ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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 王と主神の密約

 白磁の巨塔によって怪物たちが大穴に封じられたとき

 火と雷と結晶をもって巨塔を落とさんとした王がいた

 神は王に願った 人の拠り所を奪わないでくれと

 王はそれに応え ある密約を交わした

 時来たらば御子を送ると その御子が役目を果たすと


第二十二話 神々と王と二つ名

 

 「全く!なんて無茶をしたんだい君たち!」

 

 「本当です!リリがどんな気持ちでロキ・ファミリアの人たちを連れてきたと思ってるんですか!途中で見惚れちゃいましたけど、わざわざ強敵に立ち向かうことはなかったんですよ!」

 

 一日眠り続けて、アルとベルはようやく目が覚めた。

 むしろ、重傷を負ったアルが一日で目覚めたのは奇跡ともいえよう。

 二人がホームに帰ると、リリとヘスティアにしこたま説教を食らうことになった。

 

 「面目ゴザイマセン……。」

 

 「す、スミマセンデシタ……。」

 

 久々に、二人は一緒に縮こまることになった。

 もう説教を受け始めて数時間は経過し、正座している足も限界が来ていた。

 とっくの昔にそれに気が付いていたヘスティアは最後に溜息をついて、アルに伝言を伝えた。

 

 「アルくん、君が『尊敬している』リヴェリアくんからの伝言がある。」

 

 「おぉ、リヴェリア……さんからですか。」

 

 「『無茶はするな』ってさ。ベルくんも、くれぐれも無理はしないように!」

 

 アルは、リヴェリアからのメッセージをしっかりと受け止めた。

 ベルもまた、今度こそは無茶はしないと誓った。

 そうして二人が姿勢を崩したところで、ヘスティアとリリは笑った。

 

 「ヘスティア様、これでベル様とアル様はランクアップということになるんですか?」

 

 「あぁ、間違いないと思うよ。

 格上殺し(ジャイアントキリング)は最も神を驚かせる偉業だからね。

 サポーターくん、今後とも二人のお目付け役を頼んだよ。」

 

 「はい!では、リリは失礼しますね。」

 

 リリが二人の成長を喜びながら、ホームから出て行った。

 その背中を見送って、もう遠くへ行ったことを確認してから、ベルとアルは飛び上がった。

 

 「やったよアルぅ!これで僕たちレベル2だよ!」

 

 「はっはっは!そうとも!我らは成し遂げたのだ!

 太陽万歳!ヘスティア様万歳ッ!!」

 

 感極まったアルがいつものようにベルとヘスティアを抱き上げてぐるぐると振り回す。三人は高らかに笑った。

 今日というめでたい日をぐっと噛みしめながら、絆を深めあった。

 

 「さて、アルくんが落ち着いたところでランクアップ!と行きたいんだけれどそうもいかない。」

 

 「えぇっ?!さっきの感動は?!」

 

 「まさか、主神から『騙して悪いが』を実行されるとは……。」

 

 最後のステイタスの更新を終えたヘスティアの一言に、二人はあからさまにがっかりした。

 ど派手に祝ったのに肩透かしをくらっては捨てられた子兎と大犬のようになろう。

 ヘスティアはそんな二人の頭を優しく撫でて、話をつづけた。

 

 「発展アビリティを決めなくっちゃ!」

 

 「発展アビリティ……ですか。」

 

 「うん。君たちがランクアップまでに培った経験値(エクセリア)がアビリティとして発現できる。まずはベルくんのから教えよう!」

 

 ベルはわくわくとしながらヘスティアの発表を待った。

 ヘスティアはちょっとタメてから、大きな声で発表した。

 

 「【狩人】と【幸運】だよ!ボクとしては【幸運】をオススメするね!」

 

 「へぇ……。【幸運】って、どんな効果なんですか?」

 

 「一番近いのは【加護】だろうねぇ。

 まぁざっくり言えば誰かに祝福されているような運を得られるってとこかな?」

 

 「迷ったならエイナ殿に相談というのも悪くないぞ?」

 

 「そうだね!で、アルはどんな発展アビリティなんですか?」

 

 ヘスティアは、少し苦い顔をした。

 アルの発展アビリティは不可解ではあるが、妙に嫌な予感がしたからだ。

 つくづく、ベルには祝福が、アルには呪詛が振りまかれているのではないか、とヘスティアは疑った。

 

 「アルくんは、【狩人】と【薪】だ。

 アルくんの話を聞く限り、【薪】よりも【狩人】の方がいいと思うなぁ……。」

 

 「いえ、【薪】にいたしましょう。」

 

 「選んでほしくない方をっ?!」

 

 「【薪】はある意味では誉れです。

 辛く苦しい道になることは確かでしょうが……。」

 

 「じゃあなんで選ぶんだい?」

 

 「それが、私の持つソウルに与えられた使命だからです。」

 

 アルの覚悟を決まった顔を見て、ヘスティアはそれ以上どうこう言うのはやめた。

 主神として、眷属の決定は尊重するのが正しいというのがヘスティアの基本的な考え方だ。

 過酷な道と知ってなお歩むというなら、それを止めることは出来なかった。

 ヘスティアは苦笑いをしながら、黙ってアルの頭を撫でた。

 

 「しょうがないなぁ。よし、今日のところはこれで終わり!

 明日はアドバイザーくんに報告してくるんだ。」

 

 「はい、わかりました!」

 

 「ならば食事の支度をいたしましょう。実はとても腹が減っていたのですよ。」

 

 三人は、日常へと戻っていった。

 ヘスティアは二人が真逆の運命に生まれつきながらも、よく支えあって生き抜いていくことを願いながら、その日を過ごした。

 ベルは憧憬に近づいたことに歓喜しながら、自身の更なる成長を夢見て眠りについた。

 アルは【深淵歩き】の遺志をわずかながら達成できたことをかみしめながら、リリの仮面の修復に残った時間を費やした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「たった一か月半で二人同時にレベル2ぅ?!?!」

 

 翌朝すぐ、エイナの大声がギルドに響き渡った。

 ギルド職員は「またあのコンビのことか」と、エイナの叫びをスルーしようとした。

 しかし、一瞬でエイナの方を振り向いた。

 それもそのはず、アルとベルのランクアップは超レアケースだからだ。

 まず、二人同時にランクアップだが、かなり少ないがないわけではない。

 パーティーを組んで強敵を倒した際に、運よく同時にランクアップというのはたまにあるのだ。

 

 しかし、一か月半でとなると話が違う。

 「世界最速記録」なのだ。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインでさえランクアップに一年を要し、それでも世界最速記録だった。

 それを大幅に塗り替える記録ともなれば、注目を浴びてもおかしくはなかった。

 

 「チュール、またお前か!最近の勤務態度は目に余るぞ!

 むむ、もしやその背の高い男、【街の騎士(ナイト・オブ・ネイバー)】か?」

 

 「え、えぇはい。ランクアップしたとかで……。」

 

 アルとベルは同時に首を傾げた。

 なにやら、妙な称号が耳に入ったからだ。

 アルの事を表しているらしいが、アルはランクアップした冒険者が神から与えられる【二つ名】をまだ貰っていない。

 それがどうにも不思議だったのだ。

 

 「あぁ、えっとね?

 アルくんは【街の騎士(ナイト・オブ・ネイバー)】って非公式に呼ばれてるの。ほら、祭でね。」

 

 「あぁ、なるほどそういう事でしたか。」

 

 アルはつい先日露店の店主に大変感謝されたことを思い出していた。

 街の人から愛されているからこそ、アルには愛称が付けられていたのだ。

 そしてそれはベルも例外ではない。

 

 「それに、ベルくんだって【女神の英雄】とか【兎戦士】とかいろいろ呼ばれてるんだよ。」

 

 「へへへ……。」

 

 アルとベルは顔を見合わせてニヤニヤと笑った。

 この調子ならかっこいい【二つ名】が付きそうだと思ったからだ。

 そうやって二人の世界に入り込んでると、エイナを怒鳴りつけた男が二人に声をかけた。

 

 「おっほん。私はギルド長、ロイマン・マルディールだ。」

 

 「おぉ、お会いできて光栄です。いつも大変お世話になっております。」

 

 「えぇっと、ギルドのおかげでダンジョン探索が出来ています。

 あの、ありがとうございます!」

 

 アルとベルがそろってロイマンに向かって頭を下げた。

 これがロイマンの自尊心をいたく刺激した。

 

 ロイマンという豚のように太ったエルフは自身とギルド、そしてオラリオの名声を高めることに執心している。

 だからこそ、野蛮な冒険者は軽蔑するし、エルフ特有の選民思想も相まってかなり傲慢なのだ。

 そんな男が礼儀正しい冒険者に出会えば調子に乗るのも当然と言えた。

 

 「がっはっはっは!!そうだろうそうだろう!ギルドこそがオラリオの要なのだ!

 して、【街の騎士(ナイト・オブ・ネイバー)】、ランクアップは本当かね?」

 

 「は、はい。ランクアップいたしました。」

 

 「ふん、ならこれをホームに帰ったらすぐに読むのだ。」

 

 ロイマンは胸元から便箋を取り出した。

 豪奢な装丁に正式な封蝋がされてある。

 エイナは、それを見てすぐにロイマン以上の存在、つまりギルドの主神からのものだと気が付いた。

 エイナの不安をよそに、アルはありがたそうにそれを受け取った。

 その手紙が、新たなる出会いの入口となるとも知らずに。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「はい、アルくんも終わり!これで二人ともレベル2さ!」

 

 ギルドから戻ってすぐ、二人はヘスティアの手によってランクアップされた。

 しかし、ベルはなんだか浮かない顔をしながら手を閉じたり開いたりしていた。

 あまり急激な成長らしいものを感じれていなかったからだった。

 それに気が付いたヘスティアは、くすりと笑った。

 

 「ベルくぅん、もしかして『ち、力が溢れてくるッ!!』みたいなの想像してたのかい?」

 

 「はい、それなりには……。アルはどうなの?」

 

 「私も正直拍子抜けといったところだな。」

 

 「まぁまぁ、今度ダンジョンに潜ったら違いが分かると思うよ?

 それと一つ朗報だ。ベルくんにまた新しいスキルが発現したよ。

 もういくつ出てきたとしても驚かないけどね!」

 

 ヘスティアはベッドから降りて、乾いた笑い声を上げた。

 規格外の二人の成長ぶりに慣れと呆れがきているようだった。

 アルは、そんな主神をどうしても憐れまずにはいられなかったのであった。

 

 「して、そのスキルとはどんなものでしょうか?」

 

 「ふふふ……これさ!」

 

―――

 

英雄疾駆(アルゴノゥト)

 

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権

・チャージ中の移動速度向上

 

―――

 

 「アルゴノゥト……。」

 

 「くく、貴公らしい。」

 

 尊敬する英雄と同じ名のスキルを得たベルが嬉しそうに顔をほころばせた。

 アルはそんなベルを見て、口元を抑えながら笑った。

 つくづくわかりやすく、人に好ましく思わせる男だとアルは改めて思った。

 

 しかし、ヘスティアは違う意味でニヤニヤと笑っていた。

 ベルがとてつもなく「男の子」なことが可愛くて仕方がなかったからだ。

 

 「ベルくぅん、スキルはその人の在り方を表すんだぜ?

 それがアルゴノゥト……。かぁわいいねぇ、ベルくん!

 いつまでたっても少年なんだね!」

 

 「なぁぁぁぁっ!カミサマのばかぁ!!」

 

 ベルの叫びが通りにこだました。

 夢見る少年であることを見透かされてしまうのは、恥ずかしいことこの上ない。

 アルは、静かに両の手を胸の前で合わせた。

 可哀想なベル、とひっそりとベルを憐れんだのであった。

 

 「さて、ボクはそろそろ行かなくっちゃ。」

 

 ヘスティアはベルをからかうのもそこそこにして、身だしなみを整え始めた。

 着ている服も、ヘスティアの持つ中で一番上等な物だ。

 パーティーやデートというよりも、その服装はむしろ礼服に近いと言えた。

 主神のいつもと違った様子に、アルは少し困惑させられた。

 

 「何かの行事……ですか?」

 

 「いいや、違うぜアルくん。ボクが今から行くところは神会(デナトゥス)

 君たちの【二つ名】を勝ち取るための戦場……かな!」

 

 妙に覚悟を決めたヘスティアの表情に、思わず二人は笑ってしまう。

 ヘスティアからすればそれこそ死地に赴くようなものだが、二人にはそれを理解することは出来なかったのだ。

 

 「よーし、行ってくるぞー!」

 

 「いってらっしゃいカミサマ!」

 

 「道中お気をつけて!」

 

 とにもかくにも主神の出発を見送った後、アルもまた外出の準備を始めた。

 その手にはロイマンから渡された手紙が握られていた。

 

 「あれ、アルどこにいくの?」

 

 「なに……少しギルドの主神のご尊顔を拝みにな。」

 

 アルは面白そうに少しだけ口角を上げるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「……というわけです。」

 

 「報告ご苦労。」

 

 アルは、今ウラノスの眼前に跪いていた。

 そもそもウラノスが座す祈祷の間に冒険者が入るということが異常なのだが、それ以上にレベル2になりたての冒険者が直々に呼び出されたという状況が殊更異常であった。

 アルは、9階層で出会った新種のモンスター、山羊頭のデーモンについての説明をさせられていたのであった。

 

 「あの、神ウラノス。質問をさせていただくことは出来ますか?」

 

 「かまわん。申せ。」

 

 「新種のモンスターについての報告は、いつもこのように直々にお受けなさっているのですか?」

 

 ウラノスは一瞬口を開くのをためらった。

 本当はとある存在の願いを叶えるためであったが、その存在はまだアルには秘匿されなければいけなかったのだ。

 少し考えて、真っ当そうに聞こえる言い訳をウラノスは口にした。

 

 「……ダンジョンの秘密に関わりそうなモンスターに限ってはそうしている。」

 

 「なるほど、そういうわけだったのですか!」

 

 アルはその説明に簡単に納得した。

 ギルドの主神がダンジョンを鎮めるために祈祷を施しているというのは有名な話だ。

 その主神がダンジョンの秘密に関わりそうなモンスターの調査をしているのも自然といえた。

 

 そんな時、ウラノスは神会(デナトゥス)が荒れ始めているのを察知した。

 とある二人の規格外が、一人の女神のもとから同時に出たことが原因であった。

 ウラノスはこうなることを当然予想していた。

 だからすぐさまアルに指示を伝えた。

 

 「冒険者アルトリウス、バベルの30階に向かえ。」

 

 「……それは一体なぜでしょうか?」

 

 ウラノスの突然の指示に、アルはまた驚かされた。

 ウラノスは酷く落ち着いた様子でまた続けた。

 

 「ヘスティアにお前たちのランクアップについて不正の嫌疑がかけられている。

 ありえぬことだが……致し方ない。お前の口から説明すれば誤解も解けよう。」

 

 「分かりました。すぐに向かいます。本日はありがとうございました。」

 

 アルはすっくと立ちあがって、ウラノスに一礼し、背を向けて走っていった。

 完全に気配が無くなってから、ウラノスは暗い影に隠れた存在に声をかけた。

 

 「王よ、話を聞いてどうだった。」

 

 「間違いない。山羊頭のデーモンだ。」

 

 歪み果てた鎧を身にまとう騎士が、暗がりから姿を現した。

 圧倒的なプレッシャーを前にウラノスの額に汗が流れる。

 

 「ふふ、最下層の前に立ちふさがったあの忌々しい山羊頭を殺したか……。

 悪くない。使命を果たすには足りぬが、この地下迷宮を進む門出にはこの上ない勝利だ。」

 

 ウラノスの心配をよそに騎士は、いや灰は笑った。

 兜に隠れた口角を、僅かだが確かに上げていた。

 ウラノスは、灰がかつてバベルを破壊しようと、オラリオに降り立ったばかりの自身に会いに来た戦神とは到底思えなかった。

 そして、その灰の様子がウラノスを心配させた。

 

 「王よ。本当によいのか?」

 

 「遠回しな言い方をするな。

 それのせいで俺は幾度となく彷徨う羽目になった。あまり好かん。」

 

 「今のお前は神でも悪魔でもない。ただの父親だ。

 子供を使命のために消費できるのか?」

 

 灰は動揺を隠しきれなかった。

 灰の行いは、自身が神々にされてきたそれと同じであった。

 そして、それによって多くの友を失ってきたのだ。

 使命という言葉に踊らされて、ソラールもジーク一族も、気のいい奴ほど狂い死んでいった。

 しかし、それを知っていてなお灰は言った。

 

 「それでも、あの子は使命に駆り立てられるのだ。

 俺の血があの子を生み出したのだから。」

 

 「どういうことだ。」

 

 「我ら不死の灰は病人なのだ。

 運命に囚われ、使命に何もかも捧げ、人として死ぬことすらできん。

 そして、あの子は俺が俺の血によって生み出した。

 火守女ではなく、俺が作ったのだ。

 俺の血、病人の血はあの子に確実に流れているというわけさ。

 師の警句を忘れたわけではない。畏れた。我が業を畏れ、覚悟した。

 だが、この苦しみは紛れもない罰なのだ。我が子を死地に送り込むための道具に仕立て上げた怪物にはまだ足りぬかもしれんがな。」

 

 とても悲壮に満ち溢れた声であった。

 不器用で細やかな、父が子を憂う声色であった。

 それこそ、ウラノスに慰めの言葉を口にさせるほどに憐憫の情を抱かせた。

 

 「お前の責任ではない。私がこの世界のために無理をしてくれと頼んだからだ。

 古き理に生き、新しい理によってこの世界から排斥されようとしているお前にそうさせたのは私だ。」

 

 「たとえそうだとしても、あの子を生み出したのは俺だ。

 『器』の行方を調べなかったのも俺で、黒龍の鱗を滅ぼし損ねたのも俺なのだ。」

 

 「ではせめて、お前は父親としてどうしたいのだ。」

 

 「決まっているだろう。

 俺のようになる前に、人並みの幸せをこの地で見つけてほしいんだ。」

 

 灰は笑った。

 どうか今だけでも幸せになってくれと願いながら、微笑んだ。

 ウラノスも、目を閉じて少し頬を緩ませるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「で、これがラスト二人なんやけど……。」

 

 ロキは神会(デナトゥス)の司会をしていた。

 各派閥のパワーバランスや、食人花の事件の黒幕の調査、様々な情報を収集するためであった。

 しかし、最後の最後に特大の胃痛の種がロキに降り注いでしまったのだ。

 

 (あのデカ男……。ランクアップしたはええけど流石に目立ちすぎやろ!

 どうやっても誤魔化しきかへん。ドチビに化かしあいは無理やし……。)

 

 ロキはかなり焦っていた。

 世界最速ランクアップというだけで、神々から狙われる可能性は高くなる。

 そしてもし、アルを狙う神が、何らかの方法で深淵の事を知ってしまったら、大抗争が始まってしまうかもしれない。

 恋愛のために全てを賭けられるフレイヤ、破壊と混乱を望む闇派閥(イヴィルス)たち、イシュタルを筆頭に敵対組織を潰したくてしょうがない神々。

 アルのために戦力を投入しそうな神はごまんといる。

 血で血を洗う暗黒時代が再び訪れるかもしれないと、ロキは本当に心配するのであった。

 

 「ヘスティア、もしかして抜け穴でも見つけたのかい?

 こんなに早く眷属(こども)をランクアップさせるなんてさ、そうとしか思えないねぇ。」

 

 早速、美の女神イシュタルがヘスティアに仕掛けてきた。

 イシュタル・ファミリアは長年フレイヤ・ファミリアと抗争状態にあり、フレイヤを叩き潰すための材料をいつも求めている。

 そのせいで少なくない冒険者が血を流してきたわけだが、抗争の理由が「フレイヤが自分より美しいと謳われるのが気に食わない」というのだから彼らが浮かばれない。

 このヘスティアに対する「かまし」も、神の力(アルカナム)の制限を出し抜く方法を知れるか、そうでなくともヘスティアを脅すことで二人を手に入れようというものであった。

 

 「そうだそうだ!流石におかしいぞ!」

 

 「チートなんじゃないのかぁ?!」

 

 「やだ、ずるはナシよ!」

 

 ぎゃあぎゃあとただでさえやかましい神会(デナトゥス)がおさまりが付かなくなる。

 司会のロキとて、簡単にヘスティアに助け船を出すわけにはいかない。

 犬猿の仲であると思われているヘスティアに、ほいほいと介入していけば勘のいい神には何か感じ取られてしまうからだ。

 

 「えぇっと、ボクは不正なんかしてなくて、二人が頑張ったからっていうか……。」

 

 「頑張ったからってランクアップできないんだよ!どれだけの冒険者がレベル1で燻ってると思ってるんだい。」

 

 「うぐぅ、それはそうなんだけどさ……。」

 

 当然、謀略にたけているわけでもないヘスティアは窮地に立たされた。

 しかし、思わぬところからヘスティアに救いの手を差し伸べるものがいた。

 

 『鎮まれ。』

 

 「んなっ?!ウラノス?!」

 

 そう、ギルドの主神ウラノスである。

 会議室にウラノスの声が反響し、そして神々はどんどん興奮していく。

 基本不干渉を決め込んでいるウラノスが口を出してくる。

 それだけで娯楽に飢えた神々は面白くなってしまうのだ。

 

 『ヘスティアは不正を犯していない。』

 

 「納得できないねぇ。」

 

 「そうだぁ!チート検出できなかっただけかもしれないだろぉ?!」

 

 「全くだ。」

 

 『では、そちらに送った参考人に話を聞くがいい。』

 

 ウラノスが言い切った途端に、扉をノックする音が響いた。

 そして、ヘスティアにとって聞き覚えのある低く快活とした声が聞こえてきた。

 

 「ヘスティア・ファミリア所属、アルトリウスにございます。

 神ウラノスの命を受け参上しました。

 入室の許可をいただきたく。」

 

 『ロキ、後は任せる。』

 

 「……しゃあない。入ってえぇで!」

 

 ロキは、もうどうとでもなれといった気持ちでアルを招き入れた。

 恐る恐る扉を開けてアルが入ってくると、すぐに跪いた。

 アルにとっては神聖不可侵な場なのだ。

 いつも以上に礼儀に気を使っている。

 

 「んじゃあウチが当てていくから話したいやつは挙手な!

 ほなスタート!」

 

 ロキが投げやりになっていると、誰よりも早く手を挙げる神がいた。

 象の神、ガネーシャであった。

 

 「はい、ガネーシャ。」

 

 「俺がッ、ガネーシャだ!」

 

 ロキも、話が無駄に長くて暑苦しいガネーシャは、時間稼ぎにちょうどいいと踏んだようでノータイムで当てた。

 ヘスティアも、ガネーシャなら大丈夫だろうと胸をなでおろす。

 

 「まずは顔を上げて欲しい!」

 

 「ありがとうございます。」

 

 「そしてッ、祭でのことを謝罪したい!

 ガネーシャ超謝罪!そして超感謝!

 君のおかげで市民の安全は守られた!」

 

 ガネーシャもまた、善神であった。

 象の仮面をかぶり、自身を模したホームを作るなど、奇行こそ目立つが、何よりも漢気があったのだ。

 

 「いえ、市民として、冒険者として、当然のことをしたまでです。

 戦う力があるならば、それは弱者のために使われるべきです。」

 

 神々は思わず息をのんだ。

 一切の偽りなく、一切の虚栄なく、ただの義務だったと述べたのだ。

 清廉潔白な人間というのは存在するが、ここまで行く人間はそうはいない。

 驚かずにはいられなかったのだ、それこそガネーシャすらも。

 

 「そうか……。君もガネーシャだな!」

 

 「いえ、私はアルトリウスですが……。」

 

 「いやっ、君もガネーシャだ!!」

 

 アルは困惑した。

 本当に意味が分からなかったのだ。

 ガネーシャは何かとつけてガネーシャと連呼すると知っていれば困惑することもなかっただろう。

 

 とにもかくにもガネーシャがいつもの発作を起こした以上は、他の神々からの「早く交代しろ」という圧力がきつくなる。

 ロキはそんな空気を敏感に感じ取って、次に誰を当てるかを探し始めた。

 ヘスティアと仲のいいヘファイストスか、あるいはタケミカズチが妥当だと思っていると、イシュタルが男神たちを巻き込んで空気を飲み込んだ。

 

 「ロキ、次は私にしてくれよ。いいだろう?」

 

 「い、イシュタル様がお望みならそうすべきだ!」

 

 「おっぱい最高!イシュタル様最高!」

 

 とても神とは思えないほど低俗な発言だが、これこそが美の女神の力、【魅了】の力なのだ。

 男も女も人も神も関係なく惹きつけるのが美の女神というものなのだ。

 

 「……んじゃイシュタル。」

 

 ヘスティアはロキに目線を送ってなんとかしてくれと頼もうとした。

 しかし、ロキはそっと首を横に振った。

 場の流れに逆らうというのは無理だと悟っていたのだ。

 もうここは、イシュタルが多くの神が気になってるランクアップの秘訣について根掘り葉掘り聞いて、アルが上手いこと言い逃れる。

 すなわち、成り行きが上手いこと行くのを祈るばかりであった。

 

 「じゃあアルトリウス、顔をみせちゃくれないかい?

 せっかく来てくれたんだ、みんなも顔ぐらいみたいだろう?」

 

 「妾は見たことあるぞ!」

 

 「えっ、ホント?!私も気になるわね!」

 

 女神たちがざわざわと騒ぎ立てるが、ヘスティアとしては落ち着かない。

 この場には美の女神が少なからずいる。

 それはすなわち、アルが魅了される可能性があるという事に他ならない。

 

 「みんな魅了とかそういうのはナシだぞ!分かってるだろ?!」

 

 「うるさいねぇ。わかってるよそんなことくらいは。」

 

 イシュタルは、余裕に満ち溢れていた。

 魅了などなくても、男である以上は自分の思い通りになるのだ。

 褐色の美しい肌、薄い布に包まれた妖艶な肢体、豊満な胸と尻、それをちょっと上手く使ってやればどうということはないと思っていた。

 

 「では、御前にて兜を外させていただきます。」

 

 アルがゆっくりと兜を外して胸の前で抱えた。

 男神たちはその顔立ちを見て怒り狂い、女神たちは感嘆した。

 絶世の貴公子というほどではないが、端正な顔立ちであることには違いなかったからだ。

 

 「じゃあ、質問だ。本当にミノタウロスと新種のモンスターを倒したんだね?」

 

 「はい、間違いありません。流石に戦い終わって一日眠り続けましたが。」

 

 イシュタルが出来るだけ体を強調しながら語り掛けたが、アルはけろりとした表情で答えた。

 もとよりアルは女性に対して性的に見るという感覚をあまり持ち合わせていない。

 ヘスティアの心配も、イシュタルの企みも全く無意味だった。

 

 「へぇ……。それじゃあどうやったらこんなに早く強くなれるんだい?」

 

 「寝食を共にし、稽古に励み、互いを信頼し、そしてなによりも誓いを果たすために死力を尽くしたからかと思います。」

 

 「誓い?そんなもので強くなれるものか。」

 

 「我らはヘスティア様の前で強くなることを誓いました。

 神の前の誓約であれば、我らに力を与えてくださるのも当然です。」

 

 ヘスティアは周りの神々にどんと胸を突き出してしたり顔をした。

 どうだ、ボクの眷属はとってもいい子だろうと自慢したいのだ。

 その眷属が神々からとてつもなく狙われているという状況を完全に忘れ呆けてしまっている。

 

 「じゃあそれもステイタスに現れてるのかい?!そうなんだろう?!」

 

 「あぁ、それは……。」

 

 「はい、しゅ~りょ~。イシュタルだけで時間使いすぎや。次でラストや。」

 

 イシュタルがステイタスについて言及しようとした段階で、ロキが話を割った。

 もとより、ステイタスは秘匿されるべきものだ。

 他派閥に所属する冒険者のステイタスを知ろうとするのはご法度だし、解錠薬(ステイタス・シーフ)という強制的にステイタスにかけられたロックを外す薬はガネーシャ・ファミリアの取り締まり対象に入っている。

 ロキの介入は実に自然なものであった。

 

 「んじゃ……。最後はフレイヤで。」

 

 ロキは、最後にフレイヤを指名した。

 指名しなかったら後が怖かったのである。

 ただでさえ巻き込むと宣言されているのだから、胡麻をすっておくのが得策だろうと判断したのだ。

 

 「アルトリウス、そしてあなたのお仲間のベル・クラネルは何になりたいの?

 レベル6の冒険者?それとも、大派閥の団長、副団長?」

 

 フレイヤは、アルの口から聞きたかったのだ。

 二人の魂が求める行く先を、あるいは二人が求める舞台を。

 

 「英雄に。ベルが望むはかの始原の英雄アルゴノゥト、そして私が望むは狼騎士と謳われた騎士アルトリウス。神々をも驚かせ、人々に語り継がれるような英傑になる、それが我らの望みにございます。」

 

 「……素敵ね。とっても素晴らしいわ、えぇ、とても。

 『応援』しているわ。」

 

 「感謝の極みにございます。」

 

 フレイヤは艶っぽい声でアルに語り掛けた。

 アルは、フレイヤのそんな様子に気が付かずに、ただ神から激励を頂けたと捉えて深く頭を下げた。

 

 「よっし、終わり!これ以上は時間が押してまうからな!」

 

 「え~!好きなタイプとか聞きたい!」

 

 「男に興味ってないのかしら……。アタシ気になるわ!」

 

 ロキが強制的に終わりを告げて、神々がまた騒ぎ始める。

 アルはどうすればいいのかと、おろおろとしだすがロキは続けていった。

 

 「あぁ、こんなん無視して帰ってぇぇから!ほらさっさと行き!」

 

 「でっ、では失礼いたします……。ヘスティア様、ではまた。」

 

 アルがおずおずと退出していくと、神々は本格的に【二つ名】を考え始めた。

 もっとも、それは神々にとっては痛々しく、極端に言ってしまえば黒歴史になりうるものなのだが。 

 

 「俺さぁ、知ってんだよね。

 あのアルトリウスって子が【九魔姫(ナイン・ヘル)】と一緒に夜の街を歩いてたらしいって。」

 

 「何ぃ?!そいつは本当か?!」

 

 「……【王族殺し(ハイエルフキラー)】というのはどうだろう!」

 

 「そんなんウチが許すわけないやろがぁぁぁぁッ!!!」

 

 さんざんに胃を痛めたロキが吠えた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「ただいま。」

 

 「おかえり!どうだった?!」

 

 「今日はすさまじい一日だったぞ?大勢の神々に出会ったものだ。」

 

 「えぇっ?!すごいなぁ。」

 

 アルは、帰ってすぐに、疲れ切った表情をしてどっかりとソファに座り込んだ。

 神々の前に出て質問攻めにあうことが、どれほどアルを緊張させたかは言うまでもない。

 

 「そうだ、【二つ名】に合わせて防具を新調しようと思ってるんだよ。」

 

 「おぉ、それはいい。前のは壊れてしまったんだろう?」

 

 「そうなんだよ。けど、この鎧は良かったよなぁ……。」

 

 ベルは木箱の中に収められていた自身の鎧をそっと取り出した。

 軽量で、それでいて丈夫で自身によくなじんだ鎧だ。

 ベルは感慨にふけりながら、指で優しく撫でた。

 

 「どうせなら、同じ鍛冶師に作ってもらうといい。」

 

 「うん、ヴェルフ・クロッゾさん、かぁ。」

 

 二人が今後の事を漠然と考えていると、どたどたと階段を下りる音が聞こえてくる。ヘスティアが帰ってきたのだ。

 

 「二人ともっ、【二つ名】が決まったぞっ!」

 

 「おぉっ!」

 

 「どんなのになりましたか、カミサマ?!」

 

 「へへ……。いい感じだよ二人とも!」

 

 ヘスティアがびしっと親指を立てた。

 そのリアクションに、アルもベルもワクワクが止まらなくなっていた。

 

 「ベル・クラネル!」

 

 「っはい!」

 

 「【二つ名】は……【発展途上の英雄(ア・リトル・ヒーロー)】!」

 

 「アルトリウス!」

 

 「はっ!」

 

 「今日から君は、【灰狼騎士(ウルフェン・リッター)】だ!」

 

 アルはそっと握りこぶしを隣のベルの方へ差し出した。

 その意図をくんだベルは、自身の拳をアルの拳にこんと打ち付けた。

 今日この日、二人は冒険者として新たなるステージへと至ったのであった。




 王と大神の邂逅

 大神が黒龍に敗れて 王はその前に立った

 あの龍は 古き時代に死ぬべきであった

 そう王は語った 大神は答えた

 今はただ 我が腕の中に眠る子を守りたいと

 王は言った いずれ我らの御子の運命は交わるのだろうと

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