ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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 バベルが出来る前、『古代』。
 その『古代』よりもはるか昔。
 世界は一度はじまり、そして終わったという。


第一話 はじまり

 

 かつて古竜が栄え、滅んだ。

 古竜たちを滅ぼしたのは「はじまりの火」を見出した幾匹かの神であった

 そしてそれらを滅ぼした神々も、陰っていく火にあらがえず、姿を消した。

 最後に、幾億年も続いた「火の時代」を終わらせたのは、ただの人であった。

 

 人は、火を継ぐことも奪うこともなかった。

 火が消えて、新たなる火が熾るまで、女とともに待ったのだった。

 これはその新たなる火が照らす世界の物語。

 神々とその眷属たちが面白可笑しく紡ぐ物語。

 薪の王たる資格を持つ者の血を引く男の物語である。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「母上、また眠っておられたのですか?」

 

 長身の青年が、特徴的な仮面をつけた黒衣の女にそっと話しかける。

 

 「夢を見ておりました。アル、貴方はもう随分と大きくなりましたね。」

 

 母上と呼ばれた女は、安楽椅子に座ったまま、跪く男の頬をそっと撫でて、優しく微笑む。

 その姿はまさしく聖女のようであった。

 青年は女の手を握り、元気よく答える。

 

 「私も、もう14になりました。かの四騎士や大王のように、武功を上げてもよいころです。」

 

 14の男は人間にしてはかなり大きく、2M(メドル)はゆうに越そうかというほどである。

 その姿だけみれば、まさしく勇士に相応しいといえる。

 

 「アル、オラリオに行きたいと言うのでしょう。」

 

 迷宮都市オラリオ。バベルなる巨大な白亜の塔によって、迷宮を封印した大陸最大の都市である。

 この青年は、そこで冒険者になろうという目標があった。

 

 「無論です。私は【深淵歩き】や【竜狩り】のような立派な騎士に、英雄になりたいのです。」

 

 青年はこの女の伝える神話の英雄のようになりたいと、常々から口にしていた。

 だからこそ、冒険者となって迷宮に挑戦したいと願うのだ。

 

 女は、止めることなどできないであろうという確信があった。

 なぜなら、彼女にはこの青年の(ソウル)が見えるのだ。

 さる美の女神とは違い、彼女はその由来すら見通すことが出来た。

 

 彼のうちには、強いソウルが流れている。

 深淵に墜ちた英雄、醜い白竜、獣ながらに勇敢な墓守、王女を守る黄金の騎士と処刑者。

 それだけではない。多くの強大なソウルと、それを屠り火を求め続けた灰の血が混じっている。

 

 「貴方もまた、火を求めるのですね。アル、いえ、アルトリウスの名を継ぐ子。

 お行きなさい。武具と防具はこちらで用意いたしましょう。」

 

 「よろしいのですか、母上!」

 

 「貴方が生まれて、あの方が去った時から、こうなるだろうとは思っておりました。」

 

 黒衣の女はゆっくりと立ち上がり、跪く男の手に自身の手をかざした。

 灰の御方に力を与えていたときのように、この子に力が宿るようにと祈りを込めながら呪文を唱えた。

 

 「母上、これは一体……。」

 

 「これはもう失われた業、主なきソウルを用いて器を強める法。

 貴方の内のソウルを、少しばかり貴方に定着させました。」

 

 女は優しい声色で、送り出すための言葉をつぶやいた。

 

 「アル、貴方に寄る辺がありますように。」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 アルは数日後、迷宮都市オラリオに立っていた。

 彼はボロボロの大盾と、黒々とした錆のようなものがついた古い大剣を背負い、傷だらけの鎧を着こんでいた。

 そのどれもが、敗走した騎士か、そうでなければよほど古い骨董品を引っ張り出してきた酔狂な人を連想させる。

 

 「う~む。まずは主神たる神と属すべき【ファミリア】を見つけねばなるまい。」

 

 そう呟いて、アルが歩き出そうとしたとたん、どんっと誰かにぶつかった。

 

 「っむ、すまない。前方不注意という奴だ。大事ないか?」

 

 そっと手を差し伸べた先には、白髪に赤眼の、まるでウサギのような少年がいた。

 

 「あっ、いえ、僕は全然平気です……。凄い鎧!もしかして探索系の【ファミリア】の方ですか?」

 

 「おお、すまないが私は未だに【ファミリア】に属さぬ身。貴公もそうなのか?」

 

 「はい!僕、ベル・クラネルと言います!」

 

 「私はアルトリウスという。アル、と気軽に呼んでくれ。年もそう離れてはいまい。」

 

 アルは全くの偶然の出会いに心から感謝していた。

 行く当てのない中でこのように同じ境遇の、それも年の近いと思われる少年と出会えたことは幸運であったからだ。

 しかし、ベルにとってはこの大男がどうしても同い年には思えなかった。

 

 「えっ、僕は14歳ですけど……。」

 

 「奇遇だな、私もだ。」

 

 「えぇぇぇッ?!」

 

 そんなこんなでアルは、ベルをかなり驚かせ、大通りで見事に衆人の白い目を引き、一躍変人二人組が結成されたわけであった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 「ダメだね、アル……。」

 

 「うむ、まさかこうも無下にあしらわれるとは……。」

 

 二人は、夕焼けの中をとぼとぼと歩いていた。

 鎧の大男と可愛げのある少年が同じように肩を落として歩く姿は、人の憐憫の情を引きだすよりも滑稽であると思わせるものであった。

 

 この二人は昼間に出会ってから数十の【ファミリア】を訪問したが、すべて尽く追い返されていた。

 その一部の追い払う文句はこのようなものであった。

 

 「え?入団希望?ウチは餓鬼もボロの鎧を着てるおかしな奴も入れる余裕はないよ!」

 

 「あら、可愛いボウヤに堅物そうな子……。ウチは女性限定のところだけど、玩具(ペット)として可愛がってあげましょうか?」

 

 「我々はロキ・ファミリアだぞ。お前たちのような弱そうな者は相応しくない!故郷へ帰れ!」

 

 こんな風に、とても冒険者として歓迎しようというファミリアは存在しなかった。

 特にアルの心を傷つけたのはロキ・ファミリアの団員の言葉であった。

 

 「しかし、弱そうだから入れられないとは一体どういう了見なのか!

 これから強くなるやも知れぬ。そればかりか最初はみな恩恵を受けてないのだから弱くて当たり前だというのに!」

 

 「ごめんよ、アル。僕がもう少し強そうだったら、一緒に入団試験ぐらいは受けられたかも……。」

 

 「何を言う、ベル。貴公は決して悪くないぞ。力ばかり強く、傲慢になってしまうような人間のいるファミリアなど願い下げだ!

 私の夢である英雄は、どんな矮小な存在にも敬意を払う騎士だからな!」

 

 さらに気落ちしていくベルを励ますように、アルは身振り手振りをひたすら大きくしながら語り掛ける。

 大男が必死になって元気づけようとする姿は、ベルの罪悪感をいくばくか払っていった。

 

 「アルも英雄になりたいの?僕も、英雄になって素敵な女の子と出会いたいんだ!!」

 

 「なるほど、出会いか……!良い夢だな、ベル。女の子ではないが、私もベルと出会えたことは幸運といえよう。」

 

 「僕もだよ!出来れば同じファミリアに入れたらいいなぁ!」

 

 

 

 

 運命的な出会いを喜ぶ二人に、もう一度運命の出会いが訪れた。

 

 

 噴水の前に置かれたベンチに溜息を吐きながら座り込む少女。

 否、身長こそ小さいが、豊満な胸部に豊かで長い黒髪をツインテールにくくっているその姿は女性らしさを感じずにはいられない。

 

 顔つきは憂いこそあるものの可愛らしく、その眼は美しい青い色をしていてどうにも惹き込まれる。

 体躯には謎のリボンが二の腕から巻き付けられており、その白い服装に抜群にマッチしていた。

 

 アルは、内なるソウルが「神だ。これは神性を持つものだ。」と叫ぶのを感じた。

 ベルもまた、その不思議な少女が、きっと神様に違いないと直感的に気づいた。

 

 「そこなる御方!もしや神ではありませぬか?!」

 

 「もしそうなら、僕たちを……!」

 

 「「【眷属】にしてください!!」」

 

 少女が顔を上げじっと二人を見つめた後、晴れやかな笑顔を見せて、こう答えた。

 

 「勿論さ!!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 少女、いや神に二人が連れられてきたのは古びた教会だった。

 どうしようもないくらいに手入れがされていない。

 そんな場所で、神は自己紹介を始めた。

 

 「ボクはヘスティア。炉や竈の女神さ!」

 

 「僕はベル・クラネルです!」

 

 「私はアルトリウス。炉の女神と出会えるとはまさに幸運!

 火の炉は私の信ずる神話においても尊きものだと言われております。」

 

 「そうなのかい?いや~照れるなぁ!」

 

 ボロ屋の中で楽しそうに話し始める三人であったが、ベルはたまらずこの場所の事を聞き始めた。

 

 「あの、神様。ここは一体どこなのでしょうか……。」

 

 「ボクのホームさ!

 ボクは下界に降りてまだ日が浅くてね。友神のところに転がり込んだはいいんだけど最近追い出されちゃってさ。

 眷属もいないから、零細ファミリア筆頭なんだよ。

 だからこんなにボロボロなのさ!」

 

 「ふむ。では我々がヘスティア様の最初の眷属というわけですか。」

 

 「えぇっ?!これを見てもまだ入ってくれるっていうのかい?!」

 

 ヘスティアは心優しい女神だ。

 勧誘したいのはやまやまではあるが、苦労させてしまうことに遠慮を抱いている。

 このオラリオにおいて子供たちのことを考えて行動してあげられる神はそう多くはない。

 

 「僕は、今日いろんなファミリアに行って、門前払いされました。

 けど、ヘスティア様だけは、僕たちの願いを聞いてくれました!

 僕、ヘスティア様のためなら頑張れると思うんです!」

 

 「私もだ。ヘスティア様は我等のことを慮ってくれる慈愛に満ちた御方だ。

 そのような方に眷属として迎え入れて頂けるのなら、どれほど嬉しいことか!

 このアルトリウス、未だ未熟なれど、騎士として働きたく思います!」

 

 ベルはヘスティアの手を握りしめて跪き、アルは騎士らしく跪き、頭を垂れてヘスティアへ手を差し伸べた。

 

 「今日から君たちはボクの家族だ!よろしく頼むぜ、ベルくん!アルくん!!

 早速入団の儀式だ!!」

 

 ヘスティアは力強く二人の手を握りしめた。

 今、二人の英雄譚が時を同じくして、序章へと至った。





 教会の隠し部屋

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 教会の隠し部屋は、廃れ寂れている。

 しかし、楽し気な話し声は止むことがなく、ずっと暖かい。
 炉の女神の加護なのか、眷属たちの愛ゆえか。

 少なくとも、女神はもう寂しい思いはしないであろう。

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