ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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 リリのバックパック

 リリルカ・アーデの持つバックパック

 ベル・クラネルのものとは比べ物にならないほど大きい

 その中身はリリしか知らない

 彼女にとって 秘密とは武器の一つだ


第十四話 おいた

 

 アル、ベル、そしてリリは初めて到達する7階層でキラーアントと交戦していた。

 

 「はぁぁっ!」

 

 「オリャァッ!」

 

 アルが最前線に立ち力任せにキラーアントたちを薙ぎ払い、ベルが漏れてきたものをウサギのような俊敏さで狩り尽くす。

 二人のコンビネーションは新しい階層であっても通用していた。 

 しかし、ダンジョンは生易しいものではない。

 二人の予測を上回るスピードで、新たなキラーアントが壁から生まれ落ちてくる。

 

 「アル様、左後方!ベル様は右です!」

 

 「了解したッ!」

 

 「任せてっ!」

 

 リリの指揮に合わせて、二人は視界の外にいたモンスターを瞬時に捕捉する。

 アルはその大盾をもって壁にキラーアントを叩き付け、ミンチに変えた。

 ベルはすさまじい脚力から繰り出される蹴りで、首をへし折った。

 

 「いやぁ、お二人ともお強い!流石ですね!」

 

 ぱちぱちとリリが手をたたく。

 二人は実に見事にモンスターを打倒していた。

 足元には無数の魔石が転がっており、今までの戦闘の苛烈さが窺い知れる。

 三人は、誰かが殺し損ねたキラーアントがその断末魔をもって呼び寄せた、大量のキラーアントとの戦闘を無傷で乗り越えていたのだ。

 一般的な駆け出しの冒険者をはるかにしのぐ戦闘能力に、リリは驚かずにはいられなかった。

 

 「リリがいてくれるから、戦闘に集中できて助かるよ!」

 

 「あぁ、リリルカ殿のおかげだな。二人でカバーできないことも、三人ならカバーできる。実に能率的だ。」

 

 「いえいえ、これだけのモンスターを倒したお二人はずーっと凄いですよ!

 まぁお二人の強さは武器に依存するところがあるのでしょうが……。」

 

 リリの言うことも一理ある。

 ベルの持つ聖火の黒剣は、駆け出しが持つ武器にしては破格の性能を誇っている。

 アルの持つ大剣だって、見た目こそぼろく古臭いがあの【深淵歩き】が用いていたものなのだ。

 真の力が失われている今でも刀剣としては上質といえる。

 

 「確かになぁ。私もこの剣と盾に命を救われているといっても過言ではない。」

 

 「僕もだね。ちょっとこの剣に頼りすぎている気がするかも。」

 

 リリはベルの武器とアルの武器を見比べて、ベルの武器の方をじっと見つめた。

 少し短めのマチェーテ程度の大きさで武器の中では結構小さく、重さも軽く見える。

 実際、聖火の黒剣はナイフのように軽く、リリでも簡単に持てるであろう。

 そしてその黒光りする刀身には一つの刃こぼれも血糊でできた錆も見当たらない。

 リリは業物に違いないと、「狙い」をつけたのだ。

 

 「ベル様はどうやってそのショートソードを手に入れられたのですか?」

 

 「僕のファミリアのカミサマに頂いたんだ。アルがくれた素材を使ってね!」

 

 「それも名匠に打たれた武具なのだ。ふふ、我らがファミリアのシンボルのようなものなのだよ。」

 

 アルの声色が嬉しそうなことを気にも留めず、リリは「獲物」の勘定に入っていた。

 名匠というのがどれぐらいのレベルなのかはおおよそ察しがついている。

 ヘファイストス・ファミリアの上級鍛冶師(ハイ・スミス)以上の鍛冶師だろう。

 リリは目ざとくベルの鞘の刻印に気づいていた。

 ヘファイストスの刻印が刻めるのは上級鍛冶師(ハイ・スミス)からだというのは有名な話である。

 それだけでも値が張るが、ファミリアの象徴ともあればまず間違いなく高額に違いない。

 

 「そういえば、リリってどのファミリアに所属してるの?」

 

 「はい、ソーマ・ファミリアに。」

 

 「ソーマ……。神酒(ソーマ)を作るとかで高名なソーマ・ファミリアか。」

 

 「それより、ベル様もアル様も魔石を回収しませんか?

 胴の浅いところにあるはずです。アル様はミンチにされていますので探すのが大変かもしれませんが……。

 落ちているのはリリが回収しますから、今日はそれで上がりましょう?」

 

 そう言って、リリは自前のなまくらナイフをベルとアルに手渡す。

 二人は素直に受け取って、魔石の回収作業に入った。

 リリは誰にも気が付かれることなく、うっすらと笑みを浮かべた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 三人はその後、モンスターと遭遇することなくダンジョンから帰還した。

 お試し期間ということで、リリは魔石を一部受け取ってすぐに帰っていった。

 アルもベルも、リリを雇い続けるのに非常に前向きであった。

 戦闘に集中でき、危険があれば知らせてくれる。その上二人より魔石の回収の精度が高く、荷物もたくさん携行できる。

 文句なしの優秀なサポーターという評価が二人からリリに下されていた。

 そういうわけで、二人はエイナにサポーターを雇うことにした旨を報告しにいくと、エイナは少し悩ましげな顔になった。

 

 「うーん、ソーマ・ファミリアのサポーターかぁ……。」

 

 「なにかあるんですか?」

 

 「私は酒が有名なことぐらいしか知りませんが……。」

 

 エイナはアルがソーマ・ファミリアのことを知っていることに感心した。

 そして、その言葉にうなずいて話を続ける。

 

 「うん、そうだよ。ソーマ・ファミリアはダンジョン探索を主にやってて、少しお酒も売ってる。

 そこまでは普通なんだけど……。みんなどこか必死なんだよねぇ……。死にもの狂いって言った方がいいのかな。

 まぁそれはいいとして、二人から見てそのリリルカさんって子はどうだったの?」

 

 「はい、とってもいい子でした!」

 

 「えぇ、よく気が利いて周りが見えています。あぁいうサポーターとなら安心してダンジョン攻略が出来るというものですよ。」

 

 ベルはさらにエイナに見せつける様に銭の入った袋を高らかに掲げて、その重さを自慢する。

 

 「ほら、こんなに稼げました!やっぱりサポーターがいるだけで違いますよ!」

 

 「そっか。だったら私は反対しないよ。決めるのは二人だからね。」

 

 エイナの許可を得られたことに二人は満足した。

 今日のように稼ぎ続けることが出来れば、きっとヘスティアにもっと楽をさせてやれるだろうと喜んだ。

 別れを告げる声も、いつもよりも喜色が混じっている。

 

 「ありがとうございます!それじゃあ!」

 

 「エイナ殿、また明日。それと、このククリナイフ、ありがたく使わせていただきます。今日もありがとうございました。」

 

 二人が背を向けて帰ろうとすると、エイナはベルの腰元の鞘に、剣がないことに気が付く。

 そして、ベルもアルもそれに気が付いている素振りがない。

 エイナは大慌てで二人を引き留めた。

 

 「待って二人とも!ベルくん、ショートソードはどうしたの……?」

 

 「えっ……?」

 

 ベルはぽんぽんと、そこにあるはずの剣を触ろうとして腰を触る。

 アルも背が高く、そしてダンジョン内では先頭を歩いていたから気が付いていなかったが、じっとベルの背中を見て剣がないことを確認した。

 二人の顔色が真っ青に染まっていく。

 

 「落としたぁぁぁ?!?!」「ベルゥゥゥッ?!?!」

 

 二人の悲痛な叫びが、ギルドの中に響き渡った。

 ギルドの職員達は、このコンビがいきなり叫びだすことにもう驚きはしなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「うん、60ヴァリスがいいところだな。押しても引いても切れやしない。

 ガラクタじゃなぁ。刀身が死んでおるよ。」

 

 リリは、すり取った聖火の黒剣を売り払おうと、路地裏の闇商店に来ていた。

 しかし、そこでつけられた値段は、リリの予想を大幅に下回るものであった。

 リリは知らないことであったが、聖火の黒剣はヘスティアが直々に神聖文字(ヒエログリフ)を刻み込んだ武器だ。

 その内容はアル、ベル、そしてヘスティアの絆を称えるものである上に、ベル以外の人間にはその力を発揮できないように、入念に剣を縛りつける言葉が刻まれていた。

 楔石の原盤が使われている装備が、簡単に奪われて使われるようなことがあってはならないというヘファイストスの忠告のおかげである。

 

 リリはその売価の低さに納得できずに、店を飛び出していた。

 

 「おかしい……。あれだけのモンスターを切りつけて、刃こぼれ一つしていない業物がたった60ヴァリスなんてありえない。

 それに、ファミリアのシンボルならお金もたくさんかかってるはず……。どうして……。」

 

 ぶつくさと文句を言いながら通りを歩いていくと、前方から二人組の女たちが歩いてくる。

 リリはその中に、昨日のリューと呼ばれていたエルフがいることに気が付き、とっさに聖火の黒剣をローブの袖の中に隠した。

 すれ違ったとしてもばれるはずはないだろうと思って、何食わぬ顔で通ろうとすると引き留められてしまった。

 

 「待ちなさい、そこのパルゥム。今隠した剣を見せてほしい。

 知人の持ち物に似ていたので確認したい。」

 

 「あ、あいにくですが……。これは私のものです……。あなたの勘違いでしょう……。」

 

 リリの声は震えていた。

 リリを今までサポーターとして生かせ続けてきた危機察知能力が、警鐘を鳴らしているのを感じていた。

 アルもベルもリヴェリアに気がとられて気がついてはいなかったが、リリだけはリューが昨日突きさすような殺気を放っていたことに気が付いていた。

 そして、その殺気が今はリリに向けられている。

 

 「抜かせ。特徴的な短さ、漆黒の刀身、そして何よりも神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれている武器の持ち主など、私は一人しか知らない!」

 

 リューはコインを親指で打ち出した。

 美しい回転と弾道で飛ぶコインは、リリの手首を強かに撃ち抜き、剣を取り落とさせる。

 リリは、手首の痛みを堪えながら必死に逃げ始めた。

 

 逃げて逃げて逃げ続けて、ようやく大通りに出たというところで、リリは人にぶつかった。

 特徴的な白い髪に、赤いラインの入った鎧に身を包んだ少年、ベルであった。

 その後ろにはアルがいて、もつれて倒れた二人をそっと手をさしのべる。

 

 「大丈夫かね?おや、リリルカ殿ではないか。奇遇だな。」

 

 「いってて……、あれ、本当にリリ?」

 

 「ベル様とアル様……?」

 

 三人が恋物語(ラブコメ)めいた再会に驚いていると、リューが路地裏から飛び出してくる。

 リューは下手人のパルゥムを追いかけていたはずなのに、目の前にいるのは犬耳をはやした少女であることに驚いていた。

 

 「犬人(シアンスロープ)……?」

 

 「リューさん……それにシルさんも!」

 

 「今日はなにやら偶然の出会いが多いな。この調子で聖火の黒剣とも再会できればよいのだが……。」

 

 路地裏の奥から、今度はシルが追いついてきたのを見て、アルは何かの吉兆だと思った。

 こう何度も偶然が続くのならば、ベルが落としたという剣も見つかるはずだと信じたかったのだろう。 

 ベルも飛び起きて、パニックになりながら、剣を探していることを伝えようとする。

 

 「あ、あのっ!二人とも僕の剣知りませんか?!上から下まで真っ黒の!」

 

 「これですか?」

 

 ひょいっと、リューが取り出したのは二人が探し求めていた聖火の黒剣であった。

 アルはほっと胸をなでおろし、ベルはリューの手を握りながら感謝を述べ始めた。

 

 「そうです、これです!ありがとう!本当にありがとうございます!あーよかったぁ!」

 

 「く、クラネルさん、その……困る。このようなことは私ではなくシルに向けてもらわないと……。」

 

 「何を言ってるの?!」

 

 アルは自身の今までの行い(無自覚プロポーズ)を棚に上げて、あぁベルの女性関係は大変だなぁと考えながら、リューに礼を述べた。

 

 「実はその剣をベルが落とし、二人で大慌てで探していたのです。昨日に続き、このように助けて頂けて感謝の極みです。」

 

 「あぁ、いえ……。では、クラネルさん、どうぞ。」

 

 リューがベルの方に柄を向け、ベルがそれを握ると刀身が輝きを取り戻す。

 本来の使い手の元に戻り、その力を存分に振るえるようになったのだ。

 その様子をみたリリは、間違いなくそれが業物の輝きであることを再確認した。

 

 「カミサマごめんなさい。もう二度と落としたりしません。」

 

 「あぁ、ベル。次はないように気を付けてくれたまえよ……。」

 

 「それよりも……本当に落としたのですか?」

 

 「はい、どこにあったんですか?ギルドとバベルの間で落としたんだと思うんですけど……。」

 

 「あったというより、一人のパルゥムが所持していました。」

 

 「うぅむ、親切に拾ってくれたのやもしれんなぁ。」

 

 ベルもアルも誰かに盗まれたなどとは思ってもいなかった。

 生まれついての弩級のお人よしと生粋の騎士道精神の持ち主が、決定的な証拠もなしに誰かを疑ったりなどはしない。

 これはリリにとって好都合であった。

 

 「そうではないと思いますが……。まぁいいでしょう。では、私たちはこれで。」

 

 「ありがとうございました!」

 

 「お二人とも、お気をつけて。」

 

 リリは追手が立ち去っていくのに安堵した。

 もう誰も自分を疑うものがいない、そうリリは確信していた。

 しかし、いつの間にか近づいていたシルがそっとリリの耳元で囁いた。

 

 「あんまり、おいたしちゃダメよ?」

 

 リリはゾッとして、そこから動けなくなった。

 何故ばれたのか、いや本当にばれているのか、そんなことはどうでもいい。

 とても恐ろしいものに釘を刺されたような気がしたのだ。

 そんなリリの様子に気が付かずに、ベルはリリに声をかける。

 

 「あっ、そうだ。リリのことも探そうと思っててね。」

 

 「えっ……?」

 

 「明日も僕たちとダンジョンに潜ってくれないかな?」

 

 「ぜひお願いしたいのだよ。」

 

 リリは、優しく微笑むベルの顔も膝をついて手を差し伸べてくるアルの事も、やけに心に残ったのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 翌日、三人はまたダンジョンに潜っていた。

 隊列を組んで、チームとして立派に成立している。

 

 「ベル様、アル様。正式にリリを雇ってくださり、ありがとうございます。

 あれ、ベル様あのショートソードはどちらに?」

 

 リリは、ベルの腰に鞘も剣もないことに気が付いた。

 ベルは腰鎧を撫でながら、リリに説明する。

 

 「アルに言われてね、ここにしまうことにしたんだ。支給品のナイフをガントレットの中に入れれば、こっちに入れられるんだよ。」

 

 「いつもとは勝手が違うぞ、ベルよ。武器を抜こうとして虚空を掴む、だなんてことがないようにな。

 そういえば、リリルカ殿は契約内容をちゃんと決めておかなくてよかったのか?

 商売では大切だぞ、契約というのは……。」

 

 「いえ、大丈夫です。その方がお二人に都合がよろしいでしょう?」

 

 「えっと、どういうこと?」

 

 ベルは、リリのどこか暗い声色に何かを感じ取ったが、リリはぱっと顔を上げてにっこりと笑う。

 

 「さぁ行きましょう!お二人に頑張ってもらえればそれで大丈夫ですから!

 それと、アル様。サポーターはあまり目立っては商売がやりにくくなります。

 リリとお呼びくださいね。」

 

 「承知した、リリよ。どのみちこれからは共に命をかけて冒険する仲間だ。

 名前で呼ばせてもらうことにしよう。」

 

 「ふふっ、アルが人を名前だけで呼ぶなんて珍しいんだよ。良かったね、リリ!」

 

 「は、はぁ……。それで、今日はどれくらい行きましょうか?」

 

 「気力十分、私はどこまででもついていくぞ!」

 

 「そうだなぁ……。いけるところまで全力で行ってみようか!」

 

 大中小のトリオチームが、ダンジョンの中を進んでいく。

 このトリオチーム、抜群のコンビネーションを見せて、駆け出しにしては破格の額を稼ぐことになる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「5万5千ヴァリスゥ?!」

 

 「これは、夢か幻か?!いや、黄金に惑わされてはいけない。

 その財をふんだんに用いた王は欲望故に溶岩に沈んだと聞く。

 あぁいやしかし、なんという輝きか!」

 

 「現実だよアル!ほら、この重み!こんなにお金が手に入るなんて思ってなかったよ!」

 

 「お二人ともすごぉい!五人パーティーが一日で稼ぐ額の倍以上をお二人だけで稼いでしまいましたよ!」

 

 三人はテーブルの上に置かれた金貨袋を囲んで目を輝かせていた。

 そのわずかに開いた口の輝きが、なんとも眩しく、欲望を刺激する。

 

 「いやぁ、ウサギもおだてりゃ木に登るっていうじゃない!それだよ、それ!」

 

 「わはは、まるでカタリナ人の気持ちだ!こんなに陽気な気分になったのは初めてだとも!」

 

 「お二人が何を言ってるかさっぱりわかりませんが、今日のところは便乗させてもらいます!」

 

 ベルもアルも、そしてリリですらおかしなテンションになっている。

 それほどまでに高い稼ぎであった。

 

 「まだまだ先を目指せますよ、お二人とも!では、そろそろ分け前を……。」

 

 「あっ、そうだね。三人で分けて……分けられない!どうしようアル!」

 

 「そうだなぁ。

 常に三等分すればソーマ・ファミリアがいつも損をすることになってしまうしなぁ。

 よし、こうしよう。三で割れる時は三等分して一人ずつ受け取る。

 三で割れなくて二で割れる時は二等分してそれぞれのファミリアで受け取る。

 どっちもだめなら三人で夕飯を食べて、その後分けられるか検討しようではないか。」

 

 「それがいいね!リリもそれでいいよね?」

 

 「えっ、あ、はい。」

 

 「じゃあ今日は二等分ね!いやーこれだけあったらカミサマにご馳走できるな~!

 あっ、そうだ!よかったら打ち上げいこうよ!」

 

 「おぉ、それは名案だな。やはり同じ釜の飯を食ろうてこそ深まる絆もあるものだ。」

 

 どさっとベルがリリの手の上に金貨袋の半分を置いた後、二人は今後の予定やらをぺちゃくちゃと話す。

 しかし、リリには彼らの行いが信じられなかった。

 今まで組んだ冒険者たちとは比べ物にならないほど真っ当な対応であったからだ。

 

 「ど、どうしてお二人は山分けしようとするんですか?!二人で独占しようとか思わないんですか?!」

 

 「えっ、どうして?僕たちだけじゃこんなに稼げたりしなかったよ。リリのおかげで稼げたんだから当然だよ。ありがとう、リリ。」

 

 「あぁ全く持ってその通り!サポーターとして立派に働いて、こうして稼ぎに貢献してくれたのだ。正当な報酬を払わなければ騎士の名が廃るというものだよ。」

 

 「これからもよろしくね!」「今後ともよろしく頼む。」

 

 ベルがリリに握手を求め、アルが頭を下げている光景が、リリにはおかしく見えた。

 けど、どうしてか、その手を握ろうと思ってしまったのだ。

 

 「変な人たち……。」

 

 リリはぼそりと呟いた。

 どこか嬉しそうで、どこか悲しそうで、どこか疑っているような、複雑な気持ちが入り混じった声だった。

 

 ベルはリリの手を握手から切り替えて、手をつなぎながら歩き出し、リリもそれに抗わなかった。

 アルはそんな二人を眺めながら、ゆっくりとそばを歩き始めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 巨塔の最上で、ある女神が眼下を見下ろした。

 高潔な精神を持ちながら醜悪な魂を持つ闇の落とし子と、優しい心と美しい透明な魂を持つ光の申し子がいる。

 その様子を見て、女神の心の内が疼く。

 その美しい顔を朱に染めて、恋をする乙女のように見つめれば見つめるほど欲望が抑えられなくなる。

 舞台の始まりを待ちきれない観客のように、劇のシナリオに手をつけようとしてしまう。

 

 「あぁ、ダメね。しばらく見守るつもりだったのに……。つい手を出したくなってしまう。

 アルにはアルだけの色を見せてほしいのだけれど、あんなに混ぜられてしまっているから、これは意味がないかもしれないわね……。

 だからベル……。貴方にお願いするわね?沢山輝いて頂戴ね、あの時みたいに……!」

 

 その手には、真っ白な表紙の本が握られていた。





 アルのククリナイフ

 冒険者アルトリウスが エイナ・チュールから与えられた武具

 独特な形状の刀身は 青みがかっている

 無事を願って買い与えられたそれは 傍にあるだけで力を持つのだ

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