ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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 ヘスティア・ファミリアのスープ

 ヘスティア・ファミリアでおもに食べられるスープ

 その味はあっさりとしているが なぜかうまい

 武骨な鎧に包まれた手で作られるそれは 優しさに満ち溢れている

 まれに神が作ることもあるらしい


第十一話 魔法

 アルが立ち去ってからの黄昏の館、そこでは姦しい女達の話が始まっていた。

 

 「ねぇねぇ、リヴェリア!キスだよキス!ホントにいるんだね、おとぎ話の騎士みたいなことする子って!」

 

 リヴェリアを囲んでティオナが大騒ぎをする。

 ほかにも、口は開かないもののリヴェリアの事が気になるアイズや、アルに対して怒り心頭のレフィーヤ、他人の恋を参考にしたいティオネが完璧な包囲網を形成する。

 

 「全くあの人は!ちょっといい人なのかなって思ってましたけど!

 よりにもよってリヴェリア様にキスするだなんて、許せません!」

 

 「そんなに怒ることないじゃない。ティオナじゃないけど、なかなかロマンチックなやり方で気に入ったわ。団長にあんなことされたらドキドキしちゃう!」

 

 恋に全力、生粋の肉食系女子のアマゾネスと、超貞淑なエルフとでは話がかみ合わず、二対一の舌戦が始まった。

 アマゾネスの姉妹は、アルがこれから強くなりそうだということもあって、高い評価を下している。

 一方レフィーヤは、とんでもない破廉恥野郎だという評価を下し、アマゾネス姉妹と食い違う。

 論議がヒートアップしてきたのか、あわや種族の性質についての議論に至ろうかというところに、リヴェリアが待ったをかけた。

 

 「おい、少しは落ち着かないか!全く、客人の見送りもせずに仲間内で喧嘩をしはじめるとは、恥ずかしいと思わないのか!」

 

 「「「ごめんなさい!」」」

 

 ママのお叱りを受けた三人は、ビクッと体を震わせて、謝罪する。

 そんな時に、リヴェリアの袖をちょいちょいとアイズが引いた。

 

 「どうした?お前も彼のことをどうこう言うつもりなのか?」

 

 「……気になって。リヴェリアがキスされるところ、初めて見た。」

 

 「お前も変わったな……。昔は、こういうことに興味を示さなかったが、今じゃ表情もいくらか豊かになって……。」

 

 かつてのアイズの姿とは違って、年相応に近い振る舞いが出てきたアイズにリヴェリアが感動していると、懲りずにティオナが質問する。

 

 「実際のところはどうなのさ~。ほら、アイズも気になってるんだし、教えてよ!」

 

 「別にどうもこうもない。ほら、散れ散れ。」

 

 リヴェリアは適当にあしらって、執務に戻ろうとする。 

 納得がいかない女たちがぶーぶーいっていると、力強く戸が開かれる音が響き渡った。

 

 「っかー!なーにが『リヴェリア殿は母性のような慈愛にあふれる御方ではありますが、母ではなく高貴で美しい淑女ですよ?』じゃ!

 気取りおってぇ!男なんちゅうのはどれだけ取り繕ったって獣なんじゃい!あ、リヴェリアおるやん!

 傷ついたからおっぱいもませてーな!あれ?リヴェリア?なに固まってんの?いつもはすぐに怒ってくるのに……。

 今日はいいんか?!リヴェリアの王族おっぱい揉んでいいんか?!」

 

 「いいわけないだろう。私は執務に戻る。ガレスからの取り立てもあるしな。」

 

 そうやって、リヴェリアは足早に去っていく。

 普段は歩きの所作に至るまでびっちりと作法が仕込まれているというのに、今日のリヴェリアの足音はいつもより少し大きく少し速かった。

 

 「あ~ん、行ってしもうた……。固まっとる時に問答無用でいってたらいけてたなぁ……。

 あ、せや!アイズたん、ちょっとお願い事してもええかぁ?」

 

 「いやです。触ってくるので。」

 

 「ちゃうちゃう!触りたいけど今日は別のお願い事!今晩ちょっと遅くまで出かけるから!

 だからステイタスの更新がしたい子おったら明日の朝にするでって伝えといて!」

 

 「どうして……?」

 

 「ちょっと『お話し』せんといかんから、や。」

 

 道化の神の悩み事はまだ終わらない。

 今度の相手は神の力が効かない相手。

 腹の内が分からない相手との対談が始まろうとしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ロキは、二人きりのレストランで、テーブルの向かい側に座る女神フレイヤをにらみつけた。

 

 「お前……。やってくれたなぁ。いつかちょっかいかけるとは思っとったけど、あんな爆弾に手ぇ出すアホがどこにおるねん。

 こうなることが分かっとってやったんやろ?」

 

 「アルのことかしら?あれは想定外よ。今回は二人にいいところを見せてもらおうと思って、モンスターを逃がしたんだけど……。」

 

 「そのモンスターがあいつを襲って、結果あのバカげた深淵っちゅうもんが広がったんやろうが!」

 

 「あら、あの闇は深淵っていうのね……。ミステリアスでいい響きだわ。

 けど、私が逃がしたのに、あんなモンスターはいなかったわ。」

 

 ロキは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 二つもポカをやらかしたからである。

 勢いあまって情報を少し漏らしてしまったことと、自分が思い違いをしていたことだ。

 

 フレイヤは深淵の事を知らなかった。しかし、深淵というワードを与えてしまった以上、彼女も調べに動き始めるだろう。

 そして、ロキは、広場の地下から急襲してきた新種のモンスターもフレイヤが逃がしたのだと思っていた。

 しかし、このフレイヤの発言が正しければ、オラリオに危険をもたらそうとしたものが、他にいるということになる。

 

 「信じられんな。ホンマにあのでっかいのの本性を見るためにやったんちゃうんやな?」

 

 「本当よ。予想外の出来事が、まさかここまでいい結果に転んでくれるだなんて思ってもみなかったわ。

 光と闇。まるで二人で一つの英雄譚のようだった……。オッタルはまだまだダメだっていうのだけれどね。」

 

 「そんな、お前の感想なんか知るか!」

 

 「あら、関係あるわよ?私はあの子たちに頑張ってもらいたいし、あなたにも付き合ってもらうかもって言ったわ。

 それに、あなただけアルとお話ししたなんてずるいわ。私だって神としてあの子たちと話がしたいのに……。」

 

 ロキは目の前の嫉妬のまなざしを向けてくる女神の顔をぶん殴りたくなっていた。

 この女神はヘスティア・ファミリアにちょっかいをかけ続けて、トラブルを引き起こし続けると宣言したようなものだ。

 それも、自分のロキ・ファミリアすら巻き込んで。

 大迷惑もいいところだ。まだ、ヘスティア、ドチビが痛い目見るだけならばいい。

 深淵という起爆スイッチを入れてはいけない爆弾を取り合う、超スリリングな花いちもんめに強制参加など、昔の彼女であっても願い下げだろう。

 そういうことは外野で騒ぐから楽しいのである。

 

 「っち……。次はどうするつもりや。悪いけど、ウチはあのでっかいのは今でも殺すか鎖につないでおくかしといた方がいいと思っとるんやで。

 下手にどでかいことをおっぱじめてみろ。痛い目見させたるからな。」

 

 「大丈夫よ。ちょっとあの子たちが早く成長できるようにお手伝いしたり、あの子たちが輝ける舞台を用意するだけよ。

 ふふふ、ねぇ、ロキ。光と闇がともに試練を乗り越えて高みに至ったら……、とっても素敵だと思わない?」

 

 「っけ、素敵かどうかは知らん。お前の言う光の方はウチは、まだよう知らんからな。

 けど少なくとも、でっかいのが深淵をまき散らさないようになることを祈っとるわ。」

 

 一方の神は恋の悦楽と嫉妬を存分に味わい、一方の神は苦悩と不安と胃痛に悩まされることになった。

 かくして「話し合い」は終わりをつげ、神々は食事を始めることになった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 そんな神々のひっそりとした戦いを全く知ることなく、ベルとアルは再会の感動に浸っていた。

 

 「アル!帰ってきてくれたんだね!無事でよかったよ!」

 

 「ベルよ!貴公のおかげで無事に帰ってこれたのだ!わっはっは!貴公の勇気に万歳!」

 

 抱き合って背中をばしばしと叩き合って、とても暑苦しい。

 しかし、そばにいるヘスティアは、言い表せないほどに幸せな気分だった。

 二人がいて、そしてヘスティア自身がいるといういつものホームの暖かさが、なによりも居心地が良かったからだ。

 

 「ボクも混ぜろー!うわーい!」

 

 「カミサマばんざーい!アルばんざーい!」

 

 「ヘスティア様万歳!ベル万歳!」

 

 結局ヘスティアも我慢できなくなって、三人で抱き合うことになった。

 実際、アルが二人を抱き上げてグルグル回転しているのだが、ともかく三人はまた一つに戻ったのだ。

 

 ひとしきり騒ぎ切った後、晩餐が始まった。

 芋のスープに少しの肉、じゃが丸くんとパン。いつも通りの夕食なのだが、とてもおいしく感じていた。

 

 「ベルはシルバーバックを一人で倒したのか!いやはや我が英雄殿はすさまじいな!」

 

 「アルだってすごいや!何体もモンスターを倒して、それだけじゃなくて、あのガレスさんに認められるだなんて!」

 

 「二人ともボクの認めた子供だからね、当然さ!ご飯食べたら、ステイタスを更新しておこうか!

 きっと二人ともすごく成長してると思うよ!」

 

 二人の戦いを話の肴に、食事がどんどん減っていく。

 そうして、晩餐も終わり、ついにステイタスの更新の時間がやってきた。

 ベルも、アルも、楽しみで仕方がない。

 

 「ベル、どれだけ成長しているだろうな?」

 

 「カミサマがすごくって言ってるからすごくだよ!」

 

 「ははは、違いない。」

 

 「よーっし、準備オッケー!さぁ、ベルくんカモン!」

 

 先にベルが呼ばれて、ベッドの上に寝そべる。

 ステイタスを更新していたヘスティアは、何とか踏みとどまるものの、気を失うほどに驚いた。

 

 「お、男の子ってすごいんだなぁ……。いつの間にかぐーんと成長しちゃうんだから……。」

 

 「そんなに成長してるんですか?!」

 

 「うん……。ボク倒れるかと思ったよ。」

 

 ―――――

 

 ベル・クラネル

 

 Lv.1

 

 力 :F379→E452

 耐久:F310→E401

 器用:F341→E470

 敏捷:E410→D541

 魔力:I0→I0

 

 ≪魔法≫

 

 【】

 

 ≪スキル≫

 

 【英雄誓約】

 

 ・窮地の際に任意で誓約霊を呼び出せる。(対象誓約:【狼騎士誓約】)

 ・全アビリティに補正。

 ・補正効果は誓約レベルに依存。(現在レベル2)

 

 ―――――

 

 「おぉ、ベルよ、誓約レベルが上がっているじゃないか。」

 

 「それに敏捷がDだよ、D!凄いなぁ……。」

 

 ベルは嬉しそうに、ステイタスの紙を眺めている。

 アビリティがDともなると、次のステップに一つ足をかけていることになる。

 はっきり言って、異常である。

 数週間前まではいはいで歩き回っていた赤子が、素手でリンゴを握りつぶせるようになっているような、あり得ないほどに飛躍的な進化を遂げていた。

 

 「多分、誓約のレベルが上がったことで補正が強くかかり始めたんだろうね。

 もし、二人の誓約のレベルが連動するものだとしたら、アルくんも相当強くなっているはずさ!」

 

 「ほほぉ、それは楽しみだ。ではヘスティア様、私もお願いいたします。」

 

 「まっかせなさーい!」

 

 アルが、いつものように足をはみ出させながら、ステイタスの更新を受けた。

 ヘスティアは二連続の異常に思わず叫ぶことになった。

 

 「なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!!!」

 

 「わ、私の身に何かありましたか?!」

 

 ヘスティアが取り落とした紙を、アルが長い腕を駆使して床から拾い上げると、アルのステイタスが書いてあった。

 

 ―――――

 

 アルトリウス

 

 Lv.1

 

 力 :E459→D560

 耐久:F376→E483

 器用:F341→E432

 敏捷:F355→E409

 魔力:I0→I51

 

 ≪魔法≫

 

 

 【ソウル・レガリア】

 ・継承魔法

 ・魔術・呪術・奇跡を継承し記憶する。

 ・継承できる魔法の数は記憶スロットに依存。(現在1)

 ・使用可能魔法はステイタスに依存。

 ・安全領域でのみ詠唱可。

 ・詠唱式

 【我が解き明かすは真理、我が求めるは神秘。我が手に杖を、我が魂に啓蒙を。来たれ、賢者よ。我は最後の王の長子。この血に魔術を教えたまえ。】

 【我が熾すは火花、我が生み出すは焔。我が手に火を、我が魂に薪を。来たれ、術者よ。我は最後の王の長子。この血に呪術を注ぎたまえ。】

 【我が歌うは聖歌、我が紡ぐは神話。我が手に触媒を、我が魂に加護を。来たれ、聖者よ。我は最後の王の長子。この血に奇跡を与えたまえ。】

 

 ≪スキル≫

 

 【火継暗魂】

 

 ・内なる火を継ぐ。

 ・心折れぬ間は効果は持続する。

 ・心折れぬほど効果は向上する。

 

 【狼騎士誓約】

 

 ・窮地の際に任意で誓約霊を呼び出せる。(対象誓約:【英雄誓約】)

 ・全アビリティに補正。

 ・補正効果は誓約レベルに依存。(現在レベル2)

 

 【深淵篝火】

 

 ・深淵に対する耐性超強化。

 ・深淵を纏い操る。

 ・聖剣の担い手の資格を得る。

 

 ―――――

 

 「この魔法は一体どういうことだ……。全く分からん。」

 

 「魔法?!アル、魔法が使えるようになったの?!」

 

 「いや、そうらしいが、書いている意味が一切理解できんのだ。ベルも見てみるか?」

 

 アルは背中の上にヘスティアを乗せたまま、ベルに紙切れを手渡す。

 ベルは上から下までじっくりと見ると、二つの新しい項目に目が留まった。

 

 「あれ、アル魔法だけじゃなくてスキルも一つ増えてるよ?」

 

 ベルの疑問にフリーズから再起動したヘスティアが答え始める。

 

 「あぁ、ベルくん。それはボクが伝えていなかったんだよ。効果もわからなかったし、ちょっと嫌な予感がしていたからね。

 詳しい説明は省くけど、君が見たというアルくんの深淵の闇も、そのスキルが影響しているんだと思う。

 もう影響が出始めている以上は、君たちは知っておいた方がいい。これから先、何があるかわからないけどアルくんを助けてあげるんだよ。」

 

 「はい!」

 

 もっとも、この時ヘスティアはベルのスキルのことも隠している。

 ベルのスキルも、アルのスキル同様に、安全のために隠すべきものだ。

 アルのように、知る必要性がないのなら知らなくても問題はない。

 しかし、二人のためとはいえ、隠し事ばかりして、ヘスティアの心はあまり良い気分ではなかった。

 

 「ヘスティア様、そろそろ降りて頂けませんか?」

 

 「あぁ、ごめんよ、アルくん。もう少し堪能したかったけど、今はその魔法の話をしなきゃ。」

 

 ヘスティアは落ち込むのをやめて、ひょいっとアルの背中から降りた。

 アルも身を起こして、ベッドから降りて椅子に座った。

 ベル、アル、ヘスティアが円を作る形になって向き合う。

 

 「ねぇ、アル。一回使ってみたら?」

 

 「それが案外いいかもしれないね!ボクも賛成さ!」

 

 「効果もわからないものをホームで使ってよいものなのでしょうか……?」

 

 アルは、もしものことを考えて、魔法を使うことを躊躇した。

 しかし、ヘスティアは指を振って舌を鳴らす。

 

 「ちっちっち、甘いぜアルくん!この魔法、安全領域でしか唱えられないんだろう?

 ということは、直接的なダメージを与えるものじゃないはずさ。ボクの予想だけど、これは君の内側に眠る魂から、力をもらう魔法だと思う。

 そのもらった力をぶっ放したりしたら、危ないかもしれないけどね!」

 

 「なるほど……。では、やってみます。」

 

 「僕、魔法を使っているところを見るの初めてだ……!頑張って、アル!」

 

 アルの周りでベルとヘスティアが応援し始める。

 二人の期待に少しプレッシャーを感じながら、アルは詠唱式を紡ぎ始めた。

 

 「まずは、一番上の詠唱から参ります。

 【我が解き明かすは真理、我が求めるは神秘。我が手に杖を、我が魂に啓蒙を。来たれ、賢者よ。我は最後の王の長子。この血に魔術を教えたまえ。】

 おぉ、頭の中に何かが思い浮かんできます!」 

 

 「アルくん、それはなんだい?!」

 

 「『ソウルの矢』『ソウルの太矢』『魔法の武器』……。

 まだ少しありますが、魔術の使い方や使用回数なども浮かんできました!

 どうやらこの魔術なるものを覚えられるようです!」

 

 「凄いや!僕も魔法が出ないかなぁ!」

 

 アルの規格外の魔法に、ベルは強い憧れを抱く。

 魔法というものは、英雄の切り札だというイメージが強いからである。

 そんなベルの様子に気が付いたヘスティアはフォローを入れる。

 

 「魔法は勉強すれば発現しやすくなるらしいし、何より自分らしいものが出ると聞いている。

 ベルくんも、ずっと頑張っていれば魔法が出るさ!」

 

 「あぁ、ベルならばやれるさ。私はそう信じている。」

 

 「分かった!僕、もっと頑張ります!」

 

 「それでよし!じゃあアルくん、次の詠唱行ってみよう!」

 

 そうして、アルの使える魔術、呪術、奇跡の確認が行われた。

 アルは二人の協力によって、紙に魔法の効果と使用回数などを記録することが出来た。

 詠唱すれば確認はできるのだが、パーティーを組むベルと、主神であるヘスティアにも見てもらうための計らいだった。

 

 「この『浄火』ってカッコいい名前だね!けど、モンスターを直接つかむなんて危ないかなぁ。」

 

 「ボクはこの『生命湧き』とかいいと思うな。ポーションも節約できて、二人とも無事に帰ってこれる確率が上がるかもしれないしね。」

 

 「これは、何を使うか悩まされますなぁ。色々と使ってみて、ベルとのコンビネーションを考えてた方がよさそうです。

 ベル、明日もダンジョンに潜るだろう?少し、付き合ってもらえるか?」

 

 「勿論だよ!けど、アルは魔法を使うための杖とか持ってるの?」

 

 「確か、母上が箱に入れていたような気がする。明日の朝用意しておくさ。」

 

 「よぉし、じゃあ今日は寝よう!おやすみ、二人とも!あ、その前にアルくん、ちょっとちょっと。」

 

 寝る前にアルとヘスティアが少し話をして、ヘスティア・ファミリアは一日を終えた。

 アルは、自分の毛布にくるまると、やっぱり足が飛び出している感覚があることに気づいた。

 足元は寒いけれど、なんだかとても温かい気持ちになって眠りについた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「うーん……。アルの出来ることが多くなりすぎて、難しいね。」

 

 「あぁ、そうだなぁ。私も考えるタイプではあるんだが、こうも増えるとなぁ……。

 『ソウルの矢』を使うより突いた方が速いと思ってしまう時があるし、私が何を持ってきたか分からなくなりそうだ。」

 

 アルとベルは翌日、ダンジョンの1階層を何度も行ったり来たりし、魔法の確認をおこなった後、6階層に来ていた。

 アルは、「魔術師の杖」と「粗布のタリスマン」を持ってきて、1階層でひたすら魔術や奇跡や呪術を試してきたのだ。

 周りの冒険者は、浅い階層をマラソンする二人を怪訝な目で見ていたが、アルが魔法の入れ替えを行うには必要なことであったので、二人は恥ずかしさを押し殺しながら検証をしたのだった。

 

 結果として、アルは遠距離攻撃を手に入れられたものの彼の持ち味そのものが失われる可能性に気が付いた。

 ソウルの矢を打つ暇があるなら、突き込んだ方が速い。火の玉を投げる間があるなら盾で殴ったほうが速い。

 そもそも、盾をもって前に出る役割が強いアルにとって、魔法戦士というものはあまり向いていない。

 より強い魔法を使えるようになったならばある程度使い分けが効くのであろうが、まだその段階にいないアルにとっては魔法は剣と盾ほど頼れるものではなかったのだ。

 

 「そうだ、アルに魔法の先生がいたらいいんじゃないかな!」

 

 「おぉ、先生がいたら使い方や使いどころが分かるのだろうが……。いかんせんヘスティア・ファミリアは我々だけだからなぁ。

 師事すべき先達がいないのが残念だ。まぁ、今はやれることをやるだけさ。さぁ、ウォーシャドウたちだ。来るぞ!」

 

 二人は話をやめて、ウォーシャドウ相手に大立ち回りを開始した。

 しかし、数日前より格段に強くなっている二人は、物足りない気持ちのまま、今日のダンジョン探索を終えた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「聖火の黒剣、素晴らしいものだな。今まで以上に背中の安心感がある。」

 

 「いいよね、これ。アルが持ってた素材を使ってもらったんだって。ありがとう、アル。」

 

 「ははは、それで私を一度救ってくれているのだ。それだけで十分さ。さぁて、エイナ殿にお伺いを立てるとするか。」

 

 二人はギルドへと戻り、エイナを探し始める。

 目的はただ一つ、更なる下層への進出の許可を取ることである。

 本来、冒険者がアドバイザーに対してここまで下手に出ることはない。

 しかし、ベルもアルもエイナのおかげで何とかなっているのだという自覚とそれに対する深い恩義を感じている。

 だからこそ、彼女の言うことを聞くし、彼女がダメだというならば基本はダメなのだ。

 

 「あれ、ベルくんとアルくんじゃない?どうかしたの?」

 

 「7階層に行く許可をください!」

 

 「我ら、かなり成長しました故、ウォーシャドウでは物足りないのです。」

 

 エイナは、二人のその言葉に愕然とし、絶叫した。

 

 「何を言ってるのあなたたちはぁ!7階層なんてダメ!ウォーシャドウで物足りないなんて気のせい!」

 

 「でも、僕たちアビリティがDになったのがあるんですよ!」

 

 「まぁエイナ殿がそれでもと仰るなら引き下がるが……。」

 

 エイナは、ベルが嘘をつく性格ではないことを知っているし、アルが嘘を許すような人間ではないことを知っている。

 だからこそ、エイナは、最終確認のために二人を個室の相談室に連れ込むことにした。

 そこで、二人の鎧と服をはぎ取り、背中に刻まれたステイタスを見た。

 

 エイナは、リヴェリアの付き人、アイナ・チュールの娘である。

 王族の付き人たるもの、教養は必須。

 その娘であるエイナも神聖文字を読める程度の教養は叩き込まれているというわけだ。

 

 「本当に、二人ともDになってるアビリティがある……。

 私に読めない部分も何個かあるけれど、決して虚偽申告ってわけじゃない……。

 けど、7階層に行くにはなぁ……。」

 

 エイナはベルとアルを交互に見比べる。

 アルはボロボロではあるが全身鎧で盾も持っている。合格だ。

 問題はベルである。スタイルの問題もあるかもしれないが、ただの胸当てしか装着していないというのは心もとない。

 せめてある程度の鎧やプロテクターはつけておかないと危険だ。

 何より、この二人は短期間で「万が一」の状況を引き当て続けている。

 万が一の時に必要なものが確実に必要になってくるレベルの悪運だ。

 

 「よっし、しょうがない。二人とも、明日は時間あるかな?」

 

 「僕は暇ですけど……。アルもだよね?」

 

 「すまないが、私は先約があってな。」

 

 ベルは珍しくアルが先に予定を入れていることに驚いた。

 アルは仮に予定を入れていたとしても、些細なことでも共有するようなマメな性格をしているから、ベルはその予定が気になってしかたがない。

 

 「えぇっ?!どうして?!何するの?!」

 

 「あぁ、ヘスティア様が内密に行ってこい、とな。まぁ我が主神のことだ、悪い内容ではないだろう。

 エイナ殿、私が伴う必要がありますか?」

 

 「ベルくん一人でも大丈夫だよ。むしろ、ベルくんがダメだったなら、先送りになってたかも。

 それじゃあ、ベルくん、明日はデートしよっか!」

 

 「えぇえええ?!」「うわっはっはっは!」

 

 驚愕のあまり叫びだした冒険者の声と、その反応が予想通り過ぎて思わず笑いだしてしまった冒険者の声が、夕暮れのギルドの中で響いたという。

 




 受付嬢の制服

 ギルドの受付嬢に支給される制服

 フォーマルなその服装は 冒険者と対極の位置にある

 ある神曰く そのお固さがいいとのことだ

 神の趣味はしばしば 下界の人間よりも低俗だ

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