ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

20 / 25

 密偵のローブ

 リリルカ・アーデの新しい 黒いローブ

 防御力と軽さを絶妙なバランスで両立している

 暗器や道具類を仕込めるそれは 非力な彼女にとっては防具ではない

 身に着ける 武具である


第二十話 修行と襲撃

 

「馬鹿者が……。待ちくたびれたぞ……。」

 

 アルはいつの間にか、腐り、淀み、穢れた沼にいた。

 きょろきょろと周りを見渡していると、大きな柱のそばにローブの女が座り込んでいた。

 ローブの女に叱られて肩をびくりと震わせたアルは、恐る恐る彼女に近づく。

 

 「早くしろ。時間がない。」

 

 「は、はい!申し訳ございません!」

 

 アルは沼の泥をざぱざぱとかき分けながら進み、その女の前に跪いた。

 それをじっと見た女は、かすかに笑った。

 

 「ふん……。あの馬鹿弟子、いやもう馬鹿弟子とは呼べんのかもしれんが……。

 少なくとも、あいつよりは良い心がけをしているようだ……。

 私はイザリスのクラーナ。お前が求めていた火を操る呪術師だ。」

 

 「おぉ、クラーナ殿。呪術王ザラマンの師!」

 

 アルは目の前の存在が、とてつもなく偉大であることを知っていた。

 呪術の祖であり、才能あるものにそれを伝えたと言われている。

 そして何よりも、敬意を払えという意識がソウルの中にこびりついていた。

 

 「もう昔の話だ……。それで、お前は私に何を求める?」

 

 「火を熾し、操る業。深淵を焼き払う炎の業を、お与えください。」

 

 かつての弟子と同じように答えたアルを見て、クラーナは微笑まずにはいられなかった。

 

 「いいだろう……。あいつからの恩をお前に返すことにしようか……。

 深淵から起こす火というものは存在する。それは人間性の火、黒い闇の炎だ。

 だが、深淵そのものを焼く炎を熾し得る呪術はない……。」

 

 アルは、困惑した。

 夢の中で、クラーナは『内なる火を燃やせ』とアドバイスしてきた。

 だというのに呪術には求めていた炎はないという。

 大きな矛盾がアルを襲う。

 そんなアルにクラーナは優しく続けた。

 

 「特別な火が必要だ……。しかし、お前はその火を既にその身に宿している。」

 

 「まさか、ベルの炎ですか……。」

 

 アルが深淵に飲まれたとき、ベルはアルに剣を突き立てた。

 そして、篝火に火をともすように、聖火を流し込んだ。

 アルに「素質」があったから、あの時火を受け入れることが出来たのだ。

 そこまでアルは知っていたわけではなかったが、なんとなくベルの火が思い浮かんだのだ。

 

 「あれは、はじまりの火に近しいものだ。神の力がそうさせたのか……、そんなものは重要ではないな。

 それだけではない。お前には資格がある。薪となる資格が……。

 王たちのソウルがお前に分け与えられているからだ。

 即ち、その半身たる火すらも同時に与えられているということに他ならない。

 かつての火の時代の火、そして当代の火。

 その残り火を熾せば、淀みも蛆も腐れも深淵も焼き尽くすだろう……。

 火があるからこそ闇があり、火を飲み込むのも闇であり、闇を照らすのもまた火なのだよ……。」

 

 「残り火……。燻っている炎をもう一度強く、熱く燃え上がらせればよいのですね?」

 

 「あぁ、だが心しておけ。火を畏れないものは、いずれ滅びる。

 お前なら、聞いたことはあるだろう?」

 

 「イザリスの……魔女。」

 

 「あぁ、そうだ。残り火とはいえ、その量は強く大きい。

 そしてお前という器は、かつての王たちとは比べ物にならないほど凄まじく大きく、そして歪だ。

 下手をすれば残り火からでも混沌を生み出せるやもしれん……。

 くれぐれも、火を畏れるのだぞ。」

 

 クラーナは、ソウルとなってアルの中に紛れてなお、火を畏れた。

 それは彼女自身の苦悩や後悔からであろう。

 灰に自身の使命を押し付けたことも、怪物となり果てた家族の苦しみに涙を流すのも、もう沢山なのだ。

 アルは、そんなクラーナの姿勢を真摯に受け止めた。

 

 「分かりました。火を畏れます。畏れたうえで扱います。」

 

 「そうだ、それでいい……。ただ、お前のその火は今のお前の器以上の力を持っている。

 その火だけを使おうとすればお前が燃え尽きるだろう。苦しく、辛い痛みに苛まれるはずだ。」

 

 アルは、ソウルだけは王たちに劣らない。

 そう生まれるように作り出されたからだ。

 しかし、ルドレスが残り火に苛まれたように、王たちよりもはるかに脆弱なアルではその炎に耐えることは出来ない。

 クラーナは、可哀想な王たちのようにアルが苦しむのを心配した。

 彼女にとってアルは宿主である以上に、かつての弟子の長子なのだ。

 

 「気を付けます。もともと、深淵を操るために火を求めました。それだけで十分です。」

 

 「よし、ならばいけ。闇に飲まれたりするんじゃないぞ……。」

 

 クラーナの別れの言葉を皮切りに、アルの意識が遠く遠くに引っ張られていく。

 アルは、最後までクラーナへ頭を下げ続けた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 アルは、目が覚めた。

 答えに至ることが出来たアルは、大満足であった。

 同刻、ベルがアイズによって気絶させられまくっているともしらずに……。

 その日のダンジョン探索のために合流したとき、アルはベルのボロボロな姿を見て、ゴーサインを出したことを少しだけ悔やんだ。

 

 翌日から、アルの修行が本格的に開始した。

 はじめにマヌスへの挑戦を行い、恐怖に打ち勝つ訓練を。

 続いて、シフの獣の剣技、ファランの不死隊の捨て身の剣技を反復練習し、アルトリウスの狼の剣技に更に磨きをかける。

 最後に、残り火を熾すための精神修行と、呪術の実践をひたすらやる。

 マヌス相手には全く歯が立たず、いつも動けなくなって目が覚めてばかりだが、それ以外の方はある程度順調に進んでいた。

 記憶スロットも2つに増え、剣技にも「虚実」が生まれつつあった。

 

 「お二人とも、今日はどこまで行きましょうか?」

 

 「うーむ、明日を休日にするならば、なるべく稼いでおくのが得策だと思うが、貴公はどう思う?」

 

 「うん、僕も賛成かな。リリの新装備のおかげで、大分進みやすくなってるしね!」

 

 二人の早朝訓練が始まって数日後のダンジョン探索で、三人はかなり安定して10階層までくることが出来る様になっていた。

 ベルもアルも、ダンジョンで戦うことで、自身の確かな成長を感じ取れていた。

 

 「けどすみません、リリの都合でせっかくいいペースで進めているお二人を足止めしてしまって……。」

 

 「いいよ、下宿先の都合なんでしょ?」

 

 「あぁ、休む必要があるなら休むべきだ。リリが遠慮なく休んでくれれば、我らも休みやすくなる。」

 

 「そんなものですか……。しかし、ここ最近のベル様はダンジョンに潜る前からやけにボロボロですね?」

 

 静かな霧の中を歩きながら、リリは最近気になっていることを口にした。

 リリの言う通り、ベルは最近パッと見ただけでもわかるほどにやつれていた。

 頬や首筋には生傷が絶えず、髪はいつもぼさぼさでほこりまみれになっている。

 サポーターとして、パーティーの体調や異変に敏感なリリでなくても「何かある」ことぐらいは分かってしまうほどであった。

 

 「あはは、最近ちょっとやることがあってね……。あいた!」

 

 「大丈夫かね……。無理な時はすぐに言うのだぞ?」

 

 「そうですよ、ベル様!」

 

 「うん、そうするよ。」

 

 ベルはポリポリと頭をかいて苦笑いした。

 足や腰、腕や肩、とにかく全身が痛んでいるがアイズとの訓練のチャンスは逃したくない。

 けど心配をかけてしまうのはなんだか申し訳ない。

 そういうジレンマにあるために、ただ笑うことしかできなかったのだ。

 

 『グギャギャ!』

 

 霧の中からモンスターの声がして、すぐに三人は臨戦態勢をとった。

 アルが奥をじっと見ていると、無数の赤い目が確認できた。

 一瞬恐ろしいマヌスを思い出すが、すぐにインプであることに気づく。

 

 「インプ共だ。数は数えてる暇がもったいないくらいといったところだな。」

 

 「わかった!リリは下がってて!」

 

 「援護は任せてください!この装備なら、お二人の役に立てます!」

 

 リリが黒いローブを翻しながら、霧の中に身を潜めた。

 そして、二人がインプの群れに突っ込む寸前に矢の雨がインプ達に降り注いだ。

 

 「おぉ、ありがたい!よし、突っ込むぞ!」

 

 「アル、僕は僕で戦うよ!」

 

 「あぁ、私もそう思っていたところだ!」

 

 リリの装備には、数多くの暗器が装備できるような設計がなされていた。 

 その袖口に備え付けた二門の連装式ボウガンによって、圧倒的な物量で二人を援護していたのだ。

 リリの援護によって突破口が二つ生まれ、ベルとアルは別々の方向に飛び込んでいった。

 今までの二人であれば、堅実にコンビネーションを使った各個撃破を狙っていただろう。

 しかし、二人は今、「一人で戦うことのできる力」を育んでいる真っ最中なのだ。

 それを試そうとするのも当然と言えた。

 

 ベルはアイズとの戦いの中で、死角を作らないということを学んでいた。

 それは、ことインプ戦においては如実に成果が出た。

 常に隙を突こうとする狡猾なモンスターを相手に、無傷で立ち向かえていることが何よりの証拠だろう。

 剣術以外にも体術を駆使して、限りなく隙を少なくして立ち回れていた。

 

 対してアルは、シフや不死隊から学んだノーガード戦法を駆使していた。

 今までは、自身の原点たるアルトリウスにあやかり、盾で受けてからの動作が多かった。

 飛び跳ねたり膂力に任せた突き込みをしたりと、機動力を用いることもあったが、やはり無意識に盾を使っていた。

 しかし、それが大型のモンスターや、集団戦、闇の魔法のような大きな質量を持つ攻撃に対しては弱点になってしまう。

 アルトリウスが左腕を砕かれてしまったのも、盾で受けて力ずくで切り伏せるという必勝の戦法を、闇を操るマヌスに対して取ってしまったからである。

 新たな戦法は、その弱点をカバーするにはうってつけであった。

 ただ戦法を学んだとはいえアルの剣技は、アルトリウスよりも圧倒的に拙いものだ。

 しかしその戦術の幅だけは、アルトリウスよりもほんの少しだけ上回っていた。

 不死隊仕込みの低い姿勢からの回転切りや、シフの獣のような軽やかな動きが、アルの中に染みつきつつあった。

 

 『ブギィ……!』

 

 「ちょっと多いね……。」

 

 「一旦下がりますか?リリはまだやれますが……!」

 

 「この程度で立ち止まっているわけにはいかん。私は前に出るぞ!」

 

 「僕だって、あの人に追いつきたい!絶対に!」

 

 新たに出現したオークたちを前にしてなお、三人はひるまなかった。

 ベルは、憧憬へと至りたい焦りに駆られて。

 リリは、二人の役に立ち、アルが教えた【王の刃】のようになりたいという忠義のために。

 アルは、理想の騎士から継承した想いに応える使命ゆえに。

 三人は一気に大群にとびかかった。

 

 

 徐々に、来るべき試練を乗り越える力が身につきつつあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「いやぁ、アルくんが手伝いに来てくれてよかったよ!」

 

 「いえ、むしろ朝からお付き合いすることが出来ずに申し訳ありませんでした。」

 

 「そんなこといいんだよ!色々と試していることがあるんだろう?

 こうして夕方になってから来てくれるだけでも嬉しいよ。

 それでも気になるんだっていうなら、その料理の腕を存分に振るってくれ!」

 

 「ご期待に沿えるよう、頑張りますよ。」

 

 アルは、ダンジョン探索を休んだその日、ヘスティアのバイトの手伝いに来ていた。

 早朝から訓練をしていたのだが、流石に主神を働かせておいて自分の事だけに集中することは出来なかった。

 だから、たとえ遅くなっても顔だけは絶対に出すと決めていたのであった。

 

 「じゃが丸くんの小豆クリーム味、二つください。」

 

 どこかで聞いた覚えのある声に、アルは少し嫌な予感がしてきた。

 そんな予感など知らないヘスティアは、店番として立派に職務を果たそうとする。

 

 「いらっしゃいませ……ぇっ?!」

 

 「ぅえっ……?!」

 

 「クリーム多め、小豆マシマシで……。」

 

 アルは、しまったなぁという顔をして、天を仰いだ。

 なんと、店の前にはベルとアイズがいた。

 アルが数日間なんとか隠し通してきたベルの秘密が、とうとうヘスティアに露見してしまったのだ。

 

 「なぁーにをやってるんだ君はぁ!!!!

 全く、次から次へと君はぁ!とうとうついにこの女までぇ!!!」

 

 「うわぁぁぁ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 「あれ、君は確か、リヴェリアのお気に入りの子……。」

 

 「いつもお世話になっております、アイズ殿。

 その……、あれは見ていないことにしていただけると大変助かります。」

 

 ヘスティアが屋台を飛び越えてベルに詰問し、衆目を集めていた。

 そんな状況をつゆほども気にせず、マイペースなアイズにアルは困惑させられた。

 そして、そのマイペースさを保ったままベルとヘスティアの名誉のために、その醜態を忘れてくれと願ったのであった。

 

 「全く、アルくんもボクに隠し事をするなんてさ!酷いとは思わないのかい?」

 

 「め、面目ないです……。」

 

 少し落ち着いてから、四人は屋台から少し離れた人気のない路地裏に移動した。

 ヘスティアは、取りあえずベルたちから事情を聴いて、どうして一緒にいたのか問いただすことにしたのだ。

 一部始終を聞いたヘスティアは、主神の恋路に味方してくれなかったアルをからかう。

 アルは兜の下で冷や汗をだらだらと垂らしながら謝った。

 ヘスティアはそんなアルの様子を見て満足したのか、すぐにアルを許した。

 

 「まぁアルくんのことは許してやろう。それで、本当に後二日だけなんだね?」

 

 「はい、もともとロキ・ファミリアの遠征が始まるまでって約束で……。

 お願いします、カミサマ!」

 

 ベルは力強く頭を下げた。

 アルも伴って深く頭を下げる。

 

 「私からも、お願いします。ベルが強くなるにはまたとない機会なのです。」

 

 「はぁ……。しょうがないなぁ。ただし、ヴァレン何某くん!

 君がベルくんに妙な事したらその時点でこの話はナシだ!

 誘惑なんてもってのほかだからな!」

 

 「はい……?」

 

 アイズは、ヘスティアがベルに対して強い恋心をいだいていることも、ベルが自身に対して恋心を抱いていることも理解していなかった。

 親代わりの恋愛事情が周囲の協力あってようやく理解できるようになったばかりのアイズには、恋愛はまだ難しいものだ。

 当然、この神様は何を言っているんだろうか、という顔をするしかない。

 しかし、ヘスティアは猶も食いつく。

 

 「ボクのベルくんに唾をつけようったってそうはいかないぞ!

 なんてったってボクの方が先なんだ!」

 

 そう主張するヘスティアに、よくわからないまま頷いたアイズは新たな勝利のピース(からかうネタ)を求めて、アルに話しかけた。

 リヴェリアに散々叱られても、アイズはあまり懲りていなかった。

 しかし、ただからかうのが楽しいからやっている、という訳ではなかった。

 母親として、副団長として、いつも厳しい顔をしているリヴェリアが、ただ一人の女性として笑うようになったのが嬉しかったのだ。

 子の心親知らず、アイズはリヴェリアを困らせようなどと思っていたわけではない。

 自分の知らないような、飾らないリヴェリアでいてほしいという願いも半分くらいはあったのだ。

 

 「君は……アルトリウス、だっけ。」

 

 「はい、そうですが……。」

 

 「どうやったらリヴェリアを笑わせられるか、知ってる?」

 

 アルは、アイズの問いかけに少し悩んだ。

 腕を組んで、リヴェリアの事を想像してみる。

 魔法の事を教えてもらった小さなカフェで、彼女が笑っている。

 大人びていて、そしてどこか少女じみている。

 想像しただけで、なんだかうれしい気分になる。

 そしてふと、アルはその店の甘い匂いと飾られた花を思い出した。

 

 「花はどうでしょうか?」

 

 「花……。どうして?」

 

 「もともと森に生きていた方ですから、自然の風情を感じられるものが良いのではないかと。もっとも、あの方からすれば貴方から何かを贈られるだけでも嬉しいと思いますよ。」

 

 アルの的確なアドバイスを聞いて、アイズは納得した。

 花はリヴェリアによく似合うと思ったからだ。

 それだけでなく、アルがまるで長年リヴェリアと連れ添ったかのようにリヴェリアの気持ちを予測していたことに驚いた。

 

 「君は、リヴェリアの事をよく知っているんだね。」

 

 「私は私の知るあの御方しか知りません。私が知らなくて、貴方が知っているリヴェリア……さんも沢山いらっしゃると思いますよ。」

 

 「むきー!アルくんも、よその女なんかに靡くんじゃなーい!!」

 

 アイズの探求は、ヘスティアに遮られることとなってしまった。

 しかし、アイズは少し満足していた。

 色々と、リヴェリアと話したいことが見つかったからだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「いやー、実に清々しいまでにぼこぼこにされてたねぇ。

 血も涙もないとはまさにこのことだ。

 これはヴァレン何某くんはベル君のことを何とも思ってないみたいだね!

 決まりだね決まり!」

 

 「そういうわけではないでしょう。

 ですが私もガレス殿との稽古を思い出しましたよ。」

 

 その後アルとヘスティアは、一度ベルたちの訓練の様子を見学した。

 その様子はまさに苛烈であった。

 一分から一分半でベルが一回気絶するのだから、二人の精神は心配でガリガリと削られた。

 

 訓練も終わり、夜も更けてきて、色々と疲れ切った三人とけろりとしているアイズは帰路に就いた。

 暗い路地にさしかかったところで、四人の頭上からいくつかの影が舞い降りる。

 それもアイズに対しては強い殺気を伴って。

 

 「うぅぅあっ!!」

 

 長槍を持った黒ずくめの騎士が、アイズに切り掛かる。

 アイズは、そのスピードが並大抵のものではないと気付き、全力で切り払う。

 それでもなお、その男の槍を止めることしかできなかった。

 

 「嘘っ、アイズさんの剣を止めた?!」

 

 「ヘスティア様、私の後ろへ!ベル、周囲の警戒を怠るな!」

 

 「うん!……危ないっ!」

 

 アイズに遅れて、構えを取ったベルは、四人組の戦士に襲われた。

 身をよじって回避したところに、アルが指示を出す。

 

 「ベル、魔法だ!当てなくてもいい、思いきり明るく照らせっ!」

 

 「プロミネンスバーストぉ!!」 

 

 アルの言う通りに、ベルは水平よりも少し上を狙って魔法を放った。

 それは流れ星のように夜闇を切り裂きながら飛んでいき、四人の戦士を遠ざけることに成功する。

 その間に、ベルとアルはヘスティアを守り切れるように陣形を組んだ。

 今の魔法で異変に気付いた誰かが来るまでの時間稼ぎだ。

 しかし、意外にもアイズと切りあっていた騎士を含めたすべての敵が一斉に屋根に飛び移って退却していく。

 そして、その中でもアイズと戦っていた騎士が口を開いた。

 

 「これは警告だ、【剣姫】。これ以上余計な真似はするな。」

 

 「どういう、意味……!」

 

 「大人しくダンジョンにこもってろってんだよ、人形女。

 もしあの方の邪魔をするなら……殺す。」

 

 不穏な捨て台詞を残して、騎士たちは立ち去って行った。

 アルとベルは思いきり息を吐き出した。

 主神を守りながら戦うとなると、緊張してしまったのだ。

 

 「はぁ……、取りあえず、アイズさんにもカミサマにも怪我がなかったから良かったかなぁ。」

 

 「あぁ、だが危なかった。

 あちらが退いてくれたから助かったようなものだろう。」

 

 「全く、夜道を歩くだけで絡まれるなんて物騒なファミリアだねぇヴァレン何某くん?」

 

 アイズは、あの騎士たちの正体に心当たりがあった。

 ロキ・ファミリアと敵対するフレイヤ・ファミリアの主戦力、【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】と【炎金の四戦士(ブリンガル)】だ。

 間違いなく自分の責任だろうと思ったアイズはしょぼくれた。

 そんな様子を見たヘスティアは、恋敵であっても優しい言葉をかけてしまった。

 

 「そんな顔するんじゃないよ!

 あと、今度は遠回りでも明るい道を通るんだ、いいね?

 けど勘違いするなよ!ベルくんのためだからな、ヴァレン何某!

 もう帰るぜ、二人とも!」

 

 「あぁっ、えっと、また明日、アイズさん!お気をつけて!」

 

 「明日からもベルの事をよろしくお願いします!

 それから、リヴェリア……さんにもよろしくお伝えください!」

 

  強引にヘスティアに引っ張られていく二人を見送って、アイズは黄昏の館に帰るのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「何、【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】と【炎金の四戦士(ブリンガル)】だと?」

 

 「うん。警告、って言ってた……。」

 

 アイズはホームに帰るとすぐにリヴェリア達に相談した。

 ロキ・ファミリアは現在遠征を数日後に予定している。

 敵対ファミリアの横やりには、敏感にならなくてはいけない。

 遠征で疲れ切ったところに、あるいは遠征のために部隊を分けて進軍しているところに襲撃を受けてしまってはいくらロキ・ファミリアとて無事では済まないからだ。

 

 「ふむ。実は、気になる情報もある。オッタルが中層に現れて、モンスターを狩る姿が目撃された。」

 

 「【猛者(おうじゃ)】が……?」

 

 「謀を好まない奴の事だ。遠征の障害にはならないだろうと判断したが、少し認識を改めなければならないかもしれないな。」

 

 リヴェリアは眉をひそめた。

 オラリオにおいて、レベルが一つ違うだけで、一対一の勝負は絶望的なものになるというのが常識だ。

 そして、オッタルはロキ・ファミリアの最大戦力、レベル6を一つ上回るレベル7。

 たった一人の冒険者相手に、遠征部隊が半壊させられるなどということも考えられる。

 副団長の彼女にとっては、一度見過ごした案件が非常に重大な問題となってしまった。 

 そんなリヴェリアの脇で、酒を飲みながら考え事をしていたロキは、アイズに訊ねた。

 

 「襲われたとき、アイズたんはどこにおったんや?」

 

 「路地裏……。ヘスティア様と、アルトリウスと、ベルと歩いてて……。」

 

 「なにぃ?!ドチビ達とやとぉ?!」

 

 「うん。ロキ、前に協力してもいいって言ってたから……。」

 

 ロキは、自分がヘスティア・ファミリアに協力する許可を出したことを思い出した。

 フレイヤが勝手に巻き込んでいくのなら、こちらから首を突っ込んでやるというヤケクソで決めたことだった。

 そう、「フレイヤが勝手に巻き込んでいく」のだ。

 ロキはあちゃーと呟いて頭を抱えた。

 彼女だけは、藪をつついてヘビを出してしまったことに気づいたのだ。

 要は、フレイヤがアイズに嫉妬し、癇癪を起してつっかかってきた。それだけのことだった。

 

 「あー……。リヴェリア、もうそないに考え込まんでもえぇで。

 アイズたんも、考える意味ないからもう忘れとき。

 今回の件、うちらに非はない。あの色ボケドアホ女神がヒスおこしただけや。」

 

 「どういうことだ?」

 

 「まぁ、ドチビんとこの奴らを狙っとるっちゅうわけや。」

 

 「それこそ心配ではないか!まだあの子はレベル1だぞ?!」

 

 リヴェリアはガタリと音を立てて立ち上がった。

 ロキは、その慌てふためく様子をニヤニヤと見つめた。

 リヴェリアは、何か言いたげなロキをにらみつけた。

 

 「何だ。何が言いたい。言ってみろ。」

 

 「いや、ウチは奴らとしか言ってないのに、ママは一人の男にご執心ですなぁ、と。」

 

 「んなっ?!」

 

 ロキは、顔を真っ赤にするリヴェリアを堪能した。

 少し前までのロキなら、血反吐を吐いてアルに呪詛を浴びせていただろう。

 しかし、ロキは上級者(変態)だった。

 「ママがショタに惑わされる、アリやな。」

 酔っぱらっていたときに、ロキは吹っ切れた。

 どうせ違うファミリア間で恋愛なんてできやしない。

 長命のリヴェリアとではアルは連れ添う事なんてできやしない。

 なら、今はこれはこれで楽しんでもいいんじゃないかという境地に至ったのであった。

 

 「しっかし、あの色ボケ何をおっぱじめようとしとるんやろうか……。」

 

 ロキは隣で今にも爆発しようとしているリヴェリアから現実逃避しながら、フレイヤの思惑に思いを馳せた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「フレイヤ様、失礼いたします。」

 

 「オッタル、待っていたわ。首尾はどう?」

 

 「ミノタウロスの強化種と、イレギュラーを調教いたしました。今は檻に入れて保管してあります。」

 

 「そう、偉いわオッタル。ベルもアルも、あなたくらい素直なら良かったわ。

 ベルは私以外の女と遊んでばかり。アルも忠義を尽くす相手を間違ってる。

 ねぇ、そう思うでしょう?」

 

 「フレイヤ様より美しい方も、忠義を尽くすべき相手も、この世には存在いたしません。」

 

 「それは天界でもかしら?」

 

 「当然のことです。」

 

 「ふふ、オッタル。あなたはとっても素敵よ……。」

 

 美の女神の戯れが、じわりじわりと二人に襲い掛かろうとしていた。

 身勝手な愛、自分本位な恋ほど恐ろしいものはない。

 たとえ愛があるとしても、その行いはいつだって独りよがりなのだから。





 連装式クロスボウ

 リリルカ・アーデが作り出した 連装式のクロスボウ

 小型で威力はないが アヴェリンと異なり

 矢を絡繰り仕掛けで 自動装填できる

 彼女の工作技能は 伊達ではない

 生き延びるのに必要なのは腕っぷしでも 名誉でもない

 知恵と 工夫なのだから

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。