ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか? 作:捻くれたハグルマ
大神が 灰に脅されて作り上げた 上等な暖炉
灰は時が立ちてなお 火を求め続ける
しかし時は 思い知らしめた
もう 王として あり続けることは出来ないのだと
燦燦と太陽が照らす街の通りを、三人はヘスティア・ファミリアのホームへと歩いていた。
ベルは、リリのぴこぴこと動く犬耳が気になって、ちょいちょいと指で弄ぶ。
「ふにゃぁ……。」
「ベル、勝手に触るなんてダメじゃないか。」
「あぁっ!そうだね、ごめんリリ。」
「いえ、むしろ嬉しいというか……。」
リリは恋慕の対象として大好きなベルに触られて、照れてしまう。
アルはその光景に微笑みながら、リリの変身魔法に感嘆した。
「いやぁ、しかしリリのその魔法。【シンダー・エラ】といったか?
素晴らしいな。私の【擬態】はせいぜい遊びに使える程度だ、比べ物にならん。」
「えぇ、これなら誰も今のリリをリリだと思いません。
しばらく姿を見せなければ、みんな死んだと思うでしょう。」
アルはその発言に少し引っかかるものがあった。
あることを口に出そうとするが、今言わなくてもいいことだと思ったのでやめた。
「けど、リリはそれでいいの?」
「はい!お二人がリリのことを知っていてくれるならそれで十分です。
けど、リリはお二人を騙しました。本当にこのままでいいんですか?」
「大丈夫だよ!」
「あぁ、その通りだとも。
さぁヘスティア様も首を長くして待っている頃だ。急ごうか。」
三人は歩調を速めて、ヘスティアにリリを紹介しに行くのであった。
廃教会の中で、ヘスティアはリリを待ち構えていた。
わざわざ教壇の上に立って高さを稼いでいるあたり、神として威厳たっぷりにふるまうつもりなのだろう。
「あの、リリルカ・アーデです……。初めまして。」
「君が噂のサポーターくんかぁ。二人から話は聞いてるよ。」
「僕、お茶用意してきますね。」
「では、私は例の物を取りに。しばしお待ちを。」
アルとベルが地下室の方へ引っ込んでいくと、ヘスティアとリリは二人きりになる。
ヘスティアもリリも、いつになく真剣な表情であった。
「さて、まず君の覚悟を聞こうじゃないか。
サポーターくん、もう二度と同じ過ちを繰り返さないと誓えるかい?
ボクの前で誓う、これはとっても大きな意味を持つんだ。」
「はい。誓います。
ベル様に、アル様に、ヘスティア様に……、何より自分自身に。
リリはお二人に救われました。もう決して裏切りません。
裏切りたくありません。」
ヘスティアの前で誓うという事、それはアルもベルも経験した重大な儀式だ。
それを、リリも経験した。
二人は強さへの渇望を、リリは忠義を誓った。
「分かった。その言葉を信じよう。
けど正直に言うとね、ボクは君のことが嫌いだ。」
ヘスティアからの拒絶に、リリは寂しげな表情をした。
ヘスティアは教壇に立つのをやめて、縁に座る。
足をぶらつかせながら、言葉を紡いだ。
「だってそうだろう?散々ベルくんを騙して、アルくんに心配かけて、それで今は取り入ろうとしている。本当に嫌な奴だ、君は。
そもそもなんだいそのしょぼくれた顔は!二人が優しくて全然君のことを責めないから、罪悪感に押しつぶされそうなんだろう?ボクから言わせれば、それはただの甘えだね。だから、ボクが裁いてやる。」
ヘスティアは、足をぶらつかせるのもやめて、正座をした。
「二人を支えてやってくれ。
ただでさえ二人はこれから試練を乗り越えなくちゃいけない。
神が救いの手を差し伸べないような絶望を、乗り越えるという困難が待ち構えている。だというのに、二人はそんなこと忘れて誰かに騙されるだろうし、いらないトラブルに飛び込んでいくだろう。
だから君のためじゃなく、二人のために面倒を見てやってほしいんだ。
それに、罪悪感なんて結局自分が許せるか許せないかなんだ。
君が心を入れ替えたというのなら、行動で示してくれ!」
ヘスティアの優しさに触れたリリは、ほろりと涙をこぼした。
そして、ヘスティア・ファミリアの奇妙で暖かい共通点に触れたことに気が付いた。
慈愛の女神、底抜けのお人よし、騎士道一直線。
みんな誰かを許し、慰めることのできる存在だったということを、リリは何度もかみしめた。
「パーティの加入は許可する!けど……!」
「お待たせしましたぁ!」
ベルがアルよりも早く地下室から出てくると、ヘスティアはリリに耳打ちした。
「出過ぎた真似はしないように!」
そしてヘスティアは傍に来たベルの腕をぐいっとひっぱって、体にその豊満な胸を押し付ける。
「改めまして、初めましてサポーターくん!ボ・ク・のベルくんとアルくんが世話になったねぇ!」
ヘスティアの悪いところが如実に出た。
ベルは気づくはずもないだろうが、もうここは廃教会などではない。
女たちの恋の
(途中からしゃしゃり出てきおって……!
狙いはどっちだ?ベルくんか、アルくんか、それとも両方か?!
けどねぇ、どっちもボクのなんだよ!手を出すんじゃない、この泥棒猫ぉ!)
口に出したら確実に二人に幻滅されるであろうワードを、表情でリリに伝える。
リリはこれを宣戦布告と受け取った。
リリにとってベルは王子様だ。恋慕の対象だ。
そしてアルは騎士様だ。安心感と安定感のある父親のような存在だろうか。
兎にも角にもここで押し負けたらどっちも持っていかれるのだ。
リリも攻勢に出た。
ベルの腕に飛びついて、アピールする。
「いえいえこちらこそ!
お二人はリリに、いっつもお優しくしてもらってますから!」
(リリの恋もリリの安心も、絶対につかみ取って見せます!
そのためなら、たとえ神様だって怖くありません!えぇ絶対負けません!)
「あぁっ、エイナさんに話があったんだ!」
女たちの異様な熱量に押し負けて、ベルは飛び出していった。
そんな時に、アルが地下室から出てくる。
「おや、ベルは?」
「このサポーターくんのせいで逃げちゃったのさ!」
「いえ、ヘスティア様のせいです!」
ばちばちと火花を散らす二人を、仲が良くなったと好意的に解釈したアルは、リリに少し大きい箱を手渡した。
「リリ、今後はそれを使ってくれ。」
「ほえ……?」
リリは、手渡されたものがなんだかよく分かっていなかった。
アルは、リリに事情を説明する。
「リリ、それは万が一のための保険だ。
我らがリリをサポーターとして雇い続ければ、いずれはソーマ・ファミリアも勘づくかもしれん。だからそれを使ってほしい。貴公と感づかれないようにするための、新しい装備だ。」
リリが箱を開けると、一番上に顔の上半分を覆う白いハーフマスクが目に入る。
そして、その下には黒を基調とした大量のポケットがある暗殺者風なローブなどが入っていた。
「あの、これはどうやって?」
「ハーフマスクは私が彫った。精神修行も兼ねて、昨晩な。
装備はリリが危険にさらされているのなら、より良いものがあったほうがいいと思っていたんだ。結局遅きに失してしまったが、昨日買っておいた。
ベルが大量にキラーアントを倒してくれたおかげで、お金は足りたよ。」
「こんなのいただけません!」
リリは木箱をアルに押し付ける。
許してくれただけでもありがたいのに、貰い物でもしたら耐えられなくなってしまうからだ。
しかし、アルはそっとそれを押し返した。
「ベルも同意してくれたのだ。リリは仲間だ。
仲間の無事に投資するのは正しい行いだと、私は思う。
これは貴公がパーティーの大切な役目を果たすためには、必要なものだ。」
「リリの役目なんて、ただの魔石拾いに荷物持ちです……。」
顔を伏せるリリの頭をアルは優しく撫でて、とある女騎士の話をした。
「リリよ、【王の刃】キアランという、誉れ高い四騎士の中の、紅一点の話をしてやろう。かの【王の刃】は、大王から白磁の仮面を賜るほどに、忠義に厚く信頼されていた。しかしな、彼女は本当は騎士ではなかったのだ。なんだと思う?」
「分かりません……。」
「はは、暗殺者だったそうだ。
その白磁の仮面も顔を隠して役割を全うするためのもの。
だが、それでも彼女は四騎士として選ばれた。
私は、それは彼女が役割を忠実に果たし、任務をこなし続けたからではないかと思う。大切なのは役目の重さではない。そこに熱意と信念があるかないかだ。
貴公はいつも立派にサポーターをこなしてきた。生き延びてきた。私はそれを尊敬する。ベルはそれを信頼している。この白木の仮面は、我らの信頼の証なのだ。」
リリは木箱を抱えて大泣きした。
罪を犯してなお、二人の信頼は揺るがなかったからだ。
アルは大泣きするリリをなんとかなだめようとした。
「リリ、泣かなくてもいいだろう。ほら、落ち着くのだ。」
「全く、アルくんもアルくんだなぁ……。」
「うえぁぁ……。私これからも頑張りますぅ……!」
ヘスティアとアルは大泣きするリリを泣き止むまで優しくなだめ続けた。
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泣き止んだリリが新たな装備に身を包んで拠点へと帰った後、ベルがガントレット片手に帰ってきた。
その顔はとても嬉しそうで、にやついている。
「どうしたのだ、貴公。何かいいことでもあったか?」
「えっと……。ちょっとこっちに……。」
ちょいちょいと手を招いて、ベルがアルに耳打ちする。
明らかに、ヘスティアを意識しての事であった。
「なんとね、昨日アルを助けてくれたの、アイズ・ヴァレンシュタインさんだったんだよ!今までの事謝ってくれて、僕も逃げちゃったこと謝って……。
それで、褒めてくれたんだよ!ミノタウロスに立ち向かえて凄いって!」
「やったじゃないか。恋も一歩前進か?」
「うん!それでね、それでね。
アルに相談せずに、アイズさんと早朝に特訓する約束しちゃったんだ。
僕焦ってたみたいで……。どうしたらいいのかな……。」
申し訳なさそうにするベルがいじらしく思ったアルは、がしがしと頭を撫でた。
頭をぐらぐらと揺らされたベルは困惑する。
「あ、アル?!強いよ?!」
「何を私に構うことがある。貴公はもう少し、ヘビのように貪欲になりたまえ!
全く本当に貴公は好ましい男だが、我儘を言ったり聞いたりするのも仲間なのだ。
楽しみ、そして強くなってこい。」
アルのその言葉に、ベルは笑って答えた。
ヘスティアと同等に、一番信頼する相手からゴーサインがでたのだ、ベルの心は非常に前向きだった。
「うん、僕強くなってくるよ!」
「よしよし、ヘスティア様には秘密にしておこう。男同士のな。」
「へへ、ありがとう!」
「しかしベルが強くなろうとしている時に私も何もしないというわけにはいくまい……。聖剣の力を引き出す、そして深淵を操る……。うーむ、難題だ。」
アルはうーんうーんと腕を組んで悩んだ。
ジーク一族と違うところと言えば、鎧がシャープなことと、自力で問題を解決する力を持っていることであろうか。
ベルも一緒に考えていると、ヘスティアが声をかけた。
「何を二人そろって悩んでいるんだい?」
「アルが強くなる方法を少し……。聖剣の事とか、僕にはさっぱりですけど……。」
「聖剣ねぇ……。担い手としての資格はある、けど何かが足りないってことだろう?」
「その何かさえわかれば……。しかしどうやって?」
「聞いてみればいいよ!君の中のソウルにさ!」
「なるほど……。なんとかやってみましょう。」
アルはヘスティアのアドバイスに納得した。
深淵も、魔法も、すべてアルの中から生まれ出たもの。
であれば、答えもアルの中にあってもおかしくはない。
【ソウル・レガリア】を上手く使えば、内なるソウルと対話することもできるだろう。
「アル、頑張ってね!」
「あぁ、貴公もな。」
二人はそれぞれの方法で、強くなる道を模索し始めた。
そんな二人に呼応するように、とある女神も暗躍していた。
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「オッタル、あの子たちが一際強く輝くにはどうすればいいかしら?」
「……冒険をさせることでしょう。
敗北を、恐怖を乗り越えられないものに殻を破ることは出来ますまい。」
「そうね、全部任せるわオッタル。
だけど、二人にはとびきり苦しい試練を与えて頂戴?
並大抵の試練では、あの子たちの器を満たすには足りないから。」
「かしこまりました。」
美の神フレイヤは懲りずにちょっかいの準備を始めた。
付き合わされるオッタルは、実のところあまり不快ではなかった。
自分の愛する女神の役に立てる。
その喜びだけで、彼女の「伴侶」探しという苦痛は消し飛ぶ。
しかし、彼自身が二人にわずかに期待していた。
ベルが見せた奇跡、アルが見せた深い闇、どちらも都市最強の冒険者の闘争心を掻き立てたからであった。
そういうわけで、オッタルはダンジョン中層で「試練」探しに勤しんでいた。
「弱い。これでは足りんな。あの方の命を果たすには、この程度では……。」
オッタルは、もう数十匹にも及ぶミノタウロスをいたぶり殺していた。
二人に初めて、そしてたった一度の大敗北を与えた存在、ミノタウロスこそ試練に相応しいと考えたからである。
レベル2の中でも最強と目されるミノタウロスを更に選定することで、二人に過酷な試練を用意しようとしていた。
『ブォォォ……。』
そんなオッタルの前に、ランドフォームから生み出された石斧を冒険者の血で濡らしたミノタウロスが現れた。
オッタルはそのミノタウロスを見上げて、初撃を待った。
「少しは骨がありそうだが……さて。」
『ブォオオン!!』
ミノタウロスは、圧倒的強者に対して果敢に石斧を振り下ろした。
それを素手で受け止めたオッタルは、力を少し込めて石斧を砕いた。
ようやく見つけた「逸材」を前に、オッタルは口角が上がる。
「よし、上々だ。お前に決めたぞ。」
そして、背中に背負っていた大刀をミノタウロスの眼前に放り投げた。
ダンジョンの床に、ぐさりと突き刺さる。
「使いこなして見せろ。」
『ブォォォォ!!!!』
恐怖に打ち勝ったミノタウロスは、大刀を引き抜き、オッタルに襲い掛かった。
レベル7、都市最強の冒険者の
しかしそれは、ある存在の出現によって中断されることになる。
『ゴォォォ!!』
それは、オッタルを背後から襲った。
当然避けられるのだが、オッタルはその異質さに驚いた。
目の前のミノタウロスには戦い方を教えた。
しかし、背後のそれは教えられることもなく剣技を用いて攻撃してきたからだ。
「ほう、山羊頭……。
オッタルは、そのモンスターを高く評価した。
体躯はミノタウロスと同じ程度であるが、特筆すべきはその頭部。
山羊の頭蓋骨のような頭をしており、両手には大きな石の鉈が握られている。
かつての火の時代を戦った者たちならその姿を見てこう呼ぶだろう。
山羊頭のデーモンと。
「かかってこい。あの方を待たせるわけにはいかない。」
『ブォォッ!!!』
『ゴアァァ!!』
闘争本能をむき出しにした二匹の獣が、今度こそオッタルを殺そうと動き出した。
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「じゃあ、僕先行くね?」
「あぁ、行くがいい。また落ち合おう。」
そんな物騒な思惑などつゆ知らず、早朝ベルは至極楽しそうにアルと別れた。
アルは、幸せなムードを漂わせているベルの背中を見送って、別のところに歩き始めた。
目指すは
「さて……。ここは、深淵だ。いや、完全に深淵にはならなかったが……。
間違いなくここは深淵に近い場所だろう。
ここならば、あるいは……。」
アルの目的は、深淵に近い場所でソウルとの対話をすることであった。
そうすれば、より闇に近いソウルと対話できるであろうという考えである。
「さて、始めようか……。【我が解き明かすは真理、我が求めるは神秘。我が手に杖を、我が魂に啓蒙を。来たれ、賢者よ。我は最後の王の長子。この血に魔術を教えたまえ。】」
火の時代より伝えられし竜へと至る座禅を組んで、深い深い意識の方へ語り掛けていく。
アルの意識は、どこかへ飛ばされていった。
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「深淵の事を知りたいとは言った。言ったが……これは求めてないぞッ!」
アルは、目の前にいる魔物、マヌスに向かって吠えた。
魔術師に対して語り掛けたはずのアルは、圧倒的な強者の前で震えることしかできない。
アルは知りようもないが、マヌスとて魔術を扱う、立派な魔術師だ。
環境も相まって、アルのソウルはマヌスのソウルと呼応したのだ。
「くっ……。夢の中だというのに、まるで生きた心地がしない……。」
マヌスは一歩一歩アルに近づいていく。
金縛りにあったかのように、アルは一歩も動くことが出来ない。
しかし、いくつかの影が現れ、マヌスに襲い掛かった。
大きな狼、とんがった特徴的なとんがり兜をつけた騎士隊であった。
「あれは……シフ。そして、あれが不死隊なのか……っ!」
こう戦え、剣はこう振るえ、避けるならばこうしろ。
一つ一つアルに教えるかのように、シフたちは果敢に戦う。
アルトリウスから技と信念を受け継いだ者たちが、アルにも継がせようとしている。
そして、彼らがある程度戦った後、その姿が忽然と消え失せた。
「……私の番だというのか。」
アルは、震えながら剣を構えた。
そして切り掛かろうとした、確かに切り掛かろうとした。
しかし、動けなかった。
恐ろしい目がアルを見つめてきたからだ。
もうだめだ、そうアルの心が折れかけた時、現実で誰かがアルを呼び覚ました。
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「アル公~!アル公~!」
「うおぉぁあぁ!はぁっはぁっ……。死を覚悟したぞ……。」
「何があった、うなされておったぞ?」
アルの肩をゆすっていたのは、椿だった。
すんでのところで助けてくれた椿に、アルは感謝せずにはいられなかった。
その手を掴んで深く頭を下げる。
「おぉ椿殿。ありがとう、本当にありがとう。
あと少し遅かったら私はもう駄目だった。あぁ、本当にありがとう……。」
「アル公、どうしたのだ?手前に話してみろ、少しは力になってやるぞ?
そろそろ大仕事が舞い込んでくるのでな。今は暇なのだ。
たっぷり時間を使ってくれても構わん。」
震えるアルの手を、傍に座った椿は優しく握り返してやった。
椿とて、薄情な人間ではない。
時に人を諌め、時に人を褒め、時に人を率いる。
そういった仕事も求められる、一大組織の団長として働ける彼女には、当然高い人間性が備わっているのだ。
「いえ、そういうわけには参りません。大丈夫ですよ。」
「こんな町中で死を覚悟するようなことがあったのであろう?
話してみれば楽になることもある。」
「……では、ありがたく。
詳しいことは言えませんが、とても大切な夢を見たのです。
恐ろしく、強大な敵と戦う夢です。その戦いの中で、私は心が折れかけました。
本当は立ち向かわなくてはならないはずだった。だというのに私は……。」
折角英傑たちが何かを自身に伝えようとしてくれたのに、応えられなかった。
そんな後悔と自責の念がアルを襲っていた。
俯くアルに、椿は意外な言葉をかけた。
「折れる時は折れてみればよいのだ。剣もそうだ。
折れる剣ならそれは悪い剣だ。折ってしまえばいい。」
「しかし、折れてはいけないのですよ。決して折れない私でなくては……。」
「折れたなら溶かして鍛え直せばよい。
アルは、自身と自分の持つ聖剣を重ねた。
心折れかけた自分と、聖剣として既に折れてしまった剣。
大切なのは折れたうえでどうするか、どう鍛え直すかであるとアルは椿に気づかされることになった。
「ありがとうございます。
少しだけ、向かうべき先が見えてきました。貴方に会えてよかった。」
「はっはっは!そうであれば鎧の方をだな!」
「それはいけませんよ、椿殿。」
「つれないのぉ、アル公は……。」
二人はけらけらと笑った。
約束は約束、違えることは出来ない。
その代わりに、アルは深く深く頭を下げた。
「椿殿、今は私の礼で許していただきたい。」
「しょうがない、約束は約束であるからな。
よし手前は散歩も終わりにして仕事に戻ろう。
アル公、何を悩んでいるかは手前にはまだよく分からん。
分からんが、頑張るのだぞ。」
「はい、今日はありがとうございました。」
ぱっぱっ、と袴をはたいて、椿が立ち上がった。
アルはそれに伴って立ち上がり、最後にもう一度礼をした。
椿はアルの肩をポンポンと叩いて、立ち去って行った。
「さて、一つは前進した、か。
とどのつまり、あの怪物相手に折れながらでも立ち向かえさえすればいいのだ。
聖剣よ、お前とて、あの怪物に立ち向かいたかったのだろう?」
どっかりとまた座り込んだアルは、脇に置いていた聖剣の腹をそっと撫でた。
加護を失い、深淵に飲まれてしまった聖剣はアルの問いかけには答えなかった。
ただ、少しだけ刃が音を鳴らした。
「ふふ、不甲斐ない担い手だがいずれ必ずお前に再起してもらうぞ……。
残る問題は、あのローブの女が私に教えた言葉……。
『内なる火』、か……。
火のことは、火を扱う者たちに聞いてみるとするか……。」
太陽はまだ低く、時間はたっぷりある。
アルはもう一度、瞑想を始めるのであった。
咎人の白木の仮面
咎人が 許しと信頼の証として 与えられた仮面
その仮面には 覗穴と 涙のような刻印しか刻まれていない
娘よ もう泣かなくていい
仮面が泣くのだ ただ笑うがいい