ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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第五話 計画

 

 戦いつかれて眠りに落ちたアルは夢を見た。

 アルはいつの間にか、花園に立っていた。

 その花園には無数の剣や槍が墓標のように突き立てられていて、儚さを感じさせられた。

 

 ふと空を見上げると、赤い空と陰に隠れた太陽があった。

 終わりの始まりを迎える場所なのだと、アルは直感した。

 

 そして、ある騎士を見つけた。

 剣を中央に突き刺した焚き火のようなものを前に、じっと座っている。

 その鎧は古く歪んでいて歴戦の古強者のようであった。

 そしてなによりも、その体から微かな火がちらちらと立ち上るのが見えた。

 

 アルは、この背中を追いかけねばならないという使命感に駆られ、手を伸ばした。

 そしてその瞬間、アルはおぞましい空気を漂わせた朽ち果てた闘技場の入り口に立っていた。

 

 呆然としていたのもつかの間、アルは二人の騎士の戦いに目を奪われた。

 

 一方の騎士は腕を折られそして正気すら失ってなお闇の眷属を殺していた騎士、アルトリウスだと分かった。

 アルトリウスの伝承にそのような話はないはずなのに、そう確信していた。

 そして、そのアルトリウスが自身と「全く同じ武具や防具」を使っていることにも気づいた。

 

 もう一方の騎士は、全く見知らぬ騎士であった。

 その膂力は神族のアルトリウスに及ばず、その俊敏さはただの人間と大して変わらない。

 

 だというのに、地を転がり、剣を振り、槍を突き刺し、杖を振るい、手から火の球を投げ、雷を投げて、【深淵歩き】と互角に戦っているのだ。

 いや、互角などではない。

 無名の騎士は、少しずつではあるが、【深淵歩き】を圧倒していた。

 そしてついに無名の騎士が勝利し、【深淵歩き】が断末魔を上げるところを、アルもその無名の騎士もじっと眺めていたのだった。

 

 「これが私の真実だよ。」

 

 隣に立つのは、先ほど眼前で討たれた【深淵歩き】アルトリウスであった。

 驚いていると、またどこぞへと飛ばされたのか、こんどは大きな墓の前に二人はいた。

 もう訳が分からない、と頭を振るアルを何処からともなくやって来た大きな狼が押し倒し、その匂いを嗅ぎ、兜とベールで隠れた顔をべろりと舐めた。

 

 「ははは、驚かせてしまったか。

 シフ、突然押し倒したりしてはいけないよ。」

 

 シフ。

 灰色の大狼と呼ばれ、主であるアルトリウスの墓を守り続けたという灰色の大狼が目の前にいることに、アルは興奮を隠せなかった。

 しかし、声を出そうとしても、声が出ない。

 

 「今の君は霊体のような状態なのだろう。無理に話そうとしなくてもいい。

 さて、君は今私の真実を見た。

 深淵に飲まれ、理性を失い、その拡大を止められなかった男。それが私だ。」

 

 シフを優しくなでながら、アルの憧れは自身の真実を語り始めた。

 伝承では伝えられなかったその真実を。

 

 「神に類するものは深淵に毒されてしまう。もとより私には不可能だったのだ。

 深淵の拡大を防ぐという、重大な任務に私は失敗したのだよ……。

 それをあの不死人が成し遂げた。ウーラシールは滅んだが、火の時代は終わらなかった。

 すべて彼のしたことなのだ、私に憧れるものよ。」

 

 不思議と、アルにとってはショックではなかった。

 たとえ、伝承が偽りだったとしても、四騎士の一人、アルトリウスが勇敢に戦ったという事実は消えないと思ったからだ。

 

 「そうか、君は強いな。そうか、そうか……。

 心折れぬ君ならば、迷宮を攻略し、真実をその手に掴めるやもしれないなぁ……。」

 

 アルトリウスは虚空を見上げながら、アルに何かを見出したようだった。

 シフもまた、アルの前に伏せて、主に類するものとして無類の敬意を払っていた。

 

 「生まれながらに闇を持つ人の身であるならば、深淵にも耐えることが出来るだろう……。

 深淵は根源を歪め犯す力だが、闇もまた人の本質だからな。

 さぁ遠き時代の英雄となるものよ、我が手を掴みたまえ。

 私の真の後継たるものよ、心折れてくれるな。

 そうすれば、きっと火の導きがあるだろう……。」

 

 アルはゆっくりと、アルトリウスの手を握った。

 彼の手は、いつの間にか剣の柄になっていた。

 らせんの渦を巻く独特な剣の柄に。

 アルは迷いなくそれを引き抜いた。

 猛火に包まれたような気がした。

 

 「さぁ歩むがいい。地底へと続く深淵を……!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 アルが目を覚ますと、そこは花園でもなければ、闘技場でもなく、まして墓場でもなかった。

 いつもの慣れ親しんだ、敬愛するヘスティアと、ともに戦うことを誓ったベルと共に住まう廃教会であった。

 

 「アルくん、おはよう。ゆっくり休めたかい?」

 

 「ヘスティア様、失礼いたしました!主神であるあなたより遅く起きてくるなど……。」

 

 「いいんだよ!そんなことより、ベルくんも待ってるからさ、さっさとステイタス更新しようぜ!」

 

 「承知いたしました!」

 

 今は夢の事よりも、待たせているヘスティア様とベルの方が重要だと、アルは取りあえず直ぐに鎧を脱ぎ始めた。

 

 「う~ん、う~ん……。」

 

 「どうしたんです、カミサマ?」

 

 ヘスティアは二つ、いや三つの事で悩んでいた。

 まず一つ目、二人の異常な成長。

 この事で、ヘスティアはステイタスをそのまま伝えるかどうかや、この「成長を促進する類」のレアスキルが露見しないようにどうすべきかと頭を悩ませた。

 

 そして、二つ目。二人に呼応するスキルが発現したこと。

 恐らく、意識を失う前の誓約が原因だろうとヘスティアは踏んでいた。

 ベル・クラネルに発現したスキルは、この通りだ。

 

 ≪スキル≫

 

 【英雄誓約(アルゴノゥト・プレッジ)

 ・窮地の際に任意で誓約霊を呼び出せる。(対象誓約:【狼騎士誓約(アルトリウス・プレッジ)】)

 ・全アビリティに補正。

 ・補正効果は誓約レベルに依存。(現在レベル1)

 

そしてこれに対応するかのように発現したアルのスキルがこうだ。

 

 ≪スキル≫

 

 【狼騎士誓約(アルトリウス・プレッジ)

 ・窮地の際に任意で誓約霊を呼び出せる。 (対象誓約:【英雄誓約(アルゴノゥト・プレッジ)】)

 ・全アビリティに補正。

 ・補正効果は誓約レベルに依存。 (現在レベル1)

 

 ヘスティアは、二人の仲の良さに本当に心から喜ぶも、スキルの内容についてはどうしたもんかと匙を投げる寸前だった。

 そもそも誓約霊とはなんだ、これ以上アビリティに補正をかけてどうするんだ、とかヘスティアには色々と言いたいことがありすぎて頭痛がしてきた。

 

 そして三つ目。アルにもう一つスキルが発現していた。

 

 【深淵篝火(ボンファイア・オブ・ジ・アビスウォーカー)

 ・深淵に対する耐性超強化。

 ・深淵を纏い操る。

 ・聖剣の担い手の資格を得る。

 

 火という単語から、アルの【火継暗魂】と何かかわりがあるのだろうかと考えるが、ヘスティアにはよく分からなかった。

 結局ヘスティアが出来ることは、隠すべきは隠し、伝えるべきは伝え、聞くべきは聞く。ただそれだけだった。

 取りあえず、この新しいスキルと今のステイタスの事は伝えようと決めたのだった。

 

 「おめでとう!君たちにもスキルが発現しました!アルくんは二つだよ!

 今日は口頭でステータスを伝えようと思うけど、いいかい?」

 

 「もちろんですよ、カミサマ!早く教えてください!僕のスキルってなんなんだろう!」

 

 「二つも!是非とも教えていただきたい!」

 

 よし、二人とも何の疑いも持ってないぞ、とヘスティアは内心ガッツポーズした。

 

 「よっし、じゃあ教えてあげるからよーく聞いとくんだよ!」

 

 こうしてベルとアルは自身の異様な成長を知ることとなる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「はっきり言うよ。君たちの成長は異常だ。いわば成長期ってところだね。

 これはボク個人の見解だが、君たちには才能があると思う。贔屓なしに見てもね。」

 

 「やったね、アル!」

 

 「うむ。主神に才を認められたとあれば、素晴らしい栄誉だ。」

 

 アルもベルも、自身のステイタスの伸びを喜んでいた。

 伝えた時には二人で謎の小躍りを始めていたくらいだった。

 アルはなぜか、変な伸びをしていたりジャンプしながらガッツポーズをし始めたりと変な動きも織り交ぜていた。

 

 「君たちはきっと強くなる。そして、何よりも君たちがそれを望んでいる。

 その意思は尊重する。応援も手伝いもする。ボクにできることはすべてしてあげよう。

 だから約束してほしい。もう無理はしないって。ボクを一人にしないでおくれ。」

 

 それは女神の哀願であった。

 目を潤わせて、胸に手を当てて願うその姿は、どこまでも二人を思う優しさと、ヘスティアの神としての慈愛を象徴していた。

 二人の眷属は顔を見合わせてしっかりと頷き、神の願いを叶えんと答えた。

 

 「はい、無茶しません。強くなれるように頑張りますけど、絶対カミサマを一人にはしません!心配かけません!」

 

 「私もだ。我が誇りに誓って、無茶は二度としまい。私は必ず貴方とベルのもとへ帰ります。私の寄る辺は、二人なのだから。」

 

 神は嘘を見抜く力を持つ。

 しかし、その力を使わずとも、ヘスティアはこの二人がきっと約束を守ってくれるであろうと確信した。

 ヘスティアは自分にとって大切な眷属は、ヘスティアのことを何よりも大切にしてくれる子供なのだと感じた。

 

 「よし、その言葉を聞けて安心したよ。で、いくつか聞きたいことがあるんだよ!君たちのスキルの事で!」

 

 ヘスティアは少し重くなっていた空気を吹き飛ばすように元気よく笑いながら、質問タイムに入った。

 

 「何なりと、お聞きください。私にわかることがあれば全て答えましょう。」

 

 「アルくん、深淵って……なんだい?」

 

 アルは、つい浮かれてすっかり忘れていた夢の内容を克明に思い出していた。

 聞かされたスキルの詳細から、少なからずかかわりがあるのだと、アルは思い至った。

 

 「ヘスティア様。深淵とは、人の闇です。そして、あらゆる物の根源を歪ませてしまうと教えてもらいました。

 本当はもっと適切で真実を表した表現があるのでしょうが……。教えてもらった方に敬意を表すためにこのままにしておこうと思います。」

 

 「誰に、教えてもらったのかな?」

 

 「夢の中で、【深淵歩き】本人からです。」

 

 そして、アルは自身の夢の話をした。

 見たもの、聞いた音、花の匂いや森の香、何もかも言語化できるものは全て余すことなく伝えた。

 それを聞いたベルもヘスティアも、アルの話を全て信じることとした。

 

 「アルは、その【深淵歩き】さんからスキルを貰ったってことなのかな?」

 

 「ううむ、関連がある程度故断定は出来ぬがなぁ。」

 

 「それじゃあ次の質問だよ、アルくん!聖剣ってもってたりする?」

 

 聖剣、はて何のことやら、と思ってアルは自身の「底なしの木箱」をあさり始めた。

 母が託してくれたものの一つで、何故かあらゆる品々が無尽蔵に詰められるアイテムであった。

 もっとも、母に安全な場所で開かないと「食べられる」ぞと釘を刺されているため、便利ではあるがダンジョンでは使えない。

 

 「アルのその箱って不思議だね。明らかに見た目以上にモノが入ってるよ!」

 

 「うーむ、母上は『神の贖罪の形です。深く考えずお使いなさい。』と言っていたしなぁ……。

 さて、聖剣聖剣……。無いなぁ……。これは投げナイフ、これは誘い頭蓋……。

 いや、そうか。聖剣とはこれであったか!はっはっは!

 我が武具において聖剣と呼べるものは一つしかないものを!

 私は一体何を探していたのやら!」

 

 アルが突然笑いながら、背中の古ぼけた大剣をヘスティアの前に両手で掲げた。

 

 「ヘスティア様、この剣こそ聖剣であると思います。」

 

 「ボクの知る限りでは、聖剣というものは神匠がその力を存分に振るって打ったものだよ。

 その剣、君のお母さんが託してくれたものなんだろう?」

 

 ヘスティアの友神には、天界きっての名鍛冶師がいるため、武器への知識は生半可なものではない。

 その友神がいくつか聖剣なるものを作ったと聞き、見に行ったことも遠い昔にはあったとヘスティアは記憶していた。

 目の前の剣は記憶の中の聖剣とは似ても似つかない。

 むしろ古び、穢れ、歪みそして僅かながら禍々しさすら感じさせていた。

 

 「【深淵歩き】アルトリウスは神族に連なり、そしてその武具も神に鍛えられたはずです。

 もし私の夢の中での直感が正しければ、これはそのアルトリウスが遺したものだと思われます。」

 

 「まずボクが君の言う神族らしい、アルトリウスやら、グウィンやら、イザリスやらを知らないんだよねぇ。

 同じ天界の住人で、偉業をなすような神なら名前ぐらいは知っているはずなんだけどなぁ。

 よし、まぁアルくんが聖剣というならそういうことなんだろう!」

 

 ヘスティアはこれ以上考えるのはやめた。

 アルは嘘をついているわけではないし、よくよく剣を見てみると人が打ったものではないということぐらいは分かったからだ。

 ベルは、アルの大剣を近くでまじまじと眺めながら、楽しそうに話した。 

 

 「アルの大剣ってカッコいいよね!モンスターも一撃でズバッと切れるし!

 聖剣って言われても僕は納得しちゃうなぁ。

 僕はギルドの支給品のナイフだからなぁ……。向いてるし使い勝手がいいから気に入ってはいるんだけど……。」

 

 「これは私の母から聞いた言葉だが、数打ちの武具でも丹念に鍛え上げれば神々の武器の域にすら到達できるそうだぞ。

 この『楔石の原盤』を数枚いただいた時に、そう言っていた。この石が母の故郷に伝わる最上の鍛冶素材らしい。

 もっとも、ベルは自身だけの武器を持った方がいいだろうなぁ。

 英雄とはそういう『英雄を英雄たらしめる武器』を持っているのが常だろう?」

 

 アルが片づけをしながら、箱から石板を取り出した。

 それをベルが借りてまじまじと見ている。ベルは冒険者らしく未知のものには興味津々なのだ。

 ヘスティアは今の発言を聞いて、とってもいいことを思いついた。

 アルのことも知れる、ベルの事も支えてあげられる。

 そんな最高な計画を。

 

 「アルくん!その石板をボクにくれないかい?!」

 

 「一枚程度なら構いませんよ、ヘスティア様。」

 

 「それから二人とも!ボク今晩からちょっと二三日ぐらい留守にするから、よろしくね!」

 

 眷属たちは首をかしげてキョトンとしていた。

 さぁ、炉の女神の一大計画の始まりである。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「さて、どのようなお叱りを受けるか……。」

 

 「テーブル思いっきり叩いちゃってたからね……。

 大騒ぎもしちゃったし……。」

 

 ヘスティアが何を考えているか全くわからなかった二人は、結局ダンジョンに潜る日常に戻ることにした。

 しかし、昨晩大騒ぎして迷惑をかけたかもしれない『豊穣の女主人』に詫びを入れるのが先であろうということで、今二人はその前に立っていた。

 

 「ベルよ。私が先に入る。貴公は後からだ。

 一番騒いだのは私だからな。」

 

 「わかったよ。けど、僕も一緒に謝らせて。」

 

 二人はぐっと息をのんで、開店準備中の『豊穣の女主人』に踏みこんだ。

 

 「昨晩、騒ぎを起こしたものです!謝罪に参りました!女将はおられるか!」

 

 と、アルは勇気を出して声を上げた。

 すると、厨房の奥からエプロンをつけたミアが出てきた。

 しかし、その顔には怒りよりもむしろ面白いものを見れて嬉しい、といった雰囲気が漂っていた。

 

 「昨日の二人かい!あの後酒の注文が一気に入ってねぇ!売り上げを上げてくれてありがとうよ!」

 

 思ってもみなかった言葉をかけられて、二人は目を白黒させていると、ミアの後ろからひょっこり見知った顔が出てきた。

 シルである。

 なぜかピースを作っていて、満面の笑みで

 

 「私の御給金もけっこう出ました!」

 

 と言い切った。

 

 「まぁ、机ぶっ叩いて騒ぎ起こしたことには変わりないからねぇ……。来なかったらこっちから出向いてたよ。」

 

 ミアのどすの利いた声に震えあがった二人はただただ平謝りした。

 

 「本当に申し訳ありませんでした、女将……。」

 

 「すみませんでした!ごめんなさい!」

 

 「はっはっは、まぁ、格上相手に啖呵切ったところは認めてやるけどさ。

 坊主共、よーく覚えときな。

 冒険者がかっこつけたって意味ないんだ。最初の内は生きることに必死になりゃいい。

 みじめだろうが無様だろうが、生きて帰ってきたやつが勝ち組なのさ。」

 

 この数日間で幾度となく死にかけ、そして神に誓った二人には、心に響く言葉であった。

 

 「心得ました。」

 

 「はい!死なないように頑張ります!」

 

 新たな教訓を得た二人は、じゃあそろそろ、とダンジョンに行こうとする。

 すると、シルは昨日のように両手に包みをもって来た。

 

 「あの、お二人とも今日もダンジョンに行くんでしょう?

 これ、お弁当です。」

 

 「そんな!悪いですよ、いろいろご迷惑をおかけしたのに……。」

 

 「いえ、貰ってほしいんです……。ダメ、ですか……?」

 

 シルが頬を赤らめて、ベルのことを上目遣いで見ているのにアルは気づき、そっと背中を押した。

 貴公が答えたまえ、というメッセージを込めて。

 

 「じゃあ、お言葉に甘えて。いただきます。」

 

 「はい!ふふっ!」

 

 シルが嬉し気に店の奥へと戻っていく。

 アルは、ぼそりと一言こういった。

 

 「貴公も、なかなか罪な男よな……。」

 

 「ん?」

 

 「いや、気づいていないのなら良いのだ……。」

 

 英雄は多くの女に愛されるものではあるが、こうも周囲の好意に無自覚だと後が怖いな、とアルは正直に思った。

 そのようなトラブルからもベルを守らねばならないから。

 

 「さぁ、行ってきな!あっさり死ぬんじゃないよ!」

 

 ミアに背中を押されて、二人はダンジョンへと向かう。

 

 「「行ってきます!」」

 

 この日、二人は日が落ちるまでダンジョンで戦い続けるのだが、自身の大幅な成長に振り回されたとか。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「よく集まってくれた皆の者!俺が、ガネーシャである!」

 

 オラリオの一角、象の神を模した屋敷で、宴会が行われていた。

 主催者は象の面をかぶる神、ガネーシャその人である。

 すなわち、ガネーシャは自身を模した館で生活していることになるのだが、まぁ彼は決して自己愛が過ぎる自己中心的な神ではない。

 むしろ、ヘスティアと性質は近く、市民の安全と平穏を願う慈愛の心に満ちた好漢である。

 

 「もぐもぐもぐもぐ。」

 

 多くの神は長ったらしく暑苦しいガネーシャの挨拶を無視するのだが、彼女は花より団子といった風にひたすらに食事をとり、その余りを容器に詰めまくっていた。

 その神は貧乏をつかさどる神でも、食欲をつかさどる神でもない。

 ただただ貧乏に苦しむ新興ファミリアの主神、ヘスティアその人であった。

 この姿を二人の眷属が見ようものなら、自分たちの不甲斐なさに号泣していたことであろう。

 

 さて、そんな話しかけるのも憚られるようなヘスティアに一人の女神が声をかけた。

 

 「こんばんは、ヘスティア。」

 

 「フ、フレイヤ……。」

 

 「あら、お邪魔だったかしら?」

 

 「いや、ボク君のこと苦手なんだ。」

 

 「あなたのそういう所、私は好きよ?」

 

 胸元が大きく開いた純白のドレスを着こなし、そこから覗く肌はまるで陶磁器のように白く美しい。

 顔立ちは美麗で、これ以上整った顔はないと言い切れるほどである。

 銀色がかった白い髪は腰元までに長く緩やかに伸び、極上の絹と見間違うほどの極上の毛髪である。

 また、その神秘的な美しさをもつ紫水晶色の目に見つめられた男はみな恋に落ちてしまうであろう。

 

 言い表しようのない「美」がそこに立っていた。

 ヘスティアの前に立っていたのは、オラリオ最強の冒険者を眷属に持つ、美の女神フレイヤであった。

 

 「まぁ、君はマシな方だけどね。」

 

 二柱の神が話していると、ヘスティアとフレイヤの方に「マシじゃない」方の女神が階段を駆け下りてくる。

 

 「フレイヤぁぁぁぁぁあ!とドチビ!」

 

 「あら、ロキ。」

 

 「何しに来たんだよ、君は。」

 

 「なんや、理由がなかったら来たあかんのか?」

 

 そう、この特徴的なエセ関西弁で喋る神はロキ。

 アルが『豊饒の女主人』でさんざんにこき下ろした狼人の主神、ロキである。

 

 「そうだ!君に聞きたいことがあったんだ!」

 

 「はぁ?ドチビがウチにィ?」

 

 ヘスティアを思いきり見下ろすようにロキがしゃべるのを無視し、苦い顔をしながらヘスティアは話をつづけた。 

 

 「君のファミリアの【剣姫】。ヴァレン某なる女には決まった相手や伴侶はいないのかい?」

 

 「アホ、アイズたんはウチのお気に入りや!ちょっかいかける男は……八つ裂きにしたる。」

 

 「ちぇっ!」

 

 ヘスティアが望んでいた回答ではなかったようだ。

 もし、ヴァレン某に伴侶がいたら、ベルくんはきっとボクを見てくれるはずさ、とでも考えていたのであろう。

 恋愛には神も人間もないらしい。どんな存在でも盲目にしてしまうのだから。

 

 「ふふ、仲がいいのねぇ。」

 

 「どこがや!」「どこがだい!」

 

 目を離したすきに頭を突き合わせて今にも喧嘩しようかといった二柱を仲がいいと形容するフレイヤは、ロキの服装を見て楽しそうに笑った。

 

 「そういえばロキ、今更だけど今日は随分と雰囲気が違うようね。ドレス姿なんて久しぶりだわ。」

 

 「まぁな!どっかのドチビが宴に来るっちゅうのを聞きつけて、ドレスも買えんような貧乏神を笑うたろうと思ったんや!」 

 

 そういうロキの服装は、普段のショートパンツにへそ出しルックといった快活で露出度の高い服装ではなく、きっちりとしたパーティードレスであった。

 黒を基調として、その赤い髪とちょうどマッチするように赤いリボンがウェストに来るようなドレスで、よく似合っていた。

 しかし、ヘスティアはロキの悪口にへこたれることなく反撃した。

 

 「ボクを笑おうとして自分が笑われに来たのかい?こいつは滑稽ったりゃないね!

 なんだい?その寂しい胸は!!」

 

 びしりとロキの、その、たいへん慎ましやかな胸をヘスティアが指さす。

 人も神も、言っていけないことやっていけないことというのは大して変わらないものなのだが、ヘスティアは躊躇なくロキの弱点を突きに行った。

 案の定ロキはどうにもならないその壁を前にしてうなだれ、唸り声を上げる。

 ヘスティアはロキよりも大きく丸みがあって大層豊満な胸をこれでもかと張り、ロキを見下して高笑いをしていた。

 

 「こんのドチビがー!」

 

 「ふみゅー!!」

 

 「ロリ巨乳とロキ無乳か……。」

 

 「いいぞぉ、やれやれェ!」

 

 神とはどうしようもないろくでなしの集団のようだ。

 我慢できなくなったロキがヘスティアの頬を思いっきり引っ張るのを外野の神たちは煽りに煽り、かけ事までし始める始末である。

 

 「ふん!今日はこんくらいにしといたるわ!」

 

 「へん!次会う時はボクにそんな貧相なものを見せないでくれよ!」

 

 片方は自身が持たざる者であることを嘆き、片方は真っ赤になって頬をさすって痛みにこらえている。

 どうやら、今回は引き分けということで、ロキが去っていくようだ。

 しかし、ロキは何かを忘れたかのように振り返った。

 

 「ドチビ。眷属二人出来たんやってな?でかいのとちっこいのか?」

 

 「ふん!君に言う義理はないね!」

 

 「その反応で十分や。」

 

 ロキは今度こそ満足したのであろう、アイズたんに慰めてもーらお、あ、ママでもいいかもな、なんて下世話なことを考えながら去っていった。

 

 「またやってたの?あんた達。」

 

 「ヘファイストス!やっぱり来てよかった!君に会いたかったんだよ!」

 

 「私に?いっとくけど、お金ならもう1ヴァリスたりとも貸さないからね?」

 

 ヘファイストスと呼ばれた深紅の髪で眼帯をつけた女神はヘスティアが金の無心に来たのだと疑った。

 

 「失敬な!ボクが親友の懐をあさるような神に見えるのかい?」

 

 「よく言うわよ。さんざんウチのファミリアに居候した挙句、やれ家がない金がない、仕事がないって泣きついてきて!

 そう思われるのが当然でしょうが!」

 

 そう、ヘファイストスこそ、ヘスティアの無二の親友であり、鍛冶の神であり、そしてヘスティアが散々脛を齧りに齧った女神であった。

 

 「確かに昔はそうさ!でも、もう違うんだ!ボクにもファミリアが出来たんだからねっ!」

 

 ブイっと、二本指を親友に突きつけるヘスティアと、それを聞いてあぁ思い出した、とヘファイストスは語る。

 

 「そうだったわね。ベルとアルって言ったかしら。白髪で赤い目をした人間の男の子と、いっつも古ぼけた鎧を着てる大きな男の子。

 あの鎧、もう少し近くで見てみたいわね。それと、あの大きい方の子は巨人の血でも引いてるの?」

 

 「いいや?アルくんはれっきとした人間だよ!料理も上手なんだぜ!」

 

 「ふ~ん?まぁ、眷属が出来たら変わる神も多いし、あなたも前とは違うのかしらね。」

 

 自慢の眷属のことをもっとしゃべってやろうとするヘスティアの前に、ずっとそばで話を聞いていたフレイヤが口を開いた。

 

 「ヘファイストス、ヘスティア、私もう失礼するわ。」

 

 「え?もう?」

 

 「なんだい、ボクの眷属自慢は聞きたくないってことかい?」

 

 「それは少し気になるけれど……。確かめたいことはもう確かめられたしいいわ。

 それに……、ここにいる男はみんな食べ飽きちゃったもの!

 じゃあね。」

 

 フレイヤに見惚れていた男どもはぴゅーっと走って去っていき、フレイヤは悠々と歩いて去っていった。

 美の女神は奔放なのだ。

 三大処女神とも謳われたヘスティアはただただ「スゲー……。」と呟くだけであった。

 

 「それで?私に会いたかった用事って何なのかしら?

 内容次第じゃ金輪際縁を切ってもいいけどぉ?」

 

 「分かってるよ!」

 

 すぅっと息を吸い込んだヘスティアは、床に膝と掌をつけ、頭を深く深く下げた。

 

 「ボクのベルくんに武器を作ってやってほしいんだ!あと、出来ればこの素材のことも教えてほしい!」

 

 頭を下げたまま、懐からアルから貰ってきた楔石の原盤を取り出した。

 それをまじまじと見たヘファイストスはすぐに顔色を変えて焦りだした。

 

 「すぐにそれを隠して!話は私のところで聞くわ!」

 

 ヘスティアの計画は思いもよらぬ速さで進み始めた。

 





 ヘスティアの容器
 
 ヘスティアの持つ、万能容器。
 
 料理を詰めて保存し、持ち帰ることが出来る。

 食事を捨てるなどもってのほかだ

 ボクが全部食べてやろう

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