ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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 オラリオの細い路地の本屋

 オラリオに存在する数少ない本屋の一つ

 本好きには知られている名店で どこからか名本を仕入れてきている

 ただ 店主は語る
 
 安く買いたたかれるのだけは御免だ と


第十二話 デート

 

 「お目通りが叶って大変うれしく思います、神ヘファイストス。

 我が主神ヘスティア様から、そのご活躍はお伺いしております。」

 

 「ねぇ、ヘスティア。ホントに固いわねこの子。」

 

 「へへん、ボクの自慢の子だよ!アルくん、ごめんね、こんな朝早くから……。」

 

 「いえいえ、内密に神に拝謁するともなればこうもなりましょう。」

 

 アルは、ヘスティアとともに、早朝ホームを発ち、ヘファイストスのもとを訪れていた。

 先日アルとヘスティアが話していた内容はこれだった。

 ヘスティアとしてはもう少し時期を遅らせておきたかったところだが、ロキとの邂逅や深淵の発露のことを考えて、今日を指定したのだった。

 

 「さてさて、じゃああんたは仕事に行って頂戴。

 さぼりでもしたら許さないからね?」

 

 「分かってるって!それじゃあアルくん、後はよろしく頼むよ!」

 

 手をひらひらと振って、ヘスティアが退出すると、部屋はアルとヘファイストスの二人きりになる。

 先ほどとは打って変わってヘファイストスの纏う雰囲気は剣呑なものになる。

 

 「アルトリウス、ヘスティアがあなたを眷属として受け入れている以上は色々言うつもりはないけれど……。正直私はあなたを簡単には受け入れられないわ。あなたも、あなたの語る神話とやらも、そしてあなたに楔石の原盤を与えたというあなたのお母さんもね。」

 

 「左様でございますか……。それはもとより覚悟の上の事。

 私が忠義を尽くすはヘスティア様のみ。あのお方を守るが我が使命。

 たとえヘファイストス様に受け入れられなくとも、そこを違えるつもりはありません。」

 

 「本心からそう思っているようね。ならいいわ。あなたがヘスティアを守っている限り、信用してあげる。」

 

 「ありがたき幸せです。」

 

 ヘファイストスは肩に入れている力を抜いた。

 もとより、言うほど警戒したりするつもりはなかった。

 ただ、アルからの言葉を聞きたかっただけなのだ。

 ヘスティアは優しすぎて、本当に危険なものでも抱えてしまうかもしれないと、ヘファイストスは無二の神友として断言できる。

 だからこそ、彼女自身で確かめたいと思ったのだった。

 

 「さぁて、それじゃああなたの獲物を見せてもらいましょうか?聖剣なんでしょう?」

 

 「えぇ、たとえなんと言われようとも、これが私の聖剣にございますよ。」

 

 アルは背負っていた大剣を膝をついてヘファイストスに捧げる。

 ヘファイストスはそれを手に取って丹念に見分し、口を開いた。

 

 「ねぇ、聖剣ってなんだかわかる?」

 

 「聖なる剣、すなわち邪悪なものを断ち切る剣でしょうか?」

 

 「まぁ結局そうなるんだけど、その本質は別のところにある。

 聖剣は、精霊や神が加護を与えた英雄に捧げる剣なのよ。

 その力は理を覆すほどに強力なものばかりだけれど、当然代償は存在するわ。」

 

 「代償、ですか?」

 

 「そう、誓約と言ってもいいわ。例えば、聖剣を人を害するために使えばその力は失われる、とか。ある人物以外には使えない、とか。聖火の黒剣もそういう意味では聖剣にあたるのかもしれないわね。加護は与えてないから部分的でしかないけれど。

 さて、本題。この剣はたしかに聖剣よ。何者かが契約を結び加護を与えたような残り香を感じる。けど、この剣は聖剣としてはもう折れている。その本来の力を出すことはもうないでしょうね。」

 

 アルは愕然としてしまった。

 アルが夢の中で見たあの深淵の魔物、マヌスを切り払うには聖剣は必須だと思っていたからだ。

 スキルにもわざわざ書いてある以上は関係がないわけではない。

 アルは深い絶望感というものを感じてしまった。

 

 しかし、折れるなという使命を深淵歩き本人から与えられた以上、あがき続けねばならない。

 アルは、鍛冶の神にすがった。

 

 「ヘファイストス様、この剣を聖剣として蘇らせるにはどうすればよいのですか?

 私はどうすればこの剣を本来の姿に戻してやれますか?!」

 

 「そうねぇ……。剣を納得させる、あるいはもう一度奮起させることができれば、あなたに力を貸してくれるようになるかもしれないわ。

 もっとも、聖剣は折れてしまった以上は二度ともとには戻らないと言われている。

 あきらめてもいいと思うけど?」

 

 「いえ、この剣でなくてはいけない理由があるのです。この剣は母の託してくれたものであり、先代の使い手から受け継いだものでもあります。

 その御方の遺志を全うしたいのです。」

 

 ヘファイストスはアルの真剣な声色に、その強い意志を見出した。

 それ以上は語らずに、アルに聖剣を返した。

 

 「頑張りなさい。」

 

 「無論です。」

 

 鍛冶の神のエールを受けて、アルは奮起した。

 ただの一言でここまで力を感じるのは、ヘファイストスが鍛冶の神の中でも無類の腕を誇っているからであろう。

 アルは意気揚々と挨拶をしてから帰ろうとすると、ばたりと戸が開いた。

 

 「主神様~。手前の新しい鎧の出来を見てくれんか?

 おぉ、アル公ではないか。息災か?」

 

 「椿殿……?私は元気ですが……。まさかヘファイストス・ファミリアの鍛冶師であられましたか。」

 

 「あら、知り合いなの、二人とも?」

 

 「ほれ、この間良い鎧と出会ったと言ったであろう?その持ち主がこのアル公よ。」

 

 「なるほどねぇ。」

 

 アルは偶然の出会いに驚くとともに、ヘファイストスと親し気に話す椿の様子に言葉が出てこない。

 椿はあまり上下関係を丁寧に気にするタイプとは思えないが、商業ファミリアとしてトップクラスに位置するヘファイストス・ファミリアの主神に対してこのような態度が取れることが信じられなかった。

 

 「そうだ、今度苗字を教えると言っておったな。手前は椿・コルブランド。このファミリアの団長よ。」

 

 「なるほど、合点がいきました。あの見事な業、最上級鍛冶師(マスター・スミス)ともなれば納得だ。」

 

 「手前がお高い女だというのは本当の事であったろう?」

 

 「そうですな。私の鎧の修繕にいくらかかるか分かったものではない。これは一生かけねば貴方に仕事をしてもらえ無さそうだ。」

 

 「それで?椿の新作がアルトリウスの鎧をもとに作られているなら、見比べてあげましょうか?」

 

 ヘファイストスが、少し面白そうに、鎧の性能を見比べてみようと言い始めた。

 椿としては、かなり自信をもって作った試作品なので、良い評価が得られるだろうという確信を持っている。

 アルは空気をよんで手甲を脱ぎ始めた。

 

 「どれどれ……。椿のは値段をつけるとしたら1億ヴァリスはいってもおかしくないけど……。ダメね、あなたの負けよ。価格ではあなたが勝つでしょうけど、武具としてはあなたの方が負けるわ。」

 

 「なんと、辛口であるなぁ、主神様は。」

 

 「私にも、どこに差があるのか一見した限りではわかりません。とても良い鎧であるということぐらいしか……。」

 

 「差が出たのは耐久性の部分よ。椿の作った鎧は精巧に作られてはいるけれど、ここの小さい部分とかは他と比べて脆くなり過ぎてる。硬度はそのボロボロの鎧よりもあるでしょうけど、この部分が破砕すれば全体の動きが一気に悪くなるわ。

 その点、この鎧は小片一つ残らず適切な硬さのバランスが取られてる。全体をイメージして設計されているわ。

 椿、あなたアイデアが先行しすぎて、全体のバランスのこと忘れてたわね?」

 

 「その鎧の精巧な技術を超えたくてなぁ。気が逸ってしまったわ。はっはっは!」

 

 「しかし、椿殿の鎧も見事ですよ。この裏地の部分は使い手のことを考えて丁寧になめしているのが伺える。

 それに、ここの空間は仕込み武具を入れるためのものでしょう?あらゆる使い手の事を考えているというのもわかる。」

 

 「こう素直に褒められると照れるな!」

 

 アルは新品の鎧をありとあらゆる角度から嘗め回すように鑑賞していた。

 アルとてピカピカの鎧に興奮しないわけではなく、その機能性の高さに驚かないわけでもない。

 アルは、自分の鎧をいつかこの鎧のように、本来の四騎士が賜ったままの美しい姿に戻してやりたいと願った。

 そんなアルの願いを知ってか知らずか、椿がある提案をする。

 

 「アル公、出来れば金を払うという矜持を引っ込めて、その鎧を修繕させてほしい。

 その鎧に負けた以上は研究したいのだ。」

 

 「なるほど、そういうことならば、といいたいところですが、修繕している間の防具がないことには稼ぎに行けません。零細ファミリアである我々にとっては死活問題になりえます。

 それに、やはり何も為さずに貴方の提案を受け入れるのは気が引ける。ですから、こういたしましょう。私がレベル2になり、光り輝く鎧に相応しい騎士になれば、修繕をお願いしましょう。」

 

 アルが手甲を着ながら答えると、ヘファイストスが突っ込んだ。

 

 「主神の前でただ働きの話なんてしないでくれるかしら?」

 

 「それもそうだ!はっはっは!」

 

 「全くその通りですな。ははは!」

 

 椿とアルの商談に、ファミリアの主神からのツッコミが入り、おかしくなって二人は笑い出した。

 最上級鍛冶師が、駆け出しの冒険者の鎧の修繕をするなどという話がそもそもおかしい。

 その上、ただ働きで修繕するとなると大ほら吹きの話もいい所である。

 

 しかし、椿は笑ってはいるものの本気ではあった。

 【単眼の巨師(キュクロプス)】とうたわれた彼女は、ひげ面で上半身裸の鍛冶の神アンドレイや神の国アノールロンドが誇る巨人の鍛冶師といった者たちに挑もうというのだ。

 そこに本気にならずして、鍛冶師が名乗れるであろうか。

 

 「では、アル公。早くレベルアップしてくれよ?手前は待つのは苦手なんだ。」

 

 「貴方が待ちくたびれるより早く、レベルアップすることをお約束します。

 では、私はこれで失礼いたします。本日はありがとうございました。」

 

 「気を付けて帰りなさい。あなたになにかあったらヘスティアがうるさいわ。」

 

 「またな、アル公。」

 

 「えぇ、お二人ともお元気で。」

 

 こうしてアルはヘファイストスの執務室から立ち去った。

 アルの予定はこれで終わり、アルはヘファイストス・ファミリアから出てエレベーターに乗り込みながらこれからどうするかを考えていた。

 ベルとの合流は難しいだろうし、一人でダンジョンに潜るのも悪くはないが、いまいちそういう気分にはなれない。

 そうしていると、アルは前から駆け込んでくる若い男とまっこうからぶつかってしまった。

 

 「おっと、すまねぇ!悪かったな。」

 

 「いや、こちらの手落ちだ。避けられなくて申し訳ない。」

 

 「悪いのは急いでた俺の方だ。さっさとしねぇと辺鄙なところに俺の品が並べられちまうんでな。駆け出しの鍛冶師にゃ死活問題なんだ。」

 

 「ならば急いでくれ。私が貴公の商売の邪魔をしてしまったら気分が悪い。もう気にしないでくれ。」

 

 「そんじゃあ恩に着るぜ!じゃあな!」

 

 そう言ってエレベーターに駆け込む赤い髪の男の後姿を見送りながら、アルは彼の商売繁盛を祈った。

 いい使い手に彼の作品が見つかってくれますように、と。

 

――――――――――

 

 アルはオラリオをぶらつきながら、調べ物をすることにした。

 自身のことや、聖剣のこと、深淵の事、そして魔法についての知識を得るためだ。

 特に魔法については本などを手に入れられれば使い方のヒント程度は得られるだろう。

 

 「おぉ、ここが本屋か。ようやく見つけたぞ……!」

 

 オラリオは良くも悪くも冒険者の街である。

 飯屋や宿屋、武器屋に風俗街、そういう冒険者好みの施設はたんまりある。

 しかし、本を好む冒険者は少ない。

 魔導士であっても、勉強熱心なものでない限り、本をたくさん買うなんてことは少ない。

 だからオラリオには本屋は少ないのだ。

 そういうわけでアルは苦労して苦労してようやく本屋を発見したのであった。

 

 「失礼いたします。こちらで本を取り扱っているというのは本当ですか?」

 

 「ん……?兄ちゃん、魔導書(グリモア)ならうちでは置いてないよ。普通の本なら山のようにあるけどねぇ。」

 

 「その、グリモアなるものはよく知りませんが……。求めているのは魔法の指南書や、伝記神話の類です。」

 

 「そうかい。若いのに本で学ぼうとするなんて感心感心。どれ、この老いぼれも魔法の指南書ならあてがある。少し待ってな。持ってきてやる。」

 

 「ありがとうございます、店主。」

 

 そうして、年老いた本屋の店主が奥に引っ込んでいき、分厚い本をもって戻ってきた。

 その本は年季が入っており、価値が高そうに見える。

 

 「こいつはな、とってもいい本だ。自力で魔法を勉強するならこれがいい。安くしといてやる。」

 

 「そこまでしてもらってよろしいのですか?」

 

 「どうせ、客がほとんどいないんじゃ商売にならん。よく来るのはやかましいアマゾネスとおっかねぇエルフくらいさ。あとはたまにしか来ん。兄ちゃんが来るようになりゃ少しは飯代が稼げる。」

 

 「そういう事であれば……。あぁ、店主、よければ私が他にも求めているような本を見繕っていただきたい。聖剣について分かる本、人の魂について分かる本、そして、グウィン大王について書かれた本です。」

 

 「前の二つには心当たりがあるがねぇ。一番最後のは聞いたこともない。どれ、探してきてやろう。そこに椅子があるだろう?その間にこの本を読んでおいても構わんよ。座って読んでな。」

 

 そういってまた店主は奥の本棚に引っ込んでいく。

 アルはその厚意に甘えて、本を読みだした。

 タイトルは『大魔導士の帽子の中身』。一見ふざけたタイトルに見えるが、その内容は最初から濃密であった。

 魔法とは何か、その鍛錬の仕方、使いどころ、様々な考察も交えて綿密に書き込まれている。

 黙々と読み進めていると、本屋の扉が開いた。

 

 「店主、いくつか本を……。奇遇だな。」

 

 「リヴェリア殿……?幻、ではないですね。本当に偶然だ。」

 

 その扉を開けたのはリヴェリアであった。

 特徴的な杖は持っておらず、ただの休日の外出であることがうかがえる。

 

 「あぁ、そうだ。店主なら今本を探してもらっているところです。

 リヴェリア殿もよろしければこちらでお待ちになってはいかがですか?」

 

 「そうさせてもらおうか。しかし、お前は堅苦しすぎる、もう少し肩の力を抜け。

 そういうのは私も疲れるんだ。できれば気軽に話してほしい。」

 

 「善処はいたしますよ。その、リヴェリアど……さん。」

 

 「ふふ、なんだその呼び方は。」

 

 「むしろ貴方に敬意を払わない方が難しいのですよ……。」

 

 リヴェリアが、アルの横に椅子を置いて座る。

 アルは恩義を感じている相手の願いにこたえようと努力するものの、上手くいかない。

 もとより不器用で愚直な人間なのだ、器用に人を呼ぶのは得意ではない。

 それにアルは、ヘスティアのように敬意を払うべき人には敬意が伝わるように話し、ベルのように対等で心の通じ合った仲間に対してだけ気楽に話すのだ。

 敬意を払うべき人間であるリヴェリアに対してさんづけするだけでも快挙といえるだろう。

 

 「ほう、その本を読んでいるのか。あの店主の勧めだな?」

 

 「えぇ、そうです!これは素晴らしい本だ。とても分かりやすいです。」

 

 「しかし、魔法について書かれた本を読んでいるところからして、魔法が発現したのか。」

 

 「はい。師事すべき先達がおりませんから、こうして本で勉強しようと思い至ったのです。」

 

 「ふむ、そうか……。」

 

 リヴェリアが少し考え込むように腕を組み始めたところに、店主が戻ってきた。

 

 「兄ちゃん、『聖剣大全』と『魂魄大解剖』はあったよ。けど神話と伝記のところをある程度探してみたが、グウィンなんて王様について書かれた本はなかったよ。悪いねぇ。

 って、あんた来てたのか。全く、あんたはいい本を安く買っていくからあんまり来てほしくないんだ。」

 

 「ならば商売のやり方を工夫することだな。」

 

 「はいはい、全く王族様は商売人泣かせなことだ。さて、兄ちゃん、勘定だが三冊1万ヴァリスで売ってやる。」

 

 「随分と破格で売るじゃないか。私にもそれぐらいで売ってくれないか?」

 

 「あんたが買う本は一冊で10万ヴァリスもするような希少本ばかりじゃないか。商売あがったりだよ。全く、仕入れにどれだけ苦労してると思ってるんだ。」

 

 アルは店主とリヴェリアのやり取りから、長い付き合いなのだと察しがついた。

 そして、軽口を叩き合う二人を楽しげに見つめながら、腰元から財布を取り出した。

 

 「店主、1万2千ヴァリスで買わせていただきます。こうして本を見繕ってくれたのです、チップを払うぐらいよろしいでしょう?」

 

 「ほれ、ごうつくエルフ。こういうのがいい客ってんだ。その2千ヴァリスは今度来た時に使ってくれ。また顔を出してくれりゃ気分も晴れる。」

 

 「では、必ずまた来ます。1万ヴァリスです。」

 

 「毎度。で、エルフさんは何をお求めで?」

 

 「『黒龍譚』『精霊伝』『賢者の指』を頼む。仕入れたそうじゃないか。」

 

 「どこで聞きつけたんだか……。あいよ、持ってきてやる。」

 

 リヴェリアが店主に注文して、店主はそれに不服そうな顔をしながら奥に戻っていった。

 どうやら相当にいい本らしい。店主の言葉が正しければ、それを安く買う気なのだろう。

 アルは邪魔しないように挨拶だけして立ち去ろうとするが、リヴェリアが引き留めた。

 

 「すまないが、この後時間はあるか?」

 

―――――

 

 リヴェリアの買い物も終えて、二人は連れ立って店を出た。

 アルは内心どうしたものか、とバクバクしていたのだった。

 どんな用事があるのか、はたまた先日のように試練を課されるのか、いろいろと心配していると、挙動が不審になっていたのかリヴェリアが先に口を開いた。

 

 「なに、大したことじゃない。少し食事と話に付き合ってもらいたいだけだ。」

 

 「話……ですか?」

 

 「あぁ、お前には伝えておかなくてはいけないことがあるからな。あぁ、ここだ。」

 

 リヴェリアが立ち止まったところは隠れ家的なお店であった。

 小さな看板がかけられていてそこにはメニューがいくつか書かれていた。

 リヴェリアがつかつかと入っていき、アルはおっかなびっくり後ろについた。

 

 「あら、いらっしゃい。あなたが誰かを連れてくるなんて初めてね。」

 

 「そうだったか?まぁいいだろう。いつものを頼めるか?それと、この子にはメニューを。」

 

 「はい、かしこまりました。」

 

 どうやら小さなカフェのようで、老女が一人で営業しているようだった。

 アルはその落ち着いた雰囲気に和みながら、リヴェリアの誘導に従って席に座った。

 

 「いいところだろう?私も気に入っているんだ。」

 

 「えぇ、落ち着いていて気分が安らぎます。しかし、よろしかったので?」

 

 「いいんだ。お前のように振る舞いがしっかりしているものでないとここには似合わない。ガレスがこんなところで茶を飲んでいるのを想像できるか?」

 

 「師にはもっと騒がしくて荒々しい場所が似合っているでしょうな。ここは少し柔らかくて甘いにおいが強い。勇壮な戦士には向いていないでしょう。しかし、私もまだまだ未熟者。振る舞いなど貴方の足元にも及ばない。」

 

 「謙遜するな、お前は私が見た中で三本の指に入るくらいには礼儀正しい奴だとも。」

 

 リヴェリアのような王族に礼儀を褒められて、アルはとてもうれしくなった。

 アルは騎士を目指してはいるが、母との貧乏二人暮らしで騎士とは程遠い生活を送ってきたため、騎士らしい振る舞いが出来ているかは自信がなかったのだ。

 高貴な人に認められたというだけでも、アルは憧れに近づいたような気がしたのだ。

 

 「はい、メニューよ。あなた、とっても大きいのね。少し多めに作ってあげるから、なんでも頼みなさいね。」

 

 「かたじけない。では、拝見します。」

 

 アルはメニューを開いて、いろいろとみて、すぐに何を食べるかを決めた。

 店の看板に書かれていた料理と、飲み物だ。

 それを店主に伝えると、店主は笑って厨房に戻っていった。

 アルが食事のために兜を外し、椅子の上にそっと置くとリヴェリアがまた口を開いた。

 

 「さて、お前に伝えねばならないことがあるといったな。それは謝罪だ。」

 

 「私に対して謝らねばならないことがありますか?何度も助けていただいただけでなく、迷惑も散々かけている。リヴェリアどっ、さん、には感謝しかありません。」

 

 「いや、お前とお前の友人が門前払いを食らった件についてだ。やはり門番の独断だったようだ。最近改宗してきたやつなんだが、自分の立場を確立しようと躍起になっていたらしい。曰く、新人が来たら自分の存在感が薄れてしまうと思った、だそうだ。

 気持ちは分からないわけではないが、どのファミリアに所属するかは人の人生を左右することだ。既に厳罰を下している。

 その上で、我々からの謝罪を受け取ってほしい。申し訳なかった。」

 

 「いえ、結果として我々はヘスティア様に出会えました。そういう御縁だったのでしょう。その厳罰というのはどういったものですか?あまりに酷いものであれば少しは軽くしてあげて欲しいのです。」

 

 「つくづくお前は優しいところがあるようだな。自身を害した人間を庇うなど……。

 厳罰とは言ったが、ガレスに根性を叩き直させているだけで、一日百本かかり稽古をさせている。」

 

 「羨ましいですな。師との稽古のおかげで、私は成長することが出来ましたので!」

 

 「……大抵は一本やるだけで根を上げるんだがな。ふふ、おかしなやつめ。」

 

 口元を抑えて笑うリヴェリアにアルは少しドキッとした。

 兜越しでないゆえにはっきりと見えた、目の前に座ってごく自然な風に笑う姿がとても美しく感じられたからだ。

 自身の動揺に気が付いてアルの顔が赤くなり始めたところに、店主が料理を持ってきた。

 

 リヴェリアの前には山の幸を使ったあっさりとしたスープとサラダとサンドウィッチ、そして水が置かれた。

 アルには海の幸と山の幸をまんべんなく使ったランチプレートとスパゲッティ、おすすめドリンクの紅茶が届いた。

 

 「さぁお上がり。ご注文の品さ。」

 

 「ありがとう。」「ありがとうございます。」

 

 「では食べるとしようか。」

 

 「えぇ、そういたしましょう。」

 

 二人きりの食事が始まった。

 アルの動揺も、食事が始まればその美味しさに打ち消された。

 アルは静かにその美味しさをかみしめた。

 アルが、冒険者好みとは真逆の淡泊であっさりとしていてそして上品な味わいに舌鼓をうっていると、リヴェリアはまたくすくすと笑う。

 

 「心底おいしいといった風に食べるのだな。やはり連れてきてよかった。こうして味わって食べてもらえるような人間でないとな。」

 

 「本当に美味しいです。味の濃い料理も嫌いではありませんが、やはり少し疲れてしまう。

 この料理のように味わい深い風味豊かなものはいくら食べても食べ飽きません。それにこの紅茶も相性がいい。店主の料理への知識とこだわりがうかがえます。貴方に連れてきたいただけなければ一生出会うことはなかったかもしれない。

 本当にありがとうございます、リヴェリア……さん。」

 

 「気に入ってもらえてよかった。だが、まだ少し固いな。ふふ、まぁいいか。

 そうだ、魔法の先達がいないと言っていたな。ロキから幹部へのお達しだ。お前にはヘスティア・ファミリアに対しては協力してもかまわないということだそうだ。まぁ言ってしまえば、体のいい監視だろうが……。

 せっかくだから、私が少し教えてやろうか。何せもう長く生きている、お前からすれば老婆のようなものだからな。」

 

 ロキの思惑は、半分はリヴェリアの言っていた通り監視で、もう半分はやけくそであった。

 どうせ巻き込まれるくらいなら、さっさと強くしてフレイヤが大っぴらに欲しがるようにしてやろうという魂胆である。

 そうすれば、フレイヤが巻き込むのはロキ・ファミリアだけではなくオラリオ全体になる。

 ロキ・ファミリアに対する負担は軽減されるであろうというわけだ。

 

 アルはリヴェリアの提案を嬉しく思うも、すこし気に食わない点があった。

 

 「ご提案は大変うれしく思いますが、決して貴方は老婆などではありませんよ。貴方は私からすれば若く美しく高貴な御方だ。

 それに、一般的にも長命のエルフがたかだか百年二百年生きたところで、人の一生のうちの二十代にさしかかったくらいでしょう。

 どこが老婆ですか。まだまだこれからだ。それに貴方は王族でありながら森を飛び出していったのでしょう?お転婆な御姫様が年寄りぶったところで、誰も信じたりはしませんよ。」

 

 リヴェリアは嬉しいような怒ったほうがいいような、よくわからない気持ちになっていた。

 その混乱しているリヴェリアに対して、アルはさらにまくしたてる。

 アルはとにかくリヴェリアを思いやる気持ちが滾々とあふれ出していた。

 今まで積み重ねていた尊敬の念と、恩義に対する義の心と、そして最初に会った時と今感じたどきどきするような感覚からの事であった。

 

 「とにかく貴方はまだまだお若く、お美しいのでございますよ。あぁけれど心配でもある。貴方が長命であることだ。いかに強い女性でも心の痛みには敵わない。

 遠い未来、貴方が寂しい気持ちになってしまうのではないかと思うと心が痛む。貴方は私の救い主で、尊敬する御方だ。貴方が悲しいと私も悲しくなる。

 あぁ私が不死人であったならば、ずっと貴方を楽しませられるかもしれんのになぁ……。」

 

 アルの言葉はすべて真心からであり、リヴェリアが悲しむ未来を予測してしまったからこのように一方的に話してしまったわけである。

 しかし、受け取り手のリヴェリアがどう思ったであろうか。

 他人がここまで人の未来のことを思いやって挙句の果てには「ずっと貴方を楽しませられるかもしれんのになぁ」である。

 一方的ではあるが、将来の幸せに貢献したいというセリフだ。

 プロポーズの域に片足を突っ込みかけている。

 女性経験の一切ないアルにそんなことわかるはずもないのだが、リヴェリアはさらにパニックに陥った。

 アルの今までの行いが「色恋沙汰関連」に思えてしまい始めていた。

 しかしそこは年長者として、魔導士として、無理やり落ち着きと冷静さを取り戻す。

 頭を切り替えて、一人の世界に入り込みかけているアルを連れ戻しにかかる。

 

 「分かった、もう分かったからそれくらいにしろ!」

 

 「お、おぉ申し訳ありません。大変失礼しました。」

 

 「全く……。それで、私から魔法について教わるか、教わらないか。どっちだ?」

 

 「ぜひとも、よろしくお願いいたします。」

 

 一波乱はあったものの、オラリオの小さなカフェにて、魔法講座が開かれようとしていた。

 




 王族御用達の喫茶店

 エルフの王族 リヴェリア・リヨス・アールヴが通う喫茶店

 エルフたちの羨望の目や 副団長としての重責を逃れる時

 彼女はそっとそこに立ち寄る

 偶然出会ったのならば どうかそっとしてあげることだ

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