ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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 鍛冶師の大刀

 ヴェルフ・クロッゾが持つ大刀

 切れ味は鋭く 使い勝手もいいが 特徴が一切ない

 彼の鍛冶理論が 如実に表れている

 そして彼は自身の武具に銘を刻むことはない

 それは無言の信頼を示しているのだ


第二十四話 神の火の鍛冶

 

 「申し訳ありません!」

 

 それがリリの最初の言葉だった。

 いつものように噴水の前に集合しにアルとベルが待っていると、リリが急いで走ってきたのだ。

 何かと思って、アルはリリに質問した。

 

 「どうしたんだ。いきなり謝られても事情がさっぱり分からんぞ?」

 

 「あぅ、えっと、先に結論だけ言わせていただきますと、お休みをいただきたくて……。急なことで本当に申し訳ないんですが……。」

 

 アルとベルは顔を見合わせた。

 全く問題のないことにいつまでも気を遣うところは改めてほしいと思いながら笑った。

 

 「はは、そんなことぐらい構わんよ。

 それよりも、どういう訳なんだ?」

 

 「もしかして、体調が悪かったり?」

 

 「えっと私では無くて下宿先のノームのおじいさんが風邪をひいてしまいまして……。」

 

 「おぉ、それで看病のために休むという訳か。

 それならばすぐに帰りたまえよ。ご近所づきあいはとても大切なのだからな。」

 

 アルはご近所づきあいの恩恵を強く受けていた。

 ご婦人たちと仲良くしておけば、安く食材を売っている店を知ることが出来る。

 市場の商人たちと仲良くしておけば、おまけをもらえたり、良い商品を優先的に売ってもらえたり出来る。

 アルの細やかな気配りによってヘスティア・ファミリアは徐々にではあるが貯蓄を増やしているのだ。

 

 「リリ、早く行ってきなよ!ヴェルフさんには僕たちから言っておくからさ!」

 

 「ありがとうございます!

 どうかくれぐれもトラブルには首を突っ込まないでくださいね!」

 

 そう言い残して、リリは今来た方向に向かって全力で走っていった。

 去り際でもお目付け役としてきっちりくぎを刺していくのは流石といったところだろうか。

 そんなリリの様子にまた二人は笑顔にさせられた。

 少し和やかな気分になって、ヴェルフの合流を待つのであった。

 

 

 「よぉ、リリ助はどうした?」

 

 「はは、彼女は今日は来られないんだ。」

 

 「お世話になってるノームの親父さんの看病がしたいって……。」

 

 「そうか……。」

 

 時間通りに来たヴェルフは、リリの不在を聞いて頭を掻いた。

 ダンジョンに潜れないことが残念だと顔でも語っていた。

 しかし、ヴェルフとて昨日のリリの働きがパーティーに不可欠であるというのははっきりと感じていた。

 彼女ナシでは能天気なベルやアル、鍛冶ばかりでダンジョンそのものに造詣が深くないヴェルフ自身では確実にトラブルへの対処が遅れてしまう。

 だからこそ、強硬的にダンジョンに潜ろうとは言えなかった。

 しかし、ある意味ではそれはヴェルフにとって都合がよかった。

 

 「そうだ、じゃあ今日一日俺にくれないか?」

 

 「えっ?」

 

 「ほら、約束しただろ?礼はするってよ。

 お前たちの装備、俺が新調してやるよ!」

 

 そう言って親指をびしりと立てるヴェルフを見て、二人はワクワクが止まらなかった。

 初めての鍛冶師の作業、それも自分たちの専属の鍛冶師の仕事が間近で見られる。

 そう想像するだけで、未知への興味が沸き上がってくるのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「うわぁ……。なんか鍛冶師って感じだ!」

 

 「うむ、雰囲気があるな。」

 

 二人はヴェルフに連れられて、中心部から離れたところにあるヴェルフの工房に来ていた。こじんまりした小屋で、少しガタが来ている扉を開けると、そこは紛れもなく作業場だった。

 大小の金槌、木槌が並べられ、奥の方に目をやると大きな火の炉が目に留まる。

 

 「悪いな、汚ぇところでよ。」

 

 「いや、そんな!」

 

 「むしろこうして鍛冶場を見せてもらえてありがとう。」

 

 ヴェルフはにやつきながら背に担いだ大刀を下ろして、二人に向き直った。

 

 「さて、要望はあるか?使ってみたい装備とか。」

 

 「軽装鎧(ライトアーマー)貰ったのでホントに十分なんですけど……。」

 

 遠慮しようとするベルを見て、ヴェルフは肩をすくめた。

 冒険者として色々と足りていないと思ったからだ。

 

 「あのなぁ、もっと欲張ったほうがいいぞ?

 今できる最高の装備を整えるのも、冒険者の義務だ。」

 

 「それはヴェルフ殿の言う通りだな。」

 

 うんうんとアルが頷いていると、ベルはふと壁に掛けられた剣が目に入った。

 そっと近づいてヴェルフに顔を向けた。

 どうやら、装備を吟味する方に本腰を入れ始めたようだ。

 

 「あの、ちょっと触ってみてもいいですか?」

 

 「まぁ、それ売れ残りだぞ?」

 

 ベルがその剣を手に取ってみると、すぐによい剣だということが分かった。

 重心のバランス、刃の作りこみ、鍔の形、すべてが実戦的だった。

 それは、傍で見ているアルでも分かるほどであった。

 

 「なるほど、あまりに武器らしくありすぎて売れ残ったようだな。」

 

 「うんとってもいい剣だよこれ……。」

 

 ヴェルフの商品は、単に嫌われて冷遇されているから売れないという訳ではない。

 確かにそれは一つの大きな要因ではある。

 しかし、ヴェルフの武器はあまり冒険者が好むものではなかった。

 彼の絶望的なネーミングセンスを抜きにしても、彼の武具は質素過ぎて好かれなかったのだ。

 華美な装飾や派手な造形など、明らかな無駄を削ぎに削ぎ落としている。

 そして、それはすなわち冒険者が好む二大要素を削ぎ落としているということになる。

 いくら素晴らしい剣でも、手に取ってもらわれなければ売れないという良い例だろう。

 

 もっとも、それはただの冒険者の話。

 ベルやアルはもっと大切なことを知っている。

 命を懸けられる武器であるか。その一点は決してブレていない。

 だからヴェルフの剣の良さが分かるのだ。

 

 クロッゾの魔剣を打てると知っていてなお二人はヴェルフの作品を正当に評価していた。

 その様子を見て、ヴェルフは胸の奥がじんと熱くなるとともに、二人の真っ直ぐさにほとほと呆れが来てしまっていた。

 

 「お前らは、魔剣を欲しがらないんだな。」

 

 「ほえ?」

 

 「いや、聞いたんだろヘスティア様から。俺が魔剣を作れること。」

 

 まさか知られていたとは思ってもいなかったからか、二人はあからさまに動揺した。

 ベルは一瞬剣を取り落としかけたし、アルはヴェルフを二度見していた。

 

 「俺の事を聞きまわってるって噂、小耳にはさんでな。」

 

 「……すまなかった。」

 

 「いや、いいんだ。契約相手の事をちゃんと調べるのは当たり前の事だろ?

 でも、お前らが俺の事を知って態度を変えるか、少し気になった。

 ……悪かったな、試すような真似して。」

 

 ヴェルフは両手を合わせて二人に頭を下げた。

 ヴェルフとて、不安だったのだ。

 折角見つけた本物の冒険者かもしれない逸材が、その他大勢の凡夫と同じようであれば、彼は一生顧客を得られなかったかもしれない。

 どうか期待通りであってほしい、そんな淡い願いを胸に抱えていたのだ。

 

 「で、話を戻すんだが……。

 ベル、いっつも腰に下げてるのってドロップアイテムか?」

 

 「はい、ミノタウロスの角です!なんだか手放せなくなって。」

 

 ヴェルフが指をさす先には、赫く光る角があった。

 実はベルはもう何日もそれを手放していない。

 寝る前も、起きてすぐも、その光をぼうっと見つめていたのだ。

 あの熱い戦いを何度も思い出してはその余韻に浸っている。

 

 「じゃあそいつを使って武器を作ってみねぇか?」

 

 「出来るんですか?!」

 

 「おぉ、出来るぞ。」

 

 ベルの気持ちがピークに達し、じゃあお願いしますとなる直前に、アルが手を挙げた。

 そして、ヴェルフにある提案をした。

 それは古の鍛冶の技法。

 古き神々によって、あるいは不死人によって扱われた秘術。

 鉄でなく、形でなく、もっと根本に拘った鍛冶の御業であった。

 

 「ヴェルフ殿、もし出来るならば、炉の火にはベルの火を使ってみないか?」

 

 「ベルの?そりゃ一体……。」

 

 「私の母が教えてくれた鍛冶の御業にこんなものがある。

 古き鍛冶師は武具を打つとき、様々な種火を扱ったらしい。

 そうして、様々な力を持った武具を生み出したと。」

 

 「ほぉ……。」

 

 「そして、ベルの火はヘスティア様の恩恵を受けている。

 すなわち、炉の女神の火と、ベルの火は少なからず通ずるものがある。」

 

 ヴェルフは、アルが兜の下でにやりと笑っているのを見て、興奮した。

 目の前にいる大男は、自分に対してこう言っているのだ。

 神の火を使って鍛冶をしようと。

 神々の力を、人の身にて扱おうと。

 神をあっと驚かせるものを三人で作ってしまおうと。

 そう、提案しているのだ。

 

 「……乗ったぜ、その話。

 見たところ素材もいい。俺の腕さえおっつけりゃ……。

 どえらいもんが作れるかもしれねぇ。」

 

 「そう来てくれると思ったよ。

 ベル、頼めるか?」

 

 「もちろん!凄いの出来るといいね!!」

 

 ベルは目を輝かせてそう言った。

 三人は、悪餓鬼のように思いっきり笑った。

 一大プロジェクトの始まりである。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「うっし、準備できた。

 ベル、その炭に火をつけてそっと奥に入れてくれ。」

 

 「……フレアアームド。」

 

 ヴェルフはすぐに準備に取り掛かって、炉の中に木炭を入れた。

 一本一本を選び取り、最高の状態の炉にしておいた。

 そして、ベルは手渡された木炭にそっと火をつけて、炉の中に入れた。

 ヴェルフはその火が瞬く間に大きくなるのを見て確信した。

 今日から自分は並外れた冒険者たちの鍛冶師になるのだと。

 

 「……よし。こっからは俺の仕事だ。任せとけ。」

 

 ヴェルフはそう言って作業を始めた。

 ミノタウロスの角を熱して溶かし、延ばしていく。

 延ばしては折り曲げ、延ばしては折り曲げて何度も鍛え上げていく。

 そうして、形を作る前の純粋な塊になったところでヴェルフは一度手を止めた。

 

 「っはぁ~!きついな、これ!」

 

 「お疲れ様です。」

 

 「素晴らしい技だったと思うぞ。見ていてほれぼれした。」

 

 「そうか、へへ、そりゃよかった。」

 

 ヴェルフはにやりと笑って、そして少し顔を下げて床を見つめた。

 

 「実はよ、俺は魔剣が嫌いなんだ。」

 

 「ほぉ、それはどうして?」

 

 「まぁ、魔剣を欲しいって客は大勢いたんだ。

 けどよ、アイツらからしたら魔剣はただの道具でしかねぇ。

 名を上げて、金を稼ぐためだけのな……。

 違うだろ、そうじゃねぇだろ。武器ってのは……武器ってのは……。

 使い手の半身、魂でなくっちゃいけねぇんだ。

 どんな状況でも、そいつ一本いてくれりゃ戦える。逆境を突き進める。

 そういう存在じゃなきゃいけねぇ……。」

 

 ヴェルフの考えは、二人にじんと響いた。

 アルの聖剣は、アルトリウスの魂そのもの。

 いや、もっと大きい存在かもしれない。

 シフ、不死隊、彼らのようにアルトリウスの背を追った者たちの思いも背負っている。

 

 ベルの聖火の黒剣(ウェスタ・ブレイド)もそうだ。

 ヘスティアの親としての思いがこめられている。

 友を守る使命を帯びて生み出されたその剣は幾度となくベル自身とアルの窮地を救ってきた。

 二人にとって武器は、共に生きる相棒と同じくらいに不可欠な存在だった。

 

 「魔剣はそうじゃねぇ。使い手の事を考えずに、いつか必ず折れちまう。

 直すこともできやしねぇ……。

 人を腐らせるだけ腐らせて、鍛冶師の誇りも何もかも砕いちまうような剣は大っ嫌いだ。

 けど、今日こうして打ってるとな、申し訳なくなってきた。」

 

 「ヴェルフさん、何かダメだったんですか……?」

 

 「いや、俺の力不足を実感したってことだ。

 神の火を使えるって興奮してた俺が情けねぇ。

 駄々こねて、燻ってばっかじゃなかったら、もっとすげぇもんが作れたかもしれねぇと思うと悔しくてな。」

 

 ヴェルフの顔には後悔の色がにじみ出ていた。

 せっかく認めてくれた人物に対して、満足のいくものが作れないかもしれない。

 自分は模造品の神の火を扱うにすら値しない、すなわちヘファイストスに近寄ることすらできない鍛冶師かもしれない。

 そんな不安に押しつぶされそうだった。

 しかし、アルはそれでも笑っていた。

 

 「ヴェルフ殿。貴公は間違っていない。

 武器とは魂であるべきだ。魂から武器を作り出すことすらできるくらい、使い手と結びついていなければいけない。

 それでいいのだ。その誇りは、矜持は、持ち続けてもいい。

 それに、まだそんな辛気臭い顔をするには早すぎる。

 まだ作品は出来ていないのだ。今から魂を込めて打てばいい。

 私たちに見せてくれ。クロッゾではなく、ヴェルフとしての渾身を見せてくれ。

 そうすれば、貴公はきっと成長できる。」

 

 アルは、ヴェルフに対して全幅の信頼を見せた。

 誇りを見せたヴェルフを愛さずにはいられなかった。

 ただの鍛冶師よりも、愚かなほど真っ直ぐな鍛冶師の方がよほどいいと思ったのだ。

 そしてそれはベルにも当てはまった。

 

 「僕もヴェルフさんなら凄い作品が出来ると信じてます。

 それに、ヴェルフさんみたいにこだわりがあるのってカッコいいなって思うので……。

 一緒に、頑張りませんか?」

 

 ベルはにこにこと笑った。

 誰をも引き付ける優しい笑顔だった。

 ヴェルフは、二人の優しさに心を奮い立たされた。

 このままではいられない、生半可な技では足りない。

 この二人に良い武器を、決して負けぬような素晴らしい武具を。

 その思いがどんどん募っていく。

 火を入れた溶鉱炉のようにとどまることを知らない熱がヴェルフを支配する。

 

 「……二人とも、窓閉めてくれ。本気でやる。」

 

 そう言って窓を閉めさせてからのヴェルフの作業には鬼気迫るものがあった。

 刀身を打ち出し、寸分の狂いなく理想的な形に仕上げていく。

 そして形が定まると、一気に炉に入れて刀身を赤くなるまで熱して更に鍛え上げる。

 鉄の色と炉の色をじっと見つめて、最適な温度になったところで一気に引き上げて水の中に入れる。

 ヴェルフはこの日、今までの中で最高のタイミングで焼き入れをすることが出来た。

 

 「はぁ、はぁ……。疲れた……。

 俺の人生で一番いい出来だ。間違いない。

 火と素材がよかった。受け取ってくれベル。」

 

 ヴェルフが拵えたのは片刃の短刀であった。

 刀身は角と同じ色の赫。どこまでも赫い赫である。

 ベルがそれを握ってみると、手になじんだ。 

 

 「ありがとうございます!」

 

 「よっし、名前付けるか!

 赫いから、アカツキ……。いや、ミノタウロスの短刀だからミノタンか?」

 

 「いやいやいや!アカツキがいいです!アカツキが!」

 

 「うむ。絶対にそっちの方がいいだろう……。」

 

 アルとベルはヴェルフの壊滅的なネーミングセンスに驚かされた。

 ヴェルフとしてはミノタンのほうが良い気がしたが使い手の意見が一番ということで、すぐに認めた。

 

 「じゃぁアカツキだな。」

 

 ヴェルフは、少しだけ不服そうに頭を掻いた。

 そして何か言いたそうで、それでいて躊躇っていた。

 しかし意を決して口を開いた。

 

 「二人とも、俺のことはヴェルフって呼んでくれ。

 こうして武器を一緒に作った仲で、これから一緒に命を懸ける仲間になるんだ。

 俺だけさんとか殿とか……寂しいだろ?」

 

 少し照れ臭そうに笑う顔が、二人にはとても眩しく見えた。

 

 「もちろん、ヴェルフ!」

 

 「あぁ。これからよろしく頼むぞ、ヴェルフ。

 我らの仲間として、鍛冶師としてな。」

 

 にこやかに、三人は笑った。

 男同士の友情の芽生えである。 

 三者三様の信念を持ち、そして愚かしいほどに真っ直ぐな三人が引き合うように仲良くなったのも当然と言えた。

 

 「あっ、しまった……。

 こんな時間じゃアルの分を作ってたら真夜中になっちまうな……。

 なんか作ってほしいもんがあったんだろ?」

 

 ヴェルフは窓の外を見て、夕日がもう沈もうとしているのに気が付いた。

 窓を閉め切って作業をしていたために、時間間隔が狂っていたのだ。

 今からヘスティア・ファミリアのホームに帰ったとしても日は完全に落ちているだろう。

 

 「はは、なに気にすることはない。

 私のは形こそ変だがただのナイフだからな。

 なんなら図面だけ書いておこうか?」

 

 「アルって図面書けるの?!」

 

 「書けるといってもざっくりだよ。

 形さえわかればヴェルフなら作れるだろう?」

 

 アルは口の端を少しだけあげてヴェルフに問う。

 いやむしろこれは信頼したうえでの挑戦といえる。

 紅蓮を生み出した腕を見込んでいるのだ。

 

 「当たり前だ。俺はお前たちの鍛冶師なんだぜ?」

 

 「よし。なら少し紙と書くものを貸してくれ。」

 

 「おう、ちょっと待ってろ。」

 

 ヴェルフは手早く工房の棚を漁り、紙とペンを取り出した。

 アルはそれを受け取ると、素早く紙に望むナイフの形状を書き込んでいく。

 盾なしで戦うために生み出されたいびつなナイフ。

 【深淵歩き】の敗北から学び、編み出された剣技のためのナイフ。

 同じ英雄に憧れて、役目を果たした先達のナイフ。

 すなわち、不死隊の鉤ナイフである。

 

 「よし、こんな感じだ。」

 

 「ん。これよ……どうやって使うんだ?」

 

 「それは見てのお楽しみ、にしておこう。

 それと、できるだけ強度は確保してくれ。

 かなりの衝撃が加わるだろうからな。」

 

 「つーことは切るためのもんじゃねぇってことだな。

 分かった。出来るだけ硬く作るぞ。

 その代わり、重さは覚悟してくれよな。」

 

 「あぁ、もちろんだとも。」

 

 「それじゃあヴェルフ、また明日!」

 

 「おぉ、気を付けて帰れよ。」

 

 ヴェルフとの話も終わり、二人は帰路に就く。

 外はすっかり暗くなって、おなかもペコペコ。

 二人はヴェルフと握手をし、きっちりと挨拶をしたらすぐに走っていた。

 

 「ねぇアル!凄くかっこいいよねこれ!」

 

 「ははは、そうだな!」

 

 ベルはすっかり新たな武器に心奪われてしまったようで、笑いながら走っていた。

 アルもその様子を見て、心が躍った。

 初めて、自分たちの手で武器を生み出した。

 その事実が自分たちの進歩を感じさせるのだ。

 

 「なぁ、ベル。夜中にそれを眺め続ける気か?」

 

 「……やっちゃうかも!」

 

 「うわはは、寝不足にならないようにな!」

 

 このアルの忠告むなしく、ベルは翌日寝不足になる。

 一晩中新しい武器を撫で続けたために……。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「おはよう、リリ。」

 

 「おはようございます。ヴェルフ様は?」

 

 「まだ来てないよ!」

 

 ベルの武器が一本増えてから、二日が経過していた。

 まず翌日から、通常通りの探索が再開された。

 早く中層に行きたいという思いが募るばかりだが、エイナの許可が下りていないのだ。

 彼女曰く、「サラマンダーウール全員分買わない限り絶対にダメ!」とのことだ。

 サラマンダーウールとは、炎攻撃に強い耐性を持つ、精霊の加護を受けた防具である。

 アルには【激しい発汗】があるため、必要ないのではと思っていたが現実はそうではない。

 記憶スロットが3枠しかなく、効果時間に限りがある【激しい発汗】では中層の波状攻撃には耐えられないそうだ。

 

 「おっす、待たせたな!」

 

 「もう、遅れないでくれませんか!」

 

 「んだよ、リリ助!ちょっと遅くなっただけじゃねぇか!」

 

 「資金が必要なことをお忘れですか!

 ヴェルフ様も戦力ですし、あなたの命にもかかわるんですよ!」

 

 到着したヴェルフに食って掛かるリリではあったが、もう十分にヴェルフを信頼していた。

 きっちりと契約を守ってベルに新装備を与えたこと。

 そしてその装備が売り物にすれば下級鍛冶師にしては破格の価格になりそうにもかかわらず、二人にぽんと渡したこと。

 この二つの事柄が、リリの信用を勝ち取るに至ったのだ。

 冒険者嫌いで金勘定に敏感なリリが命の心配をしてあげるくらいに信用するというのも、珍しいことである。

 

 「分かってるって!それに今日遅れたのはアルの装備の事だ!」

 

 「おぉ、出来たか!」

 

 「素材をかなり吟味してな!稼ぎも増えたから奮発した!

 ほれ、どうだ!」

 

 「わぁ……。かっこいいじゃんアル!」

 

 ヴェルフが懐から取り出したナイフは、要望通りの鉤ナイフだった。

 多少の変更点と言えば、柄も金属製にしているところだろうか。

 しかし、獣の皮をきつく巻き付けていてとても握りやすそうだった。

 アルが受け取って左手で振ってみると想像以上に軽く、ヴェルフの技量の高さをつくづく思い知らされる。

 

 「素晴らしい。予想以上だ!

 これなら、中層でもやっていけるかもしれん。」

 

 「で、これどうやって使うんだ?教えてくれよ。」

 

 「分かった。ダンジョンで見せてやろう。

 不死隊の剣技という奴をな。」

 

 ダンジョンに早速入り、誰も来ないルームで立ち止まる。

 アルは盾を壁に立てかけ、もう一度ナイフを素振りしてからヴェルフに声をかけた。

 

 「よし!ヴェルフ、峰うちで切り掛かってくれ。」

 

 「おい、マジかよ?!」

 

 「大丈夫、私はレベル2のモンスターにこの技を仕掛けて成功させたことがある。

 ベルは見るのは無理だったかもしれんが、リリは見たことがあるだろう?」

 

 リリはそう聞いて、アルのパリィを思い出していた。

 リリにとってはものすごく肝が冷えたことだ。

 鮮明に思い出せて当たり前だった。

 

 「ちょっと?!また危ないことする気ですか?!」

 

 「はは、ヴェルフが作ってくれたこれなら必ず成功するよ。

 さぁ、来てくれ!」

 

 アルが大剣を肩に担ぎ、左手で逆手に持ったナイフを前に突き出した。

 ヴェルフは一瞬ベルの方向を向くと、ベルはただ無言でうなずいた。

 ベルが全幅の信頼を寄せている。

 それが分かったヴェルフは思い切って大刀を振り上げた。

 

 「おっしゃぁぁぁ!!!」

 

 「……ここッ!」

 

 ヴェルフは、一瞬何が起きたかわからなかった。

 自分の手から武器が吹き飛ばされていると気付いた時には、足をかけて投げられて首元にナイフを突きつけられていた。

 

 「……なんじゃこりゃぁ!」

 

 「はは、パリィだよ、パリィ。

 ヴェルフの刀にこの鉤ナイフをひっかけて弾き飛ばしたのさ。

 しかしいい出来だ。思いきりはじいても全く歪みがなかった。」

 

 「お、おう……。そりゃよかったぜ……。」

 

 アルがヴェルフに手を差し伸べて立たせると、ベルたちが近づいてくる。

 

 「ねぇ、アル。わざわざ盾じゃなくてそのナイフを使うのはどうしてなの?」

 

 「中層はモンスターの数が多いと聞く。

 集団戦となると、盾で視界を潰していると反応に遅れる可能性がある。

 それに、触媒を取り出すのにも時間がかかってしまうから魔法で状況を打開するにも隙が大きい。

 仮に盾がはじき落とされたとしても盾と同等に信頼できる武装も欲しかった。

 と、いうわけでこいつを作ってもらったのだよ。」

 

 アルはくるりとナイフを回した後、右の肩の付け根につけた留め具に滑りこませた。

 なせる準備は為した、後はサラマンダーウールのみ。

 中層進出まで、あと一歩である。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「うん!中々かっこいいじゃないか!」

 

 「へへへ、そうですよねぇ!」

 

 それからまた数日後。

 ベルは早朝、サラマンダーウールを着こんでヘスティアの前に立っていた。

 赤いマントのようで、すっかりベルは英雄気分であった。

 ヘスティアもベルの恰好を褒めて、まじまじと眺めている様子からかなり気に入っているようである。

 実は、何とか新品のものを入手できたのだ。

 リリが必死に駆け回ってセール品を人数分ゲットしてきたのだ。

 ヴェルフの鍛冶師としてのなけなしの伝手もあってのことだった。

 

 ヘスティアがベルからアルに視線を移した。

 そして、とても言いにくそうにある事実を告げた。

 

 「アルくん……。サイズ、足らないねぇ……。」

 

 「言わないでください……。」

 

 そう、アルのサラマンダーウールはアルの体躯には小さすぎた。

 このセール品、どうしてセールになっていたのかというとサイズが均一なのだ。

 リリには少々大きく、ベルやヴェルフにはちょうど良い、そんなサイズ感だった。

 これをオラリオ一番の長身と名乗ってもいいかもしれないアルが着るとどうなるか。

 そしてパーティーの中で一番ごつい鎧をつけているアルが着るとどうなるか。

 そう、絶妙に似合ってないのだ。

 ポンチョと言うことも出来ず、マントと言うことも出来ず、ましてやローブでもない。

 中層進出の直前というのにアルの気持ちはいまいち煮え切らない感じだった。

 

 「くっ……。買ってきてくれたリリのためにも私はこれを一生使うぞ……!」

 

 「う、うん……。今度生地だけ買ってなんとか付け足せないかやってみようよ……。」

 

 ベルは変な気合の入ったアルにフォローを入れた。

 ぽんぽんとベルがアルの背中を撫でているとヘスティアが咳払いをした。

 

 「おっほん!

 二人とも、レベル2になったとはいえ油断は禁物!

 必ず生きて帰ること!」

 

 「……っはい!」

 

 「承知しました!」

 

 ベルとアルは深く深くヘスティアに頭を下げた。

 そして、意気揚々とダンジョンに向かって駆け出していく。

 ヘスティアはその背中を見送りながら、嫌な予感を頭から振り払うのであった……。

 

 




 アカツキ

 ミノタウロスの赫い片角を用いて作られた短刀

 かつての姿と同じように ほのかに熱を帯び 輝いている

 闘争の記憶を呼び起こすように 振るうと赫く輝く

 神の火を用いて鍛えられたそれは 不死人の武具に近しい性質を抱いた

 戦技は「暁光」

 ベル・クラネルの技量をもって 連続で切り掛かる技

 その刃は非常に素早く 光の跡が斬撃の後に残る

 英雄の到来を表すかのような 暁光に

 敵は自身の敗北を確信し 味方は希望を見出すだろう
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