果――つまりは物語に関わる強制力が働くあんたは、物語に関わらざるを得ない。だけど、修正力も働く……」
「そうすると、どうなるんだよ……?」
俺が聞くと、彼女は目を閉じて、頭の中の考えを整理する。
数分にも、数時間にも感じられるくらいの短い静寂が辺りを満たす。
風が俺達の間を通り抜ける様に、強く吹き抜けていく。
やがてそれが収まると、彼女はスッ……と目を開き、話し始める。
「――……あんたはさ、最低限度しか関われないんだよ、あたし達魔法少女の世界に」
「はっ……?」
「あんたが関わろうとする、でも修正力が働く……なら、こういう結果しか考えられないのさ」
そういう彼女の瞳は真剣で、とても巫山戯ているとは思えない。
「……どういう、事だよ……。……俺は、主人公なんじゃ、ねぇのかよ……?」
「あんたの言う『主人公』がどういう事かは知らないけどさ、引き返すなら今のうちだよ」
力無くそう項垂れる俺に、杏子はそんな事を提案してくる。
「引き返すならって……何でだよ!」
そう叫ぶ俺を、詰まらなさそうに見る彼女は、冷たく言い放つ。
「――あんたさ、自分が恵まれてるとか勘違いしてない?」
「――」
絶句する。
俺は『鹿目まどか』なんだ。何の因果かは知らないが、『鹿目まどか』へと憑依することが出来たんだ。
だから、魔法少女達の悲劇の物語を何とかする権利はあるんだ。
そんな俺の思い込みを打ち砕くかのように、杏子は言葉でこちらを切りつけてくる。
「良いかい? 魔法少女だとか魔女だとかってのはさ、本来なら関わっちゃ行けない奴らなんだよ。関わりすぎたら、その身に残るのは破滅くらいさ。あたしは、そういう奴を何度も見てきてる」
――確かにお前は『鹿目まどか』だ。だが結果はどうだ、と。美樹さやかは絶望し、巴マミは希望を抱いたまま死んで言ったでは無いか、と。
そんな当たり前の事実を、俺の努力した結果を、軽々と踏み潰すかのように、杏子はそう突き付けてくる。
「――ああ、あああ……!」
俺は、絶望する。
「ああああああああぁぁぁあああああぁぁぁああああああああぁぁぁっっっ……!!!」
まるでソウルジェムが
「あぁああああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!」
――自身の失敗を、罪を償うかの様に、俺はしばらくの間、叫び続けていたのであった――。
「……あたしはもう行くよ」
喉も涸れ、涙も果て、起き続ける気力すらも失ってしまった俺に、彼女はそう声を掛けた。
「え……?」
泣き腫らして赤くなった瞳を彼女に向けると、彼女は済まなさそうにこちらを見ていた。
「あたしはさ、元々ここいらにいる魔法少女なんかじゃなかったんだ。だから、あたしはあたしの生活に戻る。あんたはあんたの生活に戻る。そういう事だよ」
「っ……!」
――行かないで。
そんな言葉がこの口から出せたのなら、どれ程気が楽になれたのだろうか。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、彼女は、最後に、と、俺に向き直って声をかける。
「――この街に『ワルプルギスの夜』が来る、それはあんたも知ってることだろ」
こくん。
俺は声が出せないので、精一杯、力の限り頷く。
その動作を満足そうに見届けた彼女は、俺に優しい声で囁く――悪魔の囁きを。
「こいつはキュウべえの言ったことなんだけどさ……あんたにはワルプルギスを一撃で沈められる位の力を持った魔法少女になる為の方法があるんだ……。あんたがその力を使って皆を守りたいんなら、考えておきなよ」
そう俺に言った彼女は、今度こそ俺の前から立ち去ろうとする。
「じゃあね、
「ッ……!!!」
一瞬で顔が熱くなり、それとは相反する感情である悲しみも、同時に湧いてくる。
――ずるい。本当にずるい。
これではまるで、俺が彼女の事を……。
そんな感情達に振り回されて悶々としていた俺が、冷静になったのは、もうすっかり辺りが暗闇に包まれてしまっている頃だった――。
side 佐倉杏子
「――良かったのかよ、キュウべえ?」
「何がだい?」
あたしがキュウべえとの契約を切る前に、最後に依頼された仕事。
それは、ターゲットである『鹿目まどか』に彼女自身の特異性の真実を告げ、絶望させることだった。
いつも通りの飄々とした顔であたしの方に乗るキュウべえに、あたしは改めて聞き直した。
「だから、良かったのかって聞いてんだよ。あんな……あんな
そう、あたしがあいつに行った事は、彼女を絶望させて弱らせ、その心の隙に付け入って、『魔法少女になる』と言う希望を持たせる事。
それはまるで、今まで見てきたクズな奴らの典型的なやり口と似ていて……。
「――ああ、構わないよ」
だがそんな非人道的なやり口も、こいつは当たり前の事だと切って捨てる。
「彼女は外面上は心が強いように見えるけど、その中はとても脆い。それこそ、巴マミのメンタルの弱さに近い」
「だからこそ、そこを利用するってのかよ……?」
「そうだね。彼女は何故か魔法少女になるのを拒んでいる。その強い意志は、とても正面からじゃあ破れそうにない。なら、彼女のその強い意志を崩し、その隙間に付け入った方が簡単で効率的だろう?」
そう澄まし顔で語るキュウべえに、あたしは戦慄した。
こいつが人の感情だったり、意思だったりを尊重しないことは知っていたが、まさかここまでだったとは――と。
「とにかく、あたしはこれで手を切らせてもらうからな!」
心に巣食った罪悪感を振り払うかのように、あたしは声を張りながら、キュウべえとの契約を切ったことをアピールする。
今まであたしは、キュウべえとの契約を結んでいた。
契約の内容としては、2人目のイレギュラーである鹿目まどかの監視や、身辺調査なんかをキュウべえの依頼によって行って、それらによって得た情報をキュウべえに渡す。そしてあたしはキュウべえからソウルジェムを依頼料として受け取る。そういう物だった。
今までは何の感情もなく、それらを行えた。だって、生活の為――文字通り、『生きる為』だったから。
でも、あいつの……まどかのここ最近の弱り具合を見てからは、変わった。
あいつの精神が弱くなってからは、キュウべえから出される依頼は少なくなったが、そのどれもがあいつの精神を抉る様な物ばかりだった。
そんな依頼達をあたしが断っている間にも、段々と弱っていくあいつを見て、あたしはその姿にいつかのマミを幻視した。
ただの幻覚だったのかもしれない。あるいは、あたしがマミと過ごした楽しかった生活を、あたし自身が望んでいた、そんな心の表れだったかもしれなかった。
理由は兎も角として、あたしの心はそんな非人道的なことに耐えられなくなっていた。
だから、あたしはキュウべえと手を切った。
「勿論、構わないよ。協力者が居なくなるのは悲しいけど、今の彼女なら簡単に契約を迫れそうだ」
その無機質な瞳に、何の感情も映さずに話すキュウべえは、あたしの肩から飛び降りていった。
「――それじゃあね、佐倉杏子」
――あぁ、こんな奴とはもうおさらばだ。そうして、あたしはこの街から離れていくんだ。
あたしは心に残る、モヤモヤとした感情を振り払うかのように、何時もよりも強く、とても強く足音を立てながら、この街から離れていった――。
side out
――次回、第十三話。